仕事

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異形の二人

梅雨だから仕方ありませんが、せっかくの土曜日、家に閉じ込められてしまいました。 ここ何日も精神的に落ちています。 仕事では、昔馬鹿にしていた、新しい機器の扱いが苦手で仕事の出来ないおじさんになってしまったこと、最近異常なくらいに寒がりになってきたことも、原因かと思います。 冷房の効いた職場では、半袖の下着の上に長袖の下着を着け、その上からYシャツを着て上着も着ています。 まるで真冬です。 周りには半袖の人もいるので、冷房が馬鹿みたいに効いているわけでは無いのだろうと思います。 肉体の衰えでしょうが、ちょっと極端なような気がしています。 左目はもう視野が戻ることは無いと言われているので、現状維持を目指す他無いことは分かっています。 怖いのは今正常な右目も視野が欠損していくこと。 10年もしたら、私は盲人になっているかもしれません。 そんな様々なことどもが、私を落ち込ませます。 精神病薬も長く飲み続けたせいか、耐性ができてあまり効かなくなっているような気がします。 何よりも、28歳で結婚してから29年連れ添った同居人と仲が良いのは良いのですが、ずうっと感じ続けてきた、人間は私達二人だけで、...
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衰え

最近、色々な意味で意欲を失っています。 このブログ一つをとっても、以前は長くて意味深な記事を多く書いていましたが、今は日常の雑事を書くことしか出来なくなりました。 仕事もそうです。 かつて私は、誇り高かった父と同様、誰よりも高いプライドを持ち、自信満々で仕事に当たっていました。 それが今では、誰もが自分よりも優秀で、自分は愚かな役立たずに過ぎないと思うようになってしまいました。 これが老化でしょうか。 今日は昼にバジルのパスタとサラダ、それに珈琲を2杯いただき、その足で買い物で出かけました。 我が家の食卓に欠かせないフルーツトマトと、炒め物を作るために椎茸とインゲン、それに鰹の刺身とゲソの刺身を購入しました。 さらにヤマダ電機に足を延ばし、スマホ用のタイプCの有線イヤホンを買いました。、 ブルートゥースのイヤホンを使っていたのですが、最近調子が悪く、単純で最強の有線にしたというわけです。 今日もまた、雑事を書き連ねてしまいました。 このまま私は衰えていくのでしょうか。
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新年度

4月1日。 今日から令和8(2026)年度です。 私は就職35年目を迎えました。 35年前、私は文部省(当時)の事務官として地方機関に採用されました。 採用の日、私は新人代表で日本国憲法を遵守し、職務に精励することを宣誓しました。 とてつもなく昔の出来事のようにも、つい昨日のことのようにも感じます。 月日は流れ、、小泉改革により、多くの国立機関が法人となり、私の職場も例外ではなく、目出度く団体職員となりました。  初々しい新人職員も入ってきました。 これから長い勤め人生活が始まるわけです。 ご苦労が多いとは思いますが、幸多かれと願います。
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現職死亡

今日、一つ上、57歳の先輩ががんのため亡くなった、との訃報が流れました。 私の職場では、毎年のように現職で亡くなる方がいます。 ブラックな職場では無いのですが。 とにかくショックです。 優しくて人懐っこい人でした。 良い人ほど早死にするようです。 それなら私は長生きでしょう。 憎まれっ子世にはばかると言いますから。
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懲役43年

この週末も終わろうとして、毎週のことながら憂鬱です。 日曜日の夕方から月曜日の朝が憂鬱なのは、サラリーマンなら誰でもそうでしょう。 それを逆手にとって、月曜日が、待ち遠しい、というコピーのCMが流れた時期がありました。 大嫌いでした。  今、定年退職は65歳ということになっています。 私が就職した時は60歳でした。 5年も伸びて、懲役は38年から43年になりました。 56歳の私には、まだ9年間もの刑期が残っています。 精神をやられ、血圧は高く、肝障害もあり、糖尿の数値も高くなっています。 そのうえ今度は左目を手術することになりました。 年金が大幅に下がっても、健康のためには退職したほうが良いのかもしれませんが、貯金が尽きたら働く羽目になります。 9年間、なんとかしのいでいられれば良いのですが、自信はありません。 きっとこれまでの9年よりも、ずっとしんどいものになるでしょうから。
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雨の休日

