散歩・旅行

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東京スカイツリー

秋の風に誘われて、江戸川を渡り、新中川、中川、荒川さえも越えて、ふらふらと押上から浅草あたりを散策しました。 時あたかも東京スカイツリーの工事中。 まだ建築途中の建物を一目見ようと、日ごろ人気のない押上あたりに大勢の人が繰り出していました。東京スカイツリーです。 浅草では尾張屋で天麩羅定食を食い、観音様にお参りし、煮込み通りを冷やかしました。 煮込み通りには真昼間から観光客や、場外馬券売り場帰りと思しき男性等が楽しげに一杯やっていました。 隅田川を下る観光船も客で一杯でした。 アサヒビールの22階喫茶ラウンジでコーヒーを飲み、家路につきました。 14,000歩も歩いて、少々疲れました。吾妻橋から見たスカイツリーとアサヒビールのモニュメントです。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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お伊勢詣り

二泊三日の伊勢・鳥羽旅行から昨夜帰りました。 初日の午後、雨に降られましたが、それ以外はなんとか持ちこたえてくれました。 まずは、豊受大神宮(とようけだいじんぐう、外宮=げくう)参拝です。 伊勢市駅から歩いて五分ほどで、外宮入口に着きますが、御宮までは十分以上歩かなければならず、また、社は見えないように塀や布で隠されています。 遠く鳥居から、二礼二拍手一礼の正しい作法で参拝しました。 お名前の「うけ」とは食物のことで、豊受大御神(とようけのおおみかみ)は食物・穀物を司る神です。このことより、衣食住、ひろく産業の守護神としてあがめられています。 内宮にまつられる天照大神の生活を守る神様です。外宮です。 お昼は伊勢名物、伊勢うどんです。 柔らかくゆでた太麺に、ほとんど生醤油に近いしょっぱいたれをたっぷりとかけたうどんで、正直、食うのが苦痛でした。名物にうまいもの無し、とは、この伊勢うどんからきているのでは、と思いました。伊勢うどんです。 満足いくものではありませんでしたが、昼を食って、バスで皇室の御祖神である天照大御神(あまてらすおおみかみ) を祀る内宮に向かいました。 こちらはたいへんな...
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行ってきます

これからお伊勢参りに出発です。 行ってきます。
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夏休み

今日から来週の水曜日まで、遅い夏休みです。 暑い時期に休んでも、何もする気が起きないと思い、この時期にしました。 予想は的中。すっかり涼しくなりました。 明日から二泊三日でお伊勢参りに行く予定です。 学生時代、外宮だけ参拝したのですが、内宮には足を踏み入れたことがありません。 今回は古来からのならわしに従って、外宮から内宮へと参拝しようと思っています。 伊勢神宮の他に、二見浦をぶらつき、帰りは乗換駅でもあるので、素通りばかりしてきた名古屋にも立ち寄ろうかと思っています。 去年は京都に行きました。 関西は歴史や文学に関する史跡があって面白いですね。 関東の片田舎に住む者にとって、都とその周辺はあこがれのまとです。 京都でとった宿は、大通りをはさんで向かい側に在原業平邸跡の石碑が建っていて、びっくりしました。 伊勢は古来から文学作品にも多く取り上げられ、江戸時代には参拝が江戸庶民にブームを巻き起こした社。 靖国神社と違って総理大臣や皇族が堂々と訪れても、何の問題も起きない真なる聖地です。 仏教と神道を比較すると、仏教は深い思想性が魅力で、神道はスタイリッシュな儀式や衣装が魅力ですね。 用明...
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暑い

今日は所用があって青山に出かけました。用事はすぐに済んだので、神宮外苑から表参道のあたりを散策しました。 陽射しはすっかり夏で、大汗をかきました。 青山通りはただの幹線道路なので、面白くありませんが、一歩裏道に入った、北青山のあたりは、趣味的な店が多くて楽しめます。 子供用の和食器専門店だとか、各種封筒だけを売る店とか。服屋もたくさんありますが、私はあまりファッションには興味がありません。 人に不快感を与えないような、清潔な服装をしていれば十分だと思います。 このあたりは、東京でも一番きれいなところですね。明治神宮など緑も多いですし。 四半世紀も前、私は神宮外苑に在る高校に通っていました。  学校帰りに南青山にあるオカルティズムの専門書店に行ったことがあります。 当時私は、オカルティズムによって、宇宙の真理を直感できるのではないか、と考えていたのです。 書店というより喫茶店といった趣で、インドっぽい格好や、仙人のような格好の奇妙な身なりをした人が数人、お茶を飲みながらオカルト談義に花を咲かせていました。  学生服の私は珍しがられて、色々と教えてくれました。 何か青少年を見ると、教えたく...
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東京西郊

