文学

スポンサーリンク
文学

残暑

昨日、今日と、地面から蒸し上げるような熱気がこみ上げ、私が住む町は残暑とは思えない猛烈な暑さに見舞われました。 近頃は朝晩二回、水のシャワーを浴びていますが、水道水さえ肌にぬるく感じられます。 エアコンも一晩中かけっぱなし。 タイマーをかけて寝ても、冷房が止まったらすぐに目が覚めてしますのです。 外での肉体労働に従事している方は、さぞやお辛いことでしょう。 死ぬほど暑いといって、本当に亡くなる方が後を絶たないのですから、常軌を逸しています。  アスファルトジャングルが暑さを加速させている、という説がありますね。 しかし、 熱さ哉 八百八町 家ばかり   上野から 見下す町の あつさ哉 当時の気温や湿度の記録はないでしょうから客観的な比較はできませんが、少なくとも主観的には、上記二句からうんざりするような暑熱を感じます。 正岡子規の句ですが、明治の帝都も暑そうです。 エアコンも扇風機もなく、シャワーもないし内風呂も普及していなかったでしょうから、さぞ暑くて不快だったでしょうねぇ。
文学

夢かうつつか

今週も週末を迎える頃となりました。 大過なく過ごせていることに、まずは感謝。 猛暑、猛暑と言っていましたが、お盆を迎えて、今週は少し涼しかったように思います。 立秋も過ぎて、秋の気配でしょうか。 花見だ、若葉だ、梅雨だ、夏休みだ、月見だ、雪見だと、そしてまた正月だと、あわただしく時が流れるのは人の世の常でしょうか。 昨日まで 花の散るをぞ惜しみこし 夢かうつつか 夏も暮れにけり 源実朝の歌です。 「金塊和歌集」を残して、三十前に甥の公卿に暗殺されてしまいましたね。 正岡子規はこの人の歌を絶賛して、もう10年生きていれば、どれだけ名歌を残しただろう、と惜しんでいます。 惜しいけれども、長生きしてつまらぬ歌を残したかもしれず、今残っている実朝の歌を楽しむ他ありますまい。 私はただ、時のうつろいに身をまかせるほか、生きようがないとおもうのです。金槐和歌集 (岩波文庫)源 実朝,斎藤 茂吉岩波書店われて砕けて―源実朝に寄せて石川 逸子文芸書房
文学

学生時代

私の先輩が、この四月に定年退職して、そのまま農業を学びたいと、某大学農学部に入学しました。 知らない間に受験勉強していたのですね。 それにしても、還暦を迎えて大学生とは 六十の手習いというわけですか。 うらやましいかぎりです。 将来は農家を目指すんでしょうか 最初の学生の頃はヘルメットをかぶって警官相手に角材を振り回していたそうです。 いかにも団塊の世代らしい第二の人生です。 私は学生に戻れるとしたら、理系の学問を学んでみたいですね。  もうあはれとかをかしはいいです。 学生に 学生時代問われ居り いいちこの瓶 倒して立てて 佐々木幸綱の歌です。 安い焼酎を飲みながら、学生たちに自分の学生時代を語る老教授の絵が浮かびます。 おそらく作者自身を歌ったものでしょう。 この場合、学生も教授も男でなければなりません。 別に男女差別をするわけではありませんが、師と弟子が酒を酌み交わす図は、私の美意識では男同士でなければならないのです。 ましてそれが国文学徒であればなおさらです。 もしかしたら、かつて私自身が国文科の学生であり、女子大生がまわりに多すぎたせいかもしれません。 私の卒論の指導教授も今...
文学

夏の句

暑い日が続くと、外に出るのも勇気がいります。 炎天へ 打って出るべく 茶漬け飯 国文学者、 川崎展宏の句です。 打って出る、という表現が、ひどい暑さを物語っていますね。 茶漬け飯は、冷たい茶漬けとみました。 冷たい茶漬けで水分を補給し、体を冷やし、飯のパワーで一気に炎天をすすんで行く、勇ましいような滑稽なような句ですね。 次に夏らしく不気味な句。 生者より 亡者に 西瓜ごろごろす  小内美邑子 向日葵や 信長の首 切り落とす   角川春樹 亡者は死してなお、強い食欲を持っているのでしょうか?夏は魑魅魍魎が跋扈する時期です。そんなこともありましょう。 日の出の勢いの絶頂で命を絶たれた信長。夏の盛りを、夏の花の王として咲き誇る向日葵を、信長の首にたとえているのでしょうか。 どちらも、じんわりといやな汗が出るような気味悪さがあります。 今度は軽く、黛まどかの句です。 兄以上 恋人未満 掻氷 水着選ぶ いつしか彼の 目となって 女性らしい句ですね。 私は俵万智の短歌はどうにも受け付けないのですが、黛まどかの俳句は瑞々しくて良いと思います。 情念の強さの違いでしょうかね。 暑い暑いと愚痴をたれて...
文学

