文学

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神のふたつの貌

私は日蓮宗の寺院で生まれ育ちました。 それを知ると珍しがって生活の様子を聞かれることも珍しくありませんでした。 普段全く考えることがありませんが、日本にも少数ながら牧師の家で生まれ育った人もいるわけです。 お寺のように世襲が当たり前なのかどうか知りませんが、父親の跡を継ぐ者もいるのでしょう。 その場合、少なくとも表面的には、キリスト教の教えを信じているように振る舞わなければ、食いっぱぐれてしまいます しかし現代の日本に生まれ育った場合、神による天地創造だとか、最後の審判だとかいうSFちっくな概念を頭から信じることは難しいように思います。 わが国の空気を吸って普通に育てば、進化論が正しいと思うでしょうし、天国も地獄も存在しない、まして神様なんて存在しないと思うのが一般的でしょう。 そもそも私にはキリスト教徒の知り合いが一人もいません。 彼らがどんなふうに世界を見て、解釈しているのかなんて知る由もありません。 もしキリスト教が説くような絶対的な神様が存在するのだとしたら、ずいぶん意地悪なことをするものだと思います。 世に争いの種は尽きないし、凶悪犯罪も後を絶ちません。 飢えや貧困に苦しむ人...
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みじか夜

今日は少し涼しいようです。 これなら職場に冷房は入らないでしょう。 じつはこの2~3日、冷房が効いて難儀しています。 冷房が入っていると、くしゃみが止まらなくなり、たまらず常備している鼻炎カプセルを飲むのですが、今度は眠くてたまらなくなるのです。 冷房していないときは、長袖のシャツだけで勤務していますが、冷房が入るとジャケットを羽織らずにはいられません。 しかし世の中には暑がりの人も多く、冷房を入れても半袖で平気な人も少なくありません。 うまくいかないものですねぇ。 東日本大震災直後の夏は節電とかでほとんど冷房が入らず、しかもその時、私は今より体重が20キロ以上重かったので、ひどい暑がりでした。 あの夏は難儀しました。 すぐに冷房を入れてくれるようになると、今度は激ヤセして寒がりになっているとは皮肉なものです。 わが国の建築は、概ね夏を快適に過ごせるように作られていますね。 それだけ高温多湿のわが国の夏が過酷だということでしょうが、今はエアコンが普及して、建物に入れば寒いくらいです。 私も真夏、家ではずうっと冷房をかけています。 夜も一晩中。 思えば子供の頃は自室にエアコンがなくて、寝...
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自動記述

かつて一世を風靡した芸術運動に、シュールレアリスムがあります。 「シュールレアリスム宣言」を著し、この運動の法王とまで呼ばれたアンドレ・ブルトンは、自動記述による小説執筆に挑み、一部好事家からたいへんな評価を受けました。シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)Andre Breton,巖谷 國士岩波書店 自動記述とは、構想を練ったりすることなく、ただ、原稿用紙に向かい、思いのままに文章を書きつけるという手法で、私はこの技法に大いに疑問を持っています。 正直、自己満足のように思えます。 読者を楽しませるという意識が希薄なような。 自動記述とは意味が異なりますが、私はしばらく夢日記をつけていたことがあります。 枕元にノートとペンを置いておき、目覚めるや見た夢の内容をできるだけ詳細に書き付けるのです。 これはその後、私を恐怖に陥れることになります。 日に日に夢の記憶が鮮明になり、目覚めているのか夢の中にいるのか、判然としなくなる、という危険な状態に落ち込んだのです。 ために、夢日記は半年を経ずして中断することになります。 しかしその経験は、怖ろしいものであると同時に、どこか甘美な、麻薬の...
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天命

我、週末の終わりを惜しみて酒に逃れたり。酒、我をして一瞬の快楽に誘い入れ、心地よし。我、明日の激務を忘れたることしばし。能ふなら永遠に忘れたし。しかれども我、そが瞬時のまやかしなるを知りたり。知ってなほ、忘却を願ふは、我が魂の怠惰なりや。そも、魂の怠惰とは何ぞ。精神の運動とは何ぞ。我、幼き日より、一つ、求めたり。すなわち、美を求めむがための運動なり。我、この世に堕ちたる所以のものは、美を求めむがための運動おこしめむと欲するために他ならず。されど我、美を忘れて久しく、これぞ魂の怠惰なりや。今生の我、何をもってか生きむ。飯、食いたきがゆえか、酒飲みたきがゆえか、女抱きたきがゆえか、賭場荒らしたきがゆえか。さあらず。断じてさあらず。我、今生にて求めたるは、美なり。わけても言の葉の美なり。我、何をか忘れむ。我、初老の域に達し、我が天命を思い至るべし。我、何をもって今生をわたるべきか。思い至るべし、天命。
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メタからパラ、そして古典回帰か

