文学

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秋雨

今日は朝から冷たい雨が降っています。 なんとなく、気分が沈みます。  うつ病患者には雨が降ると布団から出られない、という人がけっこういます。 私はそこまでひどくはありませんが、冷たい雨はやっぱり苦手ですねぇ。 倦みはてし わが身つつみて 降るものか 濡れゆく屋根の 秋雨の音 めづらしく こころ晴れつつ ながめ入る けふ秋雨の かなしくもあるか いずれも私が敬愛する若山牧水の和歌です。 これらの歌にも憂愁の色が濃くにじみ出ています。 今年の秋は土日出勤が多く、休日の街歩きがなかなかできません。 秋が終わると冬になり、街歩きには適さない気候になってしまいます。 そうなる前に、千葉県内や都内の色々な街を歩き回りたいですねぇ。 私の軟弱な漂泊への思いは、その程度でも満足できるのです。若山牧水歌集 (岩波文庫)伊藤 一彦岩波書店にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ
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なんだか酔いました。 舶来のウィスキーをロックで三杯。 その間、ほとんどつまみらしい物を食っていません。 酒がまずくなるからです。 このブログでさんざん体重が減ってきたことを嘆いていますが、要するに私が悪いのです。 栄養よりも酒を、酒よりも睡眠を優先したせいです。 疲労のままに晩飯を食わずに寝てしまったり、わずかのつまみと酒を口に入れただけで横になってしまったり。 でも無理に飯を食えば、横になっても眠ることができず、戻してしまうのです。 困った胃弱者です。 私は若山牧水や尾崎放哉など、破格の大酒飲みの詩歌を好んできました。 彼らは短型詩という限られた制限のある文芸を極めながら、まるでそのストレスを発散するかのごとく、大酒を喰らっています。 酒と文芸は恋人のごとく、親友のごとく、分かちがたく結びついています。 私はただ、ひと時の酔いが、愚かな私の人生に潤いを与えてくれれば、それで満足なのです。 おそらく私は、何事もなしえず、ただ酔生夢死の余生を送るのでしょうから。
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お話

秋晴れの良いお天気でしたが、今日は出かけることも無く、一日、静かに家で過ごしました。 もうじき木枯らしが吹き始め、そうしたらますます家に籠る休日が増えるんでしょうね。 いたし方ありません。 明日は土曜出勤の振替でお休み。 「パラノーマル・アクティビティ4」を観に行こうかと思っています。 このシリーズ、番外編の「TOKYO NIGHT」も含め、すべて劇場で観ています。 低予算で恐怖度満点のPOVです。 それにしても私のホラー映画好きも病膏肓に入るの部類と見えて、話題のホラー映画が劇場公開するといても立ってもいられず、見逃したりなんかしたらDVDが発売される前から予約してしまいます。 昔から怖いお話が好きでした。 私が6歳の頃、初めて広告の裏を使って書いたお話が「ドラキュラの歯は無い」というもの。 加齢により歯を失ったドラキュラがナイフやフォークで人を襲うという他愛の無いものですが、鋭い牙がつきもののドラキュラに歯が無かったらさぞかし難儀するだろうというその時の発想は、今と大して変わりません。 恐怖にブラック・ユーモアをからめるのが幼児の頃から好きだったものと見えます。 三つ子の魂百までと...
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文化

今日は文化の日ですね。 悲しいかな、私は職場で昨日に引き続き開催される漢籍文化の国際シンポジムのため、出勤です。 漢籍文化ということで、パネリストも講演者も客も中国人だらけ。 ちまたで言われているほど、彼らのマナーは悪くありません。 さすがは研究者やそれに準じる人たちと言うべきでしょう。 文化の日とは言いますが、元をただせば明治天皇の誕生日。 戦前までは明治節という祝日でした。 みどりの日を昭和の日に改めたように、文化の日も明治の日と改めたらどうかと思います。 長い鎖国の夢から醒めて、冷酷非情な帝国主義全盛の時代にわが国を帝国主義列強の地位にまで押し上げた先人の苦難の歴史に思いを致す日としたほうが、趣旨に沿うと思います。 文化の日では、何が何やらわかりません 降る雪や 明治は遠く なりにけり と、中村草田男が詠んだのは昭和6年のことだったとか。 明治が終わって21年後のことですね。 すると平成の御代も24年。 昭和は遠くなりにけり、といったところでしょうか。炎熱―中村草田男句集 (ふらんす堂文庫)横澤 放川ふらんす堂にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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暴走老人

