文学

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「暁の寺」と唯識

三島由紀夫の遺作となった大作「豊饒の海」の第三巻、「暁の寺」には、長々と仏教唯識論についての言及があり、読むのが苦痛になるほどで、作品としての完成度を落としてまで、それに言及しなければならなかったのは、第四巻「天人五衰」を書きあげた直後に自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をしたことを考え合わせると、示唆に富んだ作品です。 「豊饒の海」全4巻は、20歳という若さのピークで主人公が死を迎え、次の巻では前の巻の主人公が転生してまた20歳で死を迎え、という輪廻転生の物語になっています。 転生した者には同じ場所に独特の形をした黒子があり、第1巻の主人公の親友であった法律家がそれを認め、20歳での死を見届ける、という形式で物語は進みます。 つまり第1巻の主人公と同い年の法律家が80歳の時、ちょうど4人分の死を見届けるはずなのですが、ラストでは、そう簡単にはいきません。 三島由紀夫の美的でシニカルな作品群の中では、異色の作品です。 で、唯識。 五感の下にマナ識、と呼ばれる意識を設定します。 西洋心理学で言う無意識に近いものですが、もちろん同義ではありません。 マナ識は、おのれに執着する心です。 さらにその...
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二日灸

今日は2月2日。 古来、この日に灸をすえると無病息災の幸運を得られると信じられ、二日灸と呼ばれてきました。 最近では廃れてしまったようですが、明治頃まではさかんに行われていたようです。 正岡子規が、二日灸を季語とした句を多く詠んでいます。  花に行く 足に二日の 灸(やいと)かな 二日灸は春の季語。 花見に行く足に二日灸の痕が残っているという、華やいだ趣の句です。  婆〃様の 顔をしぞ思ふ 二日灸 婆様、もう亡くなっているんでしょうねぇ。 灸をすえられて、昔婆様に灸をしてもらったことをおもいだしているのでしょうか。 柔らかい感傷が優しい印象を与えます。 無病なる 人のいたがる 二日灸 健康な人ほど灸を痛がるというのが面白いですねぇ。 大体健康な人は医者にかかったことも少なく、必要以上に医療行為を怖れるのかもしれませんね。 子どもが注射を怖れるようなもの。 私は灸というのは経験がありません。 ひどい寝違えをしたとき、針や按摩に行きましたが、たいして効かず、最後に整形外科に行ってもらった痛み止めが一番効きましたねぇ。 古来の知恵も結構ですが、今は安全で良い薬がたくさんあるので、西洋医学に頼...
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しつこい

ここ数日の寒さは馬鹿げているほどしつこいですね。 朝は氷点下まで下がり、公園や空き地は霜がおりて真っ白です。 大寒から立春までが一番寒いとは言いますが、今年は異常です。 しかも職場はウォームビズ。 暖房が弱めです。  私はフリースを着て股引きをはき、さらに膝かけをして仕事にあたっています。 廊下に出ればまた底冷えがして、トイレに行くのも喫煙所に行くのも、事務連絡のために他の課に行くのも億劫です。 冬枯れの 森の朽ち葉の 霜の上に 落ちたる月の 影の寒けさ  「新古今和歌集」に所収の藤原清輔の歌です。 寒いでしょうにずいぶん観察が細かいですね。 文学者というより自然科学者のような目で冬の寒さを観察しています。 寒さを盛り上げる、震え上がるような寒々しい和歌ですね。 この時季にこの歌を持ちだすあたり、私もやけくそ気味と見えます。 こう寒くちゃ、やれません。 しかし春はもうすぐそこ。 勢いを増した陽射しが、それを感じさせます。 春というのは憂鬱な季節ですが、寒いのもそろそろ限界です。新古今和歌集〈上〉 (角川ソフィア文庫)久保田 淳角川学芸出版新古今和歌集〈下〉 (角川ソフィア文庫)久保田 ...
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春へ

気温は冷えて、雪国では雪が猛威をふるっているというのに、陽ざしは狂的な凶暴さを秘めて、春の力が勃興してきているように感じられます。 立春は2月4日。 まだ一週間も先なのですねぇ。 春を待ち望む北国の方には申し訳ありませんが、私はもう少し、冷たく澄んだ冬が続いてほしいと思っています。 春は瘴気に満ちて荒々しく、変に気持ちが沈みますから。 雪ふれば 嶺の真榊(まさかき) うづもれて 月にみがける 天の香久山 「新古今和歌集」の藤原俊成の歌です。 見事な雪景色を詠んでいます。  でも私は、そのような見事な雪景色、見たことないんですよねぇ。 柄にもなく、バブルの頃スキーに出かけたりしましたが、スキー場の雪は言ってみれば土俵のようなもの。 雪景色を楽しむというのとは違っています。 東京にも毎年雪が降り、降った直後はきれいだなと思っても、すぐに茶色い汚い雪になってしまうのですよねぇ。 かといって、雪の北海道とか、雪の金沢や新潟にわざわざ雪景色を見に出かける気は起きませんねぇ。 おっくう過ぎます。 しかし時は残酷にすぎて、春愁の気が濃厚な季節が来るのですよねぇ。 キャデラックより 春愁の 令夫人 黛...
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文学と悪

