文学

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ピーナツまき

今日は節分ですね。 豆をまいて福を呼び、鬼を払う日。 私も実家に住まいしていた頃は、盛大に豆まきを行いました。 寺だったため、部屋数が多く、すべての部屋で豆まきをするのは面倒でしたね。  自室で豆をまく時だけは、福は内、鬼も内、と唱えていました。 生来のひねくれ者ゆえ、鬼を招いてその呪力を我が物にせむと考えたのです。 また、鬼や土蜘蛛などが、大和政権にまつろわぬ土着の民への蔑称の意味もあったことを知れば、鬼に行き場が無いのは哀れなことです。 先日車中でラジオを聞いていたら、号泣必至の名作童話「泣いた赤鬼」を知った幼児が、鬼は悪いやつではないと考え、かつての私のように、福は内、鬼も内、と唱えるようになったとか。 将来有望なガキです。 今日近所を散歩していたら、殻付きピーナツを撒いている家がありました。 何をしているのじゃ?と疑問に思っていたら、千葉生まれの千葉育ちである同居人が教えてくれました。 ピーナツが特産の千葉県では、ごく一部ではあるが、節分に殻付きピーナツを撒く家があるというのです。 殻付きピーナツなら外に撒いても殻をむいて食すことができ、合理的だから、とのことでした。 それを聞...
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馬鹿陽気

今日は馬鹿陽気ですね。 千葉市の最高気温は18度。 4月の初め頃の陽気だそうです。 しかし残念なことに、朝から雨。 13時を過ぎてようやく薄日がさしてきましたが、今さら出かけようという気持ちにはなりません。 季節は着実に春を迎えようとしていますが、この時期、油断大敵です。 三寒四温と言うとおり、水曜日は雨か雪の予報が出ています。 今年は南関東にもよく雪が降ります。 年によっては、3月の終わりや4月の初めに首都圏を雪が襲うこともありますし。 そういえば、昔「なごり雪」という歌がヒットしましたね。 なんだか湿っぽい歌で、私は毛嫌いしていました。 ただ、なごり雪という言葉を造ったのはなかなかの言語感覚だと思います。 元々日本語には無い言葉ですが、まるで昔からある言葉のような錯覚を覚えます。 春に伴う別れの寂しさと、その心象風景と重ね合わせた雪景色が鮮やかに浮かんできます。 久米正雄が造って日本語としてすっかり定着した感のある微苦笑にも匹敵する造語ではないかと思います。 もっともわが国の文芸の世界では、よほどのことが無い限り造語は反則として固く戒められていますが。 元来の日本語だと、残雪という...
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追悼 安岡章太郎

安岡章太郎が死去したというニュースが飛び込んできました。 92歳。 第三の新人と言われた一群の作家の一人でした。 今思うと、三島由紀夫よりも年上だったのですね。 安岡章太郎というと、第二の太宰なんていう人もいました。 しかし太宰治ほどの物語作者としての才能には恵まれず、その代わり太宰治には無い乾いたユーモアがありました。 中学生から高校生の頃、私はこの人の作品を愛読しました。 「ガラスの靴」や「悪い仲間」は青春を描いて瑞々しく、しかもそこに気負った感じがなくて、何度も読み返したものです。 作者が中年になって、「海辺の光景」という、海辺の病院で狂気に陥った母親を看取る作品を発表してから、重鎮扱いされることになりました。 私は若い頃には彼の初期の作品を頭の隅に置いて、主に女性関係で悪い遊びに耽りました。 そして退屈だと思っていた「海辺の光景」に深く感じ入ったのは、昨年の3月、父を亡くした時でした。 親の死という耐え難い事態を、彼はドライに描きつくし、それは父を亡くすという一件から未だに脱出できずにいる私を驚嘆させる醒めた筆致であるということに、改めて気付かされたのです。 私はひねくれ者なの...
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新春能

千葉市文化センターで行われた新春能を鑑賞してきました。 どこかから補助金が出ているのか、2,500円と格安です。 曲は狂言が「金籐左衛門」。 大蔵流が演じます。 山賊の金籐左衛門は山道で女を脅して身の回りの持ち物を奪いますが、奪った袋の中の小袖や鏡に見とれて油断しているうちに、女に長刀をこっそり盗られてしまいます。 逆に女に身ぐるみはがされるという筋書きで、弱い善人が強い悪人をやっつけるという、狂言によくある逆転劇です。 気楽に観られる喜劇で、悲劇である能と喜劇である狂言とをセットで上演し、双方を総称して能楽と呼ぶわが国の舞台芸術の文化は、極めて洗練されていると言えましょう。 喜劇と悲劇は裏表ですからねぇ。 能は、「田村」です。 金春流の井上貴覚がシテを務めていました。 この人、いわゆる御曹司ではなく、サラリーマンの倅だったところ、高校時代に能の魅力に取り付かれ、法政大学の能楽研究所を卒業してから金春流に弟子入りしたという異色の経歴の持ち主です。 彼の目の付け所が良かったのは、弱小の金春流に弟子入りしたこと。 大所帯の観世流や宝生流では、生涯シテを務めることは出来なかったでしょう。 金...
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演劇? 舞踊?

あまり体調がすぐれず、一日ごろごろしていました。 たまにはこんな休日も良いでしょう。 明日は能見物に出かける予定です。 千葉市内の劇場で能公演がありますので。 かつてはよく国立能楽堂や観世能楽堂、宝生能楽堂まで足を運び、能を観ました。 フランス人の前衛舞台芸術の演出家が初めて能を観たとき、自分たちが前衛だと思っていた舞台芸術を、日本人は500年以上前に完成させていたのかと驚愕した、という話を聞いたことがあります。 極端に簡素化された舞台、道具に比して、衣装だけは豪華絢爛で、ストーリーは仏教説話や心霊譚をもとにした幻想的な雰囲気が魅力ですね。 オペラで言えばオーケストラにあたる地謡や鼓、笛に指揮者がいないことも、そのフランス人演出家が目指していたことのようです。 つまり演奏する者、謡う者、演じる者(舞う者)が互いに間を合わせ、誰にも指揮されないことを理想のハーモニーと考えたようです。 日本人が聞くと当たり前すぎて白けちゃうような話ではあります。 能は演劇なのか、舞踊なのか、という論争を時折見かけます。 一応ストーリーがあって、何人かの能楽師が出てきて物語を演じるという意味では演劇なのでし...
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