文学

スポンサーリンク
文学

新成人の皆様へ

今日は成人の日なのですね。 コロナのために式典を中止する自治体もあったとか。 新成人の皆様にはお気の毒です。 由来は、かつて元服の儀を行う日だったからだそうです。 もっとも、昔の元服は数えで15歳と言いますから、今でいえば中学生。 ほんの子供だったのですね。 数年前まで、大人になったことを祝うはずの式典で、自ら子供であると主張するような、蛮行が流行っていました。 首長の挨拶を妨害したり、大酒をくらって安い着物姿で町を練り歩いたり。 それは新成人のほんの一部でしょうが、目立つので、みんながみんなそうであるような錯覚を覚えました。 特に沖縄は酷くて、中学時代の仲間が同じ着物を着て、別の着物を着た=べつの中学の同級生といざこざを起こしたり。 しかしもう子供だとは認められないお馬鹿さんたちは逮捕されて実名で報道されたりして、やっと成人たるの自覚を持ったことでしょう。 あれは高知県だったでしょうか。 逮捕された倅たちを、未熟な者が行ったことゆえ、許してほしい、と親が何組も市庁舎に嘆願に行き、当然ながら拒否される、というニュースを見て、溜飲が下がったことを思い出します。 それが大人になるということ...
文学

一昨日は首都圏にひどい雪が降りました。 朝は曇っていたので、車で行こうかとも思いましたが、午後からみぞれの予報で、ノーマルタイヤを履いている私は、念のため電車で通勤しました。 これが大当たり。 首都圏としては大雪と言ってよい、積雪10センチを観測しました。 これではノーマルタイヤでは走れません。 路面凍結のため、昨日も電車通勤となりました。 寒さから、疲労がひどく、帰るなり倒れるように眠ってしまいました。 子供の頃は雪が降るとワクワクしたものですが、 大人になると寒いばかりか、通勤に支障をきたすので、雪は大嫌いです。 わが里に 大雪降れり 大原の 古りにし里に 降らまくは後 天武天皇の短歌です。 自分が住む都に大雪が降ったよ、君が住む大原の古びた里に降るのはもっと後だろう。 というほどの意味かと思います。 自分の里に綺麗な大雪が降ったことを自慢した、子供っぽい短歌ですが、どこか微笑ましいですね。 天皇の歌ですから、雪かきの必要もないし、出勤もしなくて良い、高貴な人の心境を歌っており、下々の者にはあり得ないものと思います。 それは現代人も同じこと。 出勤を必要とするサラリーマンには羨まし...
文学

猫又、そして仙人

土曜日。 今朝は採血をしに内科に行きました。 近頃は薬のおかげで安定していますが、もともと家族性の高コレステロール。 主にコレステロールの値を調べるため、4か月に一度、血液検査をしています。 痛いのは嫌いですが、ぐっとこらえて血液を採ってもらいました。 採血のため朝食を抜いたので腹が減り、11時過ぎころには昼食に向かいました。 行きつけだたった我が家の向かいのイタリア料理店、コロナに負けて閉店してしまいましたので、少し離れた、と言っても徒歩10分ほどですが、魚介料理を得意とするイタリア料理店を訪れました。 食したのは、あさりときのこがたっぷり乗ったペペロンチーノ、それにガーリックトーストとサラダと珈琲が付いて980円という驚愕の安さ。 以前通っていた店はもっちりしたパスタが自慢でしたが、今日行った店はおそらく乾麺かと思われます。 麺のクオリティは前の店に負けますが、具が多いのと、やや薄味の上品な感じは、まぁまぁいけます。 リピートしてしまうかもしれません。 その後、一時間ほど散歩してから夕飯の買い物。 塩焼き用の特大さんまと、煮浸し用の油揚げと小松菜、それに定番のフルーツトマトを購入。...
文学

小人閑居して

今日は文化の日でお休み。 週なかに休みがあるとずいぶん楽です。 水曜日をお休みにして週休3日になれば良いのに。 しかしながら、小人閑居して不善を為すの言葉どおり、閑があると碌なことはしません。 一日中寝ていたり、昼酒を飲んだり、良からぬ所に出かけたり。 小人とは君子の逆。 賤しい人物のことで、ひらたく言えばとびおみたいなやつ。 私は14時を過ぎようとする今に至るも、寝巻のままで陽当たりの良いリビングでごろごろしています。 飯を食うのさえ億劫で、朝飯も昼飯も食っていません。 怠惰の極みです。 同居人は義母の家に行っており、一人だからこそ許される怠惰の贅沢。 義母、さる病気にて、調子すこぶる悪いようです。 82歳と高齢ですから、ちょっとしたことが命取りになりかねません。 心配ですが、私が義母宅を訪れると、ひどく疲労するらしく、なるべく行かないようにしています。 病身ながら、私が行くと気張って歓待してくれちゃったりするので。 昔、太宰治の小説に、「饗応婦人」という珍妙な作品がありました。 戦地から帰ってこない夫の戦友だかなんだかを、献身的に饗応してしまう婦人の姿を描いたものと記憶していますが...
文学