筒井康隆の新作短編集「世界はゴ冗談」を読みました。 御年80歳の大先生、ほとんど言葉遊びのような作品から、かねてご執心のメタフィクションを取り上げたものまで、多彩なラインナップで楽しませてくれます。 これほどの大家になると、何を書いても許されるし、売れるのですねぇ。 うらやましいかぎりです。 メタフィクションは、フィクションのフィクションなどと呼ばれ、登場人物が自分が虚構の存在だと自覚しつつ読者をフィクションに取り込むような、実験的な小説群のことで、私はあまり得意ではありません。 どうしても物語の破綻が避けられないからです。メタフィクション―自意識のフィクションの理論と実際結城 英雄泰流社 21世紀に入ると、インターネットのゲームなど、物語の享受者に、物語への参加を促す、メタフィクションが極限にまで高められたパラフィクションという概念が登場します。あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生佐々木 敦慶應義塾大学出版会 しかしパラフィクションの登場により、読者を物語に参加させると、より一層作者の絶対性が高まるという矛盾が提起されるようになってしまいました。 科学の進化は不...
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月光

月光夜を照らす。 その光妖しかれども煌々たり。 我独り、マンションのベランダに出で、月光を浴びたり。 手には二合徳利と杯。 一口二口酒を含めば、月光いよいよ妖しく光りたり。 酒にか月光にか、我酔いたる心地して、陶然たり。 知らず、人の道。 なお知らず、生死の意味。 知りたくも無し、労働の甲斐。 ただ我、一瞬の愉楽に沈むばかりなり。 皐月半ばを過ぎ、田、青々と稲穂を揺らす。 さりながら宵には外気凛冽として、酒の温め有難し。 月あまりに巨大なれば、我、酒の酔いも手伝ひて、月光に飲み込まれたる心地す。さあれば、月に住まいするかぐや姫との逢瀬を楽しみたき欲わき出づる。 我、気づけばはるか天空を駆け、月にいたる。 かぐや姫が住まいする宮殿はいずこにや。 あな怖ろし。 月に流麗たる宮殿を見ず。 かぐや姫の花の顔(かんばせ)も見ず。 げに怖ろしき死の気配充満したるを感得し、我、恐怖に打ち震え、落涙滝の如し。 はしるはしる、我が狭小たるマンションのベランダを目指し、ひたすら天空より落下す。 気づけばベランダにて、二合徳利を抱えおる。 さらに一杯二杯の酒を含み、再び月眺むれば、相も変らぬ妖しき光を放ち、...
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言葉の乱れ、あるいは儚い恋

世の中には恋の歌が引きも切らず、少々食傷気味です。 それもあまりにストレートで稚拙な歌詞が目立ち、辟易します。 美しい日本語を紡ぎ出す能力の無い者が無理やり詞を書くからでしょうねぇ。 かつて、作詞家・作曲家・歌手はほぼ分業が確立されており、それがゆえ、高い作詞能力を持った人しか作詞しませんでした。 歌手も歌唱力が優れていたり、味わい深い声をもっていたりする人だけがプロとなったのでしょう。 それが1970年代あたりから、シンガーソングライターと呼ばれる、作詞作曲を一人でこなし、さらには自分で歌っちゃうという人が増え始め、それと比例して聞くに堪えない幼稚な詞が出回り始めたように思います。 これにより、日本語による美的な歌の崩壊を生じ、ついには俵万智とかいう、自由詩を無理やり定型の短歌に押し込めたような人がちやほやされるに及んで、日本語は壊滅的打撃を受けました。 嘆かわしいことですねぇ。 さらにはら抜き言葉が横行し、もはやら音をきちんと発音しただけでお年寄り扱いです。 時代の流行を嘆くのはいつの時代もお年寄りのくだらぬ愚痴とはいえ、私はせっかちなのか、早くも感覚が老齢に近づいたらしく、嘆かわ...
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ここだけが現実の世界じゃないのよ

ぐずついたお天気の土曜日。 大人しく読書などして過ごしました。 昨年、御大・筒井康隆が8年ぶりに出版したという短編集「繁栄の昭和」を楽しみました。 あなたのいるここだけが現実の世界じゃないのよ、というキャッチ・コピーも魅力的。繁栄の昭和筒井 康隆文藝春秋 怪人二十面相誕生の秘密を独自の解釈で繰り広げた「大盗庶幾」。 あっと驚く内容でした。 登場人物で探偵小説好きの法律事務所の事務員が、自分たちの存在は執筆中の探偵小説の登場人物であり、いつまでたっても年をとらず、町並みも古びないことをもって、執筆が中断されているに違いないと気付く幻想譚「繁栄の昭和」。 戦前だったり高度成長期だったり、昭和と言う時代を舞台にしたノスタルジックな作品群は、私を圧倒させました。 御大も80歳を超えて、かつての「虚人たち」や「虚構船団」のような、とてもついていけない実験的な作品に挑む力は失せ、筆力の衰えを隠そうともせず、ノスタルジックな作品を物すとは、なかなか良い年の取り方とお見受けします。虚人たち (中公文庫)筒井 康隆中央公論社虚航船団 (新潮文庫)筒井 康隆新潮社 もう一冊、最近出たばかりの最新の短編集も...
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永遠の0

