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美術

「八犬伝」展

千葉市美術館に「八犬伝」展を観にいきました。 「八犬伝」は、小学生の頃、子供向けのダイジェスト版を夢中で読んだ記憶があります。今で言えば、山田風太郎の伝奇小説のような感じでしょうか。 その後、中学生になって、芥川龍之介の「戯作三昧」を読みました。これは滝沢馬琴が「八犬伝」を執筆しながら、三昧境に陥るさまを描いた、芸術至上主義の作品と読みました。 今日観た展示は、錦絵あり、和綴本あり、歌舞伎あり、映画あり、人形ありの、賑やかなものでした。 それにしても、晩年、馬琴は視力を失い、妻に口述筆記させて、29年もの歳月をかけてこの大長編を完成させたことは知りませんでした。 その執念には、恐怖すら感じます。
仕事

復職先

先ほど上司から、復職先の部署が決まった旨電話がありました。 図書係です。 私の職場は、文部科学省所管の研究機関ですので、膨大な蔵書を抱えています。 その蔵書を整理・保管し、閲覧に供したり、貸し出したりすることと、新規に図書を購入する契約をしたりする仕事です。 業務量はほとんど無限にありますが、特に締め切りもなく、のんびりできる仕事でもあります。 ここでとりあえず半年程度リハビリを行い、来年度以降の配属は年度末に考える、とのことです。 若い女性のアルバイトがたくさんいる、華やかな部署でもあります。 とりあえずは、ほっとしました。
散歩・旅行

お祭り

町内会のお祭りが開かれていました。 参加者は少なく、子供ばかりのお神輿と、わずかな露天商が並ぶ、小さなお祭りです。 それでも、子供たちは無用に元気で、お祭りを楽しんでいる風情でした。 私は子供たちの様子を見ながら、無限の可能性を秘めた未来が広がっていることに淡い嫉妬を感じつつ、これから人生の荒波に漕ぎ出していかなければならないその辛さをも感じました。
精神障害

自助グループ

隣の市で行われている精神障害者の自助グループの会合に出席しました。 出席は、一年半ぶりです。 そこで、ショッキングな事実を告げられました。 私と同世代の統合失調症患者が、亡くなったというのです。 遺族は、死因を語らないそうです。 タイ人の女性と付き合っていて、彼女を追ってタイに移住したが、あっさりふられ、二ヵ月後に帰国。帰国から三ヵ月後に精神病院に入院。院内で亡くなったそうです。 その人とは、何度か飲みに行ったり、カラオケに行ったりした仲です。 統合失調症患者とは思えない、しっかりした人でした。 それが、今はありません。 数ヶ月前だったら、私はこのニュースに耐えれなかったかもしれません。 人は放っておいてもいずれ死ぬもの。 今生きている私は、この命を大切にしなければならない、と肝に銘じました。
精神障害

診察

今日は週に一度の診察日でした。 主治医からは、ほぼ目指していた状態になった、とのことで、10月1日の復職まで、体を動かすなどして体力を回復させることと、職場とよく話し合ってソフトランディングできるようにするように言われました。 最近、私は退屈です。仕事にでも行ったほうがましだと感じています。 主治医に言わせると、退屈を感じるようになったことこそ、治癒の証拠だということです。 しかし、元気だった頃の自分と、今の自分をどうしても比べてしまいます。 なかなか今の自分で良いのだ、と開き直ることはできません。 それが出来たときこそ、完治なのでしょう。
散歩・旅行

大町自然観察園

爽やかな秋の風が吹いたので、千葉県市川市の大町自然観察園まで足をのばし、散歩しました。 小さな動物園もあって、小学4年生くらいの子供たちが遠足に来ていました。ずいぶんにぎやかでした。 遊歩道が整備されていて、ゆっくりと歩きました。途中、熱帯植物の温室もありました。  最近体調が良く、散歩が楽しく感じられます。
散歩・旅行

チーバくん

千葉国体のイメージキャラクターのチーバくんに会いました。 場所は、千葉県立現代産業科学館です。 じつは、写真のチーバくんには、私の知り合いが入っています。 チーバくんに入ると、とたんに人気者になるので、つい、パフォーマンスにも気合が入るそうです。 本職は、千葉県職員です。 楽しそうな職場で、うらやましく感じました。
その他

つり革

NHKの「熱中時間」で、つり革に魅せられた青年が扱われていました。 電車マニアは数多くいるようですが、つり革マニアというのは初めてみました。いちいちのつり革に、「無垢」を感じたり、「人生」を感じたりしているそうです。 人間精神の運動は、じつに様々な対象に向かうものだと、感心しました。  石川淳の「至福千年」では、「悪事を究めて聖に至る」という思想が語られています。 それなら、「つり革を究めて彼岸に至る」ということがあってもいいでしょう。 つり革のブログを開設しているそうです。URLは以下のとおりです。
社会・政治

