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文学

ヴィオロンのためいき

来週の日曜日、出勤命令が出たため、今日は振替でお休み。 ここのところ、しょっちゅう休んでいるような気がします。 それだけに、明日からの出勤が憂鬱です。 今日はとくだん何もせず、だからこそ頭がぼうっとして、珈琲を5杯も飲みました。 それでも、頭が重い感じは抜けません。 なんとなく、憂鬱な秋の日です。  秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。  鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや。 げにわれは うらぶれて こゝかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな。 「海潮音」に見られるヴェルレーヌの詩です。 わが国ではこの詩がヴェルレーヌのなかでも最も有名なのではないでしょうか。海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)敏, 上田新潮社 私は真面目な木っ端役人。 うらぶれているわけではないでしょうが、とび散らふ 落ち葉であるような気がします。 春愁秋思なんていう言葉があります。 春の憂い、秋の物思いをあらわした漢詩の一節ですが、誰の詩か忘れました。 本来過ごしやすいはずの春や秋にメランコリーを感じるのはなぜでしょうね。 あるいは過ごしやすいからこそ、...
その他

秋晴れの日曜日。 昨日とはうって変わって早起きしました。 6時には起床。 朝湯を楽しんで、飯。 あまり食欲がなくて、めかぶと飯だけ。 同居人が寝ている間に週に一回の洗濯を済ませました。 その後給油ついでに洗車しました。 愛車のインプレッサ、ぴかぴかになりました。 最近、セルフのガソリンスタンドばかりになりました。 セルフが普及するまでは、洗車は小銭を払ってガソリンスタンドの人に任せていたのですが、今は自分で洗車機をまわし、拭き取りも自分でやらなければなりません。 面倒くさいことこの上ない。 帰宅すると同居人が起きていて、朝飯にカロリーメイトを食していました。 お互い貧しい朝飯です。 昼までのんびりして、11時半に蕎麦屋の開店と同時に昼飯に繰り出しました。 私は定番の鴨せいろ。 同居人は天ざる。 昼酒はなし。 食後、近所を1時間程度散歩。 この時期、散歩が気持ちよい。 その足でスーパーにより、今日の夕飯と、一週間分の食料を購入。 晩飯は、我が家の食卓に欠かせない、フルーツトマト、オクラや長芋が入ったねばとろサラダ、塩焼き用のアジを購入。 なんだか魚ばかり食っています。 明日、休暇を取って...
その他

思い癖

今日は同居人が休日出勤。 一人のんびり過ごしました。 起床は11時。 普段こんなに寝ることはないのですが、一週間の疲れが出たようです。  朝昼兼用の飯。 さすがに腹が減って、白飯をおかわりしてしまいました。 こんなことは10年以上なかったことです。 昼飯を食って、早々に夕餉の買い出し。 中落ちとイカの刺身、それにフルーツトマトとブロッコリーを購入。 帰宅してソファーに座ってくつろいでいたら、眠ってしまいました。 約2時間の昼寝。 よく眠れるものです。 眠気覚ましに珈琲を2杯。  同居人はおそらく18時頃帰ってくるので、ブロッコリーを茹でなければなりません。 こんな風に日常を過ごしながら、少しづつ、老いていくのですね。 最近、52歳にして、老いということを考えるようになりました。 明らかに肉体も精神も衰え始めているように感じます。 疲れやすい、寝ても疲れが取れない。 夕方になると目がかすむ。 近くの物を見るとき、例えば新聞を読むときなど、眼鏡を外さなければよく見えない。 高脂血症、高血圧、緑内障、双極性障害などの持病を持ってしまい、休みというと病院通いばかり。 記憶力が落ちたのか、人の名...
社会・政治

期日前投票

今日は先週の日曜日に出勤したため、その振替でお休みでした。 しかし、平日に休むとメールがたまるので、ちょいちょいメールの確認をしました。 そうしたところ、どこかのおじいちゃんから無理目の要求をする面倒くさいメールが届いていて、メールで関係各所に根回しをし、おじいちゃんに返信しました。 国立の学術機関が行っている若手の研究者に対する指導を、市民大学か何かと勘違いして問い合わせをしてくる、主にお年寄りが時折います。 面倒なことです。 結局、振替休日のはずが、在宅勤務みたいになってしまいました。 10月31日(日)も、某重大会議のため、出勤を命じられています。 選挙の日です。 私が住む選挙区は、小選挙区が自民1、立民1の二人だけが立候補しており、一騎討となります。 かつての民主党政権の悪夢を鮮明に覚えているうえ、共産党と閣外協力すると言うに及び、政権交代は絶対に避けなければならないと思い、期日前投票に出かけ、自民党の候補者に投票しました。 それ以外は特に何もせず、なんとなく心が休まらない、つまらない休みになってしまいました。
社会・政治

100歳

人生100年時代という言葉を耳にします。 そこまではいかないだろうと思っていました。  しかし、総務省の調査によると、2050年には100歳以上の人口は50万人以上になるそうです。 2050年というと、生きていれば私は81歳。 そこからさらに20年もあるとは信じられないことです。 元気な100歳なら嬉しいかもしれませんが、満身創痍みたいになって、やっと生きているなんていう状態になるなら、適当なところでお迎えが来てもらったほうが良いように思います。 人生100年時代は、当然、少子高齢化の結果として現れます。 現役世代が減少し、ご隠居が増えるわけですから、年金は減少し、長く生きる分貯金も底をつき、生きるに生きられない、ということも有り得ると思います。 で、簡単な解決方法は、老人にも働いてもらうということ。 現在、60歳が定年で、65歳まで再雇用、という組織が多いと思います。 これを5年なり10年なり伸ばせば、少子高齢化による問題の多くが解決できる、と総務省は考えているようです。 しかしこれは、なぜ定年退職というものが存在するのかを考えない、いわば机上の空論とでも言うべきものです。年を取ると...
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