文学

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春一番

昨日の強い南風、春一番だったんですねぇ。 気象庁が発表していました。 私の職場にもちらほら泣きはらしたような目でくしゃみを連発している職員を見かけるようになりました。 私は今のところ花粉症の気は全くないので楽ですが、見るからに辛そうです。 花粉症という名称が一般的になったのはいつからなんでしょうか。 私が子どもの頃はそういう呼び方はせず、アレルギーと言っていたように思います。 さらに言えば、そんなにアレルギーの人は多くなかったように思い出します。 実際に花粉の量がここ数十年で劇的に増えたのか、花粉症と言ってしまえば誰もが納得するから軽くても花粉症を自称する人が増えたのか、よくわかりません。 これからは三寒四温の日が続き、やがて本格的な春が来るんですねぇ。 私が春一番という言葉を知ったのは、7歳の頃流行したキャンディーズの「春一番」という曲によってだったように思います。 石破茂自民党幹事長が若い頃キャンディーズのファンだったと公言しているのは有名な話ですね。 ピンではなく、グループで活躍した少女アイドルの原型だったかもしれません。 今の私には、この歌のように、春だからと言って浮かれて恋を...
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ユートピア

やっと金曜日の午前中の勤務を終えました。 月曜日の朝車の接触事故を起こし、午前中はその対応、午後から出勤して5日間、長いですねぇ。 月曜日の朝、今週は5日間通えるだろうかと、いつも絶望的な気持ちになります。 しかし今週もあと半日。 なんとか一週間働けそうです。 午後は13時半から会議。 しかし直接の担当ではないので気楽なものです。 精神障害発症後、こうやって綱渡りのような日々を過ごしてきたのですねぇ。 感慨無量です。 そしてこれからも。 朝から晩までみっちり働くということは精神衛生上も、肉体の健康からも、かなり悪いことのような気がします。 しかしそれに耐えなければ、飯が食えなくなるとは因果なものです。 世の勤労者の多くが、それら苦役に耐えて、なんとか生活を成り立たせているのかと思うと、働く人すべてが愛おしくさえ感じられます。 トマス・モアの「ユートピア」では勤務時間が6時間でしたか。 今、私の勤務時間は7時間45分。 通勤時間を加え、さらに残業でもすれば、起きている時間の大半を仕事に費やしていることになります。 あぁ、働かんで暮らしていければこんなに嬉しいことはありません。ユートピア ...
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高慢と偏見

年度末が近付いてきました。 この時期、予算の締めやら新年度の準備やらで、なんとなく気分がざわざわします。 今日もそう忙しかったわけではありませんが、なんとなく気が急く感じです。 就職以来、年度末を迎えるのは21回目。 なかなか慣れませんねぇ。 ていうか、毎日早起きして暗くなるまで働くという生活を21年も続けても、慣れるということがありません。 そういう日々に、なんとなく異和感を感じます。 オースティンに「高慢と偏見」という小説があり、中学生の頃読んで貴族というのは気楽なものだと思った記憶があります。 英国でドラマ化されて私はこれを好んで観ていますが、当時の英国貴族というのは、パーティに出たりお茶を飲んだり、ほとんど仕事らしいことを行っていません。 広大な領土の上がりで食っていたのでしょうが、羨ましいかぎりです。 わが国の公家も、かつては蹴鞠をしたり和歌を詠んだり宴会したり、夜な夜な夜這いをかけたり、遊んで暮らしていますね。 圧倒的多数の庶民が過酷な労働に従事することによって生まれた富を簒奪したからこそできたこと。 それに比べて今のわが国は誰もがあくせくと働いて、わずかばかりの涙金のよう...
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雨水

昨日は二十四節気の一つ、雨水(うすい)だったのですね。 「暦便覧」には、陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり、と記されています。 確実に春が近付いているのですねぇ。 野も山も 冬のままじゃに 春の水   与謝蕪村の高弟、高井几董の句です。 今では忘れ去られた感のある俳人ですが、ほのぼのとした秀句を残していますねぇ。 この時季にふさわしい句です。 この人の春の句というと、 水に落ちし 椿の氷る 余寒かな を思い出します。 余寒というのが寒さのなかに春を感じさせます。  さらに、 むらさきに 夜は明けかかる 春の海 というのがあります。 こちらは壮大で美しい、一幅の絵のような感じが浮かびますねぇ。 どちらも味わい深い句だと思います。 もういい加減寒いのは勘弁してほしいですねぇ。 花咲く春の暖かさが待たれます。にほんブログ村 人文 ブログランキングへ
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新八犬伝

さきほどNHKアーカイブスという番組で、1973年ごろ放送された人形劇「新八犬伝」の総集編を放送していました。 江戸の戯作者、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」を下敷きにしたものです。  坂本九の語りがべらぼうにうまかったですねぇ。 講談のようでもあり、浪花節のようでもあり、歌舞伎のセリフのようでもある、七五調の名調子です。 坂本九というとポップスの大御所というイメージが強いですが、実際は三味線や長唄、民謡などで音楽を学んだとかで、本来は邦楽の人なんだそうです。 だから講釈師も真っ青の語りができるんですねぇ。 私は小学生の頃、子ども向けに現代語訳された「八犬伝」を読みました。 江戸時代、大ベストセラーとなった伝奇エンターテイメントの大作ということで、非常に面白く感じました。 山田風太郎みたいな感じですかねぇ。 中学生になって、滝沢馬琴の創作の秘密に迫る「戯作三昧」という芥川龍之介の小説を読みました。 こちらは文学作品ですが、芥川龍之介が滝沢馬琴の胸中を推し量り、それに共感している様子がよく出ていました。 私は6歳の頃初めて「ドラキュラの歯はない」というお話を広告の裏に書いて以来、たびたびお話...
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北朝鮮で人肉食?

