文学

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春雨の

通勤途中で観る桜、早くも散り始めています。 今週末は桜吹雪のようになっているでしょう。 散る花を涙とみるか死と見立てるかで、趣はずいぶん違ってきますね。 私は長いこと、散る桜に涙を見立ててきました。春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ   大友黒主 この和歌は春雨を桜を惜しんで流す涙だと詠んでいます。 それはまさに桜という花の死を悼むものであったでしょう。 しかし私は、散る桜そのものが、桜にとって血の涙なのだと感じています。桜花散りぬる風のなごりには水なき空に浪ぞたちける   紀貫之 桜が散ってしまった後、その名残に花は空を舞って、波のように漂っている、という桜吹雪の猛烈さを、わりあいと静かに詠んでいます。 私にはそんな生易しいものではないように感じますが。 桜が散って、新緑の季節が訪れれば、一気に首都圏は東南アジアのような猛暑に襲われることになります。 今夏も節電が求められるんでしょうねぇ。 昨年は冷房運転を極端に短くし、仕事にならないような感じだったことを思い出します。 一年は繰り返しのようでいて、じつはすべてが初めてのこと。 平成24年の桜は初めてで、繰り返すこ...
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花祭り

今日は潅仏会。 花祭りとも称される、お釈迦様の誕生祝いの法要を営む日です。 私の実家はお寺ですので、毎年伝統にのっとって花御堂に誕生仏を安置し、甘茶をかけ、参拝客にも甘茶をふるまうお祭りを続けています。 それにしても、潅仏会がクリスマスなどに比較してあまり行われないのは、じつに嘆かわしいかぎりです。 わが国の文化は、仏教的無常観、神道の清明心、儒教の忠孝、土俗的な儀式などが渾然一体となって成り立っています。 わけても仏教は、その深い精神性から、わが国文化の中心と言うべき巨大なもので、仏教の知識なしにわが国の文芸や舞台芸術、古典芸能を理解するのは不可能です。 安岡章太郎の小説に、「花祭」という佳品があります。 成績が悪く、素行不良の僕が、中学の先生が住職を務めるお寺に入院?させられる話です。 思春期の男の子の、性の目覚めや様々な葛藤がユーモラスにつづられて、瑞々しい印象を受けます。 私自身が就職して独り暮らしを始めるまでお寺で生活していましたので、身につまされるというか、親近感を感じましたね。 安岡章太郎が、第三の新人などと呼ばれる一派にくくられ、なんとなく軽く扱われている感じがするのは...
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私は酒が好きで、数年前まで毎日飲んでいました。 最近肝臓の数値が上がってきたので、週2~3回に飲酒の回数は減ってきましたが、止めるにはいたっていません。  それにしても日本人は酒が好きですね。 大体和食というのは酒のつまみを発展させて出来たようなもので、懐石などは酒がなければ手持ち無沙汰でやれません。 花見、月見、雪見の酒、冠婚葬祭、歓迎会に送別会、暑気払いに忘年会、何かと言うと酒を飲みます。 白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり 人の世に たのしみ多し 然れども 酒なしにして なにのたのしみ 酒飲めば 心なごみて なみだのみ かなしく頬を 流るるは何ぞ 語らむに あまり久しく 別れゐし  我等なりけり いざ酒酌まむ いずれも大酒飲みだった若山牧水の和歌です。 この他にも酒を詠んだ歌はあまたあり、酒飲みの親分みたいな人です。 ただ不思議なことに、酒と花鳥風月をからめて詠んだ歌は少なく、もっぱら己が境遇を歌った酒賛歌になっています。 明治人らしい自我の放吟でしょうか。 今日はカップ酒でも仕入れて近所の公園へ花見に出かける予定だったのですが、天気予報によると晴れるも...
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春めく

今日は馬鹿に暖かいですね。 これで一気に桜が開くでしょう。 すっかり春めいてきました。 春立つと 沖辺かすめる 湯の町に ひとり篭りて さびしくも居る 若山牧水の和歌です。 華やかであるべき春に寂しさを感じるというのは、我が国民の独特の感性でしょうか。 私も定年したら、春を、海辺の湯の町に1人で過ごしたいものです。 老人になった私がその時感じるのは、勤めあげたという充実感でしょうか。 それとも、くだらぬ仕事にかまけて人生の大半を過ごしてしまった切なさでしょうか。 今の私には、わかりません。 一つ言えるのは、定年後10年は生きたいということです。 先月父を亡くし、長生きしたいという思いを強くするようになりました。 長生きして、この世の快楽を舐めつくし、人類の行く末を見届けたい、と。 その思いは父が私に健康に留意せよ、という無言のプレッシャーを与えているのだと思っています。 春速く まよひ出でたる 蜂の子の 菜の花のうへを なきめぐるあはれ こちらも若山牧水の和歌です。 あんまり春早く出てきたので、菜の花をどうして良いかわからないんでしょうか。 あはれではありますが、生命の力強さも感じます...
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台風一過

気象庁は低気圧だと言い張っていましたが、昨日の暴風雨は台風としか言いようがないものでした。 それだけに今朝は台風一過の青空が広がっています。 通勤途中にみかける桜も二分咲きくらいにはなったでしょうか。 春から一気に初夏へと駆け抜ける予感がします。 誰の句でしたか、 台風一過 洗濯物の 翻る という、生活の力強さを感じさせる句を思い出しました。 雨が降ろうと台風が来ようと地震が起きようと、生きている限り、飯を食い糞をひねり労働に従事する、という基本は変わりようがありません。 その生活基盤を強固にすることの意味を感じさせてくれる句ですねぇ。にほんブログ村本・書籍 ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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