時とともに

何事も、古き世のみぞ慕わしき。今様(いまよう)は、無下(むげ)にいやしくこそなりゆくめれ。 鎌倉時代のブログともいうべき、「徒然草」第22段の冒頭です。 はるか鎌倉時代から、人々はその当時の風俗や言葉遣いを嘆いていたことが分かります。 現代日本語も、短い間に変化しました。 古い映画やニュースで語られる日本語は、今とはずいぶん違います。 まず、早い。 小津安二郎や黒澤明の映画など、早口で、かなりきつい東京弁です。 書き言葉で言えば、明治から始まった口語文。これの普及で、古文漢文をすらすら読むことは、現代人には困難になりました。  戦後、新仮名遣いが始まり、日本語の変化は加速しました。 怖ろしいことに、敗戦のショックかコンプレックスか知りませんが、敗戦直後には国語教師の間で日本語をすべてローマ字化しようという運動さえありました。 そして、現代。 いわゆるギャルと呼ばれ、自らもそう称している頭の弱そうな若い女性が放つ言葉は、私のようなおじさんにはとても下品に聞こえます。 もはやら抜き言葉などは本来の言葉に取って代わりました。 近い将来、らをきちんと発声しただけで、年寄り扱いされるかもしれませ...
文学

今日は土用の丑。 本来ならばうなぎを食すべきところ、ひねくれ者の私はもう一つの夏の味覚、鰹をいただきました。 もちろん、たたきで。 近頃は刺身も流行っていますが、やはりほんのりと香ばしいたたきに軍配が上がります。 目には青葉 山ほととぎす 初がつお 有名な山口素堂の句です。 夏の季語がいくつも並んで、豪華な感じがしますね。 ほとんどこの一句をもって知られている俳人とさえ言えます。 しかし今年の夏は、死人が続出する猛暑で、この句のように優雅に命の盛りを楽しむわけにもいきますまい。 まずはおのれの健康を守ること。さらには死なずに秋を迎えることが肝要です。  特にご高齢のみなさまには十分に水分をとり、エアコンを積極的に使われますようにお願いします。
文学

大暑

今日は大暑ですね。 その名のとおり、ここ数日は猛烈に暑いですね。 外に出ると息苦しいような感じで、鯉のように口をパクパクさせてしまいます。 日本人は猛暑に苦しみながら、夏を楽しんでもきました。  炎天を 槍のごとくに 涼気すぐ  飯田蛇笏の句です。 炎天下、一陣の涼気が槍のように過ぎて行った、という意味でしょうか。 涼しさを槍にたとえるとはなんとも豪気です。 飯田蛇笏一流の表現ですね。 少し色っぽく、 サラリー数ふ 恋ざかりなる 日盛りに  私と同世代の俳人、高山れおなによる句です。 汗をかきながら給料を数え、デートの算段でもしているのでしょうか。 微笑ましいですね。 さらに艶っぽく、 行水の 女にほれる 烏かな 高浜虚子の手になる句です。 昔は盥に水をはって、庭で行水をしていましたから、女が裸で庭に出ていたのですね。 その色香にカラスが迷う、というわけで、カラスというところが良いですね。 趣向を変えて、 かぶと虫 昔いぢめし 男の子 現代を代表する俳人、黛まどかの句です。 子供の頃、かぶと虫を捕まえに行って、からかったあの男の子はどうしているだろう、という初恋を追慕する句と読みました...
文学

つかこうへい

劇作家にして演出家、つかこうへいが亡くなりました。 噂ではかなり激しい演出だったとか。 私は舞台を観ることはついにありませんでしたが、映画では「蒲田行進曲」と「熱海殺人事件」が印象に残っています。 どちらも笑えて泣ける作品でした。そして、そこはかとなく乾いた感じが漂っていて、好きでした。 小説「長島茂雄殺人事件」は笑えましたね。千葉県某地方に長島村というのがあって、村民はみなスポーツ万能、挨拶は昼夜を問わず「燃えたね!」なのです。長島茂雄は長島村の落ちこぼれで、仕方なくプロ野球選手になった、という設定です。 長嶋ではなく、長島なのが、ミソです。  いずれも1980年代前半から半ばにかけての作品です。 私の中学・高校時代。 良いものも悪いものもなんでも吸収する貪欲な年頃に観たもの、読んだものは、みな印象的です。 冥福を祈ります。蒲田行進曲 つかこうへい,つかこうへい松竹ホームビデオ熱海殺人事件 つかこうへい,つかこうへいジャパンホームビデオ長島茂雄殺人事件―ジンギスカンの謎 (角川文庫)つか こうへい角川書店
文学

