文学

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年寄り笑うな

連休明け、2日間の勤務が終わりました。 落ち込み感はそれほどでもなかったですが、勤労意欲の低下は想像以上でした。 わずか5日の休みでも、確実に衰えていく感じがします。 がっつり残業をしても疲れなかったのは、遠い昔。 今では1時間程度の残業でも疲れ果ててしまいます。 若いころ小馬鹿にしてきた、新しいことを覚えられず、何事も仕事は部下に振って、自分は何もしない、そんなおじさんに、私がなりつつあります。 人に起こるようなことは大抵自分にも起こるのですね。子ども叱るな来た道じゃ。年寄り笑うな行く道じゃ。 というのは作者不詳の詩。 一説に、妙好人(厚い信仰をもち、念仏に生きる人)によるものとも言います。 私は子供を叱ることはありませんでした。 そもそも子供が出来なかったので。 しかし、年寄り笑うなは、つい最近まで守れずにいたのですが、今度は笑われるほうになってしまうとは。 一念発起して、何事も部下任せにせず、ある程度は自分でやるようにしないと、ますます勤労意欲は失せて、使い物にならなくなってしまうでしょうねぇ。 一昔前と違って、60歳で定年は迎えるものの、希望すれば65歳まで雇わなければならない...
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時間を超越すること、あるいは恋愛譚

私が住むマンションの真ん前に、蕎麦屋とイタリア料理店があります。 休日の昼は、どちらかで食べています。 で、近頃気づいたことですが、コロナが流行して以来、イタリア料理店は明らかに客が減り、今や閑古鳥となり、その営業は風前の灯火と思われるのにたいして、蕎麦屋は今も以前と変わらず、繁盛しています。 これは不思議な現象です。 どちらも安価で美味なのですから。 世の中、不思議な現象に満ちています。 初めて会うのに、昔から、いや前世からの知り合いのごとく、初めて会った気がせず、最初から親近感を覚える、あの現象も、考えてみれば不思議な話です。 これは、大抵の場合、男女の浪漫的な恋愛譚に現れるものです。 女は待ち続けていた男に出会ったと喜び、男は探し求めていた女に出会った、と言うような。 恋愛というのは脳が一部馬鹿になった状態でしょうから、恋愛感情によって破壊された脳が、初めての相手なのに既視感を覚えさせ、それを運命的出会いと呼び、二人は恋に落ちていくというわけです。 しかし多くの場合、その感情は長続きせず、別れてしまうか、別れるのも面倒くさいから惰性で一緒にいるか、どちらかにならざるを得ません。 ...
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かくれ家

今日、千葉市はひどい南風が吹き荒れて、お昼に近所の蕎麦屋に行っただけで、終始、家に籠っていました。 大雨だとか、雪だとかで籠り居するのは、どこか気持ちが良いものです。埋火や 我がかくれ家も 雪の中という与謝蕪村の浪漫的な俳句を思い出させるような、心地よさを感じます。蕪村句集 現代語訳付き     (角川ソフィア文庫)与謝 蕪村角川学芸出版 しかし、ピーカンに晴れているのに、家に籠らなければならないというのは、なんとも無粋な感じがします。 晴耕雨読とか申しますが、こう風が強くては、畑を耕すこともままならないでしょう。 私はただ、煌めくお日様を眺めては、南風を呪うばかりです。
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何でもないこと

生憎の雨となってしまいましたが、それでも平日と比べて、格段に気持ちが落ち着きます。 休日と平日の落差が大きすぎて、生きているのは休みの日だけで、働いている日は死んでいるか、死んでいないにしても、ひたすら芝居を続けているように感じます。 もしかしたら働くということは、収入を得るために必要だという以外に、休みの日のうれしさを倍加させるためにあるのかもしれません。 今日も朝風呂につかったり、朝寝を楽しんだりしました。 昼はイタリアンのコースで、ワインも少し嗜みました。 そんななんでもないことが、とてつもなく幸せに感じます。 これから精神科に行って薬をもらい、その後は晩酌です。 真鯛の刺身となめろう、それにブロッコリーとフルーツトマトをいただく予定です。 これもじつは何でもないこと。 ただ平日と異なっているというだけです。 休日と休日の間にある平日、じつは休日が夢のような生活なのではなくて、平日こそが夢の中なのかもしれませんね。
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10年の後

