文学

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蝿の王

英国のノーベル賞作家、ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」を映画化したものを昨夜見ました。 飛行機が海に墜落、乗っていた陸軍少年兵学校の生徒たちが、ゴムボートで命からがら南洋の無人島にたどり着きます。 最初は、ルールに則り、規則正しく生活しますが、やがて、規律を守ろうとする一派と、無人島の主として狩りや釣りを楽しみ、好きなように生きていこうとする一派とに分かれ、しかもどんどん好きにやっていこうという派の人数が増えていきます。 彼らは顔に赤と黒のペイントをし、木の槍を持ち、豚をとらえては豚を丸焼きにしながら踊り狂います。 英国紳士たるべき陸軍少年兵学校の生徒にあるまじき行為です。 残りわずかになった規律派ですが、話し合いを持とうとしていさかいを起こし、ついには殺されてしまいます。 四面楚歌となった規律派のリーダーは、ジャングルの中を必死で逃げます。 そしてそれを追う顔にペイントをし、槍をもった軍団。 大人顔負けの紛争を戦っている彼ら、海辺に現れた軍のヘリコプターを見て、急にあどけない子どもに戻ってしまいます。 小説では、規律正しい英国軍人の卵たちが、やがて崩壊し、ついには殺人にまで手を...
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牧水先生

今年の夏は各地で花火大会や祭りが中止になり、なんとなく寂しいですね。 もっとも、人ごみが苦手な私は、花火やお祭りの賑わいは苦痛でしかありませんが。 中止の理由は震災の影響なんでしょうねぇ。 やむを得ざる仕儀というわけです。 野末なる 三島の町の あげ花火 月夜のそらに 散りて消ゆなり 若山牧水が珍しく詠んだ、花火の歌です。  どうということもない歌ですが、なぜか、閑散とした花火会場の景が浮かびます。 もっともそれは、隅田川や江戸川やの、混雑激しい花火会場と比較して、という意味ですが。 北南 あけはなたれし わが離室(はなれ)に ひとり籠れば 木草(きぐさ)見ゆなり こちらは暑さに参って風通しの良い離れでのんびり横になっている風情でしょうか。 今でいえば、休暇をとって冷房を効かせた部屋から一歩も出ずに日を過ごす怠け者の喜びといったところでしょう。  なまけつつ こころ苦しき わが肌の 汗吹きからす 夏の日の風 牧水先生、のんびり夏の日を部屋にこもって酒でも喰らっているのかと思ったら、人並みに罪悪感なんか感じちゃってるんですねぇ。 だらだら過ごすことに罪悪感を感じるのは、わが国の国民性でし...
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懐古

九段の昭和館をはじめとして、青梅の昭和レトロ商品博物館や映画では「ALWAYS 三丁目の夕日」やら「20世紀少年」やら、昭和を懐古する物が溢れるようになったのは、ここ5年ばかりのことでしょうか。 平成の御世も23年目を迎え、長すぎる不景気の中、右肩上がりの経済成長を続けた頃に小中学生だった団塊の世代も定年を迎えて久しく、もはや昭和は懐古の対象でしかないのですね。 しかし、今ノスタルジックに懐古する昭和は、いわば架空の過去。  昭和という時代のイメージを道具に、人々が作り出した美しい嘘。  過ぎ去った時代を美化する感傷に過ぎません。 「徒然草」22段に、 何事も、古き世のみぞ慕はしき。今様は、無下にいやしくこそなりゆくめれ。 とあります。 鎌倉時代を生きた兼好法師も、自らが生きる時代をつまらないと考え、昔の文化風俗を懐古しているのですね。 多分そういう意識は古今東西を問わず、多くの人が持つ感慨なのでしょうね。 あと50年もすれば、平成23年の文化風俗、例えばスマート・フォンだとかRPGだとかが古くて懐かしいものになるんでしょうねぇ。  いつの時代も、只今現在が時代の最先端。 石器時代には...
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まだまだ暑い日が続きますが、昨日は立秋だったのですね。 今日から暑さも残暑。 過ぎる時の早さを嘆くのは私のよくするところではありませんが、そういう気分も理解できなくはありません。 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる  藤原敏行 立秋の頃の気分を詠んだ歌といえば、この歌にとどめを指すでしょう。  古今和歌集に所収の、あまりにも有名な歌です。 秋の気配を風に求めた斬新な歌で、さぞかし良い涼風が吹いたのでしょうね。 和歌の世界で立秋に秋を感じても、日々の生活を送るうえでは、まだまだ暑くて不快です。  それでも、仕事帰りなど、確実に陽が短くなっているのを感じます。 冬がしつこいのに比べ、夏は儚いですねぇ。 もっとも夏がしつこかったら、暑くてやれませんが。新版 古今和歌集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)高田 祐彦角川学芸出版 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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「高野聖」現代語訳?

