文学

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村上春樹のふるさと

かつて近代日本文学者は、ふるさとを詠いました。  室生犀星の、 ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたうもの(後略) しかり。 石川啄木の、 ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆくしかり。 田舎から東京に出てきた文学者というものは、良くも悪くもふるさとへの思い入れがたっぷりです。 しかし、マス・メディアの発達によるものか、現代文学者はあまりふるさとを意識しないようです。 その最たる例が村上春樹でしょう。 彼は京都で生まれ西宮で育ち神戸で高校時代をおくった生粋の関西人です。 しかし彼の作品からはその匂いがしません。 そもそも一連の小説群は日本ですらなく、無国籍なものに感じます。 両親が国語教師で、始終日本文学の話をするのに嫌気がさして西洋文学にのめり込んでいたとは言いますが、言葉というものは本来民族や土地に根差したものでしかありえず、バタ臭いのを売りにするのは嫌味ですらあります。 村上春樹のふるさとは、どことも知れぬ無機質な人工世界なのではないでしょうか。 村上春樹という人にまつわる存在の希薄さは、以前このブログでも書きました。 それが海外から高い評価を受け...
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今年は異常な大雪だそうですね。 南関東に住まいしていると、全然実感がわきません。 ほとんど毎日乾燥した晴れですから。 テレビで雪国の様子を見ると、背より高く積った雪を毎日毎日雪かきしています。 さぞかし骨の折れることでしょう。 私は東京東部で生まれ育ちましたので、雪は一年に一度か二度ふる程度で、積雪も10センチを超えることはまずなく、一種のお祭りのような心地がしました。 町が白く化粧した姿というのは、幻想的で美しいものです。 でも翌日には、もう雪は人や車の往来で醜く黒ずんでしまいます。 その儚さが、南関東の人間にはまるで桜のように愛おしく感じるのです。 この国に 雪も降らねばわがこころ 乾きにかわき 春に入るなり  若山牧水 若山牧水は宮崎県の生まれだったと記憶していますから、やはり雪は珍しく、心浮き立つものであったようです。 一方、雪には雪女とか雪男とか、怖ろしい伝承がありますね。 雪が障子をなでる音が、雪女が手で障子を叩いているようにかんじたのでは、と某民俗学者が言っていました。 雪男はなんだか怪物じみていて、物理的な恐怖しか感じませんが、雪女には、ぞっとするような心理的な恐怖があ...
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演歌

日本の歌謡史に演歌なるジャンルが確立したのはいつ頃なんでしょうね。  私が子どもの頃には、すでに森進一や五木ひろしや矢代亜紀や都はるみといった人々が人気を博していました。 その他に、ムード歌謡というジャンルも人気がありましたね。 子どもの私にはその良さが分かりませんでした。 ついでに言うと、中年になった今もわかりません。 あまりにも情が強くて、すんなり耳に入ってこないのです。   明治初期の自由民権運動家が演説をする際にわかりやすく歌にして謡った、演説歌が最初だったと聞いたことがあります。 「オッペケペー節」がその代表格だとか。 その後政治風刺をからめながら庶民の哀歓を歌う演歌師なるものが現れ、さらにレコードの登場によって爆発的に演歌が広まっていったものと思われます。 演歌を指して日本の心だという言説を耳にすることがあります。  私はこれには非常な違和感を覚えます。 なぜなら演歌の歌詞というのが、花鳥風月をからめて恋や心情を遠回しに詠う、和歌や連歌などの伝統的な日本の歌謡とあまりにも異なっているからです。 むしろ民謡や童謡に日本の心を感じます。  演歌はむしろ、歌詞がストレートであるこ...
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高等遊民

最近、非正規雇用者の増大やニートが社会問題になっています。 明治末期から昭和初期にかけても、似たような問題がありました。 高等遊民の問題です。 高い教育を受けながら、就職せずにふらふら遊んでいるインテリです。 高等遊民というと、真っ先に思い浮かぶのは夏目漱石の「それから」に出てくる主人公でしょう。 高等教育を受けながら職に就かず、親からの仕送りで家に書生まで置いて読書や観劇にひたり、友人の奥さんと不倫する、どうしようもないやつです。 松田優作と藤谷美和子主演で映画化もされました。 ささやくようなセリフまわしの、静かな良い映画でした。 時の政府は高等遊民が共産主義や無政府主義などの反国家的な思想傾向を持ちやすいことから、これらを根絶やしにしようとしました。 つまり、職に就かせようというわけです。 しかし、高等遊民には武士は食わねど高楊枝的な態度の者が多く、求人があっても大学出の自分には不釣り合い、として断ってしまうことが多々あったと言います。 これなど、現在見られる大企業志向とだぶりますね。 高等遊民と言っても「それから」の主人公のように裕福な者ばかりではなく、生活のために日雇いの仕事を...
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屍鬼

最近インフルエンザが猛威をふるっているそうですね。 私は五年前インフルエンザにかかり、大変な思いをしたことから、その後毎年11月に予防接種を受けるようにしており、今のところ健康です。 インフルエンザに限らず、高熱が出ると、意識がおかしくなって、幻覚を見たり幻聴を聞いたり悪夢にうなされたりしますね。 私は繰り返し、吸血鬼の幻覚に悩まされました。 吸血鬼といっても、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」のような、吸血鬼でござい、という格好をしているわけではありません。 見た目は全く普通のおっさんやおばさん、にいちゃん、ねえちゃんが、病気の私を心配するようにベッドに近づいてきて、いきなりガブッとくるわけです。 敵だと思いもしなかった相手に攻撃されることほど怖ろしいことはありません。 インフルエンザから回復して、シンクロニシティ(必然性のある偶然、共時性ともいう)を感じる出来事がありました。 読もうと思って買っておいた長いホラー小説を回復してから読んだら、まるで私が見た幻覚とそっくりなのです。 その小説は、「屍鬼」と言います。 ある小さな村に洋館が建ち、ある一家が引っ越してきたことから、事件は発生...
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