今日はわずかに春を感じさせる陽気に恵まれました。 私はそれを寿いで、独り、分けもなく近所を歩き回りました。 これも休日の贅沢と言うべきでしょう。 散歩は頭を冴えさせる効能があるようで、気持ちの良いものです。 しかし、苦い散歩もありました。 もう10年以上前のことになりますが、私はうつ病を患い、自宅療養を余儀なくされていました。 精神科医に散歩を勧められ、根が真面目な私のこととて、嫌々ながら毎日1万歩、歩きまわりました。 その時の精神状態は、散歩を楽しいと感じさせるような、呑気なものではありませんでした。  とはいえ、私は約8か月の療養を経て、見事に復活を遂げました。 あれから10年。 ちょうど、冬から春に向かう頃、リワークプログラムで、同じ病から脱しつつある人々と出会い、私は完治できると、心強く思うようになったことを、懐かしく思い出します。 今も、時折、それら同病人と酒を酌み交すことがあります。 10年、感慨深いものがあります。 あの頃は、人と会うのも億劫で、見舞の客にも無礼を働きました。 梅いけて 礼者ことわる 病かな 正岡子規の句です。 正岡子規は35歳の若さで亡くなっていますが、...
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妻は元気で

今日は同居人が日曜出勤のため、独りで過ごさなければなりません。 よく、奥さんが留守だと嬉しい、という人がいますが、私には理解できません。 休みの日は、同居人と散歩をしたり、昼酒を呑んだりすることを常としていますから。 一人でいると、碌なことを考えません。 今、年度末祭りでめちゃくちゃいそがしく、忙しさに弱い私にはしんどくて仕方ありません。 30代半ばくらいまでえは、徹夜仕事も厭いませんでした。  それが今では、夕方になると目は霞むし、何より疲れちゃって、残業に耐えられません。  鋼の肉体が欲しいものです。  あるいは、専業主婦をやってみたいと思ってしまいます。  幸い、同居人はフルタイムで働く正規雇用です。  彼女の扶養に入りたい、思いながら、同居人には言いだせずにいます。  ああ、いっそこの世からおさらばしたい。
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夕空

昨日は月に一度の精神科の診察に行ってきました。 ひどく落ち込むことは少なくなったが、依然として不安や緊張が強いと訴えたら、セロクエルが100mから150mに増量になりました。 コロナが流行りだしてからリモートによる会議が主流になり、そのことがストレスになっています。 実際に会って話し合うよりも、過激になるような気がしてなりません。 対面で話し合うことの重要性を感じます。 リモートにしろメールにしろ、便利な道具であることは間違いありません。 しかし、そのせいで、家に帰っても仕事が追いかけてくるような気がしてなりません。 それは当たり前です。 在宅で仕事をしようというわけですから。 休みの日は職場のアドレスメールは開かないことにしています。 仕事熱心と言おうか、休日でも仕事のメールを送り付けてくる輩が少なくありません。 そういうのは無視するに限ります。 人とや社会とのつながりは重要なのでしょうが、独り、遁世したいという欲求を覚えます。 たった一人になり切って夕空 自由律の俳人、尾崎放哉の句です。尾崎放哉全句集 (ちくま文庫)尾崎 放哉筑摩書房 この俳人、東京帝国大学法学部を卒業して大手生命...
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焼酎

すっかり秋めいてきました。 涼しくなり、寒くなると、一段と酒が旨く感じられ、晩酌もつい過ぎてしまうことがあります。 昨夜がそうでした。 土曜日ということもありますし。 白玉の 歯にしみとおる 秋の夜の 酒は静かに 呑むべかりけり 私が偏愛する歌人、若山牧水の短歌です。若山牧水歌集 (岩波文庫)一彦, 伊藤岩波書店 私の酒も、静かなものです。 昨夜は、中おちと鯵の昆布〆で焼酎のロックを4杯やりました。 今朝は少々だるい朝となってしまいました。 それでも朝食はしっかりといただきました。 蛍イカの沖漬けと生卵、それに小松菜の煮びたしで、飯を2膳食しました。 一時期48キロまで落ちた体重が、最近は54キロまで回復。 だいぶ力がでるようになった気がします。
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運転免許