フクロウ

私はどういうわけか、幼いころからフクロウとダルマが好きでした。 毎朝、靴を履くにはてっぺんにフクロウをかたどった木彫りの靴べらを使っています。知床の民芸品店で12年も前に購入したものです。  フクロウというと、俳句では冬の季語ですが、フクロウに姿も声も似た青葉木莵(あおばずく)という渡り鳥が夏の季語になっています。インドのほうからはるばる日本にやってくる、運動好きの鳥です。 青葉木莵 おのれ恃め(たのめ)と 高処(たかどころ)   という句が詠まれています。文挟夫佐恵(ふばさみふさえ)という変わった名前の俳人の手による句です。 フクロウの類の鳥は、どこか哲学的な、おのれの道を独り歩む雰囲気があって、上の句は、青葉木莵のようにただ独り歩め、と励まし、叱っているような感じで、暑い暑いと不満ばかりたれている私などは、緊張を強いられます。 また、 病むも独り 癒ゆるも独り  青葉木莵 という句は如何でしょう? こちらは中嶋秀子の句です。 やはりこちらもどこか孤独を感じさせます。 夏の暑苦しい病床で青葉木莵の鳴き声に耳を傾け、病者の痛みを独り耐えている、といった感じでしょうか。  フクロウもダル...
文学

50年

今年は日米安保改定から50年だそうですね。 当時の総理大臣の孫が総理の座を去って、現総理でもう4人目。 前総理はまさにこの日米安保に関連する基地問題で窮地に陥りました。 今はもう、一部を除いて日米安保の有効性を疑う人はいなくなりました。 倉橋由美子が「シュンポシオン」という小説の中で、反核平和教徒という言葉を使っていました。 「シュンポシオン」は饗宴、という意味で、この小説は近未来の高級リゾートを舞台に、教養あふれるお金持ちたちが、延々と酒を飲んでは政治や芸術など、様々なことを語り合う、というスタイルをとっています。 今は絶滅危惧種ですが、80年代まではけっこう反核平和教徒が生息していました。 要するに、国防や平和について真剣に考えることをやめ、反核、反戦とわめいていれば戦争はなくなる、と信じる人々です。 そうなれば良いのですが、そうなることがあったとしても、100年や200年では無理でしょう。 人類の歴史をみれば、明らかです。 社会党は、村山内閣が成立した途端、それまで頑迷に唱えていた反核平和教を棄てました。 そして社会党は消滅への道を歩みました。 それまで見ぬふりをしていた、現実を...
文学

自助

最近、平日の晩酌をしなくなったことは前に書きました。おかげで夜が有意義に過ごせていることも。 私の場合、べつだん医者に禁じられたとか、血液検査の数値が悪化したとか、そういう健康上の理由ではなく、あくまで私の気分が乗らない、というだけの話です。ですから興が乗れば、いつでも飲むでしょう。 酒好きな文学者や芸術家は枚挙にいとまがありませんが、毎日一升の酒を飲み、43歳で死んだ若山牧水ほど、無類の酒好きを知りません。 医者に酒を禁じられて、それでも飲み続けたわけですが、禁酒を試みたことはあるらしく、ずいぶんうらみがましい、酒恋しい歌を詠んでいます。 人の世に たのしみ多し然れども 酒なしにして なにのたのしみ 酒やめむ それはともあれ ながき日の ゆふぐれごろにならば何とせむ 朝酒は やめむ昼酒せんもなし ゆふがたばかり少し飲ましめ 私も酒は嫌いではありませんが、上記三首はなんだか和歌というより愚痴にちかいですね。 若山牧水には抒情的な歌が数多くありますが、このような煩悩丸出しの歌もあります。 ファンの一人として、少し残念。 世のアルコール依存症患者の自助グループに、断酒会とAA(Alcoho...
文学

