文学

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私は酒が好きで、数年前まで毎日飲んでいました。 最近肝臓の数値が上がってきたので、週2~3回に飲酒の回数は減ってきましたが、止めるにはいたっていません。  それにしても日本人は酒が好きですね。 大体和食というのは酒のつまみを発展させて出来たようなもので、懐石などは酒がなければ手持ち無沙汰でやれません。 花見、月見、雪見の酒、冠婚葬祭、歓迎会に送別会、暑気払いに忘年会、何かと言うと酒を飲みます。 白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり 人の世に たのしみ多し 然れども 酒なしにして なにのたのしみ 酒飲めば 心なごみて なみだのみ かなしく頬を 流るるは何ぞ 語らむに あまり久しく 別れゐし  我等なりけり いざ酒酌まむ いずれも大酒飲みだった若山牧水の和歌です。 この他にも酒を詠んだ歌はあまたあり、酒飲みの親分みたいな人です。 ただ不思議なことに、酒と花鳥風月をからめて詠んだ歌は少なく、もっぱら己が境遇を歌った酒賛歌になっています。 明治人らしい自我の放吟でしょうか。 今日はカップ酒でも仕入れて近所の公園へ花見に出かける予定だったのですが、天気予報によると晴れるも...
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春めく

今日は馬鹿に暖かいですね。 これで一気に桜が開くでしょう。 すっかり春めいてきました。 春立つと 沖辺かすめる 湯の町に ひとり篭りて さびしくも居る 若山牧水の和歌です。 華やかであるべき春に寂しさを感じるというのは、我が国民の独特の感性でしょうか。 私も定年したら、春を、海辺の湯の町に1人で過ごしたいものです。 老人になった私がその時感じるのは、勤めあげたという充実感でしょうか。 それとも、くだらぬ仕事にかまけて人生の大半を過ごしてしまった切なさでしょうか。 今の私には、わかりません。 一つ言えるのは、定年後10年は生きたいということです。 先月父を亡くし、長生きしたいという思いを強くするようになりました。 長生きして、この世の快楽を舐めつくし、人類の行く末を見届けたい、と。 その思いは父が私に健康に留意せよ、という無言のプレッシャーを与えているのだと思っています。 春速く まよひ出でたる 蜂の子の 菜の花のうへを なきめぐるあはれ こちらも若山牧水の和歌です。 あんまり春早く出てきたので、菜の花をどうして良いかわからないんでしょうか。 あはれではありますが、生命の力強さも感じます...
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台風一過

気象庁は低気圧だと言い張っていましたが、昨日の暴風雨は台風としか言いようがないものでした。 それだけに今朝は台風一過の青空が広がっています。 通勤途中にみかける桜も二分咲きくらいにはなったでしょうか。 春から一気に初夏へと駆け抜ける予感がします。 誰の句でしたか、 台風一過 洗濯物の 翻る という、生活の力強さを感じさせる句を思い出しました。 雨が降ろうと台風が来ようと地震が起きようと、生きている限り、飯を食い糞をひねり労働に従事する、という基本は変わりようがありません。 その生活基盤を強固にすることの意味を感じさせてくれる句ですねぇ。にほんブログ村本・書籍 ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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春の嵐

台風のような雨や風をもたらす低気圧が首都圏に接近中です。 首都圏の電車は早くも一部運休になったり、間引き運転をしています。 台風が来るとすぐに止まる、海の上を走る京葉線はすでに全面的にストップしたようです。 私はそんなニュースを見ながら、暖かい部屋でこの記事を書いています。 職場の温情に感謝です。 春の嵐というと、もう30年近く前、中学生の頃に読んだヘルマン・ヘッセの小説を思い出します。 私は14,5の頃、ヘルマン・ヘッセの作品を耽読しました。 ドイツ教養小説と称せられますが、それほど単純なものではないでしょう。 「春の嵐」は、芸術的衝動を抑えきれずに音楽家を目指す主人公が事故により身体障害者となり、絶望のどん底にありながら音楽に慰めや高揚を覚えるさまが、まわりの人間関係とともに、繊細に描き出された秀作です。  孤独の本態とは何者か、また幸福にいたる道とは何か、を問いかけてくるヘッセ前期の名作ですね。 後年、彼は東洋思想に目覚め、その作風は大きく変わっていきますが、「春の嵐」はそれよりも前、西欧的な教養を素直に信じていた頃の作品で、それだけに純粋な感じがします。 文庫本で読めるので、お...
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春一番

