社会・政治

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SNEP(スネップ)

最近、「SNEP」(スネップ)と呼ばれる新しい概念が話題になっているようです。 NEET(ニート)と似ていますが、NEET(ニート)より広い概念です。 ニートについて、厚生労働省は「15~34歳の非労働力(仕事をしていない、また失業者として求職活動をしていない者)のうち、主に通学でも、主に家事でもない独身者」と定義しています。 スネップは、「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚者。就業していない。家族以外の人と2日連続で接していない」と定義されているそうです。玄田有史東大教授らが、2012年半ば頃から提唱してきた造語で、「Solitary Non-Employed Persons」(孤立無業者)の頭文字をとったものだそうです。 ここでいう「2日連続で接していない」とは「普通に会話が出来る距離にあった」ことを指し、電話やメールほかインターネットでの交流などは含んでいません。孤立無業(SNEP)玄田 有史日本経済新聞出版社 これは要するに、かつて若者の問題であると考えられていたニートや引きこもりが、そのまま年を取ってしまったために考え出さざるを得なかった言葉と言うべきで、ニートという言葉...
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屏風と食べ物屋

老舗の料亭の女将曰く、「屏風と食べ物屋は広げると倒れる」そうで。 近頃の一流ホテルや一流百貨店の食品偽装、目に余るものがあります。 もっとも、彼らは判で押したように「偽装ではなく、誤表示」と言い張っていますが。 しかし常識的に考えて、これだけ多くのレストランが誤表示を行っていたとすると、彼の業界にはおバカさんばかりが集まっているとしか思えません。 偽装と考えるのが当然でしょう。 一般に、一流ホテルや一流百貨店のレストランは値段が高く、それでも客が途切れないのは、一流と言われているからこそ間違いはないだろうという信用の上に成り立っているに違いありません。 その信用が、根底から覆ろうとしています。 和食とその文化が世界遺産に登録が決まったと喜んでいる場合ではありません。 消費者庁は、食品表示法でこれを規制する構えだとか。 民間企業が不祥事を起こすたび、なぜか行政の監督不行届きが問題視されます。 一体民間企業というもの、お上に規制されない限り悪事に及ぶとでも言うのでしょうか。 一時期、規制緩和ということが声高に叫ばれたことがあります。 一方で規制緩和を求めながら、他方でお上の監督が甘いと批判...
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危うし、大中華の夢

近頃、中国の情勢が奇妙ですねぇ。 先ごろ天安門広場に車が突っ込んで炎上したかと思えば、今度は山西省の共産党が入るビル付近で爆発事件。 さらに、各地の病院で患者やその家族による医師らへの暴行事件が相次いでおり、医師が死亡する例も散見されるとか。 一党独裁による人民の封じ込めはもはや限界に来ているように感じます。 もともと中国の民というのは、権力者に対して大人しい国民ではありません。 近現代史を見ても、義和団の乱、辛亥革命、共産革命、文化大革命、天安門事件と、わが国で言えば明治維新に匹敵するような争乱を何度も起こしています。 彼の大陸で何度も王朝が代わったのは、皇帝は天が任命するところであり、天がその任にあらずと考えれば別の王朝が天から任され、甚だしきに至っては元とか清とか、天が認めれば漢民族でなくても構わなかったわけです。 この思想を逆手にとって、古代日本において中国大陸の皇帝と同等かそれ以上という意味をこめて、天皇という称号が考案されたといわれています。 それまでは、すめろぎとかすめらみこと、あるいは大君と呼んでいたようです 万世一系に価値を置くわが皇室と、彼の地の皇帝とでは大違いです...
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人権

国連の人権理事会の理事国に中国が立候補しているそうですね。 何のブラック・ジョークでしょうか? 中国と言えば新疆ウイグル自治区やチベットへの人権弾圧のみならず、広く中国共産党にまつろわぬ人々への弾圧で知られた人権抑圧国家。 米国なども、中国の人権弾圧にはかねてより抗議を続けています。 そんな国が人権理事会の理事国に立候補するとは、天に唾する馬鹿げた行為のように思います。 人権の考え方が国によって異なるのは分かりますが、世界のスタンダードになってしまった自由民主主義国の人権意識とはかけ離れています。 盲目の中国人人権活動家、楊建利氏は、「過去数年の間、中国では何千件もの人権弾圧があった」と憤っています。 大国面するのは結構ですが、およそ国の在り方と異なる人権理事会に入りたいなんて、厚顔無恥としか言いようがありません。 本当に人権を擁護する意思があるなら、まずは行動でそれを表す必要があるでしょうねぇ。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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文化の日?

文化の日の三連休中日が終わろうとしています。 文化の日が明治節(明治天皇誕生日)なのは、周知の事実。 にも関わらす、戦後の国会は、文化の日を制定するにあたり、明治節とは何の関係も無いと言い張ったと聞き及びます。 なんと愚かな。 では11月3日なる日を、なぜ国民の祝日に選んだというのでしょうか。 合理的に説明しようとすれば、明治節に帰す他ありますまい。 明治節という大事な日を、敗戦国である日本が残そうとと決意した場合、文化の日なる空虚な名前を考えだしたことは致し方ないと思います。 白人帝国主主義国家が幅を利かせていた当時、わが国が世界の主要プレーヤーとして躍り出て、ついには第二次世界大戦で派手に戦って連合国の心胆を寒からしめ、一歩及ばず手痛い敗北を喫するまで、唯一の有色人種の帝国主義国家として、ずいぶん努力したであろうと想像します。 そのきっかけを作ったのが明治のご維新。 よくぞ白人どもの植民地に堕することなく、独立を保ち、なお、世界を相手に戦えるまでに進化したものだと、今さらながら驚嘆せざるを得ません。 その記念すべき明治陛下の誕生日を堂々と祝うことすらままならず、文化の日なる空虚な言...
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