2014-03

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社会・政治

三つ子の魂

柏の通り魔事件の容疑者、かつてインターネットに、酒鬼薔薇聖斗を尊敬している、と書き込んでいたそうですね。 これはシリアル・キラーに憧れる性向を持つ者に共通の感情のようです。 わずか14歳であれだけのことをしたのだから当然かもしれませんが、世間が憎む犯罪者を尊敬する者が一定数存在するということは、教育などの問題ではなく、人間という種に必ず発生するバグのようなものなのかもしれません。 おそらく、酒鬼薔薇聖斗を名乗っていた少年は、わが国では14歳ならばどんな凶悪犯罪を犯しても死刑になることも長期の懲役を喰らうこともなく、数年間の更生プログラムを受ければ娑婆に出られることを計算して行ったのではないかと推測します。 今、名前を変えてどこぞで生きているそうですが、おそらく警察は、威信をかけて再犯防止のため、彼を監視しているものと思われます。 性犯罪や快楽殺人はどうしても再犯率が高いですから。 しかし私は、警察の監視の目を盗んで、再び似たような犯罪を犯すであろうと危惧しています。 三つ子の魂百までと言うとおり、人間の趣味嗜好はそう簡単に変わるものではありませんから。 金目当てと言っていたこのたびの柏...
映画

ディバインの命日

ディバインという役者、忘れ去られた感がありますが、今日は彼の命日。 1988年、42歳の若さで亡くなりました。 巨デブで女装して登場した「ピンク・フラミンゴ」は、お下品ナンバー1とされる稀有な作品です。ピンク・フラミンゴ ノーカット特別版 ディバイン,ミンクストール,デビッド・ローチャリーvideo maker(VC/DAS)(D) 私はヴィデオで観て、呆れ果てたことを思い出します。  犬の糞を食ったりするのですよ。 今なお最強にして最悪のカルト・ムービーとして、熱烈なファンを持つ名作(迷作?)です。 しかし、彼の人生を思う時、涙なしにはその最強作品を観ることはできません。 子どもの頃から肥満となよなよした態度からいじめられ、そのコンプレックスをバネに常人にはできない演技をし、歌手としても活躍し、肥満ゆえに睡眠時無呼吸症候群に罹患し、突然死したのです。 真面目な風刺映画、「ヘアスプレー」も人気を博しました。ヘアスプレー ジョン・ウォーターズ紀伊國屋書店 何も奇妙な役だけを演じる変な役者と言うわけでは無かったようです。 肥満にせよ低身長にせよ、あるいは身体・知的・精神の障害にしても、人は...
社会・政治

通り魔?

千葉県柏市で1人を刺殺し、他にも数名の者を襲った若い男が逮捕されましたね。 通り魔事件と呼んでいますが、普通に考える通り魔とはちょっと違うような気がします。 金目当てと言ってみたり、逮捕前、目撃者を装ってテレビの取材に応じたり、なんか奇妙です。 私は今も、快楽殺人もしくは社会に不満を持つ者がよく起こす大量殺人の線を疑っています。 私はしょっちゅう残忍なホラー映画を好んで観ていますが、じつは現実の血や暴力は苦手です。 観念の世界の嘘の暴力や残酷な物語を好む者です。 物語にはなにがしかの真実が含まれていると感じるからです。 しかし現実の凶悪犯罪では、それを読み解くことは、新聞やテレビでの報道に接しただけでは困難で、ただ、残虐さばかりが目に付いてしまいます。 嘘にだけ真実が認められるとは、なんとも皮肉な現象ですねぇ。にほんブログ村 社会・経済 ブログランキングへ
社会・政治

啓蟄を侵略で

今日は啓蟄だそうですね。 なるほど、陽射しはたいへん強いようです。 しかし冷たい北風が強く吹いて気温も上がらず、まだ虫たちは顔を出せないでいるようです。 啓蟄や 日はふりそそぐ 矢のごとく  という高浜虚子の句は、啓蟄を詠んで見事ですね。虚子五句集 (上) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店虚子五句集 (下) (岩波文庫)高浜 虚子岩波書店 少しずつ春が近付くわが国では、うるさい隣国との間で険悪なムードが漂っていますが、実際に軍事行動に出ることなど想像もできません。 しかし、ロシア軍はクリミア半島を事実上占領してしまいました。 クリミアのロシア系住民保護なんて言っていますが、それは100年前の理屈。 100年前は、帝国主義列強と言われた国々は、自国民保護の名の下に侵略を繰り広げ、より多く侵略した国が世界を支配し、尊敬を集めていましたね。 わが国は遅れて帝国主義列強としてデヴューしたため、先輩方にずいぶんいじめられました。 現在のロシアを見ていると、この100年の間に築きあげた国際秩序とは、いかにももろいものなのだと実感させられます。 欧米諸国はロシアを非難し、制裁を、と喚いていますが、軍事...
その他

涙雨

今日は一日、冷たい雨が降っていました。 昨日まではきれいな晴れ。 予報では明日からも晴れて冷えるようです。 時あたかも亡父の3回忌。 あの世から、亡父が涙雨を降らせたかのごとくです。 江戸川区の実家の寺院本堂で法要を営みました。 導師1人に加えて6人の坊主が法要を行いましたが、40人もの参列した坊主も合わせてお経を唱えるため、うるさいくらいの法要と相成りました。 法要の後はバス3台を仕立てて都内某ホテルに場所を移し、追悼の宴。 偉そうな坊主が何人か挨拶し、やっと酒にありつけました。 ホテルの料理は大したものではなく、半分以上残してしまいました。 私が不満なのは、追悼の宴なのに、ほとんど亡父の思い出を語る人がいなかったこと。 私は一人、亡父との思い出をしゃべりまくってやりました。 15時前には宴が終わり、3回忌は無事に終わりました。 また一つ、亡父との別れの儀式が終わってしまいました。 なんとなく残念です。 週末は亡父追悼のため、亡父がこよなく愛した浅草を散策し、亡父行きつけの店をいくつか冷やかしてみようかと思っています。 あの雪の日、父が今生に別れを告げてから、もう丸2年も経つのですね...
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