今日、関東では強い南風が吹いて、気温がぐんぐん上昇。 20度くらいまで上がりました。 遅い春一番ですね。 春一番が吹くと春本番だなぁと思うのですが、たいてい、春一番の翌日は寒いのですよねぇ。 三寒四温とはよく言ったものです。 畦の軍鶏(しゃも) 春一番を うたひけり   水原秋桜子 春一番の力強さを軍鶏に仮託して勢いよく詠んでいますね。 軍鶏というのが良いですねぇ。 なんだか戦闘的な感じが、春一番に合っているような気がします。 春一番 あしたの私 連れてくる   黛まどか こちらはまた趣が違いますねぇ。 春一番を、前向きにとらえて爽やかです。 でも私の世代だと、キャンディーズの「春一番」が思い出深いですねぇ。 まだ小学校三年生くらいでしたが、この歌で春一番という言葉を覚えました。 今ではスーちゃんはこの世になく、蘭ちゃんの娘が芸能界入りしたという話です。 ミキちゃんは専業主婦として頑張っているとか。 その後あまたの少女アイドルが生まれては消え、今はAKB48が飛ぶ鳥落とす勢いですが、少女アイドルというのはなにしろ寿命が短く、現代ではもっとも諸行無常を感じさせる存在かもしれませんねぇ。霜...
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春愁

なんとなく、今日は休暇を取りました。 激しい春の日差しに、気持ちがふさぎます。 今日は見事に晴れて、気温は17度まで上昇するとか。 完全に春愁の気にやられているようです。 黛まどかという俳人は春愁をストレートに表現しています。 代表的なのを、2句。 春愁の サーフボードに 鰭(ひれ)三つ キャデラックより 春愁の 令夫人 後の句は良いですねぇ。 お金持ちの奥様でも、いやだからこそ、春愁に襲われるんですねぇ。 春そのものが持つ気配のせいなのか、あるいは学年暦や会計年度が4月1日を以って変わる国に生まれ育ったがため、そういう気配を強く感じるようになってしまったのか、どちらなんでしょうね。 平成16年の精神障害を発症するまでは、それほど強く春の憂鬱を意識しませんでした。 してみると病気のせいなんでしょうか。 西行法師は「願わくは 花の下にて春死なん その如月の 望月の頃」と詠みましたが、私は春は嫌ですねぇ。 できれば厳寒の時季、北国で死にたいものです。 あまりの寒さに冷気は清浄を保ち、生命を保つのが難しいほどの寒気が襲う時季。 これ以上は無理なほど部屋を暖めて、布団のぬくもりを感じながら。に...
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侠気

今日は与謝野鉄幹の忌日だそうです。 じつは私は与謝野鉄幹の詩歌や書くものが苦手です。 何かと言うと男気だの侠気だの情熱だのを持ち出す暑苦しいやつだからです。 与謝野鉄幹と言うと、「人を恋ふる歌」と題する16の短い定型詩が有名ですね。妻をめとらば才たけて みめ麗 しく情けある 友をえらばば書を読みて六分の侠気四分の熱 これが最初の詩。 すでに暑苦しい感じが漂っています。わが歌声の高ければ 酒に狂うと人のいう われに過ぎたるのぞみをば 君ならではた誰か知る  これが10番目です。 いよいよ勢いがスパークしてきましたね。おなじ憂いの世に住めば 千里のそらも一つ家 己が袂というなかれ やがて二人の涙ぞや 15番目です。 好悪はともかく、詩の文句を直観的に選ぶ才は天賦のものであると認めざるを得ません。 男気や侠気に重きを置いた人だけあって、才能ある無名の若手を発掘することにも情熱を傾けたようです。 後の婦人、晶子、石川啄木などをプロデュースしています。 当時かれには妻があり、その妻を捨てて晶子と結婚することになるわけですが、当時はずいぶんなスキャンダルになったようです。 しかしなかなかのおしどり...
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瘴気

この週末は冴えない感じでした。 家でごろごろ。 早くも春の瘴気に当てられているようです。 遠白く 空は曇れりひそやかに 山椒の葉の かをり来る昼    窪田空穂 はるか遠くまで曇っている空、どこからともなく山椒の香が漂っている、という感じでしょうか。 私はこの和歌に瘴気を感じます。 どこか不気味な感じがします。 瘴気とは、平たく言えば悪い気配。 その昔は伝染病などを指す意味もあったとか。 でも私が使う瘴気は、まさに悪い気配とでも言うしかないもので、実体がありません。 私には、春には瘴気が濃厚になるように感じられてならないのです。 昔から、春愁とか春恨とか、そういう気配に当てられてわけもなく憂鬱になる感情を表す言葉が存在したところを見ると、時代と地域を問わず、春とは憂鬱なもののようです。 早く桜が咲いて、狂気のように散ってしまえば、春の瘴気は桜とともに去っていくような気がします。 早く桜の便りを聞きたいですねぇ。窪田空穂歌集 (岩波文庫)大岡 信岩波書店窪田空穂歌文集 (講談社文芸文庫)高野 公彦講談社にほんブログ村本・書籍 ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック...
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春の雨