かっくりげえっちゃいました。 WEB版で、泉鏡花の「高野聖」の現代語訳なるものが大枚300円の値をつけて売っていたのです。 お気は確か? 泉鏡花といったら、明治から昭和初期にかけて活躍した近代作家で、当然現代語で書かれているのですよ。 わが国の近代幻想文学の親分みたいな人で、文体は独特の流麗なもので、それを読むとほとんど生理的快感をすら覚えるような、美しい文章です。 で、WEB版の「高野聖」、購入はしませんでしたが、あらすじがHPに書いてあったので、読んでみると、要するに「高野聖」の抜け殻のようなもの。 この調子で現代語訳をしてあるのだとすれば、本物のビールが飲みたいのにノン・アルコール・ビールを頼んでしまったようなもの。                ↓      「高野聖」現代語訳の販売サイトです。 「高野聖」は高野山の一番下っ端の坊さんが、布教や勧進のため、全国を飛び回っているところ、飛騨の山中で謎の美女が住む家に一晩の宿を乞い、そこから美女の魔性に惑わされる様が、悪夢のような美しさで描き出される、幻想文学の名作です。 少々読みにくいと思っても、我慢して読んでいるうちに、必ず惹き...
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我もむかしの

職場復帰して1年3カ月。 淡々と日々を過ごすのは誠に平穏で、素晴らしい日々です。 しかし欲を持つのが人間。 物足りなくもあります。 こうしてただ生きていけば、平穏ではあるもののつまらなくもあり、先は見えています。 古人のほとんどがそうであるように、私もまた、老いて死に、冷たい石の下で忘れ去られていくのでしょう。 それはまた、私の望むところでもあります。 私がこの世に生きて在ったという痕跡をすべて洗い流して、時の流れとともに忘れ去られたい、という欲求は常に失うことがありません。 その一方、生きて在った印を、この世に永遠に残したい、という大それた欲求をも忘れられないのですから、私と言う者、つくづく因業に生まれついているものと見えます。 たれかまた 花橘に 思ひいでむ 我もむかしの 人となりなば 新古今和歌集に所収の藤原俊成の和歌です。 私もむかしの人になり忘れられれば、たちばなの花が咲いても誰も思いだしてくれないだろう、というほどの意味かと思います。 橘は夏に小さな花を咲かせるので、これは夏を詠んだ歌でもあります。 生命力が溢れ、しみじみとした風情が似合わない夏の歌に仮託して無常感を謳い上...
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TSF

わが国では、「ベルサイユのばら」だの「リボンの騎士」だの「転校生」だの、近いところでは新垣結衣と舘ひろしが入れ替わるドラマ「パパと娘の七日間」など、TSF(transsexual fantasy)と呼ばれる男女が入れ替わったり、女性が男性として活躍するお話がたくさんありますね。 TSFの本格的な物語の最初は、平安後期に成立したと伝えられる「とりかへばや物語」でしょう。 関白左大臣に男女一人づつ、子どもができます。 姫は活発で男らしい性格、若君は内気でおままごとなどを好む女性的な性格。 そんな二人の様子を見て、父関白はとりかへばや、と思いつき、姫を若君として、若君を姫君として育てることにします。 いたずらのようなこの方針、思いのほかうまくいって、若君は男として朝廷に出仕、出世街道をひた走ります。 姫君は姫君で、女として後宮に勤めます。 しかし、姫君は上司の女東宮に懸想してしまいます。 ついに、素性を明し、女東宮と通じてしまいます。 一方若君は、同僚の宰相中将に女であることを見破られたうえ関係を迫られ、彼の子を宿してしまいます。 本当ならこれで若君も姫君も身の破滅ですが、ここで二人は相諮り...
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いつちゆくらむ

私が住む街には、思いがけず雨が降りました。 このところ盛夏とは思えない涼しさで、しのぎやすいですね。 去年の猛暑が嘘のようです。 真夏、思いがけない冷たい雨が降ると、なにがなし、物思いに沈みます。 五月雨に 物思ひをれば 郭公 夜ふかくなきて いつちゆくらむ  紀友則  古今和歌集に見られる夏の歌です。 夏の雨の夜、物思いに沈んでいるとホトトギスが鳴いている、こんな夜中にどこへ行くのだろう、というほどの意かと思います。 おそらく、ホトトギスに自身を重ね合わせているのでしょうね。 真夏の夜のメランコリーといったところでしょうか。  真夏のメランコリーと言えば、 あの夏の 数かぎりなき そしてまた たった一つの 表情をせよ という、34歳の若さで事故死した歌人、小野茂樹の歌を思い起こします。 過ぎていったひと夏の思い出を追慕したものでしょうか。 その夏は彼にとって神聖なものであり、また、残酷にも二度と戻らない、儚い夢でもあるのでしょう。 その夏を持てたことは、若くして逝った彼にとって幸せなことだったでしょうか。 それとも、生に執着する悪因縁となったでしょうか。 今となっては、誰にもわかりま...
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老境にして