久しぶりに長い小説を読みました。 「永遠の0」です。 永遠の0 (講談社文庫)百田 尚樹講談社 正直、私の言語感覚から言うと、美しい文章ではありませんでした。てにをはも変でしたし。 それでも、読ませる力技は見事なものでした。 これがエンターテイメントの力かと思いました。 お話は、特攻隊で亡くなった祖父の人となりを追って、孫の姉と弟が当時の知りあいを訪ね歩き、祖父の零戦乗りとしての生活を知って行くという単純なものです。 ある人は臆病者と罵り、ある人は海軍一の操縦士と誉めそやします。 いずれにしろ、祖父は当時としては珍しく、軍国主義の風潮に染まることなく、堂々と、家族のために生きて帰りたい、と口にするのです。 その一方、零戦は太平洋戦争当初、無敵の怪物でしたが、末期にいたって米国は零を凌駕する飛行機を作り、特攻を行う頃にはもはや老兵でした。 しかし祖父は、あまたの同僚や部下を戦闘で失ううちに心が変わったのでしょうか、家族のために生きて帰ると露骨には言わなくなります。 司令部において、特攻は多く、経験の浅い学生あがりが命じられてきましたが、ついに、日中戦争の頃から敵機と渡り合い、10年近くも...
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花橘に

今日から5月。 ひと昔前だったらメイ・デイの馬鹿騒ぎをしていたでしょうか。 しかし左がかった運動はめでたく衰亡し、今や瀕死の状態です。 もっとも、労働運動で血と汗を流してくれた先人たちの苦労のおかげで、7時間45分労働に有給休暇やら病気休暇やらを現在の私たちが享受出来ることを思えば、メイ・デイを馬鹿騒ぎの一言で済ませてしまうのは畏れ多いと言うべきかもしれませんね。 昭和27年のメイ・デイは死者が出るほど激しいものだったようです。 血のメーデー事件と呼ばれています。 それにしても、平和な法治国家となっていたはずのわが国で、たかがと言っては語弊がありますが、メイ・デイごときで命を落としたのでは、本人も遺族もやりきれないでしょうねぇ。 そういえば古今和歌集に、 誰かまた 花橘に思ひ出でむ 我も昔の 人となりなば  という和歌がありました。 まだ花橘には早いですが、かつて激しかった左がかった運動の犠牲者を思い、ふと、浮かびました。新版 古今和歌集 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)高田 祐彦角川学芸出版 花橘です。 花橘は昔のことを思い出したり、亡くなった人を思い出すきっかけとされた花。  自...
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初夏だ

初夏を思わせる昭和の日でした。 私は午前中、長い朝風呂に疲れて、ごろごろしていました。 お昼が近付き、少し元気になって、自室を整理していたら、もう7~8年前に書きかけて、そのままうっちゃっていた小説の原稿が出てきました。 原稿用紙250枚くらいで仕上げる予定だった作品で、40枚ほどで留まっています。 その小説のことは気にかかっていたのですが、精神障害に苦しめられたり、その後の復職に気を取られたりで、そのままになっていました。 で、読み返してみると、私が書いたとは信じがたいほど、面白いもので、早く続きを読みたいと思ったのですが、それには私が書かなければなりません。 それは大層おっくうなことで、弱りました。 で、私は夏が苦手。 夏の訪れを感じ始めた今、過酷な季節に七面倒な小説執筆など出来るかと、先延ばしにした次第です。 初夏だ初夏だ 郵便夫にビールのませた  北原白秋にしては珍しい、自由律俳句です。白秋 青春詩歌集 (講談社文芸文庫)三木 卓講談社 自由律俳句は明治の終わり頃から昭和初期に流行った独特の俳句で、五七五及び季語にとらわれず、人生を率直に詠うことを旨とします。 種田山頭火や尾崎...
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世をそむけり

