生老病死

思想・学問闘病


 仕事で不安なことがあって、憂鬱な週末となってしまいました。
 もう56歳。
 8月で57歳になります。
 若い頃は50も超えれば頓悟して仕事のことなんか平気になると思っていました。
 でもそれは違っていたようです。
 おそらくは退職するまで苦しむのでしょう。
 そして退職したらまた別の苦しみが待っているのかもしれません。

 昨日、今日と、最近あまり飲んでいなかった抗不安薬を飲んでしのぎました。

 お釈迦様はこの世を苦ととらえました。
 生老病死。
 生きる苦しみ、老いる苦しみ、病の苦しみ、死の苦しみ。
 人はそれらに逆らわず、絶えず流れる心に思いを寄せ、無駄な交わりを絶って己と仏法を頼りに生きろと教えました。
 言うは安く行うは難し。
 そううまくはいきません。

 今私が苦しんでいる最たるものは、手術後の左目の不調。
 本調子になるには2カ月くらいかかると言われました。
 しかも見えるようになるのではなく、これ以上の視野の欠損を防ぐための手術です。
 病の苦しみ、でしょうか。
 他に自覚症状はありませんが、糖尿、高コレステロール、高血圧が内科医から指摘されています。
 あれは食うなこれは食うなと言われて、もう食える物がありません。
 酒もしばらく吞んでいません。
 酒は私の生き甲斐の一つだったのに。

 病の苦しみと老いる苦しみは同義と言ってもよいかもしれません。

 緑内障は中途失明の原因の一位を占めているそうです。
 目が見えなくなるのは怖ろしい。
 今は左目だけで、右目は見えていますが、緑内障は時間をおいて両目に発症することが多いと言いますから、怖くて仕方ありません。

 苦しい苦しいと言っているうちに蓮の花に乘ったお釈迦様だかご先祖様だかが迎えに来て、肉体は骨となって冷たい石の下。

 そうなることは必然とは言うものの、生きている以上、簡単に悟れるものではありません。
 今さら発心して仏道修行に励もうなんて思いませんし。

 今日と明日のことだけ考える、明後日のことは考えない、という日常が訪れることを望んでいます。