雨の休日。 昼食のため外へ出た以外は自宅に閉じ込められました。 食ったのは鴨南蛮。 熱いつゆが身に沁みます。 気温はそれほど低くありません。 確実に、春が近づいている感じがします。 春が来れば年度末を迎え、また馬鹿げているほど忙しい日々がやってきます。 この3月で就職して丸34年が経ちます。 来年度は35年目、57歳になります。 何事も為さず、何者でも無いまま、ただ年だけが過ぎていきました。 雨の日は訳もなく心が沈みます。
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疲れる(国際シンポジウム)

一昨日、昨日と都内、一橋講堂で主に欧州の研究者を多く呼んだ国際シンポジウムを開催しました。 私は主担当を務め、二日間、業者やら研究者やら運営スタッフやらから矢継ぎ早に質問がとび、携帯は鳴りっぱなしで、走り回りました。 半年も前から少しづつ準備を進めてきて、先週一週間は残業の日々でした。 それでも、終わりました。 この手の物は準備が何より大切で、始まってしまえば走り回っているうちに終わってしまいす。 昨夜は6日ぶりに酒を呑みました。 とりあえず、ほっとしました。
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年末年始休暇

今日から年末年始の休暇に入りました。 9日間。 長いようで短い休暇です。 しかし私の心は晴れません。 仕事始めから5日後の土日に大規模なイベントがあり、私がその主担当だからです。 何となくモヤモヤします。 休みの間は忘れられればいいのですが、それが出来ない悲しい性分です。
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来し方行く末

急ぎの仕事がなく、ぼんやり過ごすことが多くありました。 そんな時頭をよぎるのは、来し方行く末のこと。 34年間、国立の研究施設で事務職として働きました。 仕事は大して面白いものではなく、なんとなくこなしてきました。 一時パワー・ハラスメントの被害にあって、精神病を患い、治療は今も予防的に続いていますが、まぁまぁ働いてきたつもりです。 それなのに年を取って何事も億劫になったらしく、手を動かす仕事が面倒でなりません。 しかし私は兵隊に過ぎず、指揮を取る立場にはありません。 手を動かさなければ単なる働かないおじさんになってしまいます。 昔のような馬力は無くなり、仕事を前に立ち尽くす初老の男がいるだけです。 あの時こうしていれば、という後悔は山のようにありますが、私はただ安定だけを求めてこれまで生きてきました。 人は毎日小さな選択を重ねて生きています。 お昼に何を食べようか、どの服を着ようか、小さな選択の連続です。 その選択の結果として、今の私が在るわけです。 それは間違いだらけだったのではないかと、今になって思います。 私よりも2歳上の先輩は2年前に早期退職しました。 「若返りたい」という不...
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片隅

60歳まであと4年、65歳まであと9年となりました。 61歳から役職定年を迎えてヒラだかパートだかになり、給料はフルタイムでも3割減。 まだ遠い先の話だと思っていた還暦が近づいているのを感じます。 しかし4年前を振り返り、このブログで4年前何をやっていたかを読んでみると、4年とはとても長い年月だと感じます。 まして9年なんて。 過ぎてしまえばあっという間とか申します。 それはそうなのでしょうけれど、これからの4年なり9年なりは気が遠くなるほどの長さです。 多くの先輩が定年を迎えて辞めていきました。 最近の先輩はパートなどで何年か職場に残りますが、65歳まで勤める人は稀なようです。 私が60歳を迎える頃、業界の常識はどうなっているのでしょうね。 65歳まで働くのが普通になっているのか、人それぞれなのか。 私は元気ならばと言う条件付きで、65歳まで働いても良いと思っています。 人間はどこまでいっても社会的生き物。 社会の片隅で、お役に立てれば有難いと思います。
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偉い人

職場の上司が体調不良で3日間休んでいます。 風邪だと言っていたので、放っておいたら、さらに上の職階にある偉い人から報告が無いと叱られてしまいました。 無断欠勤でもないし、重篤な病気でもなく、ただの風邪なのに。 3日は風邪にしては長いですが、あり得ないことは無いと思います。 あんまり偉い人にはなりたくありません。
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国家的詐欺

