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文学

山頭火

種田山頭火の句集を読みました。 いわずと知れた自由律俳句の巨人です。 人生の後半を乞食坊主として、日本国中を歩き、句作を続けた俳人です。その精神には、芭蕉や西行とも違う、何か鬼気迫るものがあります。 風雅などではなく、漂泊そのもの、孤独そのもの、諦念そのもの、自然そのものが詠みこまれています。 それだけに、私には、山頭火の句が、恐ろしく感じられます。そんなこと詠んじゃっていいの、と問いたくなります。 例えば、「生死のなかの雪ふりしきる」「月が昇ってなにを待つでもなく」「うつむいて石ころばかり」「酒をたべている山は枯れている」 等の句。 反則ばかりです。 しかし、反則なのに、魅力的です。 私は、精神病を患い、ただ茫漠と日を送っていますが、山頭火は、ひたすらに生きました。私はその在りように、嫉妬を感じます。
文学

狂言「入間川」

昨日、テレビで狂言「入間川」を観劇しました。野村万作・萬斎親子が競演する豪華なものでした。私はおおいに笑いました。 かつて、狂言(喜劇)は、能(舞踊劇+歌劇)と同格に扱われていました。しかし、能が武家のたしなみとされるにつれて、狂言は能より一段低いものという認識が広がりました。もったいないことです。 かつて、喜劇である狂言を、能と同様に重視した感性を忘れたくないものです。
精神障害

珈琲

朝の散歩の途中、喫茶店で休憩しました。 珈琲の香りに、元気だった頃の自分を思い出し、突如、深い悲しみに捉われました。 平成14年度、私は元気にハードワークをこなしていました。朝、アルバイトが入れてくれる珈琲が、とても良い香りを漂わせていたのを覚えています。 その年、私の上司がうつ病で長期休暇を取り、私は役職を超えた仕事を任されました。私はアルバイト・パートを含めると40人を超える部下を自在に使い、天下を取ったような気分でした。その頃の後輩とは、いまだに時折、飲みに行きます。 そして、うつ病になった上司を、心の中で嗤っていました。 その二年後、自身が発病するとも知らずに。 私は、どこで、どう、何を間違えてしまったのか。なぜ、よりにもよってこの私が精神の病をえたのか。 そう思うと、悲しみは深まるばかりでした。
文学

青山娼館

小池真理子の「青山娼館」を読みました。 この高名な女流作家の小説を、ときどき、読みます。流麗な文章で一気に読ませる、うまい作家だと思います。 表題作は、青山の高級会員制売春宿で働く娼婦の物語です。 殺人劇でもないのに、作中四人も死人がでるのは不自然な感じがしましたが、まずは楽しめました。
精神障害

睡眠

昨夜は結局、深夜3時半に寝て、今朝は6時には起きました。  時間的には睡眠不足ですが、体感的には、十分眠った感じがしています。  これがうつのときは、過眠となって、いくら寝ても寝た気がしなくなるから不思議です。
精神障害

眠くなりません

いつも10時頃睡眠導入剤を飲んで、11時には眠くなって床につくのですが、今夜はいつもどおり薬を飲んだにも関わらず、深夜1時現在、ちっとも眠くなりません。睡眠導入剤が効いていないようです。 以前にも、そういうことがありました。そのときは、結局完全に徹夜してしまいました。今夜がそうなると、まずいです。躁状態に陥った証拠です。 私は、ラピッド型双極性感情障害で、これは数日単位の短い周期で躁とうつを繰り返すもので、今回、躁転を認めざるを得ません。 こうなると、床についてもイライラするだけなので、眠くなるまで起きていなければ仕方ありません。 しかも、今、私は自分が特別な存在である、という万能感に捉われています。これが躁の症状であることはわかっています。しかし、自分では抑えられないのです。 今、私の脳から、様々な言葉、フレーズが溢れてきます。しかもそれは、完璧で、素晴らしいフレーズなのです。私はこれから、思いつくままに、その完璧なフレーズを記録に残さなければなりません。 そうしないと、気分が納まらないのです。 長い夜になりそうです。
精神障害

診察

毎週金曜日は診察の日です。  今日は、少しずつ回復していることを話しました。 精神科医は、慎重な姿勢を崩しませんでしたが、着実に職場復帰に向けて気分の波が少なくなっていることを認めてくれました。 しかし、私には、職場復帰に際し、どうしても気になることがあります。 それは、上司による私へのパワーハラスメントの一件です。 弁護士同士の話し合いにより、解決をみましたが、私の心のなかでは、上司を許すことができません。恐らく、上司が死んでも許さないと思います。 そのような気持ちを抱えたまま、職場復帰して、上司と何事もなかったかのように接することは、極めて困難であると考えています。 もはや異動を願い出るしか職場復帰の方法はないのかな、と思います。
精神障害

