文学

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諦める

昨夜、世界陸上400メートルハードルの銅メダリスト、為末大の「諦める力」という書物を読みました。諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない為末 大プレジデント社 私はタレント本の類を読むことはないのですが、今回、タイトルに惹かれて読んでみました。 しかし中身は、諦めるということとはほど遠いように感じました。 要するに、本当は100メートル走でメダルを取りたかったが、100メートルは選手層が極めて厚く、しかも人種間の身体能力の差もあり、とてもメダリストにはなれないと考え、陸上競技のなかではマイナーで、選手層が薄い400メートルハードルに切り替えた経験をもとに、諦めるというのは成功または勝利をつかむための戦略だ、というのが主たる趣旨でした。 この本の冒頭でも少し触れられていましたが、諦めると言う言葉の語源は、明らめる、つまり物事の本質を調べて明らかにする、ということです。 さらに進んで、仏教では様々な物事の本質を明らかにすることによって得られる悟りの境地を指すこともあります。 それがどうして、夢や希望を追うことを中止する、という意味になったのかは、よく分かりません。 為末という人はま...
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立秋?

今日の首都圏は軒並み最高気温が35度前後の猛暑に見舞われています。 職場はエアコンが効いて快適ですし、通勤も車なのでエアコンにより涼しく、家に帰ってもエアコンを付けるので、夏の暑さを感じなくなっているようです。 そんな猛暑の今日、立秋なんだそうですね。 暦の上では秋。 石原慎太郎がたびたび主張しているように、旧暦の二十四節季を、そのまま西洋暦に移したのは失敗で、日本人が大切にしてきた季節感を二十四節季と合わせるためには、西洋暦に合わせて日を変えたほうが良いでしょうね。 ざっくり一ヶ月半ずれるので、今の9月下旬が立秋になり、それは季節感と一致するものと思われます。 公的な手紙を書く際、時候の挨拶が実際の体感と異なり、奇妙な感じがするのは私だけではありますまい。 秋風の うち吹きそむる 夕暮は そらに心ぞ わびしかりける                                                  (後撰和歌集)  秋風が吹きはじめる夕暮は、空を眺めてもぼんやり切なくなってくる、といったほどの意でしょうか。 初秋の風情を歌っていますが、今日のこの天気では、そんな気分には...
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はらわたのなき涼しさよ

今日は朝から馬鹿に涼しかったですねぇ。 不安定な天気が続き、梅雨が戻ったかのごとくです。 勤め人たる私には、涼しいほうが楽でよろしいですが。 夏休みを満喫したい少年少女には不満かもしれませんねぇ。 涼しさや 闇のかたなる 瀧の音  正岡子規 夏と言っても涼しい日があり、また涼しい場所があります。 闇のかたに瀧の音とは、涼しいというよりも寒そうな感じがします。 涼しさに 海へなげこむ 扇かな   正岡子規 扇を海へ投げ込むほどの涼しさとはいかなるものでしょうねぇ。 夏の盛りを過ぎた物寂しさが感じられますねぇ。 大仏に はらわたのなき 涼しさよ   正岡子規 これはまた、なんとも不気味な味わいの句ですねぇ。 バイオレンス映画で、悪漢が、ある男の肩を撃ち、「腹が暑苦しいな」とか言いながら腹を撃ち抜くシーンがありました。 怖ろしいことです。 この句の大仏は鎌倉の大仏を指していると伝えられますが、なるほど、鎌倉の大仏は野外に鎮座し、夏の日差しでは暑そうに、雪景色の中では寒そうに見えます。 しかし暑そうに見えても、はらわたが無いとは涼しかろうというわけで、無機物が根源的に持つ冷たさを感じさせます。...
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深酒

昨夜はいつもより早く飲み始めました。 それはいいのですが、その場合、いつもより早く寝ないと、結果的に適量を超える酒を飲む羽目になってしまいます。 昨夜、そろそろ飲むのをやめようかと思っていた19時半頃同居人が帰宅し、私が飲んでいるのを見て飲みたくなったらしく、私も付き合って飲み続け、結局17時30分頃から23時頃まで飲んでしまい、家飲みとしては何年振りかで深酒し、今朝は軽い二日酔いでした。 それでも明日から月曜日まで高知出張のため、休むことが出来ず、しんどい一日となりました。 我ながら懲りない愚か者です。 でもそのせいか、今日は気持ち悪くて明日以降のことを不安がる余裕とてなく、精神的には落ち着いていたように思います。 このまま飲み続けたら命を縮めるでしょうねぇ。 酒豪、若山牧水は、朝2合、昼2合、晩6合の酒を欠かさず、たまに友人と飲むとそれ以上に飲んだとかで、いつか酒を止めなければ、と言い続け、結局やめることができず、43歳で亡くなってしまいました。 今の私と同じ年ですね。 飲むなと叱り 叱りながら母がつぐ うす暗き部屋の 夜の酒のいろ 飲むなと叱りながら、飲みたがる倅のために酒をつぐ...
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読了

村上春樹の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読了しました。 このところ、あまりにも長大な大ドラマを紡いできた作者が、久しぶりに、それほど長くない、物語というより詩のような作品を残したという意味で、作者は静かに、衰えの道を歩んでいるのかもしれません。 おそらく、多くの評論家は、これを失敗作と貶すでしょう。 物語としては破綻が目立つし、ラストも中途半端なものです。 しかし私は、失敗作が好きです。 なんとなれば、失敗作にこそ、物語作者の本質が炙り出されると思うからです。 多崎つくるは、高校時代、完璧な男女5人のグループの一員で、それは36歳になった今も、彼を郷愁と苦痛にいざないます。 その5人は、多崎つくる以外、全員、色が入った名前を持っていました。 例えば赤松だったり、青海だったり、そういうことです。 四人はすべて簡便に、アカとかアオとかいうあだ名で呼ばれます。 しかし多崎つくるだけは、つくる、と呼ばれるのです。 5人は名古屋で高校時代を過ごし、それはこの上もなく幸福な短い時期でした。 大学進学にあたって、多崎つくるだけが東京に出、ほかの4人は名古屋に留まります。 そして大...
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