すべてあらぬ世を念じ過ぐしつゝ、心をなやませることは、三十餘年なり。 その間をりをりのたがひめに、おのづから短き運をさとりぬ。 すなはち五十の春をむかへて、家をいで世をそむけり。 もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。 身に官祿あらず、何につけてか執をとゞめむ。 むなしく大原山の雲に臥して、また五かへりの春秋をなん経にける。 「方丈記」にみられる一節です。 現代語では、以下のようなところでしょうか。 生きにくい世の中、無事を祈りつつも、心を悩ませること三十年あまり。 その間、人生の節目節目に行き違いがあってうまくいかず、運が無いことを悟った。 そこで五十歳の春、家を出て世を捨てた。 もともと妻子もなければ、家を出ることを思いとどまるような親類も無い。 官位もなく、禄も無い。 世に執着する理由など無い。 何をするでもなく、大原山の雲の下で過ごし、五年の月日が経った。方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)簗瀬 一雄角川学芸出版 筆者の鴨長明は、もともと京都の賀茂御祖神社禰宜の次男に生まれ、跡を継ごうと様々に画策しますがうまくいかず、世をはかなんで世捨て人となり、京の田舎に庵を結...
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世界で最も影響力のある100人

米誌タイムが発表した「世界で最も影響力のある100人」の一人に、村上春樹が選出されたそうですね。 ここ何年もノーベル文学賞候補に名が上がり、諸外国でも多くの読者を抱える身であれば、当然とも言えるでしょう。 そこで、彼のデビュー作「風の歌を聴け」をぱらぱらと読み返してみました。 デビュー作というのは、その作家の持ち味がすべてつまっているものです。 村上春樹本人は、デビュー作とそれに続く「1973年のピンボール」・「羊をめぐる冒険」の、通称鼠3部作を、未熟だとしてお気に召さないようですが、私はこれら最初期の作品群にもっとも強く惹かれます。風の歌を聴け (講談社文庫)村上 春樹講談社1973年のピンボール (講談社文庫)村上 春樹講談社羊をめぐる冒険 文庫 上・下巻 完結セット (講談社文庫)クリエーター情報なしメーカー情報なし 「風の歌を聴け」は、都内の大学に通う「僕」が夏休みを利用して故郷の神戸に長期間帰省し、「鼠」というあだ名の友人と酒を飲んだり、奇妙な恋愛沙汰に巻き込まれたりという、広い意味での青春小説です。 ドライな文体にウェットな内容を含んだ、軽い感傷が心地よい作品でした。 ペー...
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むなしき空に

ようやっと、4月中旬らしい、暖かい日差しが感じられる僥倖に恵まれました。 このところすっきりしない天気が続いたため、ありがたく感じられます。 しかし、桜が散った後の春雨に抒情を感じさせる和歌もあります。 花は散り その色となく ながむれば むなしき空に 春雨ぞ降る 新古今和歌集にみられる式子内親王の和歌です。新古今和歌集〈上〉 (角川ソフィア文庫)久保田 淳角川学芸出版新古今和歌集〈下〉 (角川ソフィア文庫)久保田 淳角川学芸出版 桜が散ってしまった風景を眺めると、桜を求めるというわけではないけれど、春雨が降って、なんとなくむなしく感じられる、といったほどの意かと思われます。 なるほど、桜の狂的な咲き乱れぶり、散り乱れぶりを思えば、その狂気が終わってしまったのですから、後に訪れた静かな、暖かい雨には、何か気が抜けたような、一種のむなしさを感じるのも、むべなるかな、と思います。 一昨日までの雨続きは、そんな春の憂愁を感じさせつつも、初夏への期待を感じさせるものでしたね。 それを過ぎなければ、爽やかな初夏は訪れないのですから。 しかし、爽やかな初夏の後には、過酷な猛暑が待っています。 地域...
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ノーベル賞作家の死

ドイツのノーベル賞作家、ギュンター・グラス氏が亡くなった、との報に接しました。 享年87歳。 大往生と言っても良い年ですが、そういう感慨はわきません。  私にとっては、「ブリキの太鼓」の印象が鮮烈です。 自らの意志により、3歳で成長を止めた子供を主人公にした、奇怪かつ緻密な作品です。 かなりグロテスクな描写もあり、まさしく大人のための残極物語といったところでしょうか。ブリキの太鼓 1 (集英社文庫 ク 2-2)高本 研一集英社ブリキの太鼓 2 (集英社文庫 ク 2-3)高本 研一集英社ブリキの太鼓 3 (集英社文庫 ク 2-4)高本 研一集英社 たしか私が小学生の頃映画化され、カンヌでパルムドールを受賞したように記憶しています。ブリキの太鼓 HDニューマスター版 ダービッド・ベネント,シャルル・アズナヴール,アンゲラ・ヴィンクラー,ダーヴィッド・ベネント,ダニエル・オルブリフスキギャガ・コミュニケーションズ その年は「エレファント・マン」が話題で、小学生だった私には「ブリキの太鼓」は難解に過ぎ、「エレファント・マン」のほうが面白いのに、と思ったものです。エレファント・マン ジョン・ハー...
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