2・3日と、東京西郊外を散歩しました。 府中や国立、八王子、それに23区内ですが高円寺などです。 東京西郊は都心から遠いわりに、人が多く、驚きました。中央線のブランド力なのでしょうか。 現在私が住まいする千葉市内はもちろんのこと、実家の東京都江戸川区よりもはるかに混雑していました。東京東部は都心に近い割に家賃が安く、穴場ですね。  府中の大国魂神社です。 広大な敷地に、多くの的屋が並んでいました。 3日の夜はくらやみ祭りという奇祭が催されるとか。一日早くて残念です。 府中の高安寺山門です。 水子供養とか墓地分譲とか、商売っ気の多い寺でした。 府中郷土の森の最寄り駅、分倍河原駅前の新田義貞公の銅像です。駅前で妙に浮いていました。 知る人ぞ知る国立の食器店、黄色い鳥です。 狭い店内に、多くの女性がひしめいていて、私はただ、呆然とするのみです。 高円寺です。不覚にも、高円寺というお寺が地名の由来とは知りませんでした。  お寺というのは大体において庭がきれいに手入れされていて、いかにも人工的な美という感じがします。一方神社は自然をそのまま残した森の風情が漂っています。どちらが良いかはお好みです...
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知らない町

これからほとんど足を踏み入れたことのない東京都下へ出かけてきます。 宿を八王子にとったので、府中や国立、多摩のあたりを散策してこようと思います。 ずいぶん軟弱な一泊旅行ですが、長時間の移動はストレスですので、病み上がりの私にはこれでも精一杯です。 行ってきます。東京都の歴史散歩〈下〉多摩・島嶼山川出版社このアイテムの詳細を見る
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戸山公園

昨日は戸山公園から早稲田あたりを散歩しました。 戸山公園の桜はまさに吹雪のように乱れ散っていました。もう季節は初夏に向かっているのですね。 早稲田大学には、土曜日だというのに多くの学生がいました。その若さの輝きがはかないものであろうとは、知ってはいても気付きますまい。 若さとは こんな淋しい 春なのか 自由律俳人、住宅顕信の句です。 25歳を迎える前に病で亡くなったこの俳人は、しかし、命のはかなさに気付いていたようです。それは病がもたらしたものなのか、あるいは深く信仰していたという親鸞上人の教えによるものか、今となっては確かめる術はありません。 精神病を発病してから、無常の念がますます強まっています。 しかしそれでも生きなければならないのですね。 人生楽ありゃ苦もあるさ、とか。 ここ五年ばからりは、苦しかありません。 そうであれば、次は楽、なのでしょうか?
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銀座を

ぶらぶらしました。 この街は、渋谷や池袋と違って、騒音が無いのがいいですね。道幅も広く、整然としています。私は精神病を患ってから、極端に音に弱くなりました。静寂こそ、最高の音楽です。 多くの中国人観光客と思しき人々が、和光ビルなどをカメラにおさめていました。気候もよく、最高を銀ぶらです。 しかし、あまりに整然としすぎていて、人間味に欠けるきらいがあります。ウォーターフロントと呼ばれる地帯と相通ずるものがあります。もっともウォーターフロントは、その無機質さが売りなのでしょうが、生身の人間にはあまりに冷たく感じられます。 私は中学生のころ、銀座にほど近い場所にある進学塾に通っていました。通塾中に工事をしていたセゾン劇場前のとんがり屋根の交番が、すっかり古びていました。あれから四半世紀、古びるのも当然です。私もまた、古びました。紅顔の美少年は小太りのおじさんになり、無限の可能性は失せ、今は精神科に通院しながら職業訓練を受ける身です。 諸行無常とはいいますが、ああ、はれ。
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初詣

昨日、初詣に出かけました。この10年、毎年参詣している東京大神宮です。ここはお伊勢様の東京分社ということで、お伊勢様に参詣するのは無理なので、ここへお参りしているのです。小さいながら趣深い神社で、清浄な気持ちになります。 ところが近年、マスコミなどで縁結びの神様と紹介されるにおよび、急激に参詣者が増加しました。多くは、30歳前後とみられる女性グループです。流行の言葉で言えば、婚活女子でしょうか。 狭い境内に大勢のおねえさまたちがひしめき合い、恋みくじなどをひいて真剣に読んでは、口々に感想を述べ合っています。 曰く「やばいよー。あたし、今年おとめ座でO型の人と運命的な出会いをするんだって。ごめんねえ」 曰く「ああ、今年は駄目みたい。待つ時期だって」 曰く「会った瞬間、キュンとするような出会いがしたい」 曰く「付き合うのと結婚はちがうからねえ。やっぱり収入とか出身とかもチェックしなきゃ」  これらは、嫌でも耳に入ってくる会話の一部です。 その姿は、いじらしくもあり、滑稽でもあり。 いずれにせよ、皆様の幸せを祈ります。
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神田

