文学

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Friday  Night

やっと金曜日の夜を迎えました。 嬉しいですねぇ。 今週も5日間、色々ありました。 栗焼酎をやりながら、この記事を書いていますが、酒の味が一段上がるというものです。 白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしずかに 飲むべかりけり 私が好む若山牧水の代表的な和歌です。 秋でなくとも、独り飲む酒は、静かがよろしいようです。 かつて、狂乱のバブルの頃、花金だとか言って、金曜日の夜はすべからく夜の町に繰り出すべし、という風潮がありました。 それをしない者はさびしいやつだとの謗りをまぬかれませんでした。 愚かなことです。 毎週毎週金曜日だからと言って遊びの予定を入れるなど、狂気の沙汰と言うべきです。 なんとなれば、開放感に浸れる日には、独り静かに過ごすことこそが、最も贅沢な時間の過ごし方だからです。 でも当時は競うように予定を入れている愚か者がたくさんいました。 私は密かにそんな連中を冷笑し、独り、静かに過ごすよう努めていました。 また、当時絶大な人気を誇ったDREAMS COME TRUEは、「決戦は金曜日」という馬鹿げた曲を歌って大ヒットを飛ばし、世の多くの女性を惑わせました。 すなわち、金曜...
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浮世は憂き世

散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき  「伊勢物語」に見られる和歌です。 桜は命が短いからこそ良いというわけで、それが憂いを帯びながら無常なこの世を象徴しているというわけでしょう。 昔から、浮世は憂き世と申します。 学生時代はこの世はパラダイスに見えましたが、それは親の庇護のもと、それこそ浮世離れした学問にはげんで、しかもたっぷりと自由な時間があればこそ。 ところが就職した途端、この世は長すぎる地獄であることに気付きます。 自力で生きるというのはそうしたことです。 今日は非正規雇用の女性ばかり5人の部署から、泣きが入りました。 彼女たちの直接の上司への愚痴を、一時間以上聞かされました。 彼女たちの上司というのは、私と同じ職階にあり、年もほぼ同じ男です。 そやつが困ったちゃんであることは、職場では有名なこと。 私に愚痴をこぼされても仕方ないのですが、私を信頼して泣きを入れてきた彼女たちの心情を思うと、いてもたってもいられず、私と彼の共通の上司である者を別室に呼び出して、危機的な状況を訴えました。 すると上司は、うすうすは知っていた、今後事務体制の改善を考え、原...
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少女アイドルの自殺

1986年の今日、4月8日、当時少女アイドルのトップを走っていた岡田有希子が所属事務所が入っている四谷のビルの屋上から投身自殺を遂げました。 当時私は高校2年生で、とくだん彼女のファンであったわけではありませんが、ずいぶん驚いたことを覚えています。 その後しばらく、彼女の映像や歌は、一切メディアに登場することはありませんでした。 というのも、彼女のファンが何人も後追い自殺し、メディアで彼女を取り上げることはタブーとなったのです。 幼少期からアイドルになることを夢見、両親の猛反対を押し切ってオーディションを受けてメジャーデヴュー。 1984年には新人賞を総なめにし、本格派の少女アイドルとして、順調なスタートを切ったのでした。 しかし、しだいにテレビで見る彼女からは、表情が消え、無理やり貼り付けたような不自然な笑顔で歌う姿は、痛々しくもあり、悲劇の予兆を感じさせました。 週刊誌などでは、俳優の峰岸徹に恋愛感情を抱きながら、峰岸徹からは可愛い妹分としてしか遇されず、失恋したと思い込んで自殺した、という話が実しやかに流されました。 峰岸徹自身、インタビューで、岡田有希子が自分に対して単なる兄貴...
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尊属殺人

先般、19歳の無職の少年が43歳の母親を殺害してバラバラにする、という事件が世間を騒がせましたね。 少年は容疑を認め、2人で生活し、依存や憎しみ、失望感があり、それを断ち切りたかった、と供述しているとか。 近所の人の話では、仲の良い母子家庭に見えたそうです。 また、少年は、母親を殺したとき、何も感じなかった、と言っているそうです。 わが国ではかつて、殺人罪よりも重い罪として、尊属殺人罪というものが存在していました。 殺人罪で課される刑は、3年以上の有期刑、または無期懲役、または死刑です。 しかし尊属殺人罪は、自分及び配偶者の一親等の尊属、つまり親ですが、これを殺した場合、無期懲役または死刑が課される、と定められていました。 つまり親殺しは特別重い罪だというわけです。 1973年、ある尊属殺人がきっかけで、尊属殺人罪は法の下の平等を定めた憲法に違反する、との判決を下しました。 時代は下って1995年、尊属殺人罪は廃止されました。  遅きに失した感はありますが、まずは良かった。 1979年、都内有名私学に通う16歳の男子高校生が、祖母を殺害した後自殺するという事件が起きました。 自分をエリ...
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おかまの日

