文学

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色彩

ようやっと、昼間は初夏を感じさせる陽気になりました。 季節の移ろいが今年はゆっくりに感じられましたが、それでも着実に季節は変わっていきます。 私は与謝野晶子の歌はあまりに情が強(こわ)すぎて好みませんが、初夏の訪れを祝って色彩感覚豊かな彼女の和歌を思い起こしました。 ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君もコクリコ われもコクリコ 明治末期、子供を日本に置き去りにして与謝野鉄幹を追って与謝野晶子はパリに渡ります。 コクリコとはひなげしの花。 コクリコの鮮やかな赤が、初夏の激しさと晶子の恋情の激しさを物語ります。 おのれとパートナーを真っ赤なコクリコに例えるあたり、怖ろしいですねぇ。 そんな女が追ってきたら、私であれば裸足で逃げ出すところです。 子をすてて 君にきたりし その日より 物狂ほしく なりにけるかな 物狂ほしくでもならなければ、そんな所業には及べますまい。 赤のイメージが強い与謝野晶子ですが、爽やかな青を歌っていて、意外です。         雲ぞ青き 來し夏姫が 朝の髪 うつくしいかな 水に流るる こちらの青は鮮烈というより清冽です。  同じ歌人のなかにも、様々な要素があって、...
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色恋

毎朝毎夕、片道30分の通勤の車で、聞くともなく地元FM局のラジオを聞いています。 いつも思うことですが、流行歌というのはどうしてこうも色恋沙汰を歌った破廉恥な歌ばかりなんでしょうねぇ。 でもまぁ、ことは流行歌に限ったことではなく、文学作品でもそうなんですけどね。 ある小説嫌いの男が、小説を嫌う理由として、小説には2種類しか無いからだと言っていたのが印象的です。 ある時男と女が出会い、恋におち、めでたく結婚しました、という話と、ある時男と女が出会い、恋に落ち、別れました、の2種類だそうです。  ずいぶん乱暴な分け方ですが、一面の真実は突いているような気がします。 しかし今は推理小説やらホラー小説やらSF小説やらコメディやら、様々なジャンルがあって、ことはそれほど簡単ではありません。 それにしても、色恋を描くのが文学作品の重要な役割であることは確かなようです。 何事もそうですが、人には得意不得意があります。 色恋にしてもそうです。 やすやすと惚れた異性とくっつくことができ、しかも別れるや途切れなく次の恋人ができる強者もいれば、生涯色恋とは縁なく過ごす人もいます。 勉強やスポーツと比べ、これ...
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ウェルテル効果

ゲーテの名作「若きウェルテルの悩み」が発表されるや、ウェルテルの真似をして多くの青少年が自殺したことから、著名人の自殺を模倣して後追い自殺をする者が急増することを、ウェルテル効果と呼ぶようになりました。 2年前の今日、貧乏アイドルを売りにしていた上原美優が首つり自殺を遂げました。 享年24歳。 若すぎる死としか言いようがありません。 この日から一週間、20代・30代の若者の首つり自殺が急増したことから、ウェルテル効果と見られています。 ウェルテル効果の特徴は、単に後追い自殺するにとどまらず、その自殺の方法まで模倣することにあるようです。 古くは人生を不可解として華厳の滝から投身自殺をした一高生の藤村操。 彼は明治36年に自殺しましたが、この後40人もの若者が華厳の滝から身投げして亡くなっています。 事態を重く見た警察が華厳の滝周辺をパトロールし、自殺志願の青年を150人ちかくも保護。 彼らが全員死んでいたら、じつに190人もの若い命が無駄になっていたことになります。 また、1986年には人気絶頂のアイドル、岡田有希子が18歳で四谷のサンミュージック社屋から飛び落り自殺。 多くのファンが...
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露か涙か

雨が降っています。 そのせいか、体がだるくて重い感じです。 早くも梅雨を思わせて、憂愁の感を深くします。 五月雨とは、旧暦5月の雨で、今で言う梅雨。 今日は新暦5月11日なれど、梅雨のようですね。 わずかな週末の訪れを心待ちにして平日を暮らす宮仕えの身であれば、貴重な土曜日にこれでは心浮き立つはずもありません。 しかし、実りの秋を迎えるためには必須の時季だと知れば、ここは諦めるよりほかなさそうです。 五月雨は 露か涙か不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで 狂乱の戦国時代を生きた足利幕府13代将軍、足利義輝の辞世です。 この人、わずか11歳で実権を失った足利将軍家を継ぎ、家臣であるべき戦国大名同士の争いに巻き込まれたり、調停役を買ってでたり、なんとか将軍家に威光を取り戻そうとしますが、戦に巻き込まれ、30歳で討ち死にしたと伝えられます。 従弟が14代を継ぎますが、わずか八か月で病死。 15代は大河ドラマなどでおなじみの、織田信長に担ぎ出され、最後は太閤のお伽衆となった足利義昭です。 驚くべきは足利家、姓を改めて江戸時代にも生き残り、実際の石高は1万石未満の小名だったにも関わらず、格式だけは...
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S