今日は休暇を取って自動車運転免許の更新に行ってきました。 幕張の免許センター、いつ行っても混んでいる印象でしたが、きょうはいつにも増して激混みでした。 おそらく、コロナの影響で免許センターが業務を止めた時期があって、三か月まで有効期限が延長となり、その延長も終わり、本来の8月生まれや9月生まれの人だけでなく、延長組が押し寄せたのが原因かと思われます。 激混みということはネットで調べて知ってはいましたが、これほどとは・・・。 8時40分について、整理券をもらったのですが、その整理券には10時頃受付と書いてありました。 1時間20分もの間、建物に入ることすら許されません。 免許を取ってから初めて電車で行きました。 駐車場が大変なことになっているらしい、と書いてあったからです。 実際、駐車場周辺は大渋滞。 電車にして本当に良かった。 10時になって建物に入れました。 入場制限をしているせいか、その後はわりとスムーズに進みました。 講習が終わって新しい免許をもらえたのが13時過ぎ。 ひどく腹が減っていたので、食堂でカレーライスを食しました。 まずいことは覚悟していましたが、本当にまずくて、嗤う...
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椅子

昨夜は晩酌が過ぎたのか、少々だるい朝でした。 あるいは不規則な天候も原因の一つかもしれません。 最近、私の部屋に謎の黒くて小さな粒を見かけるようになりました。 それがいよいよひどくなり、原因を探ると、事務用椅子のキャスターのところの一部が欠けており、ずいぶん前から少しづつ進行していた様子です。 この椅子、25歳で一人暮らしを始める時に購入したもので、じつに25年間も使っていたことになります。 さすがに寿命と見えて、買い替えることにしました。 私が住むマンションから徒歩でほんの5分ほどの場所に、大型の家具屋があります。 そこに行ってみると、じつに様々な椅子があります。 わずか3,000円ほどの物もあれば、革張りで何十万円もの高級品まで。 いちいち座ってみて座り心地を確認したところ、11,000円の椅子が気に入りました。 高い物は社長室にでもあれば似合うのでしょうが、私の部屋のパソコン・デスクの前に置くと、でかいばかりで機能的ではありません。 購入することを決めました。 古い椅子は500円で引き取ってくれるとのことで、車に載せてきたので、即日、新しい椅子の登場となりました。 古い椅子、よく...
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三島由紀夫VS全共闘

暑いなか、久しぶりに映画館に出かけました。 観たのは、「三島由紀夫VS全共闘」です。三島由紀夫vs東大全共闘―1969-2000三島 由紀夫藤原書店 これは東大の駒場キャンパスで行われた三島由紀夫と全共闘との討論会の記録と、当時を知る元全共闘や元盾の会の人々へのインタビューで構成された、ドキュメンタリーです。 なんだかNHKスペシャルのような映画でした。 私が生まれたのは1969年。 全共闘運動華やかなりし頃で、政治の季節なんて呼ばれていたそうですね。 当然、赤ん坊であった私には記憶がありません。  しかし、自民党や米国が本気で赤化を心配するほど、運動は盛り上がっていたようです。 三島由紀夫はボディビルや剣道で体を鍛え上げ、盾の会という民兵組織まで作って自衛隊へ体験入隊を繰り返すなど、左がかった連中とは正反対の立場を貫いていました。 日本文化の源は天皇制にあると断じてもいました。 その三島由紀夫が、千人もの全共闘学生が待つ講堂に単身乗り込み、討論会を行います。 屁理屈ばかりこねまわし、時には三島由紀夫を嘲笑し、挑発する全共闘学生たち。 大学生ですから仕方ないのでしょうが、幼稚な論理です...
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ホトトギス

ようやっと、土曜日を迎えました。  朝は6時に起きて朝風呂。 そして朝飯。 朝酒といきたいところですが、そこはぐっとこらえて散歩に出かけました。 帰宅して、ゆっくりと、熱い珈琲を飲みつつ新聞を読みました。 もうすでに来ていると思われるコロナの第2波やら、習近平の国賓来日の話だとか、ろくなニュースはありません。 新聞に触れて、この世は苦しいことばかりなのかと嘆きます。 苦しいと言えば、精神病に悩まされていた頃、寛解にいたればすべてが薔薇色になると信じていました。 そんなはずがないのに。 病的な状態が普通に戻るだけで、普通とはかつて私が住んでいた苦界であり、そこに戻るだけのこと。 味気ない仕事と味気ないマンション暮らし。 花を愛でることも鳥の鳴き声に心躍らせることもありません。 まして歌心など。 夏草は 茂りにけれど ほとぎす などわが宿に 一声もせず 新古今和歌集に見られる短歌です。新古今和歌集―ビギナーズ・クラシックス (角川ソフィア文庫 88 ビギナーズ・クラシックス)小林 大輔角川学芸出版 今、夏の気配は濃厚になりつつあり、しかし私の住むマンションにはホトトギスの声も聞かれません。...
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酒呑み