昨夜、ジョルジュ・バタイユの「文学と悪」を読みました。 この作者にしてはわりあい分かりやすかったですね。 ブロンテ、ボードレール、ミシュレ、ブレイク、サド、プルースト、カフカ、ジュネの8人の作家を論じてエキサイティングです。 文学における悪とは何か、を追究します。 それは善を善として認めたうえで悪を志向しようとする嗜好、それは行動に対する文学の態度、神に対する悪魔の態度、大人に対する子供の態度としても捉えられる、とバタイユは論を進めます。 それには善悪を分ける倫理観が生まれていなければなりませんが、はるか古代、善悪が明瞭に分かれておらず、しかし本能的にこれは悪だというイメージだけがあった時、悪は強烈な魅力を放っていたと想像します。 「行動=神=大人」を断念することによって可能となる生き方・在り方、それが完全に正当化されることは、原理的には、生きているうちにはありえないことですが、正当化されえない生を自覚して生きること、これが文学における悪だと言うのです。 そうすると、大抵の文学者は子ども=悪で在り続けることになりますね。 これはかなりしんどいことです。 人間は自然に成長していくものです...
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昨夜は首都圏でまとまった雪が降りました。 まとまった、とはいっても積雪4~5センチ程度。 雪国の人から見たら、何をその程度で大騒ぎしておるか、と滑稽に見えることでしょう。 しかし、首都圏には年に1回か2回くらいしか雪が降らないうえ、積もるなんてことは数年に一度しかなく、公共交通機関も個人も雪には極端に弱いのです。 首都圏の人がちょっとした雪ですってんすってん転ぶのは、踵から着地する歩き方をしているためだそうで、雪国の人はつま先から着地するように歩いているため、あまり転ばないそうです。 そうはいっても、雪が降ったからといって、突然歩き方を変えるのは至難の業で、私も何度か転んだことがあります。 幸い怪我をするほど派手にころんだことはありませんが。 雪が降るといつも思い出す歌が二首あります。 わが里に 大雪ふれり大原の 古りにし里に ふらまくは後  (天武天皇) わが岡の おかみに言ひて ふらしめし 雪の摧し そこにちりけむ (藤原夫人) 私の里に大雪が降ったが、古びた大原の里なんかに降るのは後のことだ、と藤原夫人をからかう天武天皇。 それに対し、私の岡の龍神に言いつけて降らせた雪のかけらが...
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女流官能文学者

斎藤綾子という官能の世界を描く作家がいます。 私は「愛より速く」という自身の性遍歴を綴った自伝的作品と、バリの森の奥で女性ばかり4人の小さなコミュニティーで夜な夜な互いの体を貪り合う女たちと、東京から恋人を亡くして傷心旅行に着た女性との不思議な関係性を描いた幻想的作品「ルビー・フルーツ」を読みました。 私には少々性描写がきつくて、この2作だけで充分だと感じるほどでした。 ただ、性愛を描く女流作家が、えてして肉体的愉悦以上に、人間同士の愛情みたいなものをちらつかせて、私を白けさせるのとは逆に、この作家の作品はどこか明るく、乾いていて、ドロドロの女流官能作家とは一線を画しています。 「愛より速く」は高校生の時読んだのですが、官能小説というもの、どこか喜劇めいているな、という印象を持ちました。 それは団鬼六の「花と蛇」シリーズなんかも同様で、どこか滑稽で不思議な味が、官能小説の本質なのではないかと感じたことを覚えています。 性体験を秘め事とか言いますね。 秘めているからそこには神秘性や神聖さが内在しているのであって、文章で表に出し、秘することを止めれば、滑稽に思えるのは言わば当たり前です。 ...
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阿呆陀羅経

