精神障害

スポンサーリンク
精神障害

服薬

先日、精神障害者の自助グループで、薬のことが話題になりました。 ある統合失調症の患者が、自分はもう良くなったから、薬は飲みたくない、でも医者は飲めと言う、と言って憤慨していました。 精神障害にはどうしても偏見があって、気の持ちようだとか、気合が足りない、などと言われることがあります。 しかし、精神疾患は、脳の機能障害であって、体の病気と捉えたほうが正確です。その脳を正常に働かせる助けになるのが精神病薬ですから、これを自己判断で止めることは自ら再発を促進させているようなものです。 その統合失調症患者にその旨話したのですが、飲みたくない、の一点張りで、納得してもらえませんでした。 しかし、その患者は、過去に措置入院の経験もあるので、折角良くなってきたのに、いやだから治療を止めるというのは、なんとももったいないし、心配です。 私の主治医に言わせると、現在の精神病薬は、副作用が少なく、「酒を飲むより害がない」と言っていました。 呑んべいの私には、耳が痛い話です。 薬を飲むなど簡単なことなのですから、じゃんじゃん飲めばいいのです。 それで安定した状態を得られるのなら、こんな幸せなことはありません...
精神障害

脳の血流

昨日、テレビでうつ病・躁うつ病患者を脳の血流で診断する新しい測定方法が紹介されていました。 今までは問診だけで診断していましたので、極端な話、ずる休みや、傷病手当金目当てに芝居をする輩もいるやに聞いていました。 これが普及すれば、そういうこともなくなるでしょう。 「たの付く言葉を言ってください」と医師が質問します。 患者が「たんぼ・たばこ・たこ・・・」などと答えます。 すると、健常者では、脳の血流が一気に上がり、ゆるやかに下がるそうです。 うつ病患者では、ほとんど血流は上がりません。 躁うつ病患者の場合はゆるやかに、しかし高く上がり、またゆるやかに下がるそうです。 面白いことに、躁エピソードがなく、これまでうつ病と診断されていた患者のなかにも、かなり躁うつ病と診断が変わるケースがあるそうです。うつ病の薬を二十年も飲み続けて一向に回復しなかったのに、躁うつ病の薬を飲み始めたら劇的に回復する例もあるとか。 まだ保険がきかないそうですが、保険適用になったら、是非受けてみたいと思います。
精神障害

早朝散歩

最近腹がでてきたので、減量を思い立ちました。 かといって、ボクサーのような激しい減量は不可能ですし、食事はきちんと摂りたいと思っています。 そこで、朝飯前に30分から1時間程度散歩することにしました。 前にテレビ番組で、朝食前に歩くと、糖ではなく、脂肪が燃焼する、と聞いたからです。今日は初日なのでとりあえず20分。 朝の空気に触れながら歩くのは、気分の良いものですね。 朝飯がおいしく感じられました。
精神障害

破壊行動

昨夜、怖ろしい夢を見ました。 私が激しい躁状態に陥って、自宅といわず、職場といわず、あらゆるものを金属バットで破壊するのです。 もちろん、見知らぬ他人も襲います。 私は殺人者になってしまうのでした。 しかも、私はそのとき、非常に愉快なのです。 汗をびっしょりかいて、目覚めました。 よほど躁状態を恐れているのだなと思いました。
精神障害

月曜日

ゴールデンウィークから二日出勤してまた土日と、ここのところ休みが続きました。 そのせいで、今日、月曜日はひどく憂鬱になるかと思っていましたが、そうでもありません。むしろ、久しぶりに落ち着いて仕事が進んでいるように感じます。 今は、仕事のストレスも、人間関係のストレスもありません。 私は、障害者自立支援法の「重度かつ継続」に該当して、精神科の自己負担が1割に軽減されています。今の私の状況を考えると、申し訳ないような気がします。経済的に苦しいわけもないのに、なんだか世間を騙しているような。 精神科医の善意に勧められて、障害者自立支援法の申請を行いました。医師の診断書によって役所が認めたのですから、堂々としていればいいのですが、なんとなく罪悪感があります。 せめて障害者手帳を申請しないことが、今の私の精一杯です。
精神障害