4月4日はおかまの日。 3月3日が女の子の節句で5月5日が男の子の節句ということで、その真ん中がおかまの日とは、子供じみた発想ですねぇ。 一言でおかまといっても、「同性愛者」、「女装趣味の者」、「同性愛者向けの性風俗の職にある者」、「水商売(芸能を含む)の職にあり演じている者」、「言葉遣いが女性的な者」、「性同一性障害者」など、実際には様々な概念を包含しており、その実態は定かではありません。 なんとなく、なよなよしていて女っぽい男と、というイメージが一般的でしょうか。 ビート・ジェネレーションの代表的作家、ウィリアム・S・バロウズにそのものずばり、「おかま」という小説があります。 妻とウィリアム・テルごっこをやっていて誤って妻を射殺した後、両性愛者であった彼が同性の恋人との切ない関係を描いた作品で、独特の読みにくい文体が魅力です。 この人は麻薬中毒のジャンキー野郎で、あまたの幻想的といおうか、悪趣味な小説を書いてきました。 クローネンバーグ監督によって映画化もされた「裸のランチ」が私のお気に入りです。 バロウズの自伝的作品で、執筆中、タイプライターが巨大な口を開けてべらべらしゃべるシー...
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春荒れ

今日は強風吹きすさび、雨が落ちる、春荒れの一日でした。 そんな一日も、年度始めの忙しさにかまけて、私は感慨に浸る間もありません。 打ち合わせだ、資料作成だ、予算が減額された、などと言っては職場を駆けずり回り、気がつけば終業時間。 昨日3時間ほど残業し、残業を続けるとてき面に体調を崩すことを知っているので、後ろ髪引かれる思いで職場を後にしました。  明日は明日の風が吹く。 まぁ、なんとかなるでしょう。 くれなゐの 二尺伸びたる 薔薇の芽の 針やはらかに 春雨の降る 正岡子規の和歌です。 今日の雨はそんな優しいものではありませんでした。 わずかに残った桜を根こそぎ散らすような強風を伴う、凶暴なものでした。 しかし私は、この凶暴な雨を、いっそ歓迎しようかという気持ちでいます。 この凶暴さが、なぜだか真綿で首を絞めるような春特有の憂鬱な気配を、吹き飛ばしてくれるような気がするのです。  今、焼酎のロックを飲みながらこの記事を書いています。 このわずかな酒の酔いが、ひと時、私を仕事漬けの平日の憂いから解放してくれます。 明日の朝目が覚めれば、またその憂いに満ちた一日を過ごさなければならないことは...
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蓮翹忌

今日は蓮翹忌ですね。 高村光太郎の忌日です。 昭和31年の今日、73歳で亡くなりました。 蓮翹(レンギョウ)の花が好きだったことから、この名前がつきました。 高村光太郎というと「智恵子抄」が有名ですが、私は彼の戦後の行動に興味をそそられます。 すなわち、戦意発揚のために多くの戦争詩を書いたことを反省し、花巻の片田舎に粗末な小屋を建て、反省の日々を過ごしたのです。 勝負は時の運。 敗れたからと言って、いちいち文化人が反省する必要などありません。 反省するとしたら、敗戦を招いた政治家や軍人が、敗れたことを反省すべきであって、戦争が起きたことを反省したところで詮無いことです。 なんとなれば、戦争は相手があってのこと。 米国は太平洋を支配する欲望に駆られて何が何でもわが国を叩く決意を固めていたのですから、わが国がいくら譲歩したところで、戦争を避けることは不可能だったでしょう。 連合国の宣伝を信じ込み、わが国が一方的に悪であったと信じるなど、高等教育を受けたインテリの取る態度ではありません。 もう少し冷静になりなさい。 多くの文化人が戦争協力に対する反省の意思表示を行っていたところ、小林秀雄だけ...
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桜の森の満開の下 