昨夜書いた記事で、「リピーターズ」と石川淳の「至福千年」の類似を指摘しました。 その際、「至福千年」をぱらぱらと読み返し、止められなくなってしまいました。 戯作調の文体で難解な高い思想性を、幻想的な物語の中で語りつくす手法はこの作家特有のもので、後にも先にも例をみない、極めて特異な文学世界を紡ぎだす驚嘆すべきものです。 代表作にして最高傑作「紫苑物語」をはじめ、戦前の共産党の暗闘を描いた「普賢」や、戦後の焼け跡に神を見る「焼跡のイエス」など、私はかつて夢中になって読んだ記憶があります。 三島由紀夫や野間宏など、石川淳と同世代の作家たちは、石川淳をどう評価してよいものか戸惑ったらしく、敬して遠ざけるような態度をとっていました。 もし石川淳を批判したなら、その批判の刃はそっくりそのまま自分に返ってくると恐れたのかもしれません。 そしてまた、文学的評価が高いにも関わらず、あまり売れなかったことは、ひとえにわかりやすい語り口とは裏腹に、難解な思想を含んでいたためと思われます。 そんな中、はるか下の世代の文芸評論家、江藤淳は石川淳の文学世界を、一言、阿呆陀羅経と言い放ち、論評すらしようとしません...
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冷たい雨

今日はなんだか冷たい雨が降って、体がだるい一日でした。 良くないコンディションのなか、来週の会議資料作成やら、2時間の会議出席やら、かなり無理やり働いた感じです。 精神科医も、リワークでも、体調が悪い時は勇気をもって休め、と言いますが、働いている以上、体調が悪くても無理しなければならない場面はけっこう多いですね。 程度の問題で、その日の仕事の重要度と自分の体調を秤にかけて決めるということでしょうか。 仕事をする=無理をすることだと、働き始めて20年、実感します。 加齢による体力の衰えにプラスして、精神障害による衰えがあるのでなおさらなのでしょうねぇ。 40代前半でこんなに疲れやすくて、定年までもつのか心配です。   大寒や 転びて諸手 つく悲しさ 俳句の魔術師、西東三鬼の句です。 大寒にこけるとは寂しい句です。 一方、 大寒の 薔薇に異端の 香気あり  という、まさに言葉の魔術師らしい、俳句としては反則ともいうべき美しい句もあります。  明日は大寒。 この寒い冬を乗り切れば、少しは精神上の脆弱さが改善されるのでしょうか。にほんブログ村本・読書 ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してラ...
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ひねくれ芥川賞作家

先日芥川賞受賞が決まった田中慎弥氏、素敵な会見でしたね。 仏頂面で「自分がもらって当然」という意の発言をして爆笑を誘ったかと思うと、石原都知事が最近の芥川賞受賞作を「馬鹿みたいな作品ばかり」と言ったのが気に障ったのか、「(受賞を)断って(石原氏が)倒れたら都政が混乱する。都知事閣下と都民各位のためにもらってやる」、と不機嫌そうに言い放ちました。 世間では大人げないと評判が悪いようですが、このくらいの矜持を持っていなければ、どこの組織にも属さず、筆一本(今はパソコン1台か?)で生きていくことなど叶わないでしょう。 あの会見を見て受賞作を読む気が失せた、という人もいるようですが、私は俄然、読みたくなりました。 タイトルは「共喰い」というらしいですね。 凄絶な親子の話だとか。 いずれにせよ、アクの強いひねくれ者と見えました。 私は一緒に働くのは嫌ですが、小説を読む分にはひねくれ者のほうが面白いと思います。 そう思うのは私自身がひねくれ者だからかな? 共喰い田中 慎弥集英社切れた鎖 (新潮文庫)田中 慎弥新潮社にほんブログ村本・読書 ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェッ...
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尾崎紅葉祭

今日は尾崎紅葉祭だそうですね。 なんでも「金色夜叉」で貫一がお宮を足蹴にしたあの有名な場面は、1月17日だったからだそうです。 三島由紀夫の憂国忌や太宰治の桜桃忌、芥川龍之介の河童忌などに比べると、多分に商売のにおいが漂います。 ファンによって自然発生的に生まれた物というより、温泉旅館の旦那衆が客寄せのために寄り合いで決めたような感じがします。 当日は熱海の芸者が例の場面を寸劇にして演じたり、踊りを踊ったりしてお祝いするそうです。 しかし自分を裏切った女を若者が足蹴にしたことがなんで目出度いのかはよくわかりません。 熱海に人が大勢くることが目出度いんでしょうね。 尾崎紅葉と言う人、わずか35歳で亡くなってしまいましたから、長生きしたらどんな大作家になったか分かりませんが、後の自然主義文学や私小説の影響で、不当に低く評価されているような気がします。 華麗な雅俗一致の文体は、他に例をみない、ほとんど生理的快感を生むような名文ですし、巷間言われているような通俗的な作品ではないと思います。 仮にそういう面があったとしても、食っていけないような小説、もっと言えば誰も読まないような小説を書いたとこ...
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寒の内