右折信号

今日の良いこと。 それを探せと、精神科医は言います。 毎日、寝る前に、今日の良いことを思え、と。 それは、花がきれいに咲いたでも、飯がうまかったでも、面白い小説を読んだでも。 今日うれしかったのは、右折が難しい交差点に、右折信号ができたことです。私は車で通勤していますので、運転には神経を使います。もっとも嫌だった交差点に、右折信号ができました。うれしい。 小さな幸せを大事にすること。 大したことがないのは嫌なこと、うれしいことは大したこと。 そうやって生きていけば、世の中は生きやすくなるでしょう。
精神障害

減薬

昨夜、職場の歓迎会が行われました。職員の三分の一ちかくが、変わりました。 私はその飲み会で、自分より躁っぽく見えるような馬鹿騒ぎをしている人や、逆に新しい仕事がストレスなのか、ひどく落ち込んでいる人を見ました。躁うつ病の厳格な定義というのは素人には分かりません。躁エピソードが起こったため、私の診断はうつ病から躁うつ病に変わりました。現在、気分安定剤としてデパケンR、抗うつ薬としてジェイゾロフトとドグマチ―ル、頓服が、あまり飲みませんが、抗不安薬としてワイパックス、睡眠薬としてサイレースが処方されています。 しかし、実感としては、現在の私は発病前と変わらないと思っています。だからといって勝手に薬を減らしたり、止めたりすることがどれだけ危険か、精神病患者の自助グループに出ていて、よくわかります。 職場に提出する身上調書の健康状況欄に、健康と記すべきか、不健康と記載すべきか、迷います。よく、躁うつ病に完治はないと聞きますが、自分は本当に精神疾患を抱えているのだろうか、と最近よく思います。フルタイムで働いていますし、生活上、困難を感じることもありません。 医師に減薬の相談をすると、まだ早い、と...
精神障害

春愁

春愁にやられています。 なぜ希望の季節であるはずの春が、憂鬱を引き起こすのでしょうか。 私は長く、会計の仕事をしていました。会計屋にとって、三月四月は地獄とも、お祭りとも言われます。決算処理に向けて、深夜に及ぶ残業や休日出勤が続きます。そんな時期、桜は美しく咲き、呆気なく散るのです。 私は、国立大学や国立研究所などを転々としてきました。それらの職場には、必ず、桜があるのです。国立大学では、伝票と格闘しているときに、学生たちの花見の馬鹿騒ぎが聞こえてきます。そのせいで、桜を観ると憂鬱になる癖がついてしまいました。 今、図書館に在って、年度末も平和でのんびりした時間を過ごしています。 それでも、なぜか春の気配が、私に愁いをもたらすのです。 昨日の診察で、抗うつ薬のジェイゾロフトが50mgから75mgに増えました。 面倒な私のたましいが、春に泣いています。
精神障害

精神障害者の自助グループで、ある患者が、「職業は病人。プールでは泳げるけど海では泳げない」と言っていました。 私は今、毎日、海で泳いでいます。それは荒海ではなく、凪いだ海です。しかし、海は海。波が立たないことはありません。塩が肌を刺さないこともありません。静かなプールで泳ぎたい、という思いは絶えずあります。 それでも私は、海で泳ぎ続けなければなりません。 それを止めたら、私は塩素の悪臭紛々たるプールに飛び込まなければならないからです。
精神障害

悲しみから

少しづつ遠ざかっています。 数え切れぬ夜と昼を越えて、来し方を何度も振り返って、私の精神は安定に向かっているようです。 薬だけのせいではありますまい。 働いていること、職場や身近な人が理解あること。 そのことが、私の心を、少しづつ解きほぐしているのだと思います。 今、私は読書や執筆を怠っています。 しかしそれを、精神の怠惰だと言って自分を責めることは止めました。 精神の怠惰も結構。 安定こそ、私が求めるべきものです。
精神障害

