文学

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ヒゲの殿下、薨去

ヒゲの殿下の愛称で親しまれた寛仁親王(ともひとしんのう)殿下がお隠れあそばしました。 寛仁親王(ともひとしんのう)殿下です。 この人、皇族としてはかなり奔放に振舞って、世間を騒がせていましたね。 アルコール依存症を公表された時には「皇室はストレスの塊」と言ってみたり、力を入れていた福祉活動が思うようにできず、皇籍離脱を宣言されたり。 ラジオの深夜放送でDJを勤めたり、テレビのバラエティーに出たり。 多くの著作もありました。 天皇陛下や皇太子殿下には許されない自由があったものと思われます。 大体皇族の場合、アルコール依存症になるほど飲む前に、宮内庁の職員などに止められるように思いますが、ヒラ皇族の場合は違うんでしょうか。 その後咽頭ガンに侵されて声を失い、ついに66歳で薨去という仕儀にあいなりました。 国民から見ると親しみやすいような、危なっかしいような感じでした。 今上陛下の従兄弟で、麻生太郎元総理の義弟にあたるそうですね。 初めて知りました。 最近では、女帝も女系天皇も反対、という立場を表明されたことが記憶に新しいところです。 私は女帝も女系天皇も一向に問題ないと考えていましたから、...
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天安門事件から23年

天安門事件、あれは何だったのでしょうね。 東欧や旧ソ連で民主化が進むなか、中国人民もついに立ちあがり、中国は民主化への道を歩き始めるのだと、当時大学生だった私は直感しました。 しかし、4月頃から始まったデモは100万人規模にまで膨れ上がり、公安当局では抑えきれないと判断した当時の中国政府は、6月4日未明、人民解放軍をデモ参加者へ差し向けました。 そして未だに何人が亡くなったのかさえも判らない、自国民への大量虐殺を行ったと見られています。 戦車に一人立ち向かう白いシャツ姿の青年の姿がテレビで映し出された時は衝撃でした。  彼は戦車に踏みつぶされてしまったのでしょうか。 あるいは自動小銃でハチの巣にされてしまったのでしょうか。 事件後の厳しい報道管制によって、真相は闇の中です。 今も、天安門事件に触れることはタブー視されているやに聞き及びます。 自由主義国家群は、2010年には中国の民主化運動家、劉暁波氏にノーベル平和賞を贈って中国政府に民主化を求めるメッセージをつきつけました。 劉暁波氏は「ノーベル平和賞は天安門事件で犠牲となった全ての参加者に贈られたものだ」と語りましたね。 それに対し...
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カラーブックス 良寛さま

一部を頂戴した亡父の蔵書から、亡父のイメージとは異なる本を見つけました。 「カラーブックス 良寛さま」です。 しかも、何度も読み返したらしく、ボロボロです。 江戸時代後期、名主の跡取りの座を捨てて出家し、僧侶としての出世を求めることをせず、山中の小さな庵で托鉢をして生計を立て、暇があれば子どもと遊び、多くの和歌や俳句を残した、あの良寛の生涯を多くの史跡や書の写真とともに簡潔にまとめた、入門書のようなものです。 何しろ写真や絵が多いので、絵本を見るような感覚で簡単に読める文庫本です。 良寛のことを知らない人が読むのに適していると思われます。 肉を好み、酒も飲み、欲望が旺盛だった亡父ですが、良寛のような、貧しくとも静謐な暮らしに憧れていたんでしょうかねぇ。 それは身の程知らずでは? 良寛というと、特攻兵が好んで口にしたという辞世の句が有名ですね。 散る桜 残る桜も 散る桜 特攻隊の心境そのまんまだったんでしょうねぇ。 良寛さんらしいといえば、 この里に 手毬つきつつ 子どもらと 遊ぶこの日は 暮れずともよし というのが、子どもと遊ぶことを好んだという良寛らしいですねぇ。 子どもの心に仏性を...
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宗教の自殺

亡父の蔵書から、エキサイティングな対談集を読みました。 宗教学者の山折哲雄と哲学者の梅原猛による、日本の宗教をめぐる対談集「宗教の自殺」です。 ちょうどオウムによる蛮行が世間をにぎわせていた時期に出版されたもので、前半はオウム真理教に対する分析が語られ、後半は仏教や神道、儒教などの宗教について語られています。 日本人にとっての善悪の問題、倫理観の問題、ニヒリズムの問題などが、広く浅く語られ、専門書のような難しさはなく、広く浅い知的な読み物に仕上がっています。 その中で、江戸時代までは仏教・神道・儒教などが渾然一体となった日本教とでもいうべき倫理感が日本人の行動を律し、明治以降は天皇を現人神とする国家主義的な考えが日本人の道徳律となり、まがりなりにも欧米におけるキリスト教のような国民全般を律する考えがあったが、戦後はそれらが破壊され、日本人全般を律する一般的な考えがなくなってしまい、欧米におけるようなキリスト教を柱としたうえでの個人主義ではなく、無軌道な個人主義がわが国を覆い、それは今なお続いているということが、危機意識とともに語られます。 さらには、神道の根本思想である、人間のみならず...
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鼻たれ小僧

今朝某新聞で、東京演芸界の大御所、内海桂子師匠のインタヴュー記事を目にしました。 1922年生まれの90歳。 関東大震災の前年生まれというから驚きです。 今なお寄席やテレビで活躍するどころか、ツイッターなども駆使して現代社会を笑い飛ばすその精神の運動が奈辺にあるのか、私には想像もつきません。 しかしこの人にして、高齢者特有のいやらしい言説が見られ、鼻につきました。 つまり、60、70鼻たれ小僧、そのくらいの年で老けこむんじゃない、というものです。 ご当人はたまたま健康に恵まれ、90歳にしてなお元気でいられるからいいものの、定命は天の知るところ、人の知るところではありません。 多くの人が、60、70を過ぎて元気でいられるわけではありません。 若くして健康を害し、亡くなる方もあまたおられます。 自分を基準に他人が老けこむのを責めるのは下品というものです。 相方の内海好江師匠が61歳で亡くなったことをお忘れですか。 自分は特別な健康の天才児に生まれたということを自覚して、天に感謝し、他人の老いを叱るような真似はお止しなさい。 それと、昔は良かった式の言説。 これはもう永遠の繰り返しで、「徒然...
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