文学

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冬を詠む

首都圏に住んでいると実感できませんが、今年の雪国はこの時季としては例年の3倍も降って難儀しているそうですね。 年配の方が屋根に登って雪おろしをしている姿は痛々しいばかりです。 同時に、冬場ほとんど雪が降らない地域に生まれ育ち、今も住んでいる幸運を感じます。 梅の花 それとも見えず 久方の 天霧る雪の なべて降れれば 「古今和歌集」に見られる和歌で、よみひとしらずとなっています。 大雪が、白梅が散っているように見えるという優雅な歌ですが、これもおそらくは近畿地方の、あまり雪が降らない場所で、雪が降ってはしゃいでいる様子が感じ取れます。 首都圏でも5センチ程度の積雪でニュースでは大雪と騒ぎ立て、電車は止まり、人々は転んでけがをするというわけで、雪の少ない地方では、雪が降るとお祭りのようにはしゃぐ風習が見られます。 雪降れば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける    紀貫之の和歌です。 またもや「古今和歌集」から。 春にしられぬ花、というのは、雪がうっすら積もった樹木の様子を花に見立てているものかと思われます。 ここでも、雪にはしゃぐ様子が見てとれます。 山里は 冬ぞ寂しさ まさりけ...
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最強の同盟国

このたびの選挙結果を受けて、米国のヌランド報道官はわが国を最強の同盟国の一つ、と評しました。 安倍政権が軍事力を増強し、米国にとっても脅威である中国や北朝鮮に厳しく対峙することを期待してのことと思われます。 一方、当然、中国や韓国は安倍政権を極右だとか軍国主義だとか言って不安をあおっていますね。 中国はともかく、米国を介して同盟関係にある韓国までがわが国の軍事力増強を非難するのは解せませんねぇ。 いざという時、頼れる隣国はわが国だけだと思いますが。 安倍次期総理、早くも憲法改正や教育改革など、これまでの内閣が取り上げることが少なかった大きな政策を打ち出す意志を鮮明にしています。 それらは直近の民意によって権威付けされており、当然、粛々と進めるべき基本政策です。 まずは憲法改正手続きを定めた96条の改正に着手するようです。 両院の三分の二の賛成で憲法改正を発議し、国民投票で過半数を得なければならない、という、事実上憲法改正を不可能にしている条文です。 硬性憲法と言われる所以ですね。 現在、維新もみんなも憲法改正には協力すると言っていますので、衆議院では優に三分の二をクリアできます。 しか...
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震える舌

今日は今度の土日の国際シンポジウムでの出勤のため、振り替え休日。 朝からのんびり過ごしています。 今朝は少し古い映画を鑑賞しました。 1980年製作の野村芳太郎監督に手になる、「震える舌」です。 野村芳太郎監督といえば、「八つ墓村」とか「砂の器」など、スケールの大きいサスペンスが印象に残っています。 そんな野村作品にあって、「震える舌」は異色の医療ドラマでした。 幼稚園に通う娘が破傷風に感染。 即日入院となります。 破傷風は音や光などの刺激で激しい痙攣を引き起こすことから、病室には遮光カーテンがひかれ、薄暗い中で若い両親が病室につめます。 両親の目の前で繰り広げられる残酷とも言える傷みを伴う治療が、観る者の心を打ちます。 薬効効無く、日に日に病状は悪化。 ついには心配停止まで追い込まれますが、必死の治療で回復していきます。 その間、両親は娘の死を覚悟し、日に日にやつれていきます。 とくに、今では大女優となった十朱幸代演じる若い母親は、完全におかしくなってしまいます。 これ以上の治療を拒否したり、娘を自ら殺害しようとしたり。 父親役の渡瀬恒彦も憔悴しきった表情で、娘の死を待ちます。 そん...
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退行欲求

私が残酷非道な物語を好み、ホラー映画をこよなく愛していることは、このブログをご愛読いただいている方はよくご存知のことと思います。 しかし実生活となると、私はとんだ腰抜けです。 血を見ることが苦手で、また苦しんでいる生き物を見るのも全く駄目。 だからSMという趣味嗜好は理解不能です。 サド侯爵や団鬼六、マゾッホらの小説は好むんですけどねぇ。 魚の死骸に触れることができず、そのため秋刀魚を焼くことすらできません。 鯛や鯵のはらわたを取り出すことなど、怖ろしくてとてもできません。 従って焼き魚を食すためには、同居人に全面的に頼らざるを得ず、いつもからかわれています。 釣りなんてもってのほかで、そもそも私は生き物に触れることを極端に怖れています。 蛙や蛇や虫はもちろんのこと、犬や猫に触れるのも嫌で、ほとんど触れたことがありません。 若い頃はきれいなおねぇさんに触れることだけは好きでしたが、近頃はそれもなんだか不潔な感じがして嫌になってしまいました。 不潔というのは、文字通り、物理的に不潔ということで、精神性の問題ではありません。 まして性行為などというものは不潔の極みみたいなところがあって、今...
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師走