今日は朝から雨。 予報では寒くなると言っていましたが、そこは春。 それほどではありません。  春雨や ものがたりゆく 簑と傘    与謝蕪村 春雨のなかをおしゃべりしながら蓑の人と傘の人が歩いているのですね。 二人は恋人同士でしょうか。 あるいは友人。 春雨という言葉と合わせると、何であれ、なんとなく色っぽく感じられるから不思議です。  春雨や いさよふ月の 海半(なかば)   与謝蕪村 これはまた幻想的な句ですねぇ。 春雨のなか、出そうでなかなか出ない月が海に映えているというわけです。 月を出しちゃって、しかもこういう風に詠まれると、もうぐうの音も出ません。 お彼岸のお中日も過ぎて、確実に陽が伸び、暖かくなってきています。 この時季、何がどうということもありませんが、気が焦る感じがします。 何か新しいことをしなければいけないかのような。 あるいは悪習を止めなければいけないかのような。 こういう感覚は正月にもありますが、春にはひどい瘴気が漂うせいか、それが激しいような気がします。 動物の発情期にあたるからでしょうか。 動物はこの時季を逃しては自分の子孫を残せないのですから、それは焦るで...
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梅一輪

今日は暖かいですねぇ。 梅は今が見ごろ。  梅一輪 一輪ごとの あたたかさ     服部嵐雪 芭蕉の高弟、服部嵐雪は梅が一輪咲くごとに暖かくなる春の様を、見事に句にしました。 そして梅が散り、桜が舞う頃には、コート要らずの春がきます。 私は毎年近所の公園で花見をします。 正月と花見だけは、昼酒を自らに許しています。 でも今はまだ、梅を存分に楽しみましょう。 千葉の地酒に、梅一輪というのがあります。 私はこれを好んで飲んでいます。 わりあいと安価で飲みやすい、気取ったところの無い良い酒です。 桜には酒が付き物なのに、梅を観て飲もうという気が起きないのはなぜでしょうねぇ。 寒すぎるのかな? それとも梅のたたずまいが、アルコールを拒絶しているんでしょうか。 もっとも酒好きの私は、花も月も雪も、何もなくても、楽しく飲んで酔いを楽しむ無粋なやつなんですけどねぇ。 蕉門名家句選〈上〉 (岩波文庫)堀切 実岩波書店蕉門名家句選〈下〉 (岩波文庫)堀切 実岩波書店梅一輪 上撰 純米酒 1800ml 九十九里の地酒 【千葉県】【ギフト対応可】梅一輪酒造株式会社梅一輪酒造株式会社梅一輪 特撰 吟醸辛口 1...
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悪の華

近代詩の父とも称されるボードレール。 しかし生前はあまり認められず、世をすねたような詩も数多くあります。 生前唯一発表された「悪の華」は公序良俗に反するとして摘発され、罰金刑に処せられたりしています。 亡父の莫大な遺産を派手に散財し、準禁治産者にされてしまったとか。 後のヴェルレーヌやランボーに影響を与えたことでも有名ですね。 ボードレールです。 「悪の華」から、一篇。 「敵」と題されています。    我が青春は陰惨なる嵐に似たり    時に一筋の光明なきにあらずも    すさまじき雷雨吹き荒れ    ひとつの果実とて実を結ぶことなし    いまや実りの季節というに    鋤と鍬とで 洪水に浸った土地を    あらたに耕しなおさねばならぬ    墓穴のようなこの土地を    我が夢に見る新しき花々が    砂浜の如く不毛なこの地に    実を結ぶことなどあるだろうか    苦しや! 時が命を食いつぶす    我らの心臓をかじる隠れた敵が    血を嘗め尽くして肥え太るのだ ここで敵とは、時間と解するのが一般的なようです。 時間が若さを奪い、得られたであろう名誉や富を奪ったというのですか...
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美少年

