その他

スポンサーリンク
その他

彼岸

暑さ寒さも彼岸まで、と申します。 その言葉どおり、めっきり涼しくなりました。 明日の首都圏は23度前後というから驚きです。 お彼岸という風習は、インドや中国には存在せず、もっぱら日本独自の習慣だそうです。 ということはつまり、現在仏教行事として行われてはいますが、日本古来の土俗的な風習であったと思われます。 昼の時間と夜の時間が同じになる春分の日と秋分の日、あの世とこの世のゲートが開いて、亡き祖先をお迎えするというわけです。 とは言っても、私は亡き父や、その他の祖霊と出会ったことはありません。 あくまで気持ちの問題。 祖霊信仰をよくするわが国の人々の祈りが、お彼岸を生んだものと思われます。 見えないけれどもいるんだよ、ということでしょうか。 それは怖ろしいことではなく、むしろ祖霊を家族として迎え、一時の歓談の末、あの世に送り返す、心温まる行事ということでしょうね。  私は明日、約1年前に亡くなった義父をお迎えに、墓参りをするつもりです。 もちろん、目には見えず、声を聴くこともありません。 ただ現在を生きている私たちが、そうであったら良い、という思いを込めて、墓参りに臨むわけです。 私も...
その他

誕生日

今日、51歳の誕生日を迎えました。 51歳、昔だったらそろそろ寿命が近づいている年齢でしょうか。 人間(じんかん)五十年とか申しますし。 しかしながら、平均寿命はぐっと延びて、男は、たしか81歳だったように思います。 現在の平均が81歳ですから、栄養事情の向上や医学の進歩によって、もっと伸びる可能性が大きいと思います。 そうすると、何か大病を患うとか、事故にあうとかしなければ、あと30年以上生きることになります。 もしかしたら、100歳超えまで生きて、今はやっと半分かもしれません。 50代をまだ若いとみるか、だいぶくたびれてしまったとみるかは、個人差が大きいので何とも言えないところです。 見た目の印象も個人差が大きいでしょうね。 髪が寂しくなってしまうとか白くなるとかいうのは、一見して分かりやすい特徴です。 私はなぜか黒々ふさふさ、遠目には若く見えるかもしれませんが、近くで見ると染みが目立つようになりました。 見た目の変化以上に、肉体にも精神にも衰えを感じます。 緑内障のため、左目はかすんでいますし、突発性難聴を患った後遺症で、右耳がよく聞こえません。 散歩に行くのも億劫だし、帰宅後に...
その他

運転

やっと、梅雨もあけたようですね。 今年の梅雨は嫌になるほど長いものでした。 昨日は義父の新盆のため、寺にお経をあげてもらいに行きました。 普通なら坊さんが檀家をまわるのでしょうが、義母が散らかった家に坊さんをとおすのを嫌がったためです。 最近、車の運転はもっぱら同居人が行っています。 練習の意味もあるのでしょうが、運転が面白くなってきたようです。 義母の家、職場、寺、精神病院などに行けるようになりました。 普通に走れるようになったと言えます。 駐車の技術は私より上かもしれません。 最終目的は、高速道路に乗って、江戸川区の私の実家に行けるようになることです。 そうすれば、車で行っても酒を呑むことが出来ますから。 今年も去年も正月の挨拶の際、偽ビールしか飲むことができませんでした。 電車で行けばよいのでしょうが、それはいかにも億劫というものです。 しかし、同居人は今まで一度も高速道路を走ったことがありません。 なんでもスピードを出すのが怖いそうです。 また、進路変更も。 高速教習の必要がありますね。 私が隣に座っていれば、どうにかなるのではないかと思います。 長いこと、同居人は車の運転を嫌...
その他

連休最後

今日で4連休も最後。 明日からまた仕事に行かなければなりません。 嫌ですが、飯の種である以上、行って仕事をしなければなりません。 今朝はひどい雷で、どうなることかと思いましたが、その後晴れて暑くなりました。 休日恒例の朝湯を楽しみ、卵とソーセージで炊き立ての飯をたっぷり食い、その後二度寝しました。 午前中に洗濯と一週間分の食料の買い出しをすませました。 晩酌の友に、甘塩きんきとイカの丸焼きなどを購入。 昼は冷やし狸そばを食しました。 昼飯を食って、昼寝。 なんだか今日は寝てばかりいます。 寝逃げしようという意識はないのですが。 これから本日2回目の風呂に入り、夕食の支度です。 夕食は、甘塩きんきの塩焼き、イカの丸焼き、椎茸と小松菜の炒め物、フルーツトマトです。 酒を呑むので、白飯はなしです。 連休最後の夜。 今から暗くなるのは損です。 明日の朝暗くなれば良いのです。
その他

一周忌

今日は義父の一周忌でした。 朝はひどい雨で、どうなることかと思いましたが、法事が終わるころには雨もあがり、墓参り、昼食会と、気持ちよく過ごせました。 義父は日立に勤める技術屋で、およそ私には理解不能な物理学なっどの本を読んだり、2時間も3時間も散歩したり、書道に励んだり、なかなかの趣味人でした。 それが昨年の7月、突如として原因不明の感染症を発症し、ほどなくして、帰らぬ人となりました。 今思えば、コロナだったのかもしれません。 義父の冥福を祈ります。 合掌。
スポンサーリンク