川端康成という作家はきわめて多作で、文学史に名を残した純文学作品のみならず、多くの娯楽作品を書いています。 その中で私が非常に興味深く読んだのは、昭和10年代初頭の女学校を舞台にした「乙女の港」という作品です。 これは当時女学生に非常に人気があった少女向け雑誌「少女の友」に連載されたもので、中原淳一の挿絵など、ややバタ臭い顔の女学生が描かれ、今見ても極めて美的な絵画群です。 こんな感じです。 当時、「少女の友」は投稿欄が充実しており、さらにはペンフレンド募集の欄があり、多くの少女たちが投稿したり、ペンフレンドを求めたりしていたようです。 今でいえば、フェイスブックやミクシィなどのSNSに当たるんでしょうか。 ただ、当時「少女の友」は退廃的とされ、これを愛読するのは良家の子女としては良からぬ仕業とされていたのも事実のようです。 しかし当然、その当時女学校に通える少女はごく一部のお金持ちに限られており、暇と金を持て余した良家の子女が退廃的な文化に憧れるのは当然というべきでしょう。 「乙女の港」に登場する少女たちも、みな夏は軽井沢の別荘に出かけるようなお嬢様たちです。 しかし、時代の空気には...
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アトランティス

昨日、わが国の海洋開発研究機構が深海6500という潜水艦で、ブラジルのリオデジャネイロ沖の深海から、陸地にしか発生しないはずの花崗岩を発見したと発表しました。 ブラジル政府は気が早いことに、アトランティス大陸に相当するような巨大な大陸もしくは島が1万数千年前に存在した証拠ではないかと、騒いでいます。  アトランティス大陸については、古代ローマ時代、プラトンが「ティマイオス」と「クリティアス」という著作で言及しています。プラトンのアトランティス (ボーダーランド文庫)小泉 源太郎角川春樹事務所 かつて南太平洋に巨大な大陸国家が存在し、世界を圧倒する軍事力と文明を誇ったが、1万年以上前に海底に沈んだんだとか。 嘘か真かは今後の調査にゆだねるとして、超古代文明の話は、宇宙の話と同様、人々を高揚させる力を持っているようです。 一方アトランティス大陸と並んで人々の空想を刺激したのが、ムー大陸ですね。 ムー大陸は、ジェイムズ・スチュワートという神秘思想にかぶれた英国人が言いだしたことで、南太平洋にかつて存在し、やはり1万数千年前に沈んだとされる大陸です。 巨石でできたモアイ像で有名なイースター島は...
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二重でエラがなくて頬骨もない

韓国の小学校低学年向けの写真に、幼児とその両親を映した幸せな家族の写真が掲載され、韓国マスコミで問題になっているそうです。 その理由は、その家族の顔がいずれも二重瞼でエラが張っておらず、頬骨も出ていないことから、日本人にしか見えない、というもの。 韓国マスコミは、朝鮮半島の人の特徴的な部分が無いことをもって日本人と決めつけ、問題視しているようです。 じつに馬鹿馬鹿しい。 これが問題となった写真です。↓ 小学生80数万人が使用しているとかで、韓国政府は今のところ回収する気は無いようですが、一部マスコミが回収のうえ、伝統的な韓国人の顔をした家族の写真に掲載すべきだと主張しているとか。 でも不思議ですねぇ。 以前このブログで紹介したミスコンテストの最終候補者たちは、みな二重瞼でエラが張っておらず、頬骨も出ていませんでしたが。 クローン人間かコピペのように同じ顔でした。 こんな感じです。 韓国の人々は伝統的な韓国人のお顔はお好みではないのかと思っていましたがねぇ。 整形で一重でも二重にし、エラも頬骨も削ってしまう、世界一の整形大国で、伝統的な顔をした家族を登場させろとは、片腹痛いというものです...
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菊投げ入れよ