田中文部科学大臣、石原都知事の言動を、暴走老人と称しましたね。 言いえて妙と言うべきでしょう。 もっとも、そう言い放ったご当人も暴走おばさんではありますが。 みんなの党やら日本維新の会やらたちあがれ日本やら、どうやら民自に対抗できそうな勢力が揃ったと思ったのか、都知事の職を放り出してそれらの神輿に乗ろうという考えが見え見えです。 石原都知事と言う人、気骨があり、発信力があり、カリスマ性もあるようですが、少々頭に血が上りやすい質のようで、今度の行動も逆上気味です。 老人性の判断力の衰えを感じますねぇ。 17年前、国会でこの国の政治のありようを痛烈に批判して辞任した時も、その片棒を担いでいたのはお前だろうがと、ツッコミをいれたくなりました。 月日は流れ、都知事を13年も勤めて、やっぱり国政の場でなければ政治のありようを変革できないと気付いたとは、少々オツムが弱いのではないかと思います。 もともと都知事は芥川賞を受賞して小説家として世に出ました。 小説家というのは読んで字のごとく、小さな説を述べる人ではないんでしょうか。 それが国家国民を論じるだけならともかく、権力も欲しいとなると、穏やかで...
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海辺の光景

安岡章太郎の小説に、「海辺の光景」という佳品があります。 海の見える病室で、愛憎相半ばする母親の最後を看取る中年男の話です。 3月に父が亡くなってから、私はこの佳品のことをよく思い出します。 海辺と浅草寺の五重塔がよく見える父が亡くなった浅草寺病院の個室とでは、もちろん趣きが異なります しかしそこには、親を亡くすという根本的な類似があり、私にとって父を亡くした経験により、「海辺の光景」という小説は、切実な意味を持つものとなりました。 この小説の主人公は、どう見ても先が長くない母を見ながら、過去の思い出に浸ります。 それは決して良い思い出ばかりではありません。 私は父危篤の報を受け、浅草寺病院へ見舞いに行き、その数日後に、父ははかなくなってしまいました。 驚異的な生命力を持った男だと思い込んでいただけに、その呆気ない死は、私を呆然とさせずにはおきませんでした。 その後一ヶ月で、私は精神的ショックから食い物を受け付けなくなり、5キロ落ちました。 一ヶ月も過ぎると、生きている人間というのは都合よくできているものらしく、精神的ショックは感じなくなりました。 しかし、その後も体重はじわじわ落ち続...
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原稿依頼

実に久しぶりに、某出版社から、原稿の依頼が舞い込みました。 原稿用紙換算で50枚程度、ブラックな小説が欲しいとのことでした。 原稿料は原稿用紙1枚あたり2千円という、格安なもの。 私の実力は、世間ではその程度にしか評価されていないのですね。 なんだか寂しくなりました。 で、私は迷うことになります。 50枚程度、2~3日もあればじゅうぶん書けるでしょう。 問題は、精神科医から小説の執筆を禁じられていること。 私は小説の執筆を始めると、大体、躁状態に陥ってしまうのです。 創作をする人は多かれ少なかれ一緒だと思いますが、自分の作品に絶対の自信を持っています。 そうでなければ、創作なんて出来はしません。 そのような状態は、自分を神様とでも思うような、躁病患者の症状と酷似しています。 だからこそ、精神科医は私に小説の執筆を禁じているのでしょう。 しかし、依頼が来れば書きたくなるのは本能のようなもの。 早速私の頭の中では、様ざまなアイディアや、文章そのものが出来上がっています。 それを形にするかしないかだけの状態になっています。 躁を抑えるリーマスという薬を毎日朝夕飲んでいても、ちょっとしたきっか...
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古人

明日はこの前の日曜出勤の振替でお休み。 今宵は心置きなく、独り、焼酎をいただきました。 そうはいっても、ロックで2杯。 ずいぶん酒が弱くなったものです。 同居人は近頃忙しいとかで、残業のためかまだ帰りません。 私としては独りの酒を楽しめて、うれしいかぎりです。 同居人はじつは私よりも酒が強いくらいですが、私のような愚かさは持ち合わせていないようで、毎日晩酌するような馬鹿な行為には及びません。 せいぜい、週末、私と2人で飲むくらいです。 2人の酒も楽しいですが、独り飲む酒はまた格別です。 横に「新古今和歌集」か「方丈記」でもあれば、私は古人を友として、愚かな酒に酔うのです。 古人は多く酒に酔い、花に酔い、月に酔って、わが国の文芸の花を開かせました。 それは昨今の愛だの恋だのを恥ずかしいくらいにストレートに歌う流行歌とは違って、じつに奥ゆかしいものです。 私はそれら古人の詩歌に接するたび、兼好法師の「徒然草」の一節を思い出します。 何事も、古き世のみぞ慕わしき。今様は、むげに卑しくこそなりゆくめれ。 兼好法師の時代にも、昔は良かった式の、老人のたわ言が幅を利かせていたのですね。 これは老境...
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海も暮れきる