今日は職場が電気系統の点検のため、一斉停電するとのことで、臨時特例特別休暇といういかめしい名前の休暇でした。 しかし空はどんよりと曇り、気温も低く、そのせいかくしゃみが止まらず、パブロン鼻炎カプセルを通常の倍の量飲んでしのぎました。 出かける気にはなりません。 お昼に近所の中華屋に行き、その後食後の珈琲を飲みに喫茶店に寄り、夕飯の買い物をした以外は家からでませんでした。 世間では今日は普通の月曜日ですが、私はお休み。 しかし世間が動いていると、何となく落ち着きません。 仕事に行きたいとは思いませんが、34年間に及ぶ長いお勤め生活のせで、習い性となり、職場に行くのが当たり前になってしまっていたのですね。 怖ろしいことに奴隷根性が沁みついているのに、自分が奴隷だと気付かなかったわけです。 ご赦免船がやってくるのは60歳のはずでした。 しかし近いうちに定年年齢は65歳に引き上げられるとか。 国家的詐欺ですね。 でも仕方ないのです。 少なくても収入を得なければなりませんから。
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老兵

勤労意欲の無さに苦しんでいます。 元々仕事は嫌いですが、嫌いなものはさっさと片づけて楽になろうという意味での意欲はありました。 50歳を過ぎた頃からでしょうか。 仕事を後回しにするようになり、いつもギリギリまで手を付けないのが当たり前になってしまいました。 じつはそういう人は結構いて、使えないおじさんだと馬鹿にしていました。 自分がそうなるとは思っていませんでしたが、人に起こることは自分にも起こるというのが一面の真実であるならば、私がそういう年になったということでしょう。 思えば出世とは縁のない社会人生活です。 ヒラでこそありませんが、一生ソルジャーです。 年功序列というのはじつは結構良い制度で、年とともに給料が上がれば結婚や出産も考えることができます。  また、地位が高くなれば手を動かす仕事は減り、会議に出て意思決定に参加したり、部下に指示を出すことが主になります。 人間年をくえば何事も億劫になりますが経験は積むので判断に適してきます。 それらが年功序列の良いところ。 しかし私のように、人生の一時期、病気で休職を繰り返すと、年功序列の恩恵に与れなくなります。 常に最前線で若い者の足手...
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仕事は楽しい?

三連休の最終日。 不思議と、それほど落ちていません。 最近始めた呪文「仕事は楽しい」と心の中で何遍も繰り返すのは、意外と効果があります。 要は脳をごまかすのです。 私は今まで仕事は地獄だと思いながら34年間、働き続けました。 しかし見方を変えれば、楽しいことも多少はあったわけで、それを過大視してみれば、仕事は楽しいという結論にいたります。 気休めみたいなことですが、無いよりマシです。 明日も職場にいる間中、「仕事は楽しい」と心の中で唱え続けましょう
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老いたり

今日は命令により日曜出勤。 嫌になりますが、代わりに明日がお休みです。 そう思えば、理不尽な日曜出勤も耐えられるというものです。  最近、自分が馬鹿になってきたように感じます。 物覚えは悪いし、ちょっと前のことをすぐに忘れてしまうし、若年性認知症なんじゃないかと思うほどです。 それが加齢による普通のことなのか、私に異常事態が迫っているのかは分かりません。 それと情報系にめっぽう弱くなったこと。 職場にいる20代の若手職員は、論理的にはコンピューターやスマホのことを理解していなくても、直感的に分かってしまうようで、初老に達したおじさんには神業のように見えます。 私が就職した頃はウィンドウズ95が発売される前で、ワープロで仕事をしていました。 通信手段は電話と手紙とファックスだけです。 おそろしく時間がかかります。 そしてパソコンの出現。 これが仕事のやり方を根本的に変えました。 メールの他にもスラッグだとかいうものがあって、情報は瞬時に飛び交います。 メールは一日に50通以上届きます。 おじさんには辛い道理です。 もう付いていけないように感じています。 そろばんやワープロで仕事をしていた...
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