文学

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木枯らし

関東の冬といえば木枯らし。 今日も冷たい北風が吹いています。 この風さえなければ、関東の冬は温暖で、長い秋と言ってもよいくらいでしょう。 しかしこの北風が、関東の冬を厳しく彩っています。木枯らしに 吹き合すめる 笛の音を 引き止むべき 言の葉ぞなき  「源氏物語」第2帖、「帚木」に見られる和歌です。 思いがけない男性から、木枯らしに合わせて笛の音と優しい声色で口説かれ、思わず「寂しく1人でいる私には、貴方にずっと側にいて欲しいだなんて、言いたくても言えません」という内容を彼女が浮気心で詠んだ和歌です。 「帚木」といえば、有名な雨夜の品定めが行われる帖ですね。 大の男が、しかも高位高官が雨の夜に寄ってたかってこういう女は良いの悪いのと、おふざけがすぎますねぇ。 でもちょっとうらやましいような。 大体「源氏物語」を読んでいると、光る君をはじめ、貴族たちは仕事らしい仕事をしていません。 あっちの女こっちの女とふらふらし、たまに宴会で舞を舞うと、光る君の舞は格別だなどと褒めそやされています。 しかるべき地位に生まれれば、この世は極楽でしたでしょう。 しかし一方、貧しい農民に生まれれば、一生地べ...
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昨日も今朝も路上に停めた車のガラスは、真っ白に凍っていました。 私はこれを、車屋で買った霜取りのための三角定規のような板で削り落しました。 削る傍から氷が手に降りかかり、冷たいことこの上ありません。 車通勤でも手袋が必要ですねぇ。 雪が降らなくても、公園や畑は霜がおりて真っ白です。 田んぼがあれば水が凍るんですかねぇ。 でも公園の池はかろうじて凍っていませんでした。 葦辺行く 鴨の羽がひに 霜降りて 寒き夕は 大和し思ほゆ 「万葉集」所収の志貴皇子の和歌です。 葦の生えた水辺を行く鴨の羽に霜が降って、こんな寒い夕暮れには大和のことを思います、といったほどの意かと思います。 私は冬の鴨を観察したことがありませんが、鴨の羽にも霜が降るんですねぇ。 鴨にしてみたらたまったものではありません。 そういえば、極寒の地の映像を見ると、人間の眉毛やひげにもつららが下がっていますもんねぇ。 寒々した風景を見て想うのは、故郷なのか、都会なのか。 歌が詠まれた当時は大和が都会だったわけで、志貴皇子にとっては、おそらく都会でもあり故郷でもあり、愛しい我が家が在る暖かい場所なのでしょうねぇ。 今となっては、寒...
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冬の日

凍てつくような曇り空が広がっています。 冬の訪れは急激で、私の精神を冒すためのようにも思われます。 それでも私は、私のたましいを守らなければなりません。 長い精神障害の末に、どんな病気であれ、家族も医者もあてにはならぬ、あてになるのはおのれ一人だと知ったからです。 西脇順三郎に「近代の寓話」という詩集があります。 現代詩を好まない私ですが、この詩集に収められた「冬の日」という詩は、私のたましいの琴線にふれるようです。或る荒れはてた季節果てしない心の地平をさまよい歩いてさんざしの生垣をめぐらす村へ迷いこんだ乞食が犬を煮る焚火から夏の終わりに薔薇の歌を歌った男が心の破綻をなげいている実をとるひよどりは語らないこの村でラムプをつけて勉強するのだ「ミルトンのように勉強するのだ」と大学総長らしい天使がささやくだが梨のような花が藪に咲く頃まで猟人や釣り人と将棋をさしてしまったすべてを失った今宵こそささげたい生垣をめぐり蝶と戯れる人のため迷って来る魚狗(かわせみ)と人間のためはてしない女のためこの冬の日のために高楼のような柄の長いコップにさんざしの実と涙を入れて             心が弱ってし...
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文学上の虐待

わが国の文学作品中に子どもへの虐待が登場するのは、明治43年の長塚節作、「土」が初めてです。 怒鳴りながら彼は突然おつぎを殴った。おつぎは麦の幹とともに倒れた。おつぎは倒れたまましくしくと泣いた。 それまではわが国文学中に子どもを殴るという行為は見られません。 戦国時代の宣教師ルイス・フロイスや明治のお雇い外国人は、日本では子どもへの体罰が見られないことに驚嘆の意を表明していますが、文学上もそれらの指摘と一致しています。 明治末期になって子どもへの体罰が見られるようになったのはなぜでしょうね。 欧化政策が当たって、教育にも欧米流の体罰で躾ける流儀が定着したのでしょうか。 それとも新興帝国主義国家として列強の一角に名を連ねるにあたり、兵士でもある国民を軍隊流の鉄拳制裁でしつけようという風潮が興ったのでしょうか。 今となってはわかりません。 しかし子どもへの体罰・虐待は法がこれを禁止しているにも関わらず、一部教師などは愛の鞭だなどと倒錯したセリフを吐いて、これを正当化しています。   大きな間違いです。 体罰は法律違反なのです。 許されるのは、生徒が明らかな害意をもって襲ってきた場合に正当...
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歌合せ

寒い曇りの休暇。 出かける気になれず、小林恭二の「短歌パラダイス」を読みました。 小林恭二というと小説家であり、俳句もよくする俳人でもあり、というイメージがありますが、和歌にも強いんですねぇ。 これは某日、熱海の旅館で行われた現代を代表する歌人たちによる歌合せの報告です。 歌合せとは、すなわち歌合戦。 二手に分かれたチームの歌人が和歌を詠み合い、審判である判者(はんじゃ)が双方の意見交換を聞いた上で優劣を決するというものです。 詠む人を方人(かたうど)、自チームの応援のため意見交換の際、自チームの和歌を褒め、敵チームの和歌をけなす人を念人(おもいびと)と呼ぶそうです。 意見交換に方人は参加できませんが、方人と念人は交代しますので、二つの役割をこなしながら、チームのみなが和歌を詠み、判定されるというわけです。 当然のことながら、自チームの和歌が劣っていると思っても、念人は自チームの和歌を褒めなければなりません。 このあたり、おのれの思想と関係なく、与えられた意見を主張するディベートに似ています。 弁護士なんかとも似ていますね。 室町時代くらいまでは盛んに行われ、「七十一番職人歌合」などの...
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