ノスタルジア

文学

 午前中、小池真理子先生の小説「ノスタルジア」を読みました。
 文庫本で350ページほどですが、一気に読んでしまいました。

 小池真理子先生というと、恋愛譚が多いような気がしますが、モダン・ホラーや幻想譚、怪異譚など、幻想文学と呼ぶべき作品も残しています。

 「ノスタルジア」は、恋愛幻想文学とでも言うべき趣の作品です。

ノスタルジア (講談社文庫)
小池 真理子
講談社

 22歳から31歳までの9年間、父親と同い年で作家の雅之と道ならぬ恋に生きた繭子。
 雅之の突然死で不倫相手と死に別れ、その後15年間、東京郊外で一人ひっそりと暮らしています。

 それは今を生きているというより、激しい恋に溺れた9年間の思い出に生きているかのごとくです。

 突然、雅之の息子、俊之を名乗る男から、父親の真実の姿を知りたいので会いたい、という手紙が届きます。

 会ってみると、息子は父親と瓜二つ。
 ちょうど雅之が亡くなった46歳。
 繭子も46歳になっています。

 そして、まるで雅之との恋愛を反芻するごとく、繭子と俊之は恋に落ちていくのです。

 ゆっくりとしたペースで、物語は進みます。
 それはまるで、中年男女が、性急に異性を求める能力を失ったからかのように感じます。

 所々に挟まれる、繭子が感じる違和感。
 その違和感が積み重ねられた末、繭子は異形の者との恋に溺れていたことを知るのです。

 そしてまた、母親を守って独身を貫いた繭子の姉との対比が見事です。

 恋しか知らない繭子と、恋を拒絶した姉。
 どちらも何かが足りない人生と言うべきでしょうか。

 そもそも恋愛感情というものは、それが深くなればなるほど、正気を失っていくもので、正気を失えば失うほどさらに溺れる性質を持っています。

 また、道ならぬ恋なればこそ、その異常さが恋愛感情を深めるものだと思います。

 世に変態と呼ばれる性質の人々は、常識的な世界から受け入れられないからこそ、その恋はより至純となるでしょう。

 恋して結婚して子供をもうけて、という普通の恋の結末は、所詮、子孫を残すために造られたシステムに過ぎず、だからこそ恋は醒めるのだと思います。

 しかし、同性愛にしろ、不倫にしろ、子孫を残すためのシステムから外れた恋は、どうしても純粋でなければならず、そこに幻想的とも言うべき美しさが生まれるのだろうと感じます。

 そうであってみれば、最も美しい恋は、この世ならぬ者、異形の者とのそれではないでしょうか。
 この世に存在しえない相手であれば、成就しえるはずもなく、歯がゆいばかりに狂おしく相手を恋うる以外にありません。

 「ノスタルジア」という作品は、そんな、幻想的で美しい、異界の者との恋を描き出し、見事です。

 女流作家の幻想恋愛譚というと、女性向けというか、男にはつまらない、と思われがちですが、男の私にも楽しめる、優れた作品に仕上がっています。


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