ヴィオロンのためいき

来週の日曜日、出勤命令が出たため、今日は振替でお休み。 ここのところ、しょっちゅう休んでいるような気がします。 それだけに、明日からの出勤が憂鬱です。 今日はとくだん何もせず、だからこそ頭がぼうっとして、珈琲を5杯も飲みました。 それでも、頭が重い感じは抜けません。 なんとなく、憂鬱な秋の日です。  秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。  鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや。 げにわれは うらぶれて こゝかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな。 「海潮音」に見られるヴェルレーヌの詩です。 わが国ではこの詩がヴェルレーヌのなかでも最も有名なのではないでしょうか。海潮音―上田敏訳詩集 (新潮文庫)敏, 上田新潮社 私は真面目な木っ端役人。 うらぶれているわけではないでしょうが、とび散らふ 落ち葉であるような気がします。 春愁秋思なんていう言葉があります。 春の憂い、秋の物思いをあらわした漢詩の一節ですが、誰の詩か忘れました。 本来過ごしやすいはずの春や秋にメランコリーを感じるのはなぜでしょうね。 あるいは過ごしやすいからこそ、...
文学

特効薬

平日は目覚まし時計を6時に鳴らしますが、眠くて起きだすのが苦痛です。 ところが土曜日の朝は、自然と5時には起きてしまいます。 金曜日は夜更かしすることが多いのに、不思議ですね。  コロナ禍の土曜日、朝風呂に入って飯を食い、新聞を読んでごろごろしているうちに昼になり、土曜日恒例のイタリア料理を食い、帰ってから昼寝する、というのが慣例になってしまいました。 どこにも出かけられませんから、そんな風にして過ごすしかありません。 しかも緊急事態宣言下においては、レストランでアルコールを出してくれません。 お昼の生ビールも呑めないとあっては、楽しさも半減します。 千葉県に緊急事態宣言が出されるの、何度目でしょうか。 最初の宣言の時は、こりゃ大変だということで、職場ではほぼ毎日在宅勤務を強いられました。 在宅勤務では仕事が進まず、大変な目を見ました。 ところが頻繁に緊急事態宣言が発出されるにおよび、慣れてしまい、出勤の制限は無くなり、今は普段どおり、月曜日から金曜日まで通っています。 慣れというのは怖ろしいものです。 というのも、私の職場で、昨日、初めてコロナ患者が確認されました。 名前も部署も明ら...
文学

鼻がきつい

今日は4日ぶりの出勤。 鼻の調子が悪くて、鼻水とくしゃみが止まらず、やむを得ず鼻炎カプセルを飲みました。 この薬、よく効くのですが、眠くなるという副作用があります。 4連休明けで勤労意欲がわかないところ、鼻炎カプセルによる眠気が重なって、仕事になりません。 思えば子供の頃から鼻が悪く、小学校5年生から中学2年生にかけて、副鼻腔炎 を患って、医者に通っていました。 大人になるにつれて良くなりましたが、風邪のひきはじめなどの場合、まず鼻から症状がでます。 私の弱点なのでしょうね。 鼻といえば、多くの人が、芥川龍之介の短編「鼻」を思い起こすのではないでしょうか。羅生門・鼻・芋粥 (角川文庫)龍之介, 芥川KADOKAWA/角川書店 顎までだらりとぶら下がった異様に長い鼻を持つ高僧の葛藤を描いた物語です。 長い鼻に強いコンプレックスを持ちながら、周囲へは、鼻のことなど1ミリも気にしていない、という態度を取り続ける高僧。 高僧たる者が、そんなことに執着していると思われるのが嫌だったのです。 ところがある時、若い僧から鼻を短くする秘法を聞きつけ、これを実行したところ、たちどころに鼻は短くなり、よく...
文学

