文学

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無理

奥田英朗の長編「無理」を読み終わりました。 この作者お得意の、いくつかのストーリーが同時並行的に描かれ、ラストに到ってそれらが結びつく、というお話です。無理〈上〉 (文春文庫)奥田 英朗文藝春秋無理〈下〉 (文春文庫)奥田 英朗文藝春秋 町村合併によってできた地方都市、ゆめの市。 田舎町の退屈さにうんざりしながらも、そこでしか生きられない5人が描かれます。 東京の大学に進学し、田舎町からの脱出を夢見る女子高生。 田舎町のしがらみのなかで生きる市議会議員。 元暴走族で、今は詐欺まがいの訪問販売を生業とする青年。 新興宗教にはまる、スーパー保安員の中年女。 県庁から市役所に出向になり、勤務時間中に外回りと称して人妻専門の風俗にはまる公務員。 これらの人々が、様々な無理目な事情を抱え、奮闘しつつ堕ちていく物語になっています。  読ませる力は十分にあるのですが、この作者にしては人物の作りこみや物語の魅力に、やや物足りなさを感じます。 それは東北の架空の田舎町を舞台にしているからだけではないでしょう。 もっとどうしようもなく堕ちていく群像劇に仕立てることができれば、一皮むけた作品になっただろうに...
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花に酔う 事を許さぬ

なんだかずいぶん春めいてえきましたねぇ。 あと3週間もすれば、桜の季節です。  そして、今日は亡父の4回目の忌日。 あれから4年も経つんですねぇ。 私も年を取るわけです。 花に酔ふ 事を許さぬ 物思ひ 夏目漱石の句です。漱石俳句集 (岩波文庫)坪内 稔典岩波書店 夏目漱石は小説家として大成しましたが、俳句もよくしました。 その特徴は、どこか厭世的で愁いに満ちていること。 上の句も、春の物思いを詠んで、メランコリックな心地よさすら感じさせます。 以前、今年の春は珍しく春愁の気にあてられていない、と、このブログに書きました。 しかしいよいよ春めいてくると、やっぱり愁いが濃くなります。 年度末も近づいてきました。 木端役人をやっているかぎり、桜を見て憂鬱になるのは仕方ないのかもしれません。 午前中、実家の寺に墓参りに行きました。 座敷には7段飾りのお雛様が、庭には梅が、見事でした。
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性愛の文学

源氏物語の例をひくまでもなく、わが国において、というより世界において、恋愛あるいは性愛を描くのは文学の王道でした。 そして面白いことに、わが国の古典文学においては恋愛ということと性欲ということを分けて考えることはありませんでした。 また、男女間において、あるいは少年を愛する衆道において、愛する、という言葉を使うことはなく、通常は惚れるという言葉を使うことが多かったように思います。 それはすなわち、恋はあっても恋愛は無かったものと思われます。 明治に入ると、わが国における性的おおらかさは、庶民の風俗習慣はともかく、少なくとも文学の世界では性愛を描くことはタブー視されるようになりました。 森鴎外のヰタ・セクスアリスにおいても、性欲的生活を赤裸々に綴ると文頭で宣言しておきながら、まるでおのれの性欲を否定するようなエピソードばかり描かれ、まるで性欲を汚いものであるかのように感じさせます。ヰタ・セクスアリス (新潮文庫)森 鴎外新潮社 時代の制限なのでしょうか。 戦後にいたると、ほとんど性描写に終始している村上龍の限りなく透明に近いブルーなどがもてはやされ、これは大日本帝國の否定と同時に、性的な...
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凶暴で美しい?

久しぶりにきつい小説を読みました。 最近芥川賞を受賞した本谷有希子の「生きてるだけで、愛。」です。 自意識過剰の若い女が登場する、恋愛劇の亜種みたいな話ですが、とにかく主人公の女が、嫌になるほどわがままで、情緒不安定です。 一昔前の、自意識過剰の私小説を彷彿とさせます。 カバーの帯には、凶暴で、美しいとかれていましたが、私には凶暴で醜いとしか思えませんでした。 葛飾北斎の富士と荒波の絵は、五千分の一秒のシャッタースピードで撮影した写真をトレースしたかのごとき一致を見ており、北斎と富士の関係を示唆するなど、印象的な文章はところどころに見受けられ、それは面白いのですが、あまりにエキセントリックな人物を主人公に据える場合、作者は一歩も二歩もひいて描写しなければ、読者はドン引きすると思います。 読んだかぎりの印象では、作者は主人公にのめりこんでいるように見受けられました。 この作品は芥川賞候補になったそうですが、私には近代文学の悪しき伝統である自意識過剰の神経症患者を描いた、古色蒼然とした作品としか感じられませんでした。 ただし、一気に読んでしまったので、読ませる力はあるのだろうと思います。 ...
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今日の首都圏は晴れて気温がぐんぐん上がり、すっかり春めいてきました。 これからは寒い日と暖かい日がせめぎ合いながら本格的な春に向かっていくんですねぇ。 三寒四温とはよく言ったものです。 私は例年、春になると春愁の気にあてられ、なんとなく憂鬱になるのが恒例でした。 ところが今年はまるで平気。 健康になった証でしょうか。 春愁どころか、どこか浮かれたような気分でいます。 どちらが人間の自然なのかは分かりませんが、どちらにせよ、気分が良いのは結構なことです。 春立ちぬ 夢多き身は この日より 髪に薔薇の油をぞ塗る 与謝野晶子の歌です。与謝野晶子歌集 (岩波文庫)与謝野 晶子岩波書店 いかにも春に浮き浮きしている感じがでていて微笑ましくもあります。 私は香水などつけませんが、それでも薄着でお出かけするのは心浮き立つものです。 まして今が金曜日の終業後となればなおさらです。 もっとも明日は曇り後雨の予報。 今日と明日を交換させたいものです。にほんブログ村人気ブログランキングへ
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