昨日NHK-BSの歌舞伎の番組を観ていて、義経が見目麗しい美少年として描かれるようになったのは江戸時代からだと知りました。 たしかに、中尊寺に伝わる義経の肖像は、なんだかやせた髭面のおっさんです。  中尊寺に伝わる源義経公像です。 お世辞にも見目麗しいとは言えません。 それが江戸時代になると、途端に変ります。  歌川重清の浮世絵です。 こちらは陰間のような色気を漂わせていますね。 わが国では少年愛は、女色とならんで大人の男の当たり前の嗜みでした。 団鬼六の小説に、「美少年」という佳作があります。 団鬼六の小説は一般的な意味での官能小説とは一線を画しているものと思われます。 濃厚な性描写は少なく、心理描写などが巧みに描かれます。 「美少年」は、団鬼六の自伝的な作品で、学生時代、日本舞踊の有名な家で育った少年がいわゆる同性愛者で、団鬼六に惚れてしまい、色々と鎌をかけてきますが、団鬼六はあくまでも男同士の友人として接します。 そんな時、番長のような両性愛者の男子学生が、美少年を浚って縛り付け、女子学生2人を交えて美少年を犯し、美少年を縛ったまま、女子学生たちと乱交を楽しみます。 そんなことが...
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彼岸の入り

今日は彼岸の入りですね。 日本仏教独特のもので、彼岸(極楽浄土)を此岸(この世)から思い描く期間であり、善行を積むよう奨励されます。  一方、元は日願と書いて太陽を拝む期間だったとする説もあります。 どちらにしても、わが国民が大切にしてきた行事です。 正岡子規に、 毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは という句があります。 なるほど、今日は冷たい雨が降り、寒いですね。  夏目漱石に「彼岸過迄」という小説がありますが、こちらはストーリーの内容と直接関係がありません。 高等遊民のおっさんと若い女と若い男がドロドロする恋愛小説で、私はあまり好きではありません。 いったい夏目漱石と言う人、「吾輩は猫である」、「坊ちゃん」と、ユーモアに富んだ乾いた名作で出発しながら、どういう心境の変化で「こころ」や三四郎三部作のような、暗くてつまらぬものを書き散らすようになったんでしょうね。 才能が泣くというものです。 彼岸にはおはぎを食う習慣がありますが、もう30年くらい口にしていません。 あんこでもち米を覆うというあの思想が許せないのですよ。 お腹一杯になって他のものが食えなくなるし。 正岡子規の寒い彼岸の入りよ...
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はるともしらぬ

もう三月も上旬を終えようと言うのに、外は冷たい雨が降っています。 今にも雪に変わりそうです。 寒いんだかあったかいんだかはっきりしろ、と言いたくなるような、日替わりで寒暖が入れ替わる日々が続いています。かきくらし 猶ふる雪の さむければ はるともしらぬ たにのうくひす 「金塊和歌集」の「春」にみられる源実朝の和歌です。 こう冷たい雨が降り続いていれば、谷の鶯どころか、事務所のおっさんでさえ、春とも知れません。  しかし春先に変に冷えるということはよくあって、だからこそ上のような歌が詠み継がれてきたのでしょう。 そうであれば、この寒さをも、春の風情と楽しむのが上策なんでしょうが、病み上がりの身には応えますねぇ。 源実朝という歌よみ、辛口で知られる正岡子規から高い評価を受けています。 実朝といふ人は三十にも足らで、いざこれからといふ処にてあへなき最期を遂げられ誠に残念致し候。あの人をして今十年も活かして置いたならどんなに名歌を沢山残したかも知れ不申候。とにかくに第一流の歌人と存候。 べた褒めですね。 気持ち悪いくらい。 でもそういう優れた歌よみが、鎌倉幕府の将軍を継がなければならない立場だ...
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火垂るの墓

テレビをつければ震災から一年の特集番組ばかり。 気が滅入ります。 まぁ、見なきゃいいんでしょうけど。 昭和20年3月10日の東京大空襲は過去へと忘れ去られたようですね。 それでいいのです。 いつまでも過去にこだわっていては、人間生きていけませんから。 東京大空襲が主舞台ではありませんが、戦地ではなく、内地での悲劇を描いた作品として、「火垂るの墓」を想わずにはいられません。 神戸の空襲で寄る辺を失った14歳の少年と4歳の妹の哀れな最期を描いた作品で、野坂昭如独特の饒舌な文体が涙を誘います。 戦後7日目にして妹は衰弱死。 荼毘に付した後、兄はドロップ缶に妹の遺骨をいれて持ち歩きます。 しかし、駅のホームで寝泊まりする戦災孤児となった少年も衰弱死。 遺体を片付けようと駅員が少年のドロップ缶を放り投げると、それは草むらに落ち、無数の蛍がドロップ缶に群がったというのです。 切ないですねぇ。 国家が総力を挙げて戦っているとき、個人の幸不幸はどうでも良くなってしまうようです。  まして天変地異であればなおさら、1人1人の事情など関係なく、地震や津波は人を襲うでしょう。 スピッツのボーカルが、東日本大...
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