2015-04

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映画

脳の冒険

DVDでなかなかの快作を鑑賞しました。 フランスの大御所、リュック・ベッソン監督の手になる脳の覚醒を描いたSF映画、「ルーシー」です。 雰囲気は監督の初期の名作「ニキータ」に似ていますが、内容はかなり異なります。ニキータ アンヌ・パリロー,ジャン=ユーグ・アングラード,ジャン・レノ角川書店 台湾に滞在するルーシーは、ひょんなことがきっかけで、韓国マフィアによって新しいドラッグ、CPH4を腹に埋め込まれ、運び屋にさせられてしまいます。 しかし韓国マフィアに腹を蹴られたことから、ビニール袋に入ったドラッグが漏れ、ルーシーはこのドラッグによって恐るべき能力を得るのです。  同時並行して脳科学者の講演が挿入され、人間は脳の10%しか機能しておらず、これが20%、30%と上がっていけば全く未知の知覚を得、能力を獲得するであろうことが示唆されます。 ルーシーはほとんど超能力者のような存在と化し、画面には大写しで40%とか60%とかが表示され、彼女が激しい脳の冒険に出かけたことが示されます。 その間、韓国マフィアとのあり得ないくらい激しい戦いがあったり、はるか原始時代、あるいは地球誕生前の宇宙の幻視...
思想・学問

死の魔法

なんだかこのところ残業続きで疲労がたまっているようです。 ストレスからか、日々の晩酌もつい過ぎるようで、これでは体を壊してしまいそうです。 今の私には、若い頃のような、連日の残業に耐える体力はありませんから。 日々の仕事に追われ、それは第一に生活の糧を得るためであり、広い意味での社会参加でもありますが、それがため、重要な問題が置き去りにされているような気がしてなりません。 それは生老病死ということ。 お釈迦様が深く悩んで出家に至ったのは、生まれながらの苦しみ、老いる苦しみ、病気の苦しみ、死の苦しみについて考えるためです。 それはすべての人々が考えるべき重要問題です。 特に、死ぬということ。 私たちはおぎゃあと生まれた瞬間から、死の魔法にかけられています。 まっすぐに、いつか分からない死の瞬間に向かって突き進んでいるわけです。 今、この瞬間も。 普段あまり気にもかけませんが、考えてみると恐ろしい話です。 要するに私たちは全員死刑囚のようなもの。 私が死刑制度に強く反対なのは、誰だって必ず死ぬのに、それを早めることが刑罰になるとは思えないからです。 死の魔法から逃れようと、不老長寿の妙薬を...
文学

世をそむけり

すべてあらぬ世を念じ過ぐしつゝ、心をなやませることは、三十餘年なり。 その間をりをりのたがひめに、おのづから短き運をさとりぬ。 すなはち五十の春をむかへて、家をいで世をそむけり。 もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。 身に官祿あらず、何につけてか執をとゞめむ。 むなしく大原山の雲に臥して、また五かへりの春秋をなん経にける。 「方丈記」にみられる一節です。 現代語では、以下のようなところでしょうか。 生きにくい世の中、無事を祈りつつも、心を悩ませること三十年あまり。 その間、人生の節目節目に行き違いがあってうまくいかず、運が無いことを悟った。 そこで五十歳の春、家を出て世を捨てた。 もともと妻子もなければ、家を出ることを思いとどまるような親類も無い。 官位もなく、禄も無い。 世に執着する理由など無い。 何をするでもなく、大原山の雲の下で過ごし、五年の月日が経った。方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)簗瀬 一雄角川学芸出版 筆者の鴨長明は、もともと京都の賀茂御祖神社禰宜の次男に生まれ、跡を継ごうと様々に画策しますがうまくいかず、世をはかなんで世捨て人となり、京の田舎に庵を結...
仕事

忙しい

4月1日付けで古巣に異動になってから、忙しい日々が続いています。 古巣とは言っても、以前担当していたのとは全く異なる仕事で、不慣れなため、疲れます。 しかもまわりは私が古巣に復帰したため、なんでもよく知っていると勘違いしているようで、やたらと頼ってきて、頼られれば無碍に断れませんから、自分の仕事を覚えるのに精いっぱいのところ、8人ほどいる私のラインの者たちからの相談に時間を食います。 そりゃそうです。 面倒事でない限り、相談などせずに処理してしまうわけですから。 しかし、不思議なことに、私の精神は安定しています。 そうはいっても、一年前まで三年間、この部署にいて、なんとなくどういうことをやっていたかは知っていますから、分からないといっても、中ぐらいのわからなさ。 1から100までわからないということではありません。 それに、昨年度まで1年間だけいた部署では、責任者に嫌われ、干されていたところ、今の部署では誰もが私に相談を持ち掛けてくれ、働いてるなぁという実感があり、楽しくも感じられます。 忙しすぎるのも嫌だし、暇なのも嫌だし、今くらいがあっという間に時間がすぎて、ちょうどよいのかもしれ...
その他

歓迎昼食会

今日のお昼休みは課で歓迎の昼食会がありました。 普通は夜、お座敷などで酒を飲むのですが、今の時期は忙しく、残業が多いため、お昼の会となりました。 これも時代の流れですかねぇ。 10年ほど前までは、どんなに忙しくてもアルコールなしの昼食の歓迎会なんてあり得ませんでしたが。 ご清潔になったものです。 で、私は今日はお客様。 場を和ませようと、挨拶では笑いを誘うよう心掛け、実際それは成功しました。 私は人前でスピーチをすることが得意だし、聞く人からも評判が良いのです。 時折脱線しすぎて顰蹙を買うこともありますが。 こんな風に折々の儀式を行い、人の世は動いているのですねぇ。 それは馬鹿馬鹿しいようでいて、人間社会の重要な潤滑油なのだと思います。 潤滑油をさすことを怠ると、いらぬ争いの種になるかもしれませんから、一見阿呆らしいように思えても、きちんとこなすことが社会人の務めと考えて、出席したほうがよろしいでしょうねぇ。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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