なぞの・・・

復職してちょうど五ヶ月が過ぎました。仕事も私生活も順調なはずなのに、この二、三日、なぞのうつ状態に見舞われています。しばらく飲んでいなかった頓服の抗不安薬でなんとかしのいでいます。 原因がよくわからないだけに、心配です。
精神障害

お休み

今日からフルタイム出勤の予定だったのですが、腰の痛みとだるさのため、お休みしました。 このところ、軽うつが続いているように感じます。 仕事をしているか、酒を飲んでいるか、横になっているか、いずれかです。 今日もほぼ一日、横になっていました。 脳が働かないというか、何事にも興味がわかず、意欲もありません。 せっかく復職して一ヶ月もったのですから、明日は必ず、出勤して、定時まで働きたいと思っています。 明後日は自宅近くの関連機関に所用で行く予定で、直行直帰できます。 事実上、明日と金曜日さえがんばれば、今週は終わります。 ここが踏ん張りどころと思います。
精神障害

酔生夢死

私の日常をふりかえってみると、単純な仕事に日を暮らし、安焼酎で夜を過ごす、まさに酔生夢死としか言いようのないものです。 そもそも凡夫の暮らしとはそうしたものかもしれません。 しかし、なんとなく物足りなさを感じます。 何事かをなしてこその人生ではないか、と思います。 ただ、双極性障害を抱えていますので、何事かをなそうとすると、私の精神は激しく反応し、躁転してしまう可能性を秘めています。 せめて古人の智恵に学ぼうと、古典文学や仏書漢籍などに親しんでいます。 禅の見性成仏といい、浄土の念仏三昧といい、仏教は仏書に親しむだけでは駄目で、行を日常のものにしなければならないと説いています。 けれど私は仕事と精神病でひどく疲れてしまい、行など到底不可能なのです。 凡夫の悲哀を感じる日々です。
精神障害

診察

一週間の疲れか、朝からひどくだるく、ごろごろしていました。  夕方、診察がありました。 朝体がひどくだるく、食欲がない、という話をしたら、抗うつ薬として、レスリン25mが追加されました。以前、うつがひどい時は、レスリン75mとジェイゾロフトとドグマチールを飲んでいました。 最近は躁転を恐れて、抗うつ薬はドグマチールだけにしていたのですが、また抗うつ薬が増えてしまいました。 これで少し上がってくれれば、ありがたいと思います。 先日、北杜夫がテレビに出ていました。北杜夫は躁鬱病を抱えながら、長い作家生活をおくってきたそうです。途中、躁のときに株に手を出して破産したとか。それでも、老境にいたるまで人生を真摯に生きたことに、驚嘆を禁じえませんでした。
精神障害

不調

朝、体調がすぐれません。 職場に行くのが億劫で、憂鬱です。 毎朝、今日は休もうと思いながらギリギリまでベッドから離れられず、それでも、長期の休職を恐れてなんとか出勤しています。 職場に着いてしまえば、憂鬱な気持ちも多少はやわらぎますが、それでも、調子が良いとは言えません。 今日は、私が事務を担当していた重要な会議の日でした。 今は、いそいそと会議に向かう人をただ見るだけ。 事務は、かつての私の直属の上司が代行しています。 私は書庫にこもって、本の整理をするしかありません。 元直属の上司には重い負担をかけています。 自分が情けないような。 しかし、それでも私は、今与えられた仕事を淡々とこなして、その日ぐらしを続けるほかないのです。 その日のことだけ考えて、明日のことは考えない。 その日、無事に仕事ができればいい。 私は毎日、念仏のように、「その日ぐらし、その日ぐらし」と、となえています。 ただ一杯の晩酌だけが楽しみです。
スポンサーリンク