文学

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妖怪怪異

7月に入って、今日は晴れてずいぶん夏めいた一日でした。 わが国では、夏と言えば怪談。 怪談話を聞いて、冷やぁっとして涼もうとは、ずいぶん悠長と言おうか、まどろっこしい話です。 現代ではエアコンをかければいつでも高原の朝のような涼気を得られます。 そんな現代でも、夏になると怪談が流行りますね。 私は幼いころから怖いお話や不思議なお話が大好きでした。 それが高じて今も幻想文学やホラー映画が大好きです。 このブログをご愛読くださる方はよくご存知のとおり、私は常軌を逸したホラー映画ファンでもあります。 幽霊だとか妖怪だとか怪物だとか言う物は、観念上の存在で、物理的には存在しえないことになっています。 呪術だとか魔術だとかもまたしかり。 それはそうなのでしょうが、私は言葉が存在するかぎり、それは実体として存在する、もしくは実体として存在するのと同様の確からしさをもって人々から認知されているものと思っています。 例えば幽霊。 幽霊という言葉が存在するということは、幽霊なる概念が存在し、それは多くの人からこういう物と認知され、さらにごくわずかの人々はその存在を見たりして、実体を伴う存在と信じています...
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病みつつ我は

5月12日に飲み仲間であった三つ年上の悪友が47歳の若さで果かなくなってしまったことは、その日のうちにこのブログで報告したところです。 近しい人が亡くなるということは誠にしんどいことですが、ただしんどいだけではなく、おのれの死を考えるきっかけになります。 「哲学は死の練習である」とソクラテスは言い、「死がなければ哲学もなかったであろう」とショーペンハウアーは言ったそうですね。 ことほどさように人間にとって死というのは重要で興味深い問題です。 いつでしたか、テレビで西部邁も「死と宗教」の問題だけが人間にとって唯一の関心事だ、といった意味のことを言っていましたね。 私が最も死に近づいていたの平成16年から17年にかけて、うつ状態が激しい頃で、最も深く人の死について考えたのは2年3カ月前の父の死から数ヶ月の間でした。 いずれもかなり直接的な理由があったためで、人間、切羽詰まらないと、おのれの死というがごとき重要なことも忘れてしまうようです。父の齢(よはひ)に 至らざれども 良寛の 示寂に近し 病みつつ我は   宮柊二の歌です。 父親の寿命よりは若いけれど、良寛の死期に近づき、死を意識したとい...
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夏至を過ぎる頃

もう夏至を過ぎてしまったんですねぇ。 これから少しづつ陽が短くなると思うと寂しい限りです。五月雨に 物思ひおればほととぎす 夜ふかく鳴きて いづち行くらむ  古今和歌集にみられる 紀友則の和歌です。 五月雨は旧暦であることを考えれば梅雨時。 夏至なんて言葉はわりと新しいので、直接夏至という言葉を織り込んだ和歌なんてあり得ません。 五月雨とか短夜(みじかよ)なんかが夏至の頃を表すと言えましょう。 わが国の古典文学では、なぜか夏の詩歌が極端に少ないのですよねぇ。 わが国の夏は非常に苛烈ですから、歌心も起こらなかったのかもしれませんね。 そんな嫌な季節にも、物思いに沈み、ほととぎすがどこへ行くのかぼんやり考え、同時におのれの今後、ひいては人の一生というものの儚さを嘆いているような感じも受けます。 時の移ろいや自身の衰えを嘆いても詮無いことではありますが、それを嘆かずにはいられないというのもまた、人の性であるように思います。 だんだん陽が短くなるというのに気温はどんどん上がっていくのは奇妙なものですね。 今はまだ夕方職場を出るころ明るいですが、秋になり冬が来ると真っ暗。  あれが嫌なんですよね...
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村上春樹の新作

村上春樹の新作短編集「女のいない男たち」を読みました。女のいない男たち村上 春樹文藝春秋 これは、生き別れや死に別れなどで大切な女性を失った男たちの喪失感を様々に描いた短編集です。 したがって、そもそも女性と付き合ったことがない、という意味での女がいない男は含まれていません。 短編集ですから、一作くらいはそういうのも入れて欲しかったですねぇ。 どれもどこかエキセントリックで、社会の枠にはまらない男たちの喪失感が、流麗に、切なく描かれ、さすが大御所と言う感じで、このところ長編ばかり物してきた作者の筆遊びのようなところもありますが、さすがに春樹節は健在でした。 恋人にふられる、あるいはふるという形で女を失うことはよくあることですし、死に別れということも、老いた夫婦では避けられないことでしょう。 そもそも恋人も妻もいたためしが無いという人も含め、すべての男は女のいない男であるか、あったと言っても良いでしょう。 また、恋愛が成就し、結婚という事態になったとしても、妻を得ることで恋人を失うわけで、その場合、女(=恋人)がいない男になり、間をおかずして女(=妻)がいる男になることで、それは本質的に...
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桜桃忌

今日は太宰治の命日、桜桃忌ですね。 私もご多分にもれず、通過儀礼のようにこの作家の作品に中学生の頃心酔しました。 何しろ読みやすいのと、自己陶酔のようなセンチメンタリズムが中学生の心をとらえたのでしょうね。 高校生になると、もうそのセンチメンタリズムが鼻につき、離れて行きました。 26歳で変死した尾崎豊にも通じるような、犯罪奨励、自殺奨励めいたところがあり、18禁にしたほうが良いかもしれませんね。 そうしたら売上激減でしょうし、冗談ですが。 今も桜桃忌には、墓参りに訪れるファンが絶えないそうで、根強い人気があるんですねぇ。 何度も心中未遂を繰り返しては自分だけ生き残ったため、成功した心中では相手の女性が彼を殺害してから体を赤い紐でくくりつけ、玉川上水に飛び込んだとの俗説があります。 太宰治の遺体を調べたところ、ほとんど水を飲んでいなかったことから、そういう説が生まれたそうです。 真相は闇の中ですが、それが仮に本当であれ、そんな下世話な話には乗りたくないものです。 生きていれば今年105歳。 生きていても不思議ではありません。 あの色男がどんなおじいちゃんになったでしょうね。 ご冥福をお...
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