文学

スポンサーリンク
文学

ねじ

午前中、スバル・インプレッサ2.0Sの六ヶ月点検に行ってきました。 悪いところはありませんでしたが、なんとタイヤにねじが刺さっていたとのこと。 メカニックが言うには、ねじの状態が新しく、空気も抜けていないことから、ここ数日の間に刺さったと思われる、とのこと。 私が思わず、「いったいどこで?」と絶句すると、メカニックは何事も無かったかのように、「路上には色々なものが落ちていますから」と、涼しい顔です。 そこで私は不思議な感覚に捕らわれました。 高校生の頃読んだ漫画、つげ義春の「ねじ式」の世界に飛んだのです。ねじ式 (小学館文庫)つげ 義春小学館 ちょっとしたことをきっかけに、連想ゲームのように奇妙な世界に飛んでしまうのは私の悪い癖で、しかしほんの数秒で元に戻るからこれまで事なきを得ています。 いつか長時間飛んでしまうのではないかと心配です。 つげ義春の漫画の常で、「ねじ式」も極私的で、不条理で、どこか切ない、漫画というより詩編に近いものです。 久しぶりにつげ義春の作品群に接してみたくなりました。にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ
文学

秋雨

今朝はひどい雨で、通勤の車から見る街はけむって見えました。 気温も低いし、よっぽど休んでしまおうかと思いましたが、気を取り直して無事出勤いたしました。 白露の 色はひとつを いかにして 秋の木の葉を ちぢに染むらむ 古今和歌集にみられる藤原敏行の歌です。新版 古今和歌集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)高田 祐彦角川学芸出版 雨の色は一つなのにどうして秋の木の葉をこのように様々な色に染めるのだろうという、色彩感覚豊かな幻想的な歌ですね。 車から見る秋の木の葉に、このような幻想を見ることも無い無粋な私ですが、雨をただ鬱陶しいと思わず、それもまた秋の風情と思えば、少しは慰めにもなりましょうか。 傘もささず、ずぶぬれになりながら、しかもゆっくり歩いているサラリーマンを見かけました。 彼は何を想い、あるいは無念無想であのように濡れながら平気な顔そいてあるいていたのでしょうね。 不思議な光景でした。 あるいは件のサラリーマン、この世の者ではないのかもしれません。 ずぶれて犬ころ 24歳で早世した自由律俳人、住宅顕信の句です。ずぶぬれて犬ころ住宅 顕信,松林 誠中央公論新社 この人はあまたの時に...
文学

物語の真実

時折、なんということもなく、来し方を思い、また今の状況を考え、憂いを帯びることがあります。 中年なればこそ、若い日の愚行は、愚かゆえに懐かしくも感じるもの。 しかし40代半ばの今も、愚行を繰り返して生きていることに変わりはありません。 ただ、愚かさの上に常識の仮面をまとっただけのこと。 時間というのは不思議なもので、確かに起きたことなのに、あらゆる事実が歪められ、あるいは誇張され、また、忘れ去られていきます。 だからこそ歴史学なる学問が生まれ、歴史学者は考古遺物や古い文書などを手掛かりに、昔の姿を再現しようと努めるのでしょう。 しかし、それが確かにそうだったかどうかなんて、分かるはずもありません。 なんとなれば、私たちは半日前のことですら、精確に再現することは出来ないからです。 最近朝日新聞が、従軍慰安婦は旧軍が組織的・強制的に行ったものだとする30年も前の記事を訂正しました。 そういう事実はなかった、あるいはあったかもしれないが確たる証拠はない、と。 その一事をもってしても、過去、この世で行われたことを精確に知ることはできないと得心がいくでしょう。 ゆえに私は、繰り返し、真実は物語の...
文学

テロリストの詩

我、その時を待ちわびたり。 時満つれば、その時が来たらむは必至なればなり。 我が一日千秋の思いで待ちたるは、現世の終末に他ならず。 義務たる教育を受けし折、日輪はやがて牙をむき、我らの住みたる世界を飲み込み、生きとし生けるものは滅するが必定なりと教わりし。 そを知りたる日の幸いは、言の葉にならず。 ただ我、夢見の心地して、如何にして日を過ごしたか定かならず。  しかれども、我が存命のうちにその時が来たらむべくもなきことを知りたり。 日輪の時は悠久にして、我らの時はあまりにも短かければ、日輪の怒り爆発すを待つは、釈迦の説く劫にも等しき時が経るを待ちたる他なし。 我が嘆き筆舌に尽くし難し。 嘆き、にわかに怒りに変じ、我が怒髪は天を突く。 ならば取るべき道は唯一つ。  願いを成さんに、我が力と謀をもって、生きとし生けるものに引導を渡すべからず。  これ、我が宿願にして、テロルに深く共鳴したる所以なり。 我、而していわゆるテロリストと呼ばれたり。 しかれども我に思想信条のあるべきか。 ただ破壊の王たるを願うのみ。 砂漠の国に出向きて破壊を為し、駅舎空港、人の集まりたる場所に出向きて火薬を揮う。...
文学

仇敵 -ボード-レール「悪の華」よりー

早いものでもうじき9月も終り。 すっかり涼しくなりました。 時の流れを嘆く言葉はあまりに多く、聞き飽きた感がありますが、ボードレールの「悪の華」に所収の「仇敵」の一部には心打たれます。 時は生命をくらい、 この見えざる仇敵は、 われらの心を蝕みて、 とくとく生血をすすり、 肥りはびこる。 時は金なりとか、光陰矢のごとしとか、時間を大切にするよう戒める言葉はあまたありますが、時を仇敵となじった詩篇は他に知りません。悪の華 (新潮文庫)堀口 大學新潮社 ボードレールの面目躍如といったところでしょうか。 確かに中年期にさしかかると、疲れやすくなったり、太ったり、髪が薄くなったり白くなったり、明らかに老化と言うべき現象に見舞われます。 私の場合、髪の変化や中年太りはありませんが、明らかに疲れやすくなったし、集中力も持続しくなったし、近くの物を見るときには近眼鏡を外すようになりました。 これは誰にでも訪れる加齢による現象で、如何ともしがたいものですが、やっぱり気持ちが良いものではありません。眼鏡を取って新聞を顔に近づけて読む様を見て、同居人は「爺くさい」と笑いますが、その同居人も、書類仕事では眼...
スポンサーリンク