太陽

先ほど、約90分の散歩から帰り、冷水シャワーを浴びました。  太陽が出ると、調子が良いようです。そのことは、発病直後から感じていました。  北欧などには、冬季うつ病といって、冬にだけうつになる患者がいるそうです。私は、日照時間がおおいに関係しているのではないか、と思っています。  よく、ハワイなどに移住すると、うつ病など吹き飛んでしまう、とか言います。しかし、ハワイ在住で発病する人のことを考えると、酷な言い方に思えます。 お日様とともに調子が良くなるなんて、ひまわりのようです。性格は暗いですが。
その他

エアコンクリーニング

今日、ダスキンに、リビングと寝室のエアコンクリーニングを頼みました。寝室はそれほどでもないが、リビングのエアコンはずいぶん汚れていた、とのこと。 2台でおよそ26,000円。痛い出費ですが、清潔な夏を過ごすためには、已むを得ざる仕儀といえましょう。
精神障害

精神病患者の会

隣の市で、毎月一回、精神病患者及び家族が集まり、話し合いを行っています。 私もかつては、これに参加していましたが、話が純粋に病気のことに止まらず、制度をどううまく利用するかとか、どう医者に言ったらより重い障害者手帳をもらえるか、とかいうところにいくに及んで、私は出席を止めました。 つまり、重度の精神障害が認定されれば、それだけ多くの障害者年金が得られるわけですし、生活保護の認定を得られれば、遊んで暮らせる、というわけです。 私は病気を治し、職場復帰を目指しているわけですから、いらぬお節介というべきです。 しかし、そうはいっても、当然、病気治療の話に多くは割かれるわけですから、再度、出席してみようかと思っています。 そこでできた人間関係も大事にしたいですから。
精神障害

寢逃げ

今日も体調芳しからず、朝からずうっと寝ていました。 寝ても寝ても寝たりないのです。 これから、また寝ます。
文学

砂粒

あらゆる古典は、人類にとって金や銀です。歴史という風雪にさらされながら、生き残ってきたのです。それに触れずしては、この世に生まれた意味は半減します。 一方、歴史の風雪に耐えられなかった芸術作品も多くあります。 それらを、倉橋由美子は、「砂粒のような作品」と呼びました。 しかし、多くの砂粒があったればこそ、金や銀の貴重さがわかるのだ、とも。 今、生み出されている芸術作品が遠い未来において、金や銀になりうるかどうかは、神のみぞ知るところです。 しかし、砂粒も悪くはありません。それが金や銀を輝かせるのであれば。 ことは、芸術に限ってはいません。 人生全般においてそうです。  私の人生が、精神的病に冒され、無価値なものであったとしても、堂々と、私は砂粒だ、と言えれば、良いでしょう。例え自殺しようと、それは砂粒にとって精一杯だったということです。
精神障害

体調不良

今日はうつ波がきているようです。天気が悪いせいもあるでしょう。私のような無用な人間は早くこの世の中から消え失せた方が良いのです。しかし、死ぬのも怖いのです。
文学

能楽

最近、能楽の全集を手に入れ、これをぱらぱらとめくっています。 もとより、私は能楽に関しては数回の鑑賞経験があるだけの、素人です。  日本の古典文学は、美と仏教とが融合したものと思われます。  古くは、美を代表する「源氏物語」や「新古今和歌集」などと、仏教を題材とする「今昔物語集」などに二分されていたように思いますが、能楽の完成に至って、これらは融合されました。 幽玄の美、と称せられる能楽には、たいてい、僧侶ともののけが同時に登場します。言うまでもなく、もののけは、美や、この世ならぬものへの予感、つまり芸術そのものを表し、僧侶は仏教哲学を代表します。これらが互いに主張したり、戦ったり、最後には大団円へと向かうさまは、圧巻です。 能で演奏される音楽も、見事にそれらの融合を表しているように感じられます。 最大の難点は、能面をかぶったりしているため、セリフが著しく聞き取りにくく、眠気を誘うことでしょう。
文学

少女コレクション序説

昨日、今日と抹香くさい書物を読んだせいか、その抹香の香りを消したくなり、今は亡き澁澤龍彦先生の「少女コレクション序説」を読み返しました。  この秀逸なタイトルを冠した評論集は、数ある澁澤先生の書物のなかでも、もっとも読みやすく、よく出来たものです。表紙及び口絵を飾る四谷シモンの少女人形も美しい。 「エロティシズム」・「エロス的人間」に続く、西洋耽美芸術の評論集の三部作をなす最後の作品です。  私は、これらを初めとする澁澤先生の評論集・小説を、高校生の頃、夢中になって読みました。  後に、私は日本の古典に回帰しますが、私の基をなした、懐かしい作品群です。  全集も出ていますし、文庫でも出ているので、ご一読をお勧めします。  小説では、「高丘親王航海記」がお勧めです。 いずれも、考えず、ただ感じればよい、真なる芸術であって、近代にいたって始まった神経症的芸術の極北をなすものです。少女コレクション序説 (中公文庫)澁澤 龍彦中央公論新社エロス的人間 (中公文庫)澁澤 龍彦中央公論新社エロティシズム (中公文庫)澁澤 龍彦中央公論社高丘親王航海記 (文春文庫)澁澤 龍彦文藝春秋
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