本宮哲郎という俳人がいます。 年はもう八十を超え、そろそろ枯淡の境地に遊ぼうかと言う頃あい。 しかし彼は、老境を迎えて、それまでの故郷を詠む牧歌的な句から、恋や色を艶やかに詠む句風に変じてきたのです。 行水の 女体ましろく 暮れてをり     恋の猫 月下の橋を 鳴きながら どちらも若い俳人の手になるものかと勘違いするような、瑞々しい異性への恋情を感じさせます。 80を過ぎてこの句境に達するとは、人間精神の運動とは不思議なものです。 花冷えや 土の粘つく 田靴脱ぐ   舟が着き 代掻牛の 降ろさるる   葱苗を 選ぶ地べたに 正座して   伐り口の 樹液 八月十五日   高稲架に 風の抜け穴 日本海 これらが、本宮哲郎の代表的な句です。 どれも田舎の百姓の日々を力強く詠んだものです。 それが、萩原朔太郎もかくやと思わせるような、虚とも実ともつかない、幻想的な美を謳いあげています。 あるいは、老境に至ったからこそ、何の衒いもなく幻想美を詠むことができたのでしょうか。  わが国の文人は、若い頃には気負って野心に満ちた大作を物そうと力みがちですが、年をとると力が抜けて枯れた良い味わいを醸し出...
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巨星墜つ

SF作家の小松左京が亡くなったそうですね。 日本のSF界をけん引してきた偉大な作家でした。 「復活の日」や「日本沈没」が映画化の影響からか広く知られているようですが、私が初めて読んだのは、小学生の頃、「日本アパッチ族」でした。 私は小学校5年生までは、小説といったらSFかミステリーしか読みませんでした。 「日本アパッチ族」を読んだ時の印象は強烈でしたねぇ。 鉄を喰らって生きるアパッチ族が大阪で生まれ、日本を席捲し、ついには国を危うくするのです。 小松左京の処女長編ということですが、最初から、壮大なストーリーが得意だったのですね。 鉄を喰らって生きるということが、現代文明を象徴している、と知るのはもっと後のことです。 子どもだった私は、その小説からあふれ出るエネルギー、発想力、ぐいぐいと読ませる文章力に圧倒されたことを今もよく覚えています。 正直に言うと、その後読んだ彼の作品はあまりよく覚えていません。 よほど「日本アパッチ族」が印象深かったのでしょうねぇ。 そういえば、筒井康隆が「日本以外全部沈没」という作品を書いていて、これも抜群に面白かったですねぇ。 日本以外すべての国が沈没し、生...
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夕顔

昨日このブログに書いた「ホスピス」では、男が自分をいじめたグループ、中でも岡惚れしていた女を、生霊となって祟りをなすさまが描かれていました。 恋情が叶わないとき、可愛さあまって憎さ百倍とばかり、相手を恨むのは洋の東西、時代を問わず行われ、今現在も各地で行われていることでしょう。 六条御息所は生あるうちは生霊となって、死して後は死霊となって、光る君をめぐる女たちに害をなしますが、最初に害を与えた女は夕顔でした。 他の巻と違って夕顔に祟る霊が六条御息所だとははっきり書かれていないため、逢瀬を楽しんだ荒れた屋敷の地霊だとか、諸説ありますが、私は素直に、六条御息所の生霊デビューの巻と読みたいと思います。 夕顔の巻は、「源氏物語」全体を俯瞰すると、別編というか、大きなストーリーとはあまり関係のない、光る君の若き日のエピソードという趣に感じられます。 そして意外なほど、この巻は人気があるのですよねぇ。  まず、夕顔が可憐で頼りない、いかにもなお姫様風に描かれているのに、どこの何者だかはっきりせず、光る君も自分の氏素性を隠して密会を重ねるという、ミステリアスな雰囲気。 そして初めて二人きりで外出し、...
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夏寒し

