文学

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ゆで卵

元ジャーナリストで芥川賞作家の辺見庸は、地下鉄サリン事件に遭遇、サリンを吸っているのだそうですね。 幸い一命を取り留め、その時の体験を小説にしています。 タイトルは「ゆで卵」。 不思議なタイトルだなぁ、というのが率直な感想でした。 地下鉄サリン事件の体験談が、「ゆで卵」なんてねぇ。  で、読んでみると、なるほど、ゆで卵をいくつも喰らっています。 地下鉄サリンという異常な体験をした後、家に帰り着き、その事件がどういう背景のもとに行われたのか、また、何者によって引き起こされたのか、何も情報がないまま、修羅場と化した地下鉄日比谷線を呆然と抜け出し、家に帰ってしたのは、ゆで卵を食うことでした。 サリンの異臭よりも、むせかえるようなゆで卵のにおいのほうが強烈だなぁ、などと呑気なことを考えつつ。 意味不明の異常事態が起きた場合、人は物を食うか寝るか性交するか、とにかく原初的な行動をとるのかもしれませんね。 本能的に生きるための栄養や休養を欲したり、種の保存を目指したりするのでしょうか。 食うシーンを、ぽくぽくと食う、と表現していたのが印象的でした。 一般に、小説家がやってはいけないこととして、造語...
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待つ

近現代の作家はあまたあれど、物語作者としての才能が豊かであったのは、三島由紀夫と太宰治ではないかと思います。 不幸なことに、三島由紀夫は大の太宰嫌いで、ファンも三島が好きなら太宰が嫌い、太宰が好きなら三島が嫌い、という傾向があるように思います。 太宰治の自己憐憫的な甘ったれた点は鼻につきますが、気力体力充実していた壮年期には、見るべき作品がたくさんあります。 一つ、太宰治の特徴として面白いと思うのは、少女もしくは人妻の告白スタイルの短編小説が見られることです。 「女生徒」とか、「待つ」とか。 あまりにも短く、あまり取り上げられることのない「待つ」について感じたところを述べたいと思います。 「待つ」は、毎日家で母親と針仕事をして過ごしている20歳の娘が、太平洋戦争の開戦とともに、家でじっとしていることに罪悪感を覚え、何かしなくては、という強迫観念に駆られ、夕方の買い物帰り、毎日毎日駅前のベンチに座って、何者かを待つ、というお話です。 彼女は人間嫌いで、知らない人とあいさつを交わすことさえ恐怖を感じるというタイプですが、誰かは知らぬ誰かを待たねばならぬ、と決意するのです。 もちろん、そんな...
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わがために くる秋にしも あらなくに

なんだか急に秋めいてきましたね。 日差しは強いですが、空気が乾燥してひんやりし、なんだか避暑地に来たような気分です。 体が楽ですねぇ。 待ち望んだ季節の到来なのに、どこか気分が晴れません。   わがために くる秋にしも あらなくに 虫のねきけば まづぞかなしき  古今和歌集に所収の詠み人しらずの和歌です。 自分のために秋が来るわけでもないのに、虫の声を聞くと、真っ先に悲しくなる、というほどの意かと思います。 読書の秋、食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋と、秋は様々な活動に適した過ごしやすい季節です。 にも関わらず、秋の気配を感じただけで、なんとなく、悲しくなるというのは不思議ですね。 メランコリーの秋、というものが、確かに在るようです。  おほかたの 秋くるからに 我身こそ かなしきものと 思ひしりぬれ  ひととおり秋が来るとすぐ、わが身をば、哀しい者と思い知った、というほどの意で、女性の目線で詠まれた和歌と思われます。 なんとなく、男女のことが原因のように感じられて、純粋な悲しみとは違うようです。 こちらも古今和歌集の詠み人知らずです。  秋の夜の あくるもしらず なくむしは わがごと...
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審美

安岡章太郎の小説に、「舌出し天使」というのがあります。 これを読んだのは中学生の頃のことで、もう内容もおぼろなのですが、恥ずかしながら服部達という33歳で自殺した文芸評論家をモデルにした作品だということは、大学を出るまで知りませんでした。 「舌出し天使」は戦地から帰った青年の女難めいた悲喜劇をやや自虐っぽいユーモアのスパイスを効かせた作品で、中学生の私には面白く感じられました。 もっとも、これが安岡章太郎の失敗作として評論家に迎えられているらしいのですが。 先日、服部達の「われらにとって美は存在するか」といういかめしいタイトルの遺稿集を読む機会に恵まれました。 服部達という人、その当時文芸評論家の間で流行していたマルクス主義的アプローチや、思い入れたっぷりの作家べったりな批評を拒絶し、純粋に審美的な方法を目指したとされています。 その当時は知りませんが、そんなことは私が物心ついた頃から当たり前でしたけどねぇ。 文学作品というのは作者と読者の共同作業によって出来上がる神秘体験であると意味付け、サルトルの次のような文章を引用しています。 生産者の側から見るならば、美を支えるものは想像力の働...
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台風

今日は大雨のはずだったのに、千葉市は薄曇りです。 なんだか拍子抜け。 私は7年ほど前に精神病を発病し、個人的にはずいぶん色々なことがあり、今思えば私のたましいは嵐の中にあったように思います。 しかしここ一年半ばかりは、すっかり落ち着きを取り戻し、凪いだ状態です。 高浜虚子に、 人生の 台風圏に 今入りし という句がありますが、今の私は台風圏から脱したところのような気分でいます。 そして現実の台風も、今日、私をマンションの中に閉じ込めるはずだったところ、一向に雨も風も私を襲う気配がありません。 私のたましいは、現実の台風をすら、はねつけてしまったのでしょうか。 もう、人生の台風圏に再突入するのは願い下げです。 凪いだ状態のまま、静かに、人生を泳いで生きたいものです。俳句はかく解しかく味う (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店虚子五句集 (上) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店虚子五句集 (下) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店にほんブログ村 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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