あるほどの 菊なげ入れよ 棺の中 夏目漱石が同時代の夭逝の歌人、大塚楠緒子の死にあたって詠んだ句です。 この人、詩歌を詠んだり、小説を書いたり、翻訳をしたり、明治時代にマルチな才能を発揮した女性です。 同時代を生きた夏目漱石にしてみれば、手足をもがれるような思いをしたことでしょう。 菊で思い切り棺を飾りたいという思い、切ないですねぇ。 今を生きている人間にとって、死は未知であり、また逆に逝ってしまった人にとって死は当然の事態でありましょう。 私たち生きている者は死がいかなるものであるか知りたくてたまらず、しかし死者は沈黙を守る他ありません。 私たちは最も知りたいことを知ることができず、死者は教えたいことが教えられません。 この生者と死者のミスマッチ、埋められることは無いのでしょうね。 私たち生きている者は、日々の雑事に追われながら、時折、根源的な死の恐怖に襲われることを如何ともなしえません。 この不思議を腹に抱えながら、あらゆる人々が平気な顔をして日々を生きていることが、不思議でなりません。 そういう私も、日々、雑事を平気な顔でこなしているのですが。  しかしそういう生き方以外に、いか...
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八十八夜

今日は八十八夜ですね。 立春から八十八日目。 霜が降りる最後の頃とされています。 文部省唱歌、「茶摘み」には、 夏も近づ く八十八夜 野にも山にも若葉が茂る 「あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅(すげ)の笠」 とあり、まさに夏が近付いているのを実感できる頃であり、この時季に摘んだお茶は品質が高いんだそうですね。 ただ、二十四節季もそうですが、もともとは旧暦だったものを、そのまま新暦になっても使っているため、どうしても季節感がぴったりきません。 旧暦と新暦だとざっと一ヶ月半ずれますから、昔の5月2日は今で言う6月半ばということになり、それなら本当に夏も近付くという気分になろうというものです。 1月1日を新春と言いますが、これも旧暦であれば2月半ば。 陽射しが力強くなり、春を予感させます。 新暦の正月は真冬で、春を感じることはありません。 石原慎太郎が主張していますが、新暦に合うように二十四節季を変更すべきだろうと思います。 そうでないと、季節感を大切にするわが国民が、季節感に倒錯を感じ、ひいては季節の移ろいにものを思うという美風が損なわれるような気がしてなりません。こどもと...
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妖怪 寝肥

江戸時代の「絵本百物語」という図鑑に、妖怪 寝肥(ねぶとり)という化け物が出てきます。 寝てばかりいれば太るのは当然で、ろくに働かずに食っちゃ寝の生活を戒めるための妖怪だとも言われています。 これ、私には耳が痛いですねぇ。 今でこそ学生時代と同じくらいの体重に落ちましたが、うつ状態がひどい時は毎日23時間くらい寝ており、しかも食欲は落ちなかったことから、みるみる体重が増えて、1年で20キロ太りました。 血液検査の結果、コレステロール、中性脂肪、血圧、血糖、すべてが正常値を上回ってしまい、メタボリック症候群だと言われました。 もともと痩せ型だったのが急速に太ったため、腹が邪魔で、靴下を履いたり足のつめを切るのも難儀しました。 165センチの身長で、最大74キロまでいってしまいました。 まさに妖怪 寝肥(ねぶとり)です。 太っていた時期は三年くらいで、昨年3月に父が亡くなってから急速に体重が落ちました。 とにかく食欲が湧かないのですよねぇ。 最初のうちは精神的ショックで食欲が落ちたのだと思いますが、少ない食事を続けているうちにそれに慣れてしまい、胃が小さくなった上に、揚げ物などの脂っこいも...
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独り酒

昨夜はわずか3時間の残業で疲労困憊してしまい、帰るなり風呂にも入らず、晩飯も食わずに寝てしまいました。 おかげで今朝は5時にぱっちりと目を覚まし、絶好調でした。 ここ数日、忙しい日が続き、気が付いたら三日連続で晩酌をやりませんでした。 あんまり疲れると酒を飲む気が失せるのですよねぇ。 今日は日中、絶好調で仕事をこなし、はかどりました。 おかげで今日は定時で帰り、ひとっ風呂浴びて三日ぶりの晩酌を楽しんでいます。 飲まない夜には爽やかな喜びが、一杯やる夜には強烈なアルコールによる快感と背徳の喜びがあります。 どちらもそれぞれに気分が良いものですが、朝のことを考えると飲まないほうがよろしいようです。 そうと知っていて性懲りもなくまた一杯やっている私は、よほどの愚か者と見えます。 わが国の料理は、懐石など、酒飲み用にできていて、下戸が酒席に出るのはさぞかし辛かろうと思います。 そういう意味では、私のような酒飲みにとっては、へヴィな料理が出ず、全体の量も少ない懐石はありがたいものです。 古来、わが国では、花や月、雪などを、季節感を込めて詩歌に詠んできましたね。 そしてそれ以上に、酒を詠んだ和歌や...
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サラリーマン川柳