昨日、今日とずいぶん涼しかったですね。 台風の影響でしょうか。 こう暑かったり涼しかったりすると、調子が狂いますね。 人屑の 身は死もせで 夏寒し    正岡子規の句です。 闘病13年の末に亡くなった彼には、病の苦しさを詠んだ句が多くあります。 この句も、単に夏の涼しい日を詠んだというよりは、病のせいで夏ですら寒く感じられる、という凄絶な感じが漂います。 よくお年寄りは暑さを感じにくいと言いますが、肺病病みもそうなのでしょうか。 肉体的には健康な私には、この涼しさは天佑でした。 春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり 道元禅師の歌です。 冬をすずしいと表現しているのが面白いですね。 いずれにせよ、四季のうつろいと、仏教的無常観を重ね合わせた名歌です。 しんどくても夏は夏らしく暑くて過酷な、冬は冬らしく凍えるように寒い季節を味わうのが、自然の妙というものでしょうか。↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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Animal Farm(動物農場)

リビアで反政府暴動が起きてから早くも五カ月、カダフィ大佐なかなかしぶといですねぇ。 現代にも中国や北朝鮮、アフリカ諸国などに独裁国家が存在しています。 私たち自由主義諸国民にとっては当然である自由民主主義というものが、普遍的な価値ではないことがよくわかります。 私たちはかつての植民地争奪の時の欧米諸国のように、政治体制の異なる国家に自分たちの価値観を押し付けるような愚は避けなければなりません。 もちろん、人権を無視した拷問や虐殺が行われているならば、制裁は行わなければなりませんが。 全体主義と言えば、私にはなつかしい小説があります。 ジョージ・オーウェルの「動物農場」です。 中学三年生の夏休み、進学塾の英語の宿題で、これを原書で読み、全文翻訳せよ、とのお達しが下ったのです。 このほかにも別名電話帳と呼ばれる分厚い問題集や、私は数学が苦手だったので、特別に数学の問題集も課されました。 遊んでいればあっという間の夏休みですが、これら宿題に四苦八苦したことをなつかしく思い出します。 数学の難問・奇問に比べれば、Animal Farmを翻訳することは、気楽で楽しい作業でした。 わからなければ辞...
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偏愛

私は現代作家のなかでは、小林恭二を偏愛しています。 30年近く前のデヴュー作「電話男」から、彼の著すものはことごとく目をとうしています。 それがうっかりして、一昨年新作が出ていたのを知らず、遅ればせながら読みました。 「麻布怪談」です。 江戸末期、大坂の儒者のせがれが38歳にもなって江戸に遊学のため下ってきます。 当時は田舎だった麻布のあばら家を借り、学問に精を出すでもなく、酒を飲んだり、朋友と語らったり、まことに羨ましいような、自堕落な生活を送ります。 そこに前後して訪う二人の美女。 この世のものとも思えぬ二人の美女に、儒者のせがれは入れ込み、翻弄されていきます。 物語の後半は、まことに奇っ怪なストーリーが展開されるのですが、そこには感傷のスパイスが効いて、切ないラストへと加速度をつけて突き進みます。 私は今日のソーシャル・ネットの隆盛を予言したかのごとき「電話男」や「小説伝」などの最初期の作品を好みますが、「麻布怪談」にも最初期の頃の張り詰めたような緊張感が漂い、十分に楽しみました。 玉のような掌編集「本朝 聊斎志意」にみられた奇妙な味もこの作品から嗅ぎ取ることができました。麻布怪...
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梅雨明け

今年は早くも梅雨があけて、暴力的なまでに強烈な陽射しが降り注いでいます。 昨日ははるばる日本橋の三井記念美術館まで足を運びましたが、今日は冷房を効かせたマンションから出ることができません。 まことに狂気じみた暑熱で、我が家に節電という言葉は存在しえません。 この必ず訪れる過酷な暑さを、古人はどう過ごしていたのでしょうね。 入道の 裸うとまし 竹婦人   内藤鳴雪 入道はもともと坊主になって修行する人のことですが、この句ではむさくるしい大男と思えばよいかと思います。 竹婦人とは竹で編んだ抱き枕で、涼をとるための物です。 大男の裸が鬱陶しい、と竹婦人が思うほどの、うだるような熱帯夜を、洒落た句で表現していますね。 なるほど古人は、こんな風に熱帯夜を過ごしたのでしょうね。 ゆるやかに 着てひととあふ 蛍の夜   桂信子 こちらはぐっと意味深な句ですね。 浴衣をゆるやかに着て蛍の夜にひとと会うというのです。 夏の夜のデートでしょうか。 暑いのがかえって肉感的な興趣を高めています。 こんな過ごし方なら、蒸し暑い夜も、心騒ぐものとなりましょう。   しかしすだれをかけても風鈴を鳴らしても打ち水をし...
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