文学

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春の嵐

台風のような雨や風をもたらす低気圧が首都圏に接近中です。 首都圏の電車は早くも一部運休になったり、間引き運転をしています。 台風が来るとすぐに止まる、海の上を走る京葉線はすでに全面的にストップしたようです。 私はそんなニュースを見ながら、暖かい部屋でこの記事を書いています。 職場の温情に感謝です。 春の嵐というと、もう30年近く前、中学生の頃に読んだヘルマン・ヘッセの小説を思い出します。 私は14,5の頃、ヘルマン・ヘッセの作品を耽読しました。 ドイツ教養小説と称せられますが、それほど単純なものではないでしょう。 「春の嵐」は、芸術的衝動を抑えきれずに音楽家を目指す主人公が事故により身体障害者となり、絶望のどん底にありながら音楽に慰めや高揚を覚えるさまが、まわりの人間関係とともに、繊細に描き出された秀作です。  孤独の本態とは何者か、また幸福にいたる道とは何か、を問いかけてくるヘッセ前期の名作ですね。 後年、彼は東洋思想に目覚め、その作風は大きく変わっていきますが、「春の嵐」はそれよりも前、西欧的な教養を素直に信じていた頃の作品で、それだけに純粋な感じがします。 文庫本で読めるので、お...
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春一番

今日、関東では強い南風が吹いて、気温がぐんぐん上昇。 20度くらいまで上がりました。 遅い春一番ですね。 春一番が吹くと春本番だなぁと思うのですが、たいてい、春一番の翌日は寒いのですよねぇ。 三寒四温とはよく言ったものです。 畦の軍鶏(しゃも) 春一番を うたひけり   水原秋桜子 春一番の力強さを軍鶏に仮託して勢いよく詠んでいますね。 軍鶏というのが良いですねぇ。 なんだか戦闘的な感じが、春一番に合っているような気がします。 春一番 あしたの私 連れてくる   黛まどか こちらはまた趣が違いますねぇ。 春一番を、前向きにとらえて爽やかです。 でも私の世代だと、キャンディーズの「春一番」が思い出深いですねぇ。 まだ小学校三年生くらいでしたが、この歌で春一番という言葉を覚えました。 今ではスーちゃんはこの世になく、蘭ちゃんの娘が芸能界入りしたという話です。 ミキちゃんは専業主婦として頑張っているとか。 その後あまたの少女アイドルが生まれては消え、今はAKB48が飛ぶ鳥落とす勢いですが、少女アイドルというのはなにしろ寿命が短く、現代ではもっとも諸行無常を感じさせる存在かもしれませんねぇ。霜...
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春愁

なんとなく、今日は休暇を取りました。 激しい春の日差しに、気持ちがふさぎます。 今日は見事に晴れて、気温は17度まで上昇するとか。 完全に春愁の気にやられているようです。 黛まどかという俳人は春愁をストレートに表現しています。 代表的なのを、2句。 春愁の サーフボードに 鰭(ひれ)三つ キャデラックより 春愁の 令夫人 後の句は良いですねぇ。 お金持ちの奥様でも、いやだからこそ、春愁に襲われるんですねぇ。 春そのものが持つ気配のせいなのか、あるいは学年暦や会計年度が4月1日を以って変わる国に生まれ育ったがため、そういう気配を強く感じるようになってしまったのか、どちらなんでしょうね。 平成16年の精神障害を発症するまでは、それほど強く春の憂鬱を意識しませんでした。 してみると病気のせいなんでしょうか。 西行法師は「願わくは 花の下にて春死なん その如月の 望月の頃」と詠みましたが、私は春は嫌ですねぇ。 できれば厳寒の時季、北国で死にたいものです。 あまりの寒さに冷気は清浄を保ち、生命を保つのが難しいほどの寒気が襲う時季。 これ以上は無理なほど部屋を暖めて、布団のぬくもりを感じながら。に...
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侠気

今日は与謝野鉄幹の忌日だそうです。 じつは私は与謝野鉄幹の詩歌や書くものが苦手です。 何かと言うと男気だの侠気だの情熱だのを持ち出す暑苦しいやつだからです。 与謝野鉄幹と言うと、「人を恋ふる歌」と題する16の短い定型詩が有名ですね。妻をめとらば才たけて みめ麗 しく情けある 友をえらばば書を読みて六分の侠気四分の熱 これが最初の詩。 すでに暑苦しい感じが漂っています。わが歌声の高ければ 酒に狂うと人のいう われに過ぎたるのぞみをば 君ならではた誰か知る  これが10番目です。 いよいよ勢いがスパークしてきましたね。おなじ憂いの世に住めば 千里のそらも一つ家 己が袂というなかれ やがて二人の涙ぞや 15番目です。 好悪はともかく、詩の文句を直観的に選ぶ才は天賦のものであると認めざるを得ません。 男気や侠気に重きを置いた人だけあって、才能ある無名の若手を発掘することにも情熱を傾けたようです。 後の婦人、晶子、石川啄木などをプロデュースしています。 当時かれには妻があり、その妻を捨てて晶子と結婚することになるわけですが、当時はずいぶんなスキャンダルになったようです。 しかしなかなかのおしどり...
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瘴気

この週末は冴えない感じでした。 家でごろごろ。 早くも春の瘴気に当てられているようです。 遠白く 空は曇れりひそやかに 山椒の葉の かをり来る昼    窪田空穂 はるか遠くまで曇っている空、どこからともなく山椒の香が漂っている、という感じでしょうか。 私はこの和歌に瘴気を感じます。 どこか不気味な感じがします。 瘴気とは、平たく言えば悪い気配。 その昔は伝染病などを指す意味もあったとか。 でも私が使う瘴気は、まさに悪い気配とでも言うしかないもので、実体がありません。 私には、春には瘴気が濃厚になるように感じられてならないのです。 昔から、春愁とか春恨とか、そういう気配に当てられてわけもなく憂鬱になる感情を表す言葉が存在したところを見ると、時代と地域を問わず、春とは憂鬱なもののようです。 早く桜が咲いて、狂気のように散ってしまえば、春の瘴気は桜とともに去っていくような気がします。 早く桜の便りを聞きたいですねぇ。窪田空穂歌集 (岩波文庫)大岡 信岩波書店窪田空穂歌文集 (講談社文芸文庫)高野 公彦講談社にほんブログ村本・書籍 ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック...
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