2014-06

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映画

ホーリー・モーターズ

カラックス監督の10数年ぶりの新作、「ホーリー・モーターズ」を遅まきながらDVDで鑑賞しました。 カラックス監督はフランスで若くして才能を認められた鬼才ですが、その難解さから、興行的には奮わないようです。 この美しくも切ない作品も、その美しさよりも難解さが際立っていたように感じます。 朝、スーツを着込み、リムジンで颯爽と通勤する中年男。 リムジンの運転手は美女です。 どんな大会社の重役かと思いきや、車中で薄汚れた老女に変装し、リムジンから街中に降り、乞食を始めます。 観る者はひどい混乱に突き落とされます。 しばし乞食をしていたかと思うとリムジンに戻り、「次のアポは?」と一人ごちながらファイルを手に取ります。 そして着替え。 今度は狂人としか思えない衣装で車を降り、墓地の花束を喰らったり撮影中のモデルをさらったり。 途中、リムジンに彼の上司と思われる老人が乗り込み、少し会話をするのですが、彼の仕事は命じられるままに他人になりすまし、何事かの行為をなすことにあることが推測されます。 そしてその中には、殺人までもが含まれます。 少女を迎えにいく平凡な父親になりすましたり、殺人犯になりすました...
社会・政治

Dデイ

雨に閉じ込められて、BSのニュース番組ばかり見ています。 欧米の放送局は、昨日がノルマンディー上陸作戦を開始したDデイから70周年にあたることと、その式典のことばかり流しています。 90歳を越えた元兵士たちを前に、自由と民主主義という正義を守るために自己犠牲を厭わなかった作戦の参加者すべてが英雄だ、などと各国の指導者たちは歯の浮くような褒め言葉を並べ立てていました。 嗤わせてくれちゃいます。 強い軍事力と時の運によって連合国軍が勝利を収めただけの話です。 ナチズム(国家社会主義)の正義を信じて戦い、武運拙く敗れたドイツ兵たちもまた、英雄でしょうに。 わが国には古来から、敵味方供養という弔いの方法がありました。 その時は死闘のかぎりを尽くしても、戦が終れば敵も味方もないという考え方に基づき、敵味方双方の犠牲者を供養するための法要を営むわけです。 喧嘩両成敗にもつながる冷静な態度です。 現代、わが国では自由と民主主義が正義とされています。 しかしそんなもの、時代が変わればどう変化するかなんて、誰にも分かりません。 絶対王政や封建主義に戻る可能性は極めて低いですが、現代人には想像もつかない新...
仕事

会議

午前中は虎ノ門の某機関で会議でした。 会議は思いのほか順調に進み、10時に始まって11時半に終わりました。 まずは良かった。 立派なビルだったため、地下駐車場が完備されており、高級外車が多いせいか、一台分のスペースが広く、快適でした。 会議終了後、お昼を食べてから湾岸線から東関道を飛ばして千葉の職場に戻りました。 直帰したかったのですが、直ちに関係各所に報告すべき案件があったため、やむを得ず通勤しました。 来週の木曜日にも別の会議が同じ会場であります。 再来週は水曜日が市ヶ谷の研修施設で研修、金曜日がお茶の水のホテルで会議です。 何かと慌ただしいですねぇ。 かつて通っていた自助グループの先輩が、忙しくなってきたなと感じつつ、それを楽しめるようになれば治ったということだ、と言っていたことを思い出します。 忙しいとは思いますが、まだ楽しいとは思えません。 しかし、さほど辛いとも思いません。 気分転換になって良いかな、くらいです。 私もほぼ寛解に至ったのでしょうか。 もうひとつ実感がわきませんが。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
映画

チャイルドコール 呼声

昨夜はノルウェーのサイコ・サスペンスを鑑賞しました。 「チャイルドコール 呼声」です。 夫の暴力から逃れ、オスロ郊外のアパートに8歳の息子とともに逃れてきたアンナ。 行政の支援を受け、夫が知らない場所に逃れたのですが、いつ夫が現れるかもしれないという恐怖におびえ続けます。 いざという時のため、音声監視のためのチャイルドコールを購入し、息子の部屋に置きます。 これがあれば、息子の部屋の音が離れた部屋にいても聞き取れるのです。 ある夜、チャイルドコールから激しい泣き声が。 慌てて息子の部屋に飛び込みますが、息子はすやすや眠っています。 チャイルドコールを購入した電器屋に抗議すると、混線により、別のチャイルドコールの音声を拾ったのだろうということで、周波数を変換。 これがきっかけで、電気店の店員の中年男と親しくなります。 暗い過去を持つ中年男との淡い恋が、物語にアクセントを与えつつ、アンナの精神に悪影響をも及ぼすという残酷さに好感が持てます。 しかしそれでも謎の悲鳴がたびたびチャイルドコールから聞こえ、少しずつ、アンナは正気を失っていきます。 名作「シャッター・アイランド」を彷彿とさせる、現...
社会・政治

25年

このところ新聞などは、天安門事件から25年だと騒ぎ立てていますね。 まさに今日、6月4日が25年にあたるそうです。 1989年当時、私は大学2年生でした。 ソビエト連邦の崩壊、東欧諸国の民主化などが進み、いよいよアジアの共産主義国も民主化に向かうのだと、本気で信じていました。 その矢先に起きたのが、天安門事件でした。 やっとアジアにもその時が来たと思ったものです。   ちょうど私と同世代の中国の学生らが戦車や自動小銃を携えた兵士に対峙していました。 わが国はバブルの真っただ中。 世間では派手に遊び狂う人々が闊歩していましたね。 一方、わが国では当然に認められている基本的人権や民主的政治、結社や表現の自由を求めて中国の学生らは立ちあがったわけです。 それは感動的ですらありました。 しかし、中国政府は情報をひた隠しにし、未だに事件の犠牲者数さえ、定かではありません。 今も外国に渡って活動を続ける当時の学生がいるなか、事件後に生まれた世代がすでに成人を迎え、社会に出て働いています。 今、中国は経済的にも軍事的にも巨大な国家に成長し、しかしオツムの中は前世紀の帝国主義時代のままに、周辺諸国と紛...
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