気が付けば今日も2時間の残業。 それも会議の前の議長との事前打ち合わせが長引いて。 サラリーマン川柳に面白いのがありました。 日々、会議 必要なのか 日々、懐疑 我が意を得たりという感じですねぇ。 わが国の組織で行われる会議は無駄に長く、しかも回数が多いように思います。 そんな些細なことどうでもいいじゃん、と思うようなことまで、とりあえず議題に乗っけます。 議長にしてみれば、独断専行と言われるのが怖くて言い訳の為にやってるんでしょうねぇ。 それで資料が増えて、迷惑な話です。 もう一つ、心の叫びを。 「宝くじ 当たれば 辞める」が合言葉 これも私が始終妄想していることですねぇ。 一発当てて、高等遊民の生活を楽しみたいものです。サラリーマン川柳 いちおし傑作選やく みつる,島田 駱舟,第一生命NHK出版サラリーマン川柳 にんまり傑作選やく みつる,島田 駱舟,第一生命NHK出版にほんブログ村人気ブログランキングへ
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寒い春

今日はなんだか肌寒い一日でした。 もう4月も下旬だというのに。 山深み 春とも知らぬ 松の戸に 絶え絶えかかる 雪の玉水 「新古今和歌集」にみられる式子内親王の和歌です。 山奥では春の訪れにも気付かぬまま、小屋の戸に雪解け水が玉となって流れている、と言ったほどの意味でしょうか。 そう言ってしまうと、身も蓋もない感じがしてしまいますが、この和歌が与える印象は鮮烈です。 詩歌の言葉というものは、そもそも解説や解釈を拒絶しているようなところがあり、古いだけで我々が操っている日本語なのですから、現代語訳などということ、無意味などころか有害だとさえ言えるでしょう。 しかるに、中学や高校の古文の授業というのは、古典を味読するのではなく、後付けの無理目な文法を教え、それを元に現代語訳させるという、誠に愚かな方法を採っています。 これでは古典嫌いを増やすために教えているようなもので、ただちに改善すべきでしょうね。 日本語であればこそ、日本語のネイティブである私たちは、100遍も200遍も音読すれば、分からなかった古人の思いが素直に腹に落ちるというものです。 それだけ読み込んで分からなければ、たぶんどう...
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春の雨

今日は4月下旬になろうというのに、冷たい雨が降っていました。 日曜日だというのに、家に閉じ込められて、なんとなく憂鬱です。 日曜日の夕方の憂鬱からは、サラリーマンを続けているかぎり逃れられない宿命であるかのごとくです。 でも考えてみれば、幼稚園に通っている頃から、日曜日の夕方はなんとなく気が沈みました。 次の休みまで一番遠い頃合いですから、致し方ありません。 もっとも大学生の四年間だけは、そういうことは無かったですねぇ。 自由になる時間がたっぷりあり、あまり大学には行かずにふらふらしていましたから。 私の今の心境からは程遠い、敬愛する与謝蕪村の句でも拾ってみました。  春の夕(ゆふべ) 絶えなむとする 香(かう)をつぐ  夕闇が迫ってきた、清涼殿では、女房たちが、絶えようとする香をついでいる。何とも優艶な風情である、といったほどの意かと思われます。 ここには春の濃厚な憂愁の気配は感じられません。 こんな風に優雅に春の夕べを過ごすことができたらどんなに良いでしょうね。 春雨や ものがたりゆく 簑と傘 こちらも与謝蕪村の句です。 こちらはほのぼのとした感じが漂いますね。 春雨の中を何を語り...
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ムカデ人間2

私はこれまで、数多くの残酷な映画や悪趣味な映画を観てきました。 しかし、今日DVDで観た作品ほど、悪趣味な映画を観たことがありません。 「ムカデ人間2」です。  映画「ムカデ人間」の大ファンで、デブでチビで禿げの、いかにも気色悪い外見の若者、マーティン。 彼は「ムカデ人間」にのめり込むあまり、自分も人間を口と肛門で繋げたいと考えるようになります。 「ムカデ人間」も悪趣味ではありましたが、マッド・サイエンティストを主人公にした映画の作法にのっとり、そこには不思議な美的映像がありました。 ハイター博士はシャム双生児の分離手術の世界的権威であり、有能な外科医です。 周到に計画を練り、完璧に3人の人間を繋げてしまいます。 そこに警察が絡んできたり、ストーリーもよく出来ていて、悪趣味なりに観られる映画でした。 しかし、マーティンは医学の知識はなく、ただ巨大なホチキスで12人もの人間を口と肛門で繋げてしまうのです。 しかもマーティンは一言もしゃべりません。 不満な時には唸り、怒った時には叫び、12人を繋げた瞬間には歓喜のあまり高笑いしてオーケストラのBGMのもとに踊りまわります。 これと言った伏線...
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