じっとしていると気が沈むので、神田須田町から神田神保町の界隈を散歩しました。 須田町は、戦災を逃れたとのことで、写真のミルクホールのような、古い家がちらほら残っていて、面白く感じました。古いとはいっても、関東大震災後のことですから、京都の町屋とはくらぶべくもありませんが。 昼飯は、有名な淡路町の神田やぶそばでもりそばを食いました。えらく量が少なくて、二枚食いました。大方の客がそうしている様子です。蕎麦湯がばつぐんに旨かった以外は、とくだん特徴はありません。 ただ、土曜日のせいか、昼から熱燗をつけている紳士が多いのには驚きました。 古書店街の神保町では、私の得意な国文学を扱っている書店を主に回りました。 太宰治の直筆原稿が400万円で売られていたり、永井荷風の走り書きのようなメモが25万円で売られており、文章を書いてこんなに金が儲かるものかと、切ない思いです。 歩きつかれてチェーンの喫茶店に入ったら、化け物じみた大声でわめきちらし、笑いあう初老の女性グループに辟易し、散歩を終えたのです。
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大国主命

今日、津田沼辺りをぶらついていて、偶然、菊田神社というお社をお参りする機会を得ました。 規模は小さいながら、風情あるたたずまいで、関東には珍しく、社殿は出雲大社系の造りと見えました。 神社の縁起を読むと、案の定、大国主命を祀っている、とのことでした。また同時に、藤原時平を祀っている、とも。 しかし、縁起には専ら藤原時平を祀った経緯ばかりがつづられており、大国主命を祀った理由には、一言も触れらていないのでした。 それはなぜか。 古事記でも日本書紀でも、大国主命が天照大神に国譲りをした話は、詳しく書かれていません。まるで大国主命が、何の理由もなく、差し出したごとくです。 しかし実際には、大きな戦が行われ、敗れた出雲側がやむなく天孫側に国を渡したと考えられます。 古くは、出雲の社殿には、縄が打たれていた、という言い伝えも聞こえます。 その古代史の闇は、今となっては解明のしようもありません。 しかし、敗者は常に、悪なのだ、ということは、今も昔も変わりません。 日本が米国に敗れたのは、悪だからではありません。敗れたから、悪なのです。 愚かな人間は、勝った負けたと言い募り、勝者は敗者を悪に仕立てる...
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ご近所

昼飯に鴨せいろを食い、そのままご近所を散歩しました。 日陰は寒いですが、太陽に向かって歩くと、暑いくらいですね。 公園の銀杏が、見事に色付いていました。 もう大分散った葉もあるようです。  実家には大きな銀杏の木があり、学生の頃、この時期になると、毎週末落ち葉を掃いた記憶があります。掃いても掃いても風に吹かれて舞い散る銀杏の葉に、いらいらさせられました。 しかし今、公園の銀杏を眺めるだけで、掃く必要もありません。
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荒木町

市ヶ谷から四谷荒木町の界隈を散歩しました。 本当は新宿御苑で紅葉を見る前についでにちょっと寄ろうと思っていたのですが、意外にも趣深く、つい、荒木町をぐるぐると歩き回ってしまいました。 京都の路地もかくや、と思うぐらい細い路地にバーや居酒屋、寿司屋などが並んでいました。 小さなアパートの一室をリフォームしたと思しき喫茶店には、老いた老人客と老いたマスターが、きれいな東京弁で漫才のようなおかしな会話を繰り広げ、私は笑いをこらえるのに必死でした。 石川啄木の「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」という歌を思い出しました。 標準語ではない、東京弁のなまりを、懐かしく感じずにはいられませんでした。 東京の東端を流れる江戸川こそ、私のふるさとです。 心に抱えた深い闇を、楽しい散歩は一時、忘れさせてくれます。 また明日から、闇に悩みましょう。
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水上バス

今日は浜離宮を散策しました。元は将軍家の鷹狩り場だったとのことですが、明治以降、園遊会や迎賓館として用いられたとのことで、たいそう立派な庭園でした。 その後、水上バスにのり、東京湾から隅田川を上って両国で下り、両国から錦糸町までぶらぶら歩いて、錦糸町から電車で帰りました。16,000歩、歩きました。
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