文学

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死後の恋

心中というと、相愛の男女がその恋の至純であることを証し、さらには来世で結ばれることを願って一緒に自殺する、というのが一般的な概念かと思います。 その他には、生活苦などから家族で同時に自殺する一家心中。 さらには子供や、老いた親などを殺して、後に自殺する無理心中などがあります。 相愛の男女による心中を美化するような文学作品もありますが、一般には許されざる行為です。 死んで花実が咲くものか、と申します。 生きていればこそ、結ばれる時もくるでしょう。 目の前の愛欲に惑わされ、ヒロイックな自己陶酔に陥って、男女が一緒に死ぬなど、他人から見れば滑稽でしかありません。 しかし死に逝くその間際に、恋しい人への想いを形にする、となるとまた話は別でしょう。 大正から昭和にかけて活躍した、幻想的な作品を得意とした夢野久作の短編に「死後の恋」というものがあります。死後の恋: 夢野久作傑作選 (新潮文庫)夢野 久作新潮社 革命の嵐が吹き荒れるロシア。 ウラジオストックで、キチガイ紳士と呼ばれる元ロシア貴族を自称する男。 この男が駐留していた日本軍の将校に独り語りする、という形式で物語は進みます。 夢野久作独特...
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なぜか悲しき

今日は雨後曇りで、かなり涼しく、過ごしやすい一日でした。 今年は空梅雨でしたが、なんだか梅雨が戻ってきたような。 あぢさゐや なぜか悲しき この命 久保田万太郎の句です。 一般に儚さを感じるのは、桜と相場が決まっていますが。 かの俳人は紫陽花に儚さと悲しさを見たようです。 梅雨時に咲く珍しくも美しい花に、それを感じたんでしょうね。 あまり自分を語らなった三島由紀夫も、紫陽花を好むと言う旨のエッセイがあります。 文人に愛される花なんでしょうか。 私は命のはかなさを紫陽花に感じる心性は持ち合わせてはいませんが、言われてみれば、梅雨時の花というのは、桜のような華やかさと逆の、いわば陰の美しさみたいなものがあるように感じます。 その紫陽花ももう散りました。 やっぱり悲しいような気がします。久保田万太郎全句集久保田 万太郎中央公論新社にほんブログ村 人文ランキング
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豆の上で眠る

今日はのんびりと自宅で読書をして過ごしました。 読んだのは、湊かなえの「豆の上で眠る」です。 大学生の姉妹。 物語は、妹が大学生の現在の生活と小学生の頃の記憶を追憶する場面が同時並行的に描かれながら進みます。 小学校3年生の頃、姉は謎の失踪をとげ、2年後、ふいに戻ってくるのです。 しかし妹の目には、帰ってきた少女が姉だとは思えません。 姉の偽者としか。 いったいどういうことか、分からないまま物語は進み、唐突に、真実が語られます。 やや強引な感じがする筋立てです。 一気に読んでしまいましたが、ミステリーとしてはやや破綻しているように感じました。豆の上で眠る (新潮文庫)湊 かなえ新潮社
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短夜(みじかよ)

梅雨明けはまだ宣言されていませんが、このところの陽気を見るかぎり、もう梅雨はあけているようです。 今年はあまり雨が降らなかったように感じます。 秋の夜長に対して、夏は短夜(みじかよ)と言われます。 夜長に比べて暑苦しいイメージがある季語ですが、夏には夏の風情があり、それを感じさせてくれます。 もっとも、現代ではエアコンが普及していますから、熱帯夜で寝苦しいということもないのではないでしょうか。 私ももう四半世紀ばかり、夏の夜は冷房を入れっぱなしで、寝苦しい夜はせいぜい大学生くらいまでの、昔の思い出に過ぎません。 みじか夜の 残りすくなく ふけゆけば かねてものうき あかつきのそら 「新古今和歌集」にみられる短歌です。 これは夏の夜に恋しい女性のもとに行き、その逢瀬を楽しみながらも、夜の短さを恨むというものです。新古今和歌集―ビギナーズ・クラシックス (角川ソフィア文庫 88 ビギナーズ・クラシックス)小林 大輔角川学芸出版 恋の歌と思えば、物憂さもどこかメランコリックな心地よさがあるのでしょうが、疲れた中年サラリーマンの私には、そんなロマンティックな味よりも、朝が来てしまい、また出勤し...
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母性

今日は出勤しても急ぎの仕事が無いことが分かっていたので、あらかじめ休暇を取っておきました。 今日も引き続き暑いので、自宅冷房を効かせ、読書をして過ごしました。 湊かなえの「母性」という小説を読みました。母性 (新潮文庫)湊 かなえ新潮社 母と娘をめぐる物語で、読みやすくて、グイグイと読めました。 女子高生の娘が飛び降り自殺を図るところから物語は始まります。 母と娘、それぞれの独白という形式で物語は進みますが、同じ物事でも母と娘の間で受け取り方が全く異なり、親子といえども他人じゃなぁ、という思いを強くしました。 自分以外の人間という意味では、親子であろうと夫婦であろうと親友であろうと、全て他人です。 親しき仲にも礼儀ありではないですが、親しい仲でも、人間関係の要諦は、赤の他人と接するのと同じことです。 相手を尊重すること、自分の考えや意見を押し付けず、意見の違いを認めること。 冷たいようですが、そうすれば親子喧嘩や夫婦喧嘩など起きないと思います。 子供の頃は別として、私は親子喧嘩も兄弟喧嘩も夫婦喧嘩もしたことがありません。 簡単なことです。 相手は他人だということを肝に銘じれば良いのです...
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