昨夜は焼酎をちびちびやりながら吉村昭の「海も暮れきる」という小説を読みました。 尾崎放哉の後半生を描いた小説です。 凄まじい後半生です。 東京帝国大学を卒業して保険会社の重役まで勤めながら、家族を棄て、流浪の生活をしながら句作を続ける姿が描かれています。 いくつかの寺の寺男や堂守をし、最後は小豆島の寺の小さな庵の庵主となります。 しかし収入の道が乏しく、わずかにお遍路さんにろうそくを売るばかりです。 酒飲みの放哉にはそれでは足りず、お寺の住職や島の俳句趣味のお金持ちに金を無心しては酒におぼれ、しかも酒乱のため島中の飲み屋から嫌われ、住職から庵の中で飲むのは構わないが、外で飲むことはまかりならん、と厳禁されてしまいます。 金の無心は遠く京都に住む俳人仲間や弟子にも向けられ、ほとんど一日中、金の無心の手紙を書いているありさまです。 その上肺病が進行し、ついには立って厠に行くこともできなくなり、近所の漁師の妻に身の周りの世話になってしまいます。 下の世話まで。 ついには骨の形に皮膚がはりついているだけのような、骸骨のような面相になってしまいます。 それでも句作だけは続け、金の無心と句作と酒、...
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追悼 丸谷才一

作家で翻訳家、批評家でもあった丸谷才一先生が87歳で亡くなられた、との報に接しました。 この人、英文学が出発点とあって、英国流のユーモアに富んだ、どこかシニカルな作風で、その思想性はともかく、私は好んで作品を読みました。 印象に残っているのは、「たった一人の反乱」と「裏声で歌へ君が代」ですかねぇ。 江藤淳などの保守的な文芸評論家から激しく攻撃されたりもしていたようですが、文学に政治性を持ち込んで自分の土俵に引きずりおろそうとした感じで、私は江藤淳のやり方を好みません。 私の出身大学でかつて助教授を務めていたことがあり、私が入学したときにはすでに退職してずいぶん経っていましたが、その厳しい講義は語り草になっていました。 私が教わった多くの教員は彼の講義を受けた経験があり、広い意味では私も孫弟子にあたるのかもしれません。 村上春樹のデヴュー作「風の歌の聴け」を新人賞選考委員として激賞し、彼を世に出したことも高く評価されています。 偏見の無い人だったように感じます。 惜しむらくは寡作だったこと。 エッセイや評論は多いのですが、キャリアが長いわりには小説が少ないのですよねぇ。 年齢的には大往生...
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村上春樹、残念

残念ながら、今年も村上春樹のノーベル文学賞受賞はなりませんでした。 私は彼のデビュー作「風の歌を聴け」から、すべての作品を読んでいます。 川端康成が日本の美を詠ってノーベル文学賞を受賞し、大江健三郎は真逆に欧米文学のような、日本語としては悪文の文学で受賞しましたね。 村上春樹はその二人とは違って、一種の無国籍文学とでもいうべき特徴を備えています。 だからこそ、世界中で受け入れられたのでしょうね。 「ノルウェイの森」や「1Q84」が代表作と目されているようですが、私は初期の「風の歌を聴け」・「1973年のピンボール」・「羊をめぐる冒険」の鼠三部作と、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」がお気に入りです。 とくに「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を高校2年生の時に読んで、自分がくだらぬ小説を書こうとするのは無意味なのではないかと思いました。 世の中にはこんなに才能豊かな人がいるのかと驚くとともに、こういう小説を書きたかったのに、先にやられてしまった、と嫉妬を感じました。 結局中途半端に2冊の短編集を世に問いましたが、私の強い自負とは違って、世に認められることはあり...
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人間関係