通勤の車から、途中、何か所か桜並木や桜が植えられた公園の桜をぼんやりと見つめました。 満開を過ぎ、もう散り始めていました。 日本人は桜をこよなく愛し、桜の下で宴を催すのは、国民的行事とさえ言えます。 桜が咲くさまは、まるで狂気を帯びているかのような華やかなものです。 そして散り乱れるさまは、その狂気に輪をかけたような烈しさで、観る者を圧倒します。 咲き乱れる桜の森を歩くと気が狂う、と書いたのは坂口安吾でしたか。 名作「桜の森の満開の下」にみられます。 篠田正浩監督によって映画化もされました。 怖い物なしの山賊がなぜか満開の桜を恐れるのです。 山を歩く人々から金品を奪い、男は殺し、気に入った女は女房にする生活。 7人もの女房とわが世の春を謳歌していた男が、絶世の美女にして稀代の悪女を手に入れたとき、彼は悪女の毒と桜の瘴気に触れて、破滅への道を突き進むのです。 私はそこまで桜を怖れるものではありませんが、しかしやはり、桜には狂気を感じます。 そのような魔を潜めている桜にわがくにびとがこれほど魅かれるということは、仏教的無常観どころではない、ほとんど死に狂いとでもいったような観念に、とらわれ...
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時分の花

この花は、まことの花にはあらず。ただじぶんのはななり。 世阿弥の能楽書、「風姿花伝」に見られる有名な一節です。 芸本来の美とは別に、若さゆえの華やかな美しさが表れるということでしょうか。 自分が40代になって、確かに若いというだけで人は美しいと思うようになりました。 それは男も女も。 それは言ってみれば、赤ちゃんは可愛いみたいなものなのだと思います。 しかしそれは、世阿弥が指摘したごとく、所詮は時分の花でしかありはしません。 真の円熟した美とはおよそ異なるものです。 私は時分の花を咲かせる時期はとうに過ぎました。 それを惜しいとは思いません。 なぜなら、30歳くらいまで、私は存分に若さゆえの美しさを利用してやりたい放題しましたから。 ただ、やりたい放題やったがゆえに、今の私に時分の花という言葉は無縁になったはずだと思います。 「泥棒日記」などで有名なフランスの作家、ジャン・ジュネは同性愛者で、しかも麻薬はやる、盗みはやるとやりたい放題で、しかし初老の紳士の陰間となって可愛がられることに無上の喜びを感じていました。 老いて、小説家としての地位を確立した頃、彼は美少年を愛でることしか出来な...
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憂悶

今年はばかに春の訪れが早いようで、もう桜が満開です。 私はといえば、相も変らぬ俗事にかまけ、せっかくの週末、花見に出かけることもままなりません。 来週末、花が散り乱れているであろう頃に、花見に出かけようかと愚考しています。 せめてはかねて愛吟しながらあまりこのブログで取り上げなかった詩歌でも紹介しましょうか。 あはれなり わが身のはてや あさ緑 つひには野べの霞と思へば 新古今和歌集にみられる小野小町の歌です。 野べの霞とは、一般的に火葬の際の煙がたなびく様と解されています。 絶世の美女と呼ばれた小野小町も年老いて、春愁とともに世の無常を詠みこんだものと思われます。 次はいっそ思い切り美的な西行法師の春の和歌を。 春風の 花を散らすと見る夢は さめても胸の 騒ぐなりけり 桜が散るさまの美しさを、これほどの烈しさでもって詠んだ歌も少ないでしょうねぇ。 父は西行法師に憧れていたようですが、私はその歌の烈しさと、美を追求する執念みたいなものが、なんとなく怖ろしく、単純に西行法師に憧れるような気持ちにはなれません。 歌がうま過ぎるのと烈しすぎるので、おそらく平安末期の歌詠みからは嫌われていたん...
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他生の縁

今日は疲れました。 湘南国際村での式典が15時30分に終わり、車で帰って家についたのが18時。 18時半から精神科の予約をしていたため、そのままクリニックに向かいました。 クリニックまでは車で20分ほどですが、100キロ以上運転した後では、その20分も苦痛でした。 通常土曜日に診察を受けているところ、一か月ほど前から同居人もプレ更年期障害と思われる不定愁訴のため、同じクリニックに通院しており、クリニック近くの職場で働く同居人は金曜日の夜に診察を受けていることから、同じ日に合わせたというわけです。 同居人にはごく少量の抗うつ薬のジェイゾロフトと、これまた最少量の抗不安薬のメイラックスが処方されていますが、年度末に伴う職務多忙のため、気持ちが沈むようで、抗うつ薬のジェイゾロフトが最少量の25mから50mに倍増となりました。 このところ好調の私はといえば、薬に変化はありませんでした。 それでも私の薬は同居人の倍以上です。 とはいえ、私が一番たくさん薬を飲んでいた頃に比べれば、五分の一くらいにまで減っています。 パワハラ事件の直後は、フラッシュバックや悪夢に悩まされ、幻覚や幻聴を抑える統合失調...
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今日は春分の日でお休み。 昨日行われた職場の30周年記念式典疲れが残っていたのか、朝は6時半に起きたのですが、朝飯を食ってリビングに横になっていたら、大爆睡。 目が覚めたら14時をまわっていました。 昨日はOBを大勢招待しており、懐かしい顔に会えました。 会いたくない人もいましたが。 当たり前ですが、みなそれぞれに年を食っていました。 私も。 眠りすぎたせいか食欲がわかず、今日は昼を抜くことにしました。 うすべにに 葉はいちはやく 萌えいでて 咲かむとすなり 山桜花    若山牧水 今年は桜の開花が早いようで、今週末には満開を迎えるとか。 季節は着実に進んでいます。 明日、明後日は葉山に出張。 一つ一つ、目の前の仕事をこなすうちに歳月は過ぎ、めでたく引退の日を迎えるのですね。 その日まで、どうしても生きなければなりません。 私の業界は、細く長くが最も得するようにできていますから。若山牧水歌集 (岩波文庫)伊藤 一彦岩波書店にほんブログ村 人文 ブログランキングへ
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ババ抜き

