文学

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御大、小池真理子先生の平成8年の直木賞受賞作、「恋」を一気に読破しました。 今まであまりにストレートなタイトルに怖れをなして手に取らなかったのが悔やまれる、名作でした。 直木賞のレベルを凌駕している作品です。恋 (新潮文庫)小池 真理子新潮社 時代は1970年代初頭。 学生運動が吹き荒れる政治の季節。 布美子は女子大生で、活動家の男と同棲し、学生運動にも多少の興味を持っています。 しかし、他大学の英文科助教授、信太郎とその妻、雛子に出会い、生活は一変します。 お金持ちで、奔放で、快楽主義的で、遊び好きの夫妻がかもし出す、デカダンスな雰囲気に惹かれていき、学生運動などどうでもよくなります。 当初は信太郎に恋情を覚え、やがては雛子と信太郎という番いに恋していきます。 布美子は夫妻を、両性具有の一個の個体とみなしていくのです。 雛子はセックスフレンドとも言うべき男友達を複数持ち、しかもそれは夫公認で、信太郎は雛子の快楽の相手である男と平気で酒を酌み交わすのです。 そしてまた、信太郎と布美子が情を通じた後、それを知った雛子は祝福すらするのです。 なんという不道徳。 しかしその不道徳は、この小説...
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春、バーニーズで

吉田修一の連作短編集、「春、バーニーズで」を読みました。 モノクロの写真が点々と挿入された、フォトブックのような美しい体裁の本でした。春、バーニーズで (文春文庫)吉田 修一文藝春秋 構成は、先日読んだオカマの閻魔ちゃんと同棲する若者、筒井の生活を描いた「最後の息子」から10年後の筒井の日常を、さまざまな角度から切り取った短編集になっています。最後の息子 (文春文庫)吉田 修一文藝春秋 人は若者から中年にさしかかれば、当然、成長します。 筒井は幼い子を持つ女性、瞳と結婚し、瞳の実家で義母と同居しています。 平凡な会社員となり、毎日を忙しく暮らしているわけですが、ちょっとした事件は誰にでも、起こるものです。 新宿のバーニーズで偶然、閻魔ちゃんと再会したり、マクドナルドで相席となった女性とアドレスを交換したり。 挙句の果てには、突然会社に行くのが嫌になり、日光まで東北道を飛ばしたり。 筒井という男、いくつになってもどこかモラトリアムというか、学生気分が抜けない男で、私も年相応の貫録がつかないせいか、変に感情移入できるから不思議です。 実際、理由が必要だった。このまま東京に帰るにしても、会社...
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青春小説

今日はじつに久しぶりに晴れ間に恵まれました。 朝は7時に起きて朝湯につかり、めかぶ飯とソーセージの朝飯を食い、溜まった洗濯物を洗濯機に放り込み、洗濯。 昔は一枚一枚洗濯板で洗っていたのでしょうから、ずいぶん楽になったものです。 洗濯をすませ、ベランダに干してから千葉スバルへと向かいました。 自動車保険の更新のためです。 スバルの営業所までは車で15分ほど。 帰りにイタリアンに寄り、イカ墨スパゲティで昼食。 午後は消防設備の点検のため、自宅に足止めをくらいました。 そこで、読書を楽しみました。 吉田修一最初期の短編集、「最後の息子」を読みました。最後の息子 (文春文庫)吉田 修一文藝春秋 いずれも雑誌「文學界」に掲載された、「最後の息子」と「破片」と「Water」が収録されています。 いずれも10代後半から20代前半の青少年を主人公にした作品で、青春小説の部類に入ると思われます。 しかし、宣伝文句にあるような、爽快感200%、とってもキュートな青春小説!、というようなものではありません。 いずれの作品も、どこか暗い影を残します。 それもそのはず、本来的に青春とは暗さを伴うものだからです。...
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夏の災厄

篠田節子の感染症パニック小説、「夏の災厄」を読みました。 文庫本で590ページの長編ですが、一気に読ませる力はたいしたものです。夏の災厄 (角川文庫)篠田 節子KADOKAWA/角川書店 撲滅したかに見えた日本脳炎が、埼玉のベッドタウンで流行。 やがてそれは、従来型の日本脳炎よりもはるかに致死率の高い、新型日本脳炎とでも呼ぶべきものであることが判明します。 この小説には、天才的な科学者や医者は登場しません。 診療所の医師やその診療所に勤める地方公務員、看護師らが中心となって、この病気の真相に迫るのです。 大学病院が恐るべき実験を行っていたり、聞いたこともない貝が媒介していたり、霞ヶ関の役人が悠長なことを言ったり、あり得そうな話で展開して、読ませます。 そしてラスト、この病気を克服したかに見えますが、来年の夏、首都での流行を予感させて終わります。 難を言えば、あらすじを追うような大雑把な文章が続くことでしょうか。 人間を描く小説ではないように思います。 それはこの手の物語につきものの宿命なのかもしれません。にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ
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柩の中の猫

今日は病気休暇を取りました。 背中の脂肪腫の手術で縫った糸を抜くためです。 午前10時には抜糸は終り、小説を読みました。 御大、小池真理子先生が作風を変えようと書いた、と自らおっしゃる「柩の中の猫」を読みました。柩の中の猫 (集英社文庫)小池 真理子集英社 不思議な読後感の作品です。 1955年、絵を学ぶために大学の美術教師の家に小学生の娘の家庭教師という名目で同居することになった20歳の雅代。 美術教師の妻は亡くなっており、3人の生活が始まります。 明るく、社交的でパーティー好きの美術教師。 ララという真っ白な猫を溺愛する小学生の娘。 順調に見えた生活が、美術教師の婚約者の出現によって暗転し、物語は加速度をつけて展開します。 広い意味ではサスペンス仕立ての小説ですが、この作家は何よりも心理描写が見事です。 雅代や小学生の娘の心理が卓越した筆で描かれます。 よく人が死ぬのはご愛嬌。 一匹の白い猫をめぐる愛憎劇が、これほど優れた心理劇を生むとは、さすがに御大です。にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ
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