今日は神奈川県葉山町湘南国際村にある某大学で会議でした。 千葉市の自宅から75キロ。 湾岸を飛ばしてちょうど90分かかりました。 会議が2時間で往復が3時間。 移動で疲れてしまいました。 会議といっても、何かを決めるわけではありません。 同じような仕事を担当している者が全国から集まって、数人のグループに分かれてフリーディスカッションをするのです。 いわばガス抜きのようなもの。 言いたいことは言わせて貰いました。 じつは一見無意味に思えるこのような催しが、後で仕事に生きてくるということはよくあります。 日頃メールや電話でしかやり取りしていない同業者と直接会って話しをすることで、深い信頼関係が生まれ、ざっくばらんなやり取りができるようになります。 小泉改革による法人化前は、こういう機会が頻繁にありました。 それが競争原理を導入するとかで、国立大学や国立研究機関は、それまでの文部科学省による護送船団方式から、ライバルに変貌してしまいました。 職場から、人情味がなくなって、ギスギスした雰囲気が漂うようになりました。 人間は感情で動く生き物。 人間関係を重んじれば業務能率が上がることは日本人なら...
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ハンガー・ゲーム

今日は朝一番で映画館に出かけました。 観たのは、「ハンガー・ゲーム」。 近未来、12の地区が国家に反乱を起こし、長い内戦の末政府軍が勝利しました。 政府は反逆の過去を忘れないため、また国民に娯楽を与えるため、毎年、12の地区から少年と少女一人づつを、あるいはくじ引きで、あるいは志願を募ることによって選び出し、広大な森で最後の一人になるまで殺戮をくり広げる、というテレビ番組を放送しているのです。 まずは予告編をご覧ください。  わが国の映画「バトル・ロワイヤル」シリーズと感じが似ていますが、「ハンガー・ゲーム」では残酷描写は抑え目で、アクションや殺し合いの緊迫感よりも、戦わざるを得なくなった少年少女たちの悲しみが全編を覆います。 しょうしょうだれるほどの長い前ふりと、意外なほどあっさりした戦闘シーン。 なんだか拍子抜けがします。 この手の映画で140分は尺が長すぎたのではないかなと思います。  後編が製作中らしいですが、おそらく私は観ないでしょう。ハンガー・ゲーム(上) (文庫ダ・ヴィンチ)河井直子メディアファクトリーハンガー・ゲーム(下) (文庫ダ・ヴィンチ)河井直子メディアファクトリ...
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ブラッディ・スクール

雨に閉じ込められて、おバカなDVDを観ました。 「ブラッディ・スクール」です。  パッケージだけを見ると、「スクリーム」シリーズのような学園を舞台とした連続殺人のホラー映画のように見えます。 しかし、中身はポップでおバカ。 くだらないといえばこれほどくだらない映画もないでしょう。 実際に高校生の連続殺人は起こりますが、それはむしろ副次的な要素で、高校生同士の恋愛だったり嫉妬だったりを主に描いています。 最後のほう、タイムマシンまで登場したのにはぶっ飛びました。 かといって駄作と呼ぶには斬新な映像やポップな乗りがなかなかイカしていて、新感覚ホラー・コメディとでも言うべき要素を持っています。 平凡な怖いホラーに飽きた方にお勧めです。ブラッディ・スクール ジョシュ・ハッチャーソン,デイン・クック,シャンリー・キャスウェル,スペンサー・ロックソニー・ピクチャーズエンタテインメントスクリーム ネーブ・キャンベル,ドリュー・バリモア,スキート・ウーリッチ,ローズ・マッゴーワン,コートニー・コックスパイオニアLDCスクリーム2 ケヴィン・ウィリアムソンワーナー・ホーム・ビデオスクリーム3 ネーヴ・キ...
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生贄

吉村昭に、「三陸海岸大津波」という著書があります。 そこに明治29年の大津波の話が出てきます。 被災者が顔を合わせると、「あなたの家族はどうでしたか」という質問が出て、「二人亡くなりました」と答えると、「それは良かった、おめでとう」という信じがたいやりとりが交わされたというのです。 私はこれを、大家族のうち、犠牲者が2人だけで済んで良かった、という意味なのかと思ったら、必ずしもそうではないことが語られていました。 すなわち、漁をして海からの恵みで生活をしていた人々にとって、何十年かに一度襲われる大津波は、それによって犠牲者が出ることで、海への返礼の意味があった、というのです。 分かりやすい言葉で言えば、消極的な生贄ですね。 これは現代人から見るとたいへん不謹慎な考えですが、1000年以上前から定期的にやってくる大津波にそういう意味を見出していたことは、たいへん興味深いことです。 また、かつてお祭りの際に神主を生贄に捧げる風習が日本各地にあって、生贄は籤や神託で一年前に選ばれ、その印に片目を潰されたと言いますから残酷な話です。 古来、洋の東西を問わず、自然の猛威を鎮めるため、また、自然の...
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