早いもので、昨日から師走になりました。 かつて支払いのツケは大晦日までに精算することとされており、このままでは年が越せない、という言い様は、庶民感覚に合っていたものと思われます。 金策に走る寒い月だったのですねぇ。 冬ごもり 小ぜにをかりて 笑はるる 正岡子規の句です。 どこかユーモラスな感じを受けますが、精算すべき日の近くに小銭を借りるというのはよほどのことだったんじゃないでしょうか。 いそがしく 時計の動く 師走哉 こちらも同じ俳人の句です。 こちらは世間一般の慌しい師走というイメージに合っていますね。 現代では、借金をしていてもその返済期限は様ざまで、年末だからと特別慌てる必要はありません。 それはきっと人々の生活にとって良いことなのでしょうが、年内に厄介ごとは片付けて、清浄な気持ちで新年を迎えようと言うわが国古来の風習が廃れるのは寂しいような気もします。 もっとも、私が返済に窮するような借金を負ったり、ツケを持ったりしたことがないから言えることなのかもしれません。 我々サラリーマンにとっては、師走はボーナスが支給される嬉しい月でもあります。 ここ数年ボーナスは減少傾向ですが、そ...
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憂国忌

昨日、11月25日は三島由紀夫の忌日、憂国忌でした。 45歳、小説家としてまだまだこれからという時期になんであんな死に方を選んだのでしょうね。 一説には、一緒に自決した弟子の森田必勝との情死であったとも言われています。 嘘か真か、三島由紀夫の遺体を解剖したら、直腸から森田必勝の精子が出てきたとか。 彼が同性愛者であったことは公然の秘密ですが、結婚して子どももいたことを考えると、バイセクシャルだったと考えるのが自然でしょうね。 憂国忌の元になった小説「憂国」は国を憂える物語というより、憂国の情を持つ将校がひたすら情交を繰り広げるという、官能小説に仕上がっています。 そしてまた、市ヶ谷駐屯地に向かう直前に書きあげた「豊饒の海」の最終作「天人五衰」のラストの、なんと乾いてシニカルであることでしょう。 とてもこれから市ヶ谷駐屯地に出かけて自衛官にクーデター決起の檄を飛ばし、夢破れて自決する人の文章とは思えません。 激情に駆られた風がなく、極めて冷静なのです。 もともと三島由紀夫の小説は人工美の極北にあるもので、熱い感情とは無縁でシニカルなものです。 想像するに、彼は何も天皇を中心とする国家主義...
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秋思

今日も見事な秋晴れでした。 しかし私の心はどこか曇りがち。 三連休の最後だからでしょうか。 曇りがちの心を奮い立たせようとして、午後、近所を散歩しました。 昼までは風がなかったのに、午後になると冷たい風が吹き始めました。 つめたきは 風にありけり わがこころ 白布のごとく 吹かれたるかな    風を頬に受けて歩いていると、若山牧水のこんな歌が知らず知らずのうちに心に浮かびました。 私の心もまた、冷たい風に吹き飛ばされそうな気分になりました。 また、同じ歌人の、 骨と肉(み)の すきをぬすみて 浸みもいる この秋の風 しじに吹くかな という歌が続いて口をついて出ました。 白楽天の「陵園妾」でしたか、春愁秋思 という詩句があったように記憶しています。  辞書には、  春の日にふと感じる物悲しさと、秋にふと感じる寂しい思い。よい気候のときに、なんとなく気がふさぐこと。また、いつも心のどこかに悲しみや悩みがあること。  と、ありました。 人間にとって過ごしやすいはずの春や秋に、物悲しさや寂しい思いを強くするのはなぜでしょうね。 私は子どもの頃から、春愁は強く感じ、秋思はあまり感じませんでした。...
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喪中葉書