バブル

テレビのニュースショーで、ジュリアナ東京の一夜限りの復活の様子が放送されていました。 バブル全盛時、私は大学生で、世の中の狂気じみた浮かれ騒ぎを、冷ややかに見ていました。 私が社会人一年生の時、バブルははじけ、世の中は失われた10年へと向かっていきました。私の社会生活は、始まりから、暗鬱な空気に包まれていました。  小泉首相の登場で、国家公務員だった私は、独立行政法人職員となりました。 給料は上がらず、人が減らされ、仕事は増える。職場のシステムは大変革を迫られる。そのストレスに耐え切れず、精神病を発症しました。 そして、今、年金やら、景気後退やら、赤字国債やらと、嫌な話ばかりです。 無常を感じずにはいられません。 精神病と社会状況のダブルパンチで、私はすっかり白けてしまいました。 それでも、生きなければならない。 そのしんどさに、私は呆然とするのです。
精神障害

頓服

このところ飲んでいなかった、頓服の効不安薬、デパスを飲みました。 復職まで一ヶ月をきって、なんとなく不安なのです。 押しつぶされそうな不安というわけではありません。 ただ、復職の部署がまだ決まっていないこと、復職後の私がどう受け入れられるのか、といったことを考えて、ぼんやりと不安なのです。 しかし、この不安を乗り切らなければ、復職など不可能です。 復職の時期を先延ばしにしたところで、同じことでしょう。 芥川龍之介は「将来に対するぼんやりとした不安」を理由に自殺しました。 誰だって、将来はぼんやりと不安だろうと思います。  精神的には、今日一日を生きればよい、というその日暮らしを重ねていくしかないのかなと思っています。
その他

ママ・ドレッシング

実家に行きました。母が作ってくれたドレッシングが無くなったからです。 母が作るドレッシングは独特で、私はこれがなければ食事が出来ないのです。 何にでもかけて食べます。  ママ・ドレッシングのほかに、松茸と鰻の白焼きをもらい、ドレッシングをかけたオニオンサラダとともに、一杯やりました。 至福の時でした。
精神障害

診察

今日の診察には、職場の上司が同席してくれました。 10月1日復帰に向けて、主治医から、リハビリ出勤について話がありました。 上司は、主治医の意見を尊重し、比較的業務量の少ない部署で、最初は半日勤務からスタートする、という話をしてくれました。 非常に安心しました。 七ヶ月も休んでいますから、体力・気力がフルタイム労働についていけるか心配だったのです。
精神障害

昼寝

休み始めてから、ほぼ毎日二時間ちかくも昼寝しています。 勤めていたときも、昼休みは必ず30分、机に伏して寝ていました。  昼の、眠っているような、起きているような、曖昧な夢が好きです。 怖い夢、悲しい夢もありますが、時にはいとおしいような夢もあります。 そんなとき、目が覚めてなお、私は夢の残滓に酔うのです。 復職したら、二時間もの昼寝は不可能になります。 これから少しづつ、昼寝の時間を減らし、運動したりして、事務仕事に耐えられる体力を作らなければなりません。 そう考えると、もう一ヶ月を切ってしまったと、軽い焦りを感じます。 一方、だめならまた休めばいいか、という開き直りに似た感覚もあります。 絶対に復職を成功させなければならない、と考えると、かえって失敗するような気がします。
映画

20世紀少年

話題の映画「20世紀少年」を観ました。 少年時代に作った世界の終わりを予言する言葉が、予言どおり実行に移され、それを阻止しようとするかつての少年たちの話です。 世界の破滅、という観念には、どこか人を浮かれさせる作用があるように思います。 ナチスドイツの焦土作戦、「我々は世界を焼き尽くす」という言葉。 アメリカの「太陽の寺院」による集団自殺。 日本でも、オウム真理教が起こした事件は、今でも鮮烈に記憶に残っています。 特に前世紀末、多くの霊能者や新興宗教によって、世界の終わりが予言されました。 しかし、人間は意外としぶといものです。そう簡単に滅んだりはしません。 この映画は、それらの土台の上に作られています。 私は残念ながら、原作を読んでいませんが、たいへん魅力的な物語でした。 第3部まで製作される、とのことで、続きが楽しみです。20世紀少年 第1章 終わりの始まり 通常版 唐沢寿明,豊川悦司,常盤貴子,香川照之,石塚英彦VAP,INC(VAP)(D)20世紀少年(第2章) 最後の希望 通常版 豊川悦司,常盤貴子,平 愛梨,香川照之,唐沢寿明バップ20世紀少年 ぼくらの旗 通常版 唐沢寿明...
精神障害

昼食後、うとうとしていると、夢を見ました。 中学時代の同級生があらわれて、私をなぐさめてくれました。 なぐさめるといっても、何をするでもなく、何を言うわけでもありません。ただ、一緒に悲しんでくれるのです。これが慈悲というものでしょうか。 その同級生とは特に親しかったわけではないのですが、共感力というか、そういうものがあって、人気がありました。 私は逆に、幼い頃から、自分にも他人にも厳しい面があって、その同級生に惹かれたのだと思います。  今は地元の商店街の女将さんです。 ずいぶん太って貫禄がついた、とか。  私は同窓会に出席したことがありませんが、今度、もし案内がきたら、顔を出してみようかと思いました。
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