人同じからず

4連休あけ。 まるっきり仕事をしようという気になれません。 とりあえず今日中にやらなければいけないことだけを、下の者に指示してやらせることにしました。 私はチェックだけ。 しかしそのチェックですら億劫です。 多分それをやることを指示された若い職員も、今日はやる気がないでしょうから、厭でしょうね。 しかし、若いうちの苦労は買ってでもしろと言いますから、ここは教育だと思ってやらせるしかありますまい。 現に私自身、若いころはずいぶん実務をやらされました。 何事もそうですが、漢詩にあるように、年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず、というのが、この世の倣い。 同じような花が毎年咲くけれども、去年と全く同じではないし、同じように学生がいたりサラリーマンがいたりするけれど、昨年の人ではない。 組織には若い人から中高年までいて、しかし、それは入れ替わっていきます。 定年を迎えて職場を去る人と同じ時期に新人も入ってきます。 いわゆる世代交代。 世代交代によって、わが国ではほぼ年功序列によって、出世する組織が多いようです。 私は若い頃、50歳にもなったらすっかり仕事に慣れ、神経も図々しくなって、怖いも...
文学

移住

昨日も今日も雨。 今週は大体雨の予報。 梅雨とはいえ、鬱陶しい天気が続きます。 樹も草も しづかにて梅雨 はじまりぬ 日野草城の俳句です。日野草城―俳句を変えた男復本 一郎角川学芸出版 梅雨といえば、静かな、しとしと雨の印象。 豪雨のイメージはありません。 梅雨といえば、梅雨寒。 暑がりの人、寒がりの人、色々で、着ている衣服の様子が多様なのもこの時期の特徴。 私は40くらいまではどちらかといえば暑がりだったのですが、なぜか40代後半から極端な寒がりになり、この時期、半袖を着ている人が多いなか、下は股引、上はジャケットが欠かせません。 若い頃は張り詰めたような空気を感じさせる冬を好んでいたのですが、今はダメです。 千葉ごときの冬でも、起毛した下着を着なければやれません。 よく年とともに嗜好が変わってくると言います。 それは私にも表れており、つい最近まで甘い物は一切受け付けなかったのが、少量ならおいしく感じられるようになりました。 それと同じで、気温に対する感じ方も変わってくるようです。 わが国は四季の変化がはっきりしていて、だからこそ手紙なら時候の挨拶、俳句なら季語と、季節を大切にしてき...
文学

すまじきもの

今日は15時から17時まで2時間だけ休暇を取りました。 なんだか嫌になっちゃったというか、忙中閑ありという感じで、急ぎの仕事が無いためか、勤労意欲益々減じ、ついには早退してしまったという次第。 逆に言えば、仕事嫌いの私でも、急ぎの仕事があれば自然とやる気が湧くわけで、骨の髄まで宮仕えの賎しい根性が身についてしまった感じがします。 すまじきものは宮仕え、という言葉があるとおり、役所や会社などの組織で働くのは、精神衛生上もよろしくありませんし、何よりも自分の意見が正しいと思っていても、職階が上の者の馬鹿げた意見に従わなければならないのがしんどいですねぇ。 職階が上だからと言って、正しい判断が下せるわけではありません。 まして自分の出世にばかり興味がある人というのは、自分の手柄は自分のもの、部下の手柄も自分のもの。 誠にバカバカしい世界です。 精神病を患ってから出世に興味が無くなった私から見ると、阿呆と馬鹿の集団が、この世を動かしているように思えます。 文語調で格調高く描かれた「戦艦大和ノ最期」において、海軍の若い将校たちが、敗色濃厚な祖国の現状を憂い、海軍を良くするためにはどうしたら良いか...
文学

ほとんどあり得ない、しかし在ったかもしれない初恋物語

私の職場に、韓国に5年間留学し、かの地で出会った女性と結婚した後輩がいます。 奥様は来日し、日本で二人のお子様と家族仲良く暮らしています。 後輩、結婚に際しては、差別を心配していたようです。 韓国に住めば日本人ゆえの差別を、日本に住めば韓国出身者ゆえの差別を。 それは今のところ杞憂に終わっているようで、まずは良かった。 個人と個人の間では友情なり愛情なりが成立しても、集団となると差別が横行するのが人の世というもの。 まったく人の世は厄介なものです。 大日本帝國が朝鮮半島を支配していた大正時代、朝鮮半島で生まれ育った日本人の少年と、現地、朝鮮人の少女の恋を描いた小説に、「カンナニ」という佳作があります。カンナニ―湯浅克衛植民地小説集湯浅 克衛インパクト出版会 カンナニというのは朝鮮人少女の名前。 朝鮮ではよくある平凡な名前です。 朝鮮人貴族の家に住む巡査の子が12歳の龍二。 同じ屋敷に門番の子として住むのが14歳のカンナニ。 幼馴染の二人は、自然と、幼い恋に落ちていきます。 しかし、少年と少女の恋というだけで不埒とされた時代にあって、支配する民族とされる民族という関係性が、二人の間柄を複...
文学