今日は寒いうえに冷たい雨が降り続いています。 先週注文した喪中葉書ができたので、家に閉じこもって喪中葉書の宛名印刷をしています。 といっても、わが家の年賀状は10年も前から筆王で作っていますので、そこに保存されている宛名をただ印字するだけ。 簡単なものです。 例年この時期になると、必ず何枚か喪中の葉書を受け取ります。 多くは友人や同僚の親が亡くなった、というもの。 年齢のせいもあり、ここ数年、親を亡くしたという喪中葉書を受け取る枚数が増えてきています。 それがとうとう、今年は出す側になってしまいました。 そう思ってみると、この冷たい雨が涙雨に思えてくるから不思議です。 人間、生まれるまでは今生では影も形もありませんが、ひとたび生まれれば、約80年、飯を食っては糞をひねり、仕事と称する雑事にかまけ、気がついたら骨になって冷たい石の下。 しかし生まれる前と決定的に違うのは、骨ばかりは何万年も残ること。 化石になってしまえば、人間の時間感覚ではほぼ永久的にその人が生きた証が残ることになります。 死んだら生まれる前と同じになるだけで、地獄も極楽もあるものか、という人がいます。 あの世があるかな...
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嘘八百

小説とか物語というものは、基本的には嘘八百を並べ立てるもの。 古来、わが国の文芸は和歌を最高の物として、物語を一段低く見る傾向があります。 「源氏物語」の作者、紫式部は嘘八百を並べ立て、世人を惑わせた罪により地獄に落ちた、という伝承が残っています。 能に「源氏供養」という曲があり、地獄に落ちた紫式部を供養する内容になっています。 一方、男癖が悪いと評判だった和泉式部は和歌によって身を立てたため、極楽往生を遂げたとされています。 地獄に堕ちた方である紫式部は「紫式部日記」に、 和泉はけしからぬかたこそあれ(和泉式部は感心できない人間である) と書いてライバル心をむき出しにしています。 また、同時代人の清少納言に対しては、 清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。 さばかり賢しだち漢字書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと耐えぬこと多かり。(清少納言こそは、高慢きちな顔をして実に大変な人。少しばかり利口で漢学の才能を書きを散らしているけれど、よく見ると、十分ではない点が多い) などと、悪口を書き散らしています。 同じ文芸の世界で活躍するタイプの違う才女に対する嫉妬でしょうねぇ。 ...
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木枯らし

昨日、首都圏には木枯らし一号が吹き荒れ、着飾った七五三の子どもたちも震えていました。 そして今朝、一気に一か月も季節が進んだような寒気が流れ込んでいます。 先週まではコートを着て出勤する人はまばらでしたが、今日は多くの人がコートを着てマフラーをし、手袋までして寒さをしのいでいました。 もう冬がきたのですかねぇ。 ちょっと早いような。 この時季いつも思うのは、女子高生の腿がにょっきりでている制服の、見ていられないようなしんどさです。 私は今の時期股引きを履いたうえに膝かけまでしており、腿の冷えは辛いだろうと心底思います。 最近ストッキングやタイツを履いた女子高生が増えてきて少し安心していますが、数年前は意地でも腿を出したまま、という生徒が大半でしたね。 流行りで体調を崩してはあまりにお気の毒というものです。 海に出て 木枯らし帰る ところなし   山口誓子の句です。 人を襲う冷たい木枯らしも海に出てしまえばもはや帰るところもない、ということで、木枯らしを人生の無常に重ね合わせているように感じられ、興趣は尽きません。 無常ということを思えば、あるいは十代の一時期、寒さに震えながら足をにょっ...
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昭和7年生まれ

このたび日本維新の会の代表に就いた石原慎太郎前都知事、昭和7年うまれの80歳だそうです。 お元気ですねぇ。 他に昭和7年うまれというと、大島渚、小田実、青島幸男、小林亜星、山本直純、タルコフスキー、トリュフォー、江藤淳、五木寛之などがいるそうですが、今も第一線で活躍しているのは石原前都知事と五木寛之くらいでしょうか。 じつはこのことを知ったのは、亡父の蔵書であった五木寛之の「運命の足音」からです。 このエッセイ集には、終戦直後、平壌に住んでいた五木一家がたどった苦労や、浄土真宗への深い信仰が語られ、味わい深いものとなっています。 わけても終戦直後、進駐してきたソヴィエト兵に乱暴された母親が本土の土を踏むことなく亡くなったことや、教師として堂々と生きてきた父親が戦後生きる屍のごとくになってしまい、酒と博打に明け暮れ、ついには野垂れ死にするさまが赤裸々に語られる章は、読む者の心を打ちます。 しかも筆者は、つい最近までそのことを書く気が起きなかったと言います。 しかし最近、夜中などに亡き母親の「いいのよ」という言葉を頻繁に耳にするようになったそうです。 書いても「いいのよ」。 亭主の堕落も「...
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ユーモアあふれる乾いた作風の小説が特徴の小林恭二が、「父」というシリアスな私小説風の物語を書いています。 父親は一高から東大を出て、神戸製鋼の重役にまで上り詰めたエリートです。 しかし、小林恭二の筆致は終始醒めています。 父親は、最晩年、ブロン液や風邪薬などを大量に服用し、意識を朦朧とさせたまま、最後の日々を過ごしました。 その姿は壮絶です。 息子たる小林恭二は、そんな父に対し、心にシャッターを下ろしてしまいます。 心にシャッターを下ろしたと豪語しながら、一方、父親の死に対して完璧に無罪な息子など、この世には存在しない、と複雑な父子関係を吐露します。 薬剤で朦朧となった父親を眺める作家の姿は、醒めているだけでなく、どこか悲しげです。 私は父に対し、心にシャッターを下ろしたことなど一度もありません。 私は30代半ばになって精神障害を患った時も、父は私を心配して精神科の診察に立ち会ってくれたり、奈良や京都に大名旅行に連れて行ってくれたりしました。 私の文人風の才能を最も愛でてくれたのは、親族中で父だけであったと、確信しています。 それだけに、父の死は堪えました。 この世を構成すべき重要な一...
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濁れる水の流れつつ澄む

