文学

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いつちゆくらむ

私が住む街には、思いがけず雨が降りました。 このところ盛夏とは思えない涼しさで、しのぎやすいですね。 去年の猛暑が嘘のようです。 真夏、思いがけない冷たい雨が降ると、なにがなし、物思いに沈みます。 五月雨に 物思ひをれば 郭公 夜ふかくなきて いつちゆくらむ  紀友則  古今和歌集に見られる夏の歌です。 夏の雨の夜、物思いに沈んでいるとホトトギスが鳴いている、こんな夜中にどこへ行くのだろう、というほどの意かと思います。 おそらく、ホトトギスに自身を重ね合わせているのでしょうね。 真夏の夜のメランコリーといったところでしょうか。  真夏のメランコリーと言えば、 あの夏の 数かぎりなき そしてまた たった一つの 表情をせよ という、34歳の若さで事故死した歌人、小野茂樹の歌を思い起こします。 過ぎていったひと夏の思い出を追慕したものでしょうか。 その夏は彼にとって神聖なものであり、また、残酷にも二度と戻らない、儚い夢でもあるのでしょう。 その夏を持てたことは、若くして逝った彼にとって幸せなことだったでしょうか。 それとも、生に執着する悪因縁となったでしょうか。 今となっては、誰にもわかりま...
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老境にして

本宮哲郎という俳人がいます。 年はもう八十を超え、そろそろ枯淡の境地に遊ぼうかと言う頃あい。 しかし彼は、老境を迎えて、それまでの故郷を詠む牧歌的な句から、恋や色を艶やかに詠む句風に変じてきたのです。 行水の 女体ましろく 暮れてをり     恋の猫 月下の橋を 鳴きながら どちらも若い俳人の手になるものかと勘違いするような、瑞々しい異性への恋情を感じさせます。 80を過ぎてこの句境に達するとは、人間精神の運動とは不思議なものです。 花冷えや 土の粘つく 田靴脱ぐ   舟が着き 代掻牛の 降ろさるる   葱苗を 選ぶ地べたに 正座して   伐り口の 樹液 八月十五日   高稲架に 風の抜け穴 日本海 これらが、本宮哲郎の代表的な句です。 どれも田舎の百姓の日々を力強く詠んだものです。 それが、萩原朔太郎もかくやと思わせるような、虚とも実ともつかない、幻想的な美を謳いあげています。 あるいは、老境に至ったからこそ、何の衒いもなく幻想美を詠むことができたのでしょうか。  わが国の文人は、若い頃には気負って野心に満ちた大作を物そうと力みがちですが、年をとると力が抜けて枯れた良い味わいを醸し出...
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巨星墜つ

SF作家の小松左京が亡くなったそうですね。 日本のSF界をけん引してきた偉大な作家でした。 「復活の日」や「日本沈没」が映画化の影響からか広く知られているようですが、私が初めて読んだのは、小学生の頃、「日本アパッチ族」でした。 私は小学校5年生までは、小説といったらSFかミステリーしか読みませんでした。 「日本アパッチ族」を読んだ時の印象は強烈でしたねぇ。 鉄を喰らって生きるアパッチ族が大阪で生まれ、日本を席捲し、ついには国を危うくするのです。 小松左京の処女長編ということですが、最初から、壮大なストーリーが得意だったのですね。 鉄を喰らって生きるということが、現代文明を象徴している、と知るのはもっと後のことです。 子どもだった私は、その小説からあふれ出るエネルギー、発想力、ぐいぐいと読ませる文章力に圧倒されたことを今もよく覚えています。 正直に言うと、その後読んだ彼の作品はあまりよく覚えていません。 よほど「日本アパッチ族」が印象深かったのでしょうねぇ。 そういえば、筒井康隆が「日本以外全部沈没」という作品を書いていて、これも抜群に面白かったですねぇ。 日本以外すべての国が沈没し、生...
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夕顔

昨日このブログに書いた「ホスピス」では、男が自分をいじめたグループ、中でも岡惚れしていた女を、生霊となって祟りをなすさまが描かれていました。 恋情が叶わないとき、可愛さあまって憎さ百倍とばかり、相手を恨むのは洋の東西、時代を問わず行われ、今現在も各地で行われていることでしょう。 六条御息所は生あるうちは生霊となって、死して後は死霊となって、光る君をめぐる女たちに害をなしますが、最初に害を与えた女は夕顔でした。 他の巻と違って夕顔に祟る霊が六条御息所だとははっきり書かれていないため、逢瀬を楽しんだ荒れた屋敷の地霊だとか、諸説ありますが、私は素直に、六条御息所の生霊デビューの巻と読みたいと思います。 夕顔の巻は、「源氏物語」全体を俯瞰すると、別編というか、大きなストーリーとはあまり関係のない、光る君の若き日のエピソードという趣に感じられます。 そして意外なほど、この巻は人気があるのですよねぇ。  まず、夕顔が可憐で頼りない、いかにもなお姫様風に描かれているのに、どこの何者だかはっきりせず、光る君も自分の氏素性を隠して密会を重ねるという、ミステリアスな雰囲気。 そして初めて二人きりで外出し、...
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夏寒し

昨日、今日とずいぶん涼しかったですね。 台風の影響でしょうか。 こう暑かったり涼しかったりすると、調子が狂いますね。 人屑の 身は死もせで 夏寒し    正岡子規の句です。 闘病13年の末に亡くなった彼には、病の苦しさを詠んだ句が多くあります。 この句も、単に夏の涼しい日を詠んだというよりは、病のせいで夏ですら寒く感じられる、という凄絶な感じが漂います。 よくお年寄りは暑さを感じにくいと言いますが、肺病病みもそうなのでしょうか。 肉体的には健康な私には、この涼しさは天佑でした。 春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり 道元禅師の歌です。 冬をすずしいと表現しているのが面白いですね。 いずれにせよ、四季のうつろいと、仏教的無常観を重ね合わせた名歌です。 しんどくても夏は夏らしく暑くて過酷な、冬は冬らしく凍えるように寒い季節を味わうのが、自然の妙というものでしょうか。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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