世にルポルタージュというジャンルがありますね。 ふんだんに金を持っているくせにわざと襤褸を着て数日間ホームレス生活を送り、その経験を文章にして金儲けをしたりする、あれです。  明治時代にも似たようなことを試みた人がいて、「東京闇黒記」という本を出版しています。今は絶版になっているようですが、目にする機会に恵まれました。 そこで驚いたのは、乞食とホームレスの違いです。  現在のホームレスは、アルミ缶や雑誌を拾って売ったり、地見屋と称して落ちている金を拾ったりして、まがりなりにも、自力で稼いでいますね。ところが明治時代には、今日は浅草、明日は両国橋と、人の多いところに出かけて行って、身体障害者のふりをして、「右や左の旦那様~」とかいうことを実際にやっていたそうです。  しかも結構稼ぎがよくて、2~3時間もそれをやれば、木賃宿に泊まれて、酒も肴も手に入ったというから驚きです。「乞食は三日やったらやめられない」とのたまっておりました。  そして面白いことに、金持ちよりも、ちょっと貧乏なくらいの人が、よく施しをしてくれるというのです。貧乏の悲惨さがよくわかるのでしょうかね。  そういえばインドに...
文学

蒸し暑い

今朝は蒸し暑いですね。 これからの梅雨の季節、ある在日ロシア人は「絶望的な季節」と呼んでいました。ロシアのような北国からみれば、なおさらそうでしょうね。 梅雨は、暑さのみならず湿気に苦しめられる季節でもあります。 私は、梅雨どきというものに、湿気の色気のようなものを感じます。 汗や髪など、体の匂いが鼻につき、ときにそれは魅惑的でさえあるのです。 身近かなる 男の匂ひ 雨季きたる 多く肉体を感じさせる句を残した桂信子の句です。 どこか汗ばんだ不快のなかに、色気を感じます。 元来日本は夏が過酷で、そのために日本家屋は夏をしのぎやすいようにできています。京都の町家しかり、古い農家しかり。 現代ではエアコンが普及しており、内勤であれば夏でもほとんど快適に過ごせます。蛇口をひねればお湯がでるので、いつでも汗を流せます。しかしほんの数十年前の日本では、夏は暑いものと決まっており、昼は炎天下で労働し、夜は寝苦しかったことでしょう。風呂も毎日は入れなかったのではないでしょうか。 だからこそ、様々な工夫をして、夏を楽しもうとしたのでしょうね。 今さらエアコンのない生活など想像もできませんが、ときにはエア...
文学

まぼろし

幻想文学というくくりがあって、これはずいぶん大雑把な分類で、SFやミステリーから、ホラーやらファンタジーやら、様々な分野の作品を包含しています。そのものズバリのタイトルを冠した雑誌もあって、幻想文学はわが世の春を謳歌しているかの如くです。 その起源は神話に求めるのが一般的ですが、今ではサド侯爵もマゾっホもその仲間に入れられて、「指輪物語」などと一緒くたにされて、惨状目をおおうばかりでもあります。 あまたある幻想文学の中でも、「家畜人ヤプー」は最高峰に位置するものでしょう。沼正三という作者は決して表に出ることはなく、この天下の奇書をものしたのはどういう人物なのか、今だに謎です。一説には渋澤龍彦ではないか、という噂も流れましたが、不明です。 その渋澤龍彦や三島由紀夫が絶賛し、ベストセラーにもなったこの小説は、じつに奇怪でグロテスクな内容です。 遠い未来、日本人は白人の家畜となっていて、高度なバイオテクノロジーにより、用途別に改造されているのです。 たとえば便器。便座型に改良された哀れなヤプー(日本人の未来)は、「セッチン」と白人に命じられると、口をあけて大小便を飲み込むのです。 その他掃除...
文学

読了

「1Q84」BOOK3をやっと読み終わりました。 BOOK1・BOOK2と比較して、どことなく冗長な感じがしました。謎の美少女、ふかえりの登場シーンが極端に減り、その代わりぶさいくな中年探偵、牛河が頻繁に登場します。おそらくこの小説では魅力のない人物として描こうとしていると思いますが、私には興味深い人物に思えました。学歴の高さからくる優越感と、外貌からくる劣等感に揺れ動くおじさんです。 私自身、就職して19年、すっかりくたびれたおじさんになってしまったので、何となくシンパシーを感じるのです。 この小説は、後世、村上春樹の失敗作として名を残すことになると思います。 しかし失敗作であればこそ、その作家の持ち味が存分に現れる、ということもあります。例えば、三島由紀夫の「鏡子の家」のように。 そしておそらく、作者はBOOK4を用意していると思います。伏線はまだ未解決で、話の続きはいかようにもつけられましょう。この際、失敗をの穴埋めのために戦線を拡大する愚かな司令官のように、どこまでも続ければよいでしょう。私はどこまでも付き合います。 私は意外と魅力的な失敗作が好きなのです。1Q84 1-3巻セ...
スポンサーリンク