文学

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天命

我、週末の終わりを惜しみて酒に逃れたり。酒、我をして一瞬の快楽に誘い入れ、心地よし。我、明日の激務を忘れたることしばし。能ふなら永遠に忘れたし。しかれども我、そが瞬時のまやかしなるを知りたり。知ってなほ、忘却を願ふは、我が魂の怠惰なりや。そも、魂の怠惰とは何ぞ。精神の運動とは何ぞ。我、幼き日より、一つ、求めたり。すなわち、美を求めむがための運動なり。我、この世に堕ちたる所以のものは、美を求めむがための運動おこしめむと欲するために他ならず。されど我、美を忘れて久しく、これぞ魂の怠惰なりや。今生の我、何をもってか生きむ。飯、食いたきがゆえか、酒飲みたきがゆえか、女抱きたきがゆえか、賭場荒らしたきがゆえか。さあらず。断じてさあらず。我、今生にて求めたるは、美なり。わけても言の葉の美なり。我、何をか忘れむ。我、初老の域に達し、我が天命を思い至るべし。我、何をもって今生をわたるべきか。思い至るべし、天命。
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メタからパラ、そして古典回帰か

筒井康隆の新作短編集「世界はゴ冗談」を読みました。 御年80歳の大先生、ほとんど言葉遊びのような作品から、かねてご執心のメタフィクションを取り上げたものまで、多彩なラインナップで楽しませてくれます。 これほどの大家になると、何を書いても許されるし、売れるのですねぇ。 うらやましいかぎりです。 メタフィクションは、フィクションのフィクションなどと呼ばれ、登場人物が自分が虚構の存在だと自覚しつつ読者をフィクションに取り込むような、実験的な小説群のことで、私はあまり得意ではありません。 どうしても物語の破綻が避けられないからです。メタフィクション―自意識のフィクションの理論と実際結城 英雄泰流社 21世紀に入ると、インターネットのゲームなど、物語の享受者に、物語への参加を促す、メタフィクションが極限にまで高められたパラフィクションという概念が登場します。あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生佐々木 敦慶應義塾大学出版会 しかしパラフィクションの登場により、読者を物語に参加させると、より一層作者の絶対性が高まるという矛盾が提起されるようになってしまいました。 科学の進化は不...
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月光

月光夜を照らす。 その光妖しかれども煌々たり。 我独り、マンションのベランダに出で、月光を浴びたり。 手には二合徳利と杯。 一口二口酒を含めば、月光いよいよ妖しく光りたり。 酒にか月光にか、我酔いたる心地して、陶然たり。 知らず、人の道。 なお知らず、生死の意味。 知りたくも無し、労働の甲斐。 ただ我、一瞬の愉楽に沈むばかりなり。 皐月半ばを過ぎ、田、青々と稲穂を揺らす。 さりながら宵には外気凛冽として、酒の温め有難し。 月あまりに巨大なれば、我、酒の酔いも手伝ひて、月光に飲み込まれたる心地す。さあれば、月に住まいするかぐや姫との逢瀬を楽しみたき欲わき出づる。 我、気づけばはるか天空を駆け、月にいたる。 かぐや姫が住まいする宮殿はいずこにや。 あな怖ろし。 月に流麗たる宮殿を見ず。 かぐや姫の花の顔(かんばせ)も見ず。 げに怖ろしき死の気配充満したるを感得し、我、恐怖に打ち震え、落涙滝の如し。 はしるはしる、我が狭小たるマンションのベランダを目指し、ひたすら天空より落下す。 気づけばベランダにて、二合徳利を抱えおる。 さらに一杯二杯の酒を含み、再び月眺むれば、相も変らぬ妖しき光を放ち、...
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言葉の乱れ、あるいは儚い恋

世の中には恋の歌が引きも切らず、少々食傷気味です。 それもあまりにストレートで稚拙な歌詞が目立ち、辟易します。 美しい日本語を紡ぎ出す能力の無い者が無理やり詞を書くからでしょうねぇ。 かつて、作詞家・作曲家・歌手はほぼ分業が確立されており、それがゆえ、高い作詞能力を持った人しか作詞しませんでした。 歌手も歌唱力が優れていたり、味わい深い声をもっていたりする人だけがプロとなったのでしょう。 それが1970年代あたりから、シンガーソングライターと呼ばれる、作詞作曲を一人でこなし、さらには自分で歌っちゃうという人が増え始め、それと比例して聞くに堪えない幼稚な詞が出回り始めたように思います。 これにより、日本語による美的な歌の崩壊を生じ、ついには俵万智とかいう、自由詩を無理やり定型の短歌に押し込めたような人がちやほやされるに及んで、日本語は壊滅的打撃を受けました。 嘆かわしいことですねぇ。 さらにはら抜き言葉が横行し、もはやら音をきちんと発音しただけでお年寄り扱いです。 時代の流行を嘆くのはいつの時代もお年寄りのくだらぬ愚痴とはいえ、私はせっかちなのか、早くも感覚が老齢に近づいたらしく、嘆かわ...
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ここだけが現実の世界じゃないのよ

ぐずついたお天気の土曜日。 大人しく読書などして過ごしました。 昨年、御大・筒井康隆が8年ぶりに出版したという短編集「繁栄の昭和」を楽しみました。 あなたのいるここだけが現実の世界じゃないのよ、というキャッチ・コピーも魅力的。繁栄の昭和筒井 康隆文藝春秋 怪人二十面相誕生の秘密を独自の解釈で繰り広げた「大盗庶幾」。 あっと驚く内容でした。 登場人物で探偵小説好きの法律事務所の事務員が、自分たちの存在は執筆中の探偵小説の登場人物であり、いつまでたっても年をとらず、町並みも古びないことをもって、執筆が中断されているに違いないと気付く幻想譚「繁栄の昭和」。 戦前だったり高度成長期だったり、昭和と言う時代を舞台にしたノスタルジックな作品群は、私を圧倒させました。 御大も80歳を超えて、かつての「虚人たち」や「虚構船団」のような、とてもついていけない実験的な作品に挑む力は失せ、筆力の衰えを隠そうともせず、ノスタルジックな作品を物すとは、なかなか良い年の取り方とお見受けします。虚人たち (中公文庫)筒井 康隆中央公論社虚航船団 (新潮文庫)筒井 康隆新潮社 もう一冊、最近出たばかりの最新の短編集も...
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