また一週間が始まりました。 嘆きの週頭なんていう言葉もありますが、今日はわりと調子が良かったと感じます。 昨晩の晩酌を、いつもより一杯少なくしたのが良かったようです。 酒飲みとは、お祝いだと言っては酒を飲み、不幸があったと言っては酒を飲み、嬉しいから酒を飲み、悲しいから酒を飲み、何事もなくても酒を飲むものです。 酒を呑むのに理由は要らぬ。 呑みたいだけ呑めばよい。 世に酒飲みはあまたあれど、私は若山牧水ほどの酒飲みをほかに知りません。  朝酒ややめむ 昼酒せんもなし 夕方ばかり 少し飲ましめ 朝二合・昼二合・夜6合の酒を欠かさなかったと聞き及びます。 それが節酒をおもいたったのですね。 一方で、こういうのもあります。 飲むな飲むなと 叱り叱りながら 母がつぐうす暗き 部屋の 夜の酒のいろ 相当の酒飲みです。 多くの名歌を残した歌人、酒はやめられなかったやあめられなかったらしく、42歳で早死にしています。若山牧水歌集 (岩波文庫)一彦, 伊藤岩波書店若山牧水随筆集 (講談社文芸文庫)若山牧水講談社 私は父が亡くなってから、酒ばかり飲んで食わずにいたら、24キロも体重がおちてしまいました。...
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逃げ恥

さっきまで、「逃げ恥」と略されるTVドラマを観ていました。 なんとなく、観るともなく観ていたら、結構引き込まれました。 新垣結衣と星野源との恋愛が主たるストーリーですが、サブ・ストーリーと言うべきものがあって、それは49歳のキャリアウーマンを演じる石田百合子と、17歳も年下の男との恋愛模様。 じつは私は石田百合子と同い年。 それもあって、サブストーリーを興味深く観ました。 アラフィフであることを理由に、17歳年下の男の熱情を断り続けるキャリアウーマン。 若さを失ったゆえの悲哀が、そこはかとなく感じられます。 私はと言えば、ずいぶん流されてしまったなと感じているということ。 学生時代は学校でふらふらと漂い、就職してからは自分を殺して厳しい社会の中を浮遊してきました それで、気が付いたら50歳になっていました。 私はかつて、若さを楽しんだことがあっただろうかという根源的な問いを、自らに課さざるを得ませんでした。 真昼日の ひかり青きに燃えさかる 炎か哀し わが若さ燃ゆ 若山牧水の若い頃の短歌です。 若さを真夏ととらえています。若山牧水歌集 (岩波文庫)一彦, 伊藤岩波書店 倉橋由美子は名作...
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短夜

ただでさえ短い夏の夜。 私はまたしても午前3時に起きるという早朝覚醒を起こしてしまいました。 私の夜はどれだけ短いのでしょうね。 夜は疲れてしまって何もする気が起きず、風呂も最近はもっぱら朝入っています。 さっき、飯を仕掛けて風呂に入りました。 飯はそろそろ炊ける頃。 良い香りがキッチンに漂っています。 風呂上りの火照った体を冷房で冷やしつつ、亡き父の書斎から頂戴してきた「俳諧古選新選」などを紐解いています。俳諧古選新選三宅嘯山東亜堂 短夜や まだ濡れ色の 洗い髪  江戸時代の俳人、三宅嘯山の俳句です。 なんとも色っぽい句ですねぇ。 私は精神を病んでから、色っぽいことや艶っぽいことが起きることはなくなり、その道についてはすっかり無縁になってしまいました。 あるいは老化でしょうか。 今はただ、古人の和漢雅俗に親しんで、無聊をかこつばかりです。
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