昨夜、私が出演しているNHK松山放送局の番組「しこく8-濁れる水の流れつつ澄む」のDVDが送られてきました。 11月2日に四国で放送されたものです。 竹中直人が種田山頭火を演じつつ、狂言回しのような役割を担っていました。  私の出番は真ん中くらいでインタビュー場面、終わりのほうで出勤準備をしながら少し山頭火の句について話す場面です。 テレビに映った自分を見るのは初めてですが、なんだか元気が無いというか、覇気が無い感じがしましたねぇ。 自分では元気いっぱいのつもりだったんですが。 あれじゃあ、いつまでも病み上がり扱いなのも頷けます。 ディレクターから電話があって、うつ病を患ったサラリーマンが出ていることが、現代のストレス社会を反映していてたいへん好評だったとか。 そのため、現在、全国放送に向けて鋭意準備中だそうです。 放送日が決まったらまた電話くれるとのことでした。 早速DVDを焼いて日曜日にでも実家に持って行こうと思っています。 母も父を失くして元気が無いようですし、兄は11月29日に迫った亡父の本葬の準備にかかりきりのようですから、少し気分転換してほしいと思っています。 それにしても...
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日本通

昨夜民放の某バラエティ番組を観ていたら、様々なジャンルの日本通の外国人が登場し、驚異的な知識を披露していました。 まずは演歌通。 ハワイから来た若干16歳の少年は着流し姿で演歌に関するクイズに的確に答え、最後には「浪花節だよ人生は」を熱唱していました。 ドイツから来た黒人は、翌日日本女性との結婚を許してもらうため、女性の実家を訪問するとかで、テレビ出演よりそっちのほうが緊張するとか。 米国の黒人女性はソウルフルな歌声で「天城越え」を歌いあげていました。 世の中広いですねぇ。 続いてAKB48ファンの外国人たち。 最年長は45才の髪がだいぶ寂しくなったおじさんですが、この人、総選挙やら握手会やらで来日回数は11回。 その都度長期休暇を取っているそうです。 お好きなんですねぇ それに2メートル1センチの大男の少年。 いかにもオタク然としたべたっとした感じで激しくAKB48の踊りを踊る姿は、感動的でさえありました。 意外だったのは、女性外国人のファンが多かったこと。 最後に信長ファンの外国人たち。 みな張りぼての鎧を着て、○○でござるなどという口調でしゃべり、すっかり戦国武将気取り。 昔から...
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立冬

今日は立冬ですね。 暦便覧では、冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也と説明しています。 それにしては暖かいですが。 今日から立春まで冬。 昨日、冬物のコートを購入しました。 今着ているものがだいぶくたびれてきましたので。 私はずいぶん寒がりで、職場では股引きをはいたうえに膝かけをしています。 男で膝かけをしているのは私くらいでしょうねぇ。 しかし、寒い季節は嫌いではありません。 暑いと弛緩してしまう感じですが、寒いと引き締まる感じがして、なんだか心地よいのです。 それも冬はほとんど晴れている南関東に住んでいるからでしょう。 正月から雪かきだの雪おろしだの、雪国の冬はしんどかろうと思います。 大学生の頃、新潟から東京に出てきたという友人が、初めて東京で冬を過ごして、人生観が変った、とまで言っていました。 何を大げさな、と思いましたが、きっと素朴な実感だったのでしょうねぇ。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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