文学

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平成24年

いよいよ平成24年も大晦日を迎えました。 今年もとてつもなく長い日々でした。 世に10大ニュースなるものがもてはやされる日でもあります。 政権交代とか山中教授のノーベル賞受賞とか中国との尖閣問題とかが取り沙汰されていますが、私はおのれ一人の心中を安らかならしめる力さえ持たない愚か者ゆえ、世の中の出来事に対し、あえて大晦日にコメントする資格を持たないのです。 せめては個人的な出来事を少しばかり振り返ってみるとしますか。 今年、私にとって最も大きな出来事は、それはあまりに大きすぎて今も冷静に語ることが不可能なのですが、3月5日の父の死でしょうね。 一年前、73キロあった体重は、今朝量ったら51.4キロにまで落ちてしまいました。 風呂あがりなど、裸でビールをごくごく飲んでいると、同居人は私の裸体を見つめ、「ガンの人みたい」と嘆くのです。 やたらと寒がりになり、硬いベンチなどに座ると尾骶骨が直接あたる感じで痛みを覚えます。 このようなことが起ころうとは、父が亡くなった日には全く予想していませんでした。 しかし人間はどんな出来事でも忘れるようにできているはず。 父の存在やその死を完全に忘れる日が...
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楽にならざり

お昼休みになりました。 今日は13時から会議。 数年前までは、仕事納めの日に会議や行事を入れることなど考えられませんでしたが、隔世の感があります。 昨日のうちに資料をそろえ、のんびり午前中を過ごすつもりが、議長から急きょ3本も議題を追加すると言われ、資料の修正・追加に追われました。 なかなか楽になりませんねぇ。 ちょっと意味は違いますが、 働けど働けど我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る という石川啄木の歌を思い出さずにはいられません。 私は安月給ですが、同居人も正規で働いていますし、たいして金のかかる道楽もないため、経済的に暮らしに困ることはありません。 しかし、双極性障害という爆弾を抱えているため、いつ長期病気休暇に入るかわからない、という不安があります。 長期病気休暇に入ると、三カ月までは満額給料をもらえますが、四ヶ月目に入ると6割くらいに減額されます。 それより何より、精神的にきついことが持病がある私の不安の種。 我が暮らし楽にならざり、という文句は、私にとって金銭面のことではなく、精神的な余裕を実感できないことを表す言葉です。  やることがないのが一番つらい、という人をみか...
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ささきふさ

先般、縁あってささきふさという女流作家の「おばあさん」という小説を読む機会に恵まれました。 浅学非才の身であれば、モガ(モダン・ガール)と呼ばれ、戦前から戦後の風俗を写実的に活写したこの小説家の存在をこれまで知らなかったことは、いたしかたない仕儀と言うべきでしょう。 「おばあさん」という小説は、都内で長男夫妻と同居する93歳の母親を、伊東に住む末娘夫妻が引き取る話です。 引き取るとは言っても、表向きは一週間程度伊東で温泉につかったり、おいしい海の幸を食したりして保養するために末娘宅へ旅行する、ということになっています。 しかしそれは、実は折り合いの悪かった長男夫妻のもとから、末娘夫妻のもとへ死にに行く、死の準備だったのです。 おばあさんが長男の元を離れなかったのは、大酒のみで独身の次男の存在がありました。 次男はおばあさんと一緒に長男の家の離れに住んで、庭に畑を作って新鮮な野菜を母親にふるまう孝行息子の側面もありました。 小説の一節に、 おばあさんの隱居所は長男の邸内の片隅に在るのだが、本家で百姓につくらす野菜は枯れがれなのに、隱居所の縁先はいつも青あをと、心丈夫な眺めだつた。 とあり...
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生卵28個

チュニジアの20歳の青年が、生卵28個を飲んで死亡した、とのニュースを見かけました。 もちろん、自殺のために飲んだのではありません。 仲間内で生卵を飲む賭けを行い、賭けには勝ったが命は落としたそうです。 しかし生卵を28個飲むなんて、どういう罰ゲームでしょうね。 日本人は世界の中では破格に生食好き。 刺身や鮨だけでなく、生卵をご飯にかけて食したりすることを好みますね。 それにしても28個は異常です。 不思議なのは、死因が不明なこと。 日本で流通している生卵を28個飲んでも、死ぬことはないんじゃないでしょうか。 せいぜい気持ち悪くなってゲロ吐いちゃうくらいでしょう。 ということは、おそらく古い卵だったか、何らかの菌に侵された卵だったとしか思えません。 人の死にあたって笑っちゃいけませんが、失笑せずにはいられません。 豆腐の角に頭をぶつけて死んじゃった、みたいな話のような気がします。 せめてその青年が、大の生卵好きであったことを祈ります。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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冬至も過ぎて

冬至が過ぎて4日経ちました。 銀杏の葉は散ってしまい、紅葉を楽しむこともできない、真冬ですね。 しかし少しずつ日が伸びていくと思うと心躍るものがあります。 17時を過ぎると真っ暗。 定時で職場を出ても真っ暗なのは嫌な気分です。 神な月 風に紅葉の 散る時は そこはかとなく 物ぞ悲しき 「新古今和歌集」に見られる藤原高光の和歌です。 今となっては、葉は完全に散ってしまい、散る葉にもの悲しさを感じることもできません。 首都圏ではそうでもありませんが、北国の人々にとってはまさに死の季節かもしれませんねぇ。  冬枯の 森の朽葉の 霜のうへに 落ちたる月の 影のさむけさ 同じく「新古今和歌集」の藤原清輔朝臣の和歌です。 こちらはまた震え上がるような寒さを感じさせますねぇ。 しかし、その寒さが、凛とした空気を招いて、冬らしい清浄な感じを醸し出してもいます。  私は冬の凍えるような空気に清浄を感じ、わりとこの季節を好んでいたのですが、年のせいか、体重が落ちたせいか、今年は冬の寒さがこたえます。 布団から出るのが一苦労です。 昔思ふ 庭にうき木を つみおきて 見し世にも似ぬ 年の暮かな またまた「新古...
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