10分の距離

今日は義母がワクチンを打つ日。 千葉駅に隣接する駅ビルのエキナカクリニックという病院で接種しました。 足が悪い義母のため、車で送迎しました。 ワクチン接種が終わって、車で自宅へ戻り、住まいの前にある蕎麦屋へ義母を誘いました。 蕎麦は義母の好物。 天ざるをしっかり完食していました。 普段は食欲がないと言って、ろくに食わずに体重が37キロまで落ちているのですが、「おしゃべりしながらだと食べられる」という言葉には泣かされます。 一人での食事が侘びしいのでしょうね。 切ないですねぇ。 でも義母は、週末に外食に誘っても、なかなか乗ってきません。 悪いと思っているのでしょうか。   昼食が終わって、義母を車で送りました。 わずか10分程度の距離。 その10分が、私たち夫婦と義母を決定的に遠ざけているようです。 コロナ疲れということがよく言われます。 私もそんな感じです。 週末になると用もないのに都内へ出かけ、わけもなくふらつくことを楽しみにしていましたが、去年の10月4日以来自粛しています。 10月4日は、たしか緊急事態宣言が解除になっていた頃のように記憶しています。 ご近所散歩ばかりでは飽きるの...
文学

恋猫と語る女

今日はよく晴れました。 そうだというのに、コロナを恐れて外出しませんでした。 そんな土日が続いて、どれくらいになるでしょう。 散歩に出かける気にもなりません。 こんな日は、句集でも紐解いてみようと、どれが良いかなと書棚を見つめ、なんとなく、「西東三鬼全句集」を手に取りました。西東三鬼全句集 (角川ソフィア文庫)西東 三鬼KADOKAWA ぱらぱらめくっていると、 恋猫と 語る女は 憎むべし という句が目に飛び込んできました。 ペットの猫を可愛がっている女。 その人は目の前にいて、はるか遠くにいる、女はそういう方法で挑発する、といったところでしょうか。 俳句は短歌と比べて、恋の句はあまり無いような気がします。 自然を賛美するようなものが多いでしょうか。 西東三鬼は、男と女をまったく異なる種類の生き物ととらえていたようで、上の句が生まれたのでしょう。 男と女は肉体の構造が異なっている以上に、その精神性に違いがあるのかもしれません。 こんなことを書くと、おっかないジェンダー研究者の叱責が飛んできそうです。 不倫がばれて、その行為を異文化コミュニケーションと言い放ったのは、森本レオでしたか。 ...
文学

迷言

人をポジティブかネガティブかに分ければ、私は間違いなく後者でしょう。 大量の精神病薬を飲んでなんとかやり過ごしていますが、薬が無ければ、10年前のうつ病発症の時に退職しているか、悪くすれば自殺していたでしょう。 うつ病は自殺率が極めて高い病気ですから。 ほぼ完治した今も、その頃の思い癖みたいなものから抜け出すことが出来ず、考えは後退していくばかりです。 よく、名言集というものがあります。 大体において、明日は明るい日と書くだの、夢は諦めなければ叶うだの、大の大人から見れば人生の真実とは程遠い迷言のオンパレードです。 そのような言葉に触れてポジティブな思考に入れるのは、ごく若いうちだけだと思います。 なぜならそれらは、嘘だからです。 下のような言葉を読んだことがあります。 誰の言葉かは忘れましたが。 死んでいる者は幸せだ、これからも生きていく人間よりも。 死んでいる者より幸せなのは、生まれなかった者だ。 西洋の学者が残した言葉だったように覚えていますが、うろ覚えです。 太宰治の「人間失格」みたいですね。人間失格 (角川文庫)太宰 治KADOKAWA 多くの、自分は成功したとか、勝ち組だと...
文学

心の底をたたいてみると

今週も月曜日を迎え、辛い一週間が始まりました。 誰でもそうでしょうが、自己が認識する自分と、他者が認識する自分には、ずいぶんと差があるものです。 私もそうで、日ごろから仕事をとてつもない困難な事業と感じ、終始必死の思いで仕事に向かっているのですが、上司からは、よく「易々とこなしているように見える」と評されます。 それは私が精一杯虚勢を張って、格好をつけているだけの話で、仕事中、心の底は苦痛と悲しみで満ちています。のんきと見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする。 夏目漱石の名言です。 どんなに生き生きとして元気そうに見える人でも、心の奥底には、悲しさを隠しているということでしょうか。 悲しみが人間の本性だとしたら、人生は苦痛に満ちていることになります。 しかし誰でも、生きていてよかった、最高に幸せだ、と思うことが、一瞬にせよあると思います。 この一瞬を求めて、悲しい音を隠しながら生きているのが凡人というものではないでしょうか。  私もそんな凡人の一人です。 心の底はひた隠し、今日も虚勢を張って生きています。 そうしなければ、職場に行くということ自体が耐えられないのです...
スポンサーリンク