昨夜はババ抜きを題材にした心理サスペンス「ジョーカー・ゲーム」を鑑賞しました。 「バトル・ロワイヤル」以降、「カイジ」、「ライアー・ゲーム」に続く、生き残りを賭けたゲームを行う和製心理劇です。 予告編をご覧ください。 文部科学省の特別教育プログラムにより、ランダムに選んだ高校のあるクラスの生徒が山中の廃校で四日間の合宿を行います。 目的は次世代のリーダーとなるべく、権謀術数、指導力、人間関係などを学ばせる、というふれこみです。 ルールは簡単。 クラス全員でババ抜きをやるのです。 最後までジョーカーを持っていたものが負け。 負けた者がどうなるか、分からずに初日のゲームが始まります。 和気あいあいとゲームを始める少年少女たち。 ゲームが終わり、敗者が確定すると、突然警備員数名が教室に入ってきて、敗者に何やらを注射。 敗者は泡を吹いて倒れ、警備員に連れ去られます。 先生の説明によると、運が弱く、ジョーカーを誰かにひかせる知恵も無いような者は、将来が心配なため、矯正施設に送られるんだとか。 震え上がる生徒たち。 あと3日、このゲームを続けなければなりません。 このゲームには、契約システムという...
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邪宗門の徒

今日は昨日と打って変わって静かに家内にて過ごしました。 今日も気温は高けれど、強風吹きすさび、明日からの仕事の明け暮れに暗い影を落とし、私の心は陰鬱に沈みました。 陰鬱を晴らすのに、運動、酒、寝逃げなどさまざまな方法がありますが、最も即効性があり、しかしその場しのぎでしかない、かねて親しみ続ける詩歌へと逃避しました。 我らは神秘を尊び、夢幻を歓び、そが腐爛したる頽唐の紅を慕う。 哀れ、我ら近代邪宗門の徒が夢寝にも忘れがたきは青白き月光のもとにすすりなく大理石の嗟嘆也。 明治末期、北原白秋が発表して当時の詩の愛好者を驚愕せしめた「邪宗門」の冒頭部分の一部です。 邪宗門とはキリスト教のこと。 当時、西欧の浪漫文学にかぶれた北原白秋が、キリスト教徒という意味ではなく、キリスト教をバックボーンに持つ西欧の文化に心酔する者というほどの意味で、我ら近代邪宗門の徒、と名乗ったと思われます。 この詩集の冒頭部分にかくのごとき一文を高らかに示したことに、耽美主義を標榜する北原白秋の高揚が感じられ、熱にうかされたかのような後に続く詩の数々を予感させます。 この自己陶酔にも似た詩編は、冷静な時であれば鼻につ...
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春の瘴気

今日は朝から憂鬱感、悲哀感がひどく、なんとか出勤はしたものの、動作が鈍いのが自分でも分かり、仕事の手順もいつものように手際よくいかず、これでは使い物にならん、と思って午後から休暇を取って帰宅しました。 よくうつ病患者は雨や冬が苦手だと言われます。 私の知り合いのうつ病患者にも、雨の日は起き上がることすらできない、と嘆く人が何人もいます。 私は雨や冬はなんとも無いのですが、どうも春の気配が苦手なようです。 春愁なんていう言葉があるくらいですから、春になるとなんとなく憂鬱になる人はけっこう多いのではないかと邪推します。 おそらくわが国で最も有名な辞世は西行法師の、 願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ だと思います。 西行法師は死体が隠れてしまうほどの花吹雪を思い描いていたのでしょうか。 月を求め、花に狂った日本的美意識の塊の人だったように思います。 願いどおり、73歳の春、亡くなりました。 一方、春愁という言葉は、春愁秋思という表現で、白楽天の陵園妾に見られます。 春には愁いを感じ、秋には物思いに沈むということかと思いますが、私はどちらかというときらびやかな花鳥風月...
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