文学

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新世界より

ドボルザークの交響曲のことではありません。ドヴォルザーク:交響曲第9番 新世界よりチェコ・フィルハーモニー管弦楽団,ノイマン(ヴァーツラフ),ドヴォルザーク日本コロムビア 貴志祐介のSF長編のことです。 文庫本で上中下の3巻、計1,500頁を超す大作をやっと読み終わりました。新世界より 文庫 全3巻完結セット (講談社文庫)貴志 祐介講談社 SFの宿命というか、無理目なストーリーではありましたが、興味深く読みました。  この作者はホラー作家というイメージが強いですが、SFも書くのですね。 千年後の日本。 大人になると呪力と呼ばれる超能力を発動することができるようになった社会を描いています。 一見すると平和で豊かな社会ですが、業魔だの悪鬼だのと呼ばれる突然変異が生まれ、町の平和を脅かします。 また、高度な知能を持つバケネズミのコロニーを人間が支配しています。 好奇心に駆られ、タブーを犯し、ゆえにひどい目に会う少年少女たちの友情や成長を描いて、冒険譚でありながら、どこかノスタルジックな味を醸し出しています。 まずは突飛な物語の世界に入り込めるかどうかが、この小説を面白く読めるかどうかのカギ...
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噴水の

今日はぐんぐん気温が上がって、千葉でも25度を超えたようです。 高崎では驚異の30度超えとか。 桜もすっかり散ってしまい、早くも初夏を思わせる陽気です。 噴水の しぶけり四面(よも)に 風の街 石田波郷の句です。石田波郷集 (朝日文庫―現代俳句の世界)石田 波郷朝日新聞社 初夏を詠んで瑞々しいですね。 普段、平日は仕事が嫌で憂鬱な気分でいることが多いですが、柄にもなく、夏の匂いを感じて気分が良いようです。 ずうっとこんな感じで過ごせれば良いのですが。にほんブログ村 人気ブログランキング
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冬の伽藍

小池真理子先生の「冬の伽藍」を読み終わりました。冬の伽藍 (講談社文庫)小池 真理子講談社 美しい背徳、激しい恋情、そして肉欲。 美しくも残酷な物語の世界に酔いました。 三年前夫を交通事故で亡くした28歳の悠子。 彼女は夫との思い出が詰まった東京を捨てて軽井沢の小さな診療所で薬剤師として働き始めます。 診療所の医師は、やはり三年前に妻を亡くした科目な義彦。 義彦は世捨て人のように、他人との接触を絶って暮らしています。 そして、義彦の義父で東京でクリニックを開業する英二郎。 英二郎は軽井沢に巨大な別荘を持ち、たびたび軽井沢診療所を訪れます。 英二郎は異常なまでの女好きで、悠子を誘惑します。 しかし、悠子と義彦はいつしか互いに惹かれあい、恋に落ちています。 義彦との恋におぼれながら、英二郎の誘惑にも惹かれる悠子。 義彦の妻は自殺しており、義彦は英二郎が妻を手込めにしたため、それを苦に自殺したのだと信じています。 英二郎が妻にしたのと同じように、悠子を誘惑していると知った義彦は、激情に駆られ、義父を殺害してしまうのです。 刑務所に収監された義彦と悠子は手紙のやり取りを始めます。 しかし、義彦...
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迷妄

今年は桜をゆっくりと鑑賞する時間がとれませんでした。 先週末は桜は満開でしたが、土日ともあいにくの雨。 通勤の車から見る桜、早くも散り始めています。 今週末、散り乱れる花見を楽しむことができるでしょうか? 散る桜 残る桜も 散る桜 良寛はそう嘆きました。訳註 良寛詩集 (ワイド版 岩波文庫)良寛,大島 花束,原田 勘平岩波書店 桜は必ず散るもの。 短い文句のなかに、諸行無常を詠みこんだのでしょうか。 人もまた、必ず死に行くもの。 40代後半になって、近しい人の訃報に接することが多くなりました。 はるか年上の先輩ならまだしも、後輩が心筋梗塞で突然死したり、自殺したり。 その都度、私自身の未来を思うとともに、来し方を振り返らずにいられません。 私のこれまでの生き方は間違っていたのではないか、少なくとも為すべきことを為さず、ただ生きるため、いや、死なないためだけに職にしがみついてしまったのではないか、という後悔の念に捕らわれることが多くなりました。 それというのも、ここまで来てしまっては、今の生き方を変えることは出来ないのだという、深い諦念の為せる業のような気がします。 しかし、人は未来にむ...
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隠れキリシタン

先日、テレビで爆笑問題が隠れキリシタンの末裔を追った番組を見ました。 明治維新後、キリスト教禁教が解かれてから、隠れキリシタンは普通に教会に通うキリスト教徒になったのだと思っていましたが、驚いたことに、今もなお、昔ながらの信仰を保ち続けている人々が存在するそうです。 さすがに隠れる必要はありませんが、隠れキリシタンが信仰したというマリア像、観音様です。 また、墓石の上には小石がいくつも置いてあり、拝むときにその小石を十字の形に並べ替え、拝んだ後、またバラバラにすることで、キリシタンの墓だということが分からないようにしたそうです。 隠れキリシタンであることが発覚すれば、命を落としかねない状態で、よくも信仰を捨てなかったものだと思います。 それらの行為から感じられるのは、隠れキリシタンたちの切ないばかりの願望。 苦しい生活が続く今生を、信仰を貫いて生きとおしたなら、天国に行き、永遠の平安を得られるという、普通の仏教徒が聞いたら詐欺かと思われるような教義を、ひたすらに信じることで、この世の苦しみに耐えようとしたのですねぇ。 よほど毎日が辛かったのでしょう。 仏教にも浄土信仰というのがあり、キ...
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