今は寒の内。 1月6日に小寒を迎え、1月21日の大寒をピークとして、2月4日の立春までが最も寒い時期とされます。 今日もどんよりと曇って、窓の外は寒そうです。 この前の土日はセンター試験が行われましたね。 センター試験というとよく雪が降りますが、首都圏は雪を免れました。 受験生にとっても、受験準備からセンター試験当日まで大わらわで対応にあたる大学職員にとっても助かりました。 センター試験の日に雪かきは辛いですからねぇ。 しかしこの寒さの中にこそ、萌えいずる命の息吹が脈打っているのだと思うと、生きとし生ける者すべてが愛おしく感じられます。 雪ふれは 冬こもりせる 草も木も 春にしられぬ 花そさきける 「古今和歌集」に所収の紀貫之の和歌です。 雪の下で、春には見ることのできない花が咲き誇っているのだ、という想像上の歌です。 命の不思議と、人々の切ない願いとが一体となって生まれた、幻想美の和歌なんですねぇ。 私たち日本人は、こういう気持ちで春を待ったのですねぇ。 北国であれば切実に、南国であれば想像上の雪を想って、待ったのですねぇ。 わが民族ほど季節感を大切にする人々はおりますまい。 手紙は...
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誰のために若菜を?

さっきから冷たい雨に雪が混じり始めました。 寒そうですねぇ。  冬は夏よりも酒の旨さが三割増しくらいに感じられます。 酒が体を温めてくれるからでしょうか。 このブログで何度か紹介しましたが、私のお気に入りは、栗焼酎のダバダ火振りです。 ほんのり甘い、ブランデーのような香りがし、口当たりが良くて飲みやすいのです。 私はこれをロックでやります。 高いのでそうしょっちゅうは飲めませんが。 最高の焼酎だと思います。ダバダ火振(栗焼酎)900mlダバダ火振ダバダ火振ダバダ火振(栗焼酎)1800ml無手無冠無手無冠 冬の酒が旨いのは、逆にいえば冬が寒々しく、侘しい季節だからでしょう。 里人の 裾野の雪を 踏み分けて ただ我がためと 若菜つむらん 後鳥羽上皇の和歌です。 上皇は承久の乱に敗れて隠岐に流され、寂しい晩年を過ごしました。 上の和歌は、光孝天皇の、 君がため 春の野にいでて若菜つむ 我が衣手に 雪はふりつつ という御製を念頭に置いているものと思われます。 御製では君がために若菜をつむのに、上皇は、ただ我がために若菜をつむんですからねぇ。 まして雪を踏み分けてなんて、涙なしには詠めません。 ...
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寒の入り

今日は寒の入りですね。 小寒とも言います。 大寒は1月下旬で、2月上旬の節分までが、もっとも寒い時期とされます。 小寒の氷大寒に解く、とも言い、年によっては小寒のほうが大寒よりも寒いこともあるようです。 一年で一番寒いこの時季に、寒々しい和歌を。 山ざとは 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば                           『古今和歌集』  源 宗于 有名な百人一首の歌ですね。 十分冷えたところで、今度は冬の暖かい我が家を詠んだ句を。 埋火や 終(つい)には煮ゆる 鍋のもの 与謝蕪村 うづみ火や 我かくれ家も 雪の中 与謝蕪村 これ出しちゃったら他のものは出てきません。  それほど私は与謝蕪村の冬の句を好んでいます。  特に上の2句は抜群に出来が良いように思います。  なんだか雪が舞う凍てついた冬が、暖かい我が家を引き立たせ、真冬の籠り居を桃源郷のような愛しさで包んでくれるような気がします。 私は仕事帰り、寒風吹きすさぶ道中、上の2句を呪文のように唱えながら暖かい我が家を想像して、帰路を急ぐのです。新版 古今和歌集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫...
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山田風太郎生誕祭

今日は山田風太郎の誕生日だそうです。 生きていれば今年で90歳になっていたはず。 残念ながら、79歳で亡くなってしまいました。 有名な「戦中派不戦日記」には、終戦の前後、勇ましい言葉が並んでいます。 後に不戦日記と名付けた文章にすら、勇ましい言葉が並ぶあたり、戦時中に青春時代を過ごした若者の正直な心の発露が見てとれます。 私は「魔界転生」が好きで、とくに沢田研二が天草四郎を演じた最初の映画化を好んで観ました。 後の窪塚陽介主演のはちょっと期待外れでしたね。 沢田研二演じる天草四郎が魔界から甦り、宮本武蔵や細川ガラシャなど、この世に恨みを抱く者を次々と魔界からよみがえらせ、彼らの望みをかなえながら幕府転覆という天草四郎最大の望みを果たそうとする壮大なダーク・ファンタジーです。 天草四郎と細川ガラシャの妖しい美しさ、画面一杯に漂う妖気、この手のエンターテイメントとしては最高の出来です。 しかし山田風太郎がこれを書いた時、どんな思いだったのでしょうね。 単純に、鬼面人を驚かす大作を書いてやろうと思ったのではないだろうと推測します。 そこには、不遇の死を遂げた者の恨みの深さが流れているからです...
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