文学

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はるともしらぬ

もう三月も上旬を終えようと言うのに、外は冷たい雨が降っています。 今にも雪に変わりそうです。 寒いんだかあったかいんだかはっきりしろ、と言いたくなるような、日替わりで寒暖が入れ替わる日々が続いています。かきくらし 猶ふる雪の さむければ はるともしらぬ たにのうくひす 「金塊和歌集」の「春」にみられる源実朝の和歌です。 こう冷たい雨が降り続いていれば、谷の鶯どころか、事務所のおっさんでさえ、春とも知れません。  しかし春先に変に冷えるということはよくあって、だからこそ上のような歌が詠み継がれてきたのでしょう。 そうであれば、この寒さをも、春の風情と楽しむのが上策なんでしょうが、病み上がりの身には応えますねぇ。 源実朝という歌よみ、辛口で知られる正岡子規から高い評価を受けています。 実朝といふ人は三十にも足らで、いざこれからといふ処にてあへなき最期を遂げられ誠に残念致し候。あの人をして今十年も活かして置いたならどんなに名歌を沢山残したかも知れ不申候。とにかくに第一流の歌人と存候。 べた褒めですね。 気持ち悪いくらい。 でもそういう優れた歌よみが、鎌倉幕府の将軍を継がなければならない立場だ...
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火垂るの墓

テレビをつければ震災から一年の特集番組ばかり。 気が滅入ります。 まぁ、見なきゃいいんでしょうけど。 昭和20年3月10日の東京大空襲は過去へと忘れ去られたようですね。 それでいいのです。 いつまでも過去にこだわっていては、人間生きていけませんから。 東京大空襲が主舞台ではありませんが、戦地ではなく、内地での悲劇を描いた作品として、「火垂るの墓」を想わずにはいられません。 神戸の空襲で寄る辺を失った14歳の少年と4歳の妹の哀れな最期を描いた作品で、野坂昭如独特の饒舌な文体が涙を誘います。 戦後7日目にして妹は衰弱死。 荼毘に付した後、兄はドロップ缶に妹の遺骨をいれて持ち歩きます。 しかし、駅のホームで寝泊まりする戦災孤児となった少年も衰弱死。 遺体を片付けようと駅員が少年のドロップ缶を放り投げると、それは草むらに落ち、無数の蛍がドロップ缶に群がったというのです。 切ないですねぇ。 国家が総力を挙げて戦っているとき、個人の幸不幸はどうでも良くなってしまうようです。  まして天変地異であればなおさら、1人1人の事情など関係なく、地震や津波は人を襲うでしょう。 スピッツのボーカルが、東日本大...
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最後の教育

安岡章太郎の自伝的作品に、「海辺(かいへん)の光景」という小説があります。 教育ママだった母親が認知症を患い、精神病院に入院。 主人公は母親の最期を看取るため、10日ほどその病室で精神的におかしくなった母親と過ごします。 父との不仲、母への愛憎が率直に語られ、胸を打つ作品に仕上がっています。 私が父を最期に見舞ったとき、もはや虫の息で、その翌日には亡くなってしまったわけで、あるいは父は私に対する最期の教育を怠ったのかもしれません。 苦しみ衰えていく怖ろしい姿を見せ、人は最期はこうやって苦痛にのたうちながら死んでいくのだ、という恐怖の、そして真実の教育を。 安岡章太郎の母親は恍惚の人となってしまったその姿を息子にあますところなく見せつけ、安岡章太郎は壊れいく母を見ながらどうすることも出来ない、という喪失を長く感じさせられ、人の死についての最期の授業を受けたと言えるのではないでしょうか。 それを受けて、息子はその母親の子供であるということだけですでに充分に償っているのではないだろうか?、と独語する主人公のやりきれなさには、涙を禁じえません。 ずいぶん前に読んだ小説ですが、鮮烈な印象を残して...
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啓蟄

今日は啓蟄ですね。 啓蟄らしく、20度ちかくまで気温が上がり、今日はコート要らずでした。 私が予言したとおり、涙雨は昨日でやみ、今日は亡父の魂が極楽へと往生するのを寿ぐ陽気になりました。  どこまでも強運な男です。 啓蟄といえば、 啓蟄や 日はふりそそぐ 矢の如く  高浜虚子  と、いう力強い句を思い起こします。 一方、   啓蟄の 蛇に丁々 斧こだま 中村汀女 というのも、どことなく薄気味悪い感じで良いですねぇ。 でも考えてみると、暖かさに土中の蟲どもが這いだしてくるというわけですから、もともと気味の良いものではありますまい。  まぁ、蟲のことは考えず、春の訪れを寿げば良いのでしょうね。中村汀女 俳句入門中村 汀女たちばな出版虚子五句集 (上) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店虚子五句集 (下) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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辞世のことば

わが国には、死に際して、辞世の歌や句、漢詩などを残す風習がありますね。 思いつくまま並べてみると、 身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂                                                      吉田松陰の辞世です。 明治維新の精神的支柱となった人だけあって勇ましいですね。 風さそう 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん       ご存知忠臣蔵の悲劇の殿様の歌です。 腹を召そうという直前、庭先で詠んだとはにわかには信じがたい、狂おしいほどに美しい辞世です。 辞世といったら、浅野の殿様の歌に止めを刺すかもしれません。 散るを厭う 世にも人にも先駆けて 散るこそ花と 吹く小夜嵐 三島由紀夫の辞世です。 ああいう死に方ですから仕方ないですが、どこかわざとらしく、人の心を打ちません。 磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む ぐっと時代がくだって有間皇子の辞世です。 これから処刑されに行くのに、また還り見むというのが哀れをさそいますねぇ。 この世をば どりゃお暇(いとま)に 線香の 煙とともに...
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