北朝鮮が核実験を強行したことが大きな問題になっています。 報道によると、北朝鮮の国内事情が大きな理由になっていることがうかがえます。 昨年の4月から6月にかけて、軍や平壌市民への配給を優先させたことから、農村部の米を根こそぎとりたて、農村部で万単位の餓死者が出たと推測されているようです。 ある村では、「子供2人を殺して食べようとした父親が銃殺された。『肉がある』と勧められた妻が、子供がいないのをいぶかり通報。軒下から遺体の一部が見つかった」のだそうです。 怖ろしや。 飢餓に耐えきれずにわが子に手をかけ、あまつさえその肉を喰らうとは。 飢餓ゆえの人肉食というのは時折耳にします。 南方戦線の日本軍は飢餓のために最初は米兵を、後には自国軍の亡くなった兵士の肉を喰らったとか。 また、武田泰淳の「ひかりごけ」には、難破した船の船乗りがある島に流れ着き、亡くなった仲間を食う様子が活写されています。 三国連太郎主演で映画化もされ、無表情で生の人肉を食う三国連太郎の演技が見事でした。 1972年にはウルグアイからチリに向かった旅客機が雪山に不時着。 生き残った客は亡くなった旅客の肉を食って飢えをしのい...
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東京大爆発

旧正月(春節)を迎えた中国では、一億人以上が民族大移動。 さすがに人口大国。 スケールが違います。 中国では、春節を花火を上げたり爆竹を鳴らしたりして祝うのだとか。 そんな中、某花火メーカーが東京大爆発という名称の花火を売り出して、これが大評判だとか。 数百円で東京を火の海の海にできる、と大喜びのご様子。 しかしあんまり悪ふざけが過ぎるということで、当局は東京大爆発の回収を始めたんだとか。 庶民の憂さ晴らしくらい、大目に見たら良いでしょうに。 そう言えば昔、筒井康隆が「日本以外全部沈没」というブラックな小説を発表しました。 もちろん、当時大ベストセラーとなった小松左京の「日本沈没」のパロディです。 どちらも映画化されましたね。 日本以外のすべての国が海に沈んでしまい、辛うじて日本に逃げた外国人たちは、日本では3等国民として差別され、日本人はみなお大尽のように威張っているのです。 そのうちソビエトが北海道を寄越せと言ってきたり、1等国民になるために日本人の男との結婚を切望する外国人女性が大勢日本人男性ならだれでもいいとばかり、日本人男性はもてもてになっちゃったり。 ハチャメチャぶりが素敵...
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春の気

今日は立春ですね。 暦便覧によれば、春の気立つを以って也、と簡潔に記されています。 ここ三日ばかり、暖かい日が続いて、春の気が立っている感じがします。 しかし天気予報によれば、水曜日はまたもや雪のようです。 今年はよく降りますねぇ。 体がついていきません。 春は人を浮かれさせる季節でありながら、どこか憂愁の気が漂う時季でもあります。 私は精神障害発症以来、もっぱら春を憂愁の季節ととらえてきましたが、もうほぼ寛解してから三年もたつので、今年あたり軽く浮かれてみたいものです。 春は恋の季節でもありますし。 ここ数年、恋心というものがどういうものであったか、忘れているような気がします。 別段不倫などという大それたことをする気はありませんが、薄い恋心くらい抱いてみたいものだと思います。 紅梅の 二月は恋の 鹿子哉 正岡子規の句です。 この時季、鹿も恋をするというわけで、どこか色っぽい興趣を感じさせます。 日傘の影 うすく恋をしている こちらは夏の句ですが、なかなか面白いですねぇ。 自由律俳句で恋を詠んだ句は多くはないですが、これなどは出色の出来だと思います。 世に出ることがないまま20代前半で...
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ピーナツまき

今日は節分ですね。 豆をまいて福を呼び、鬼を払う日。 私も実家に住まいしていた頃は、盛大に豆まきを行いました。 寺だったため、部屋数が多く、すべての部屋で豆まきをするのは面倒でしたね。  自室で豆をまく時だけは、福は内、鬼も内、と唱えていました。 生来のひねくれ者ゆえ、鬼を招いてその呪力を我が物にせむと考えたのです。 また、鬼や土蜘蛛などが、大和政権にまつろわぬ土着の民への蔑称の意味もあったことを知れば、鬼に行き場が無いのは哀れなことです。 先日車中でラジオを聞いていたら、号泣必至の名作童話「泣いた赤鬼」を知った幼児が、鬼は悪いやつではないと考え、かつての私のように、福は内、鬼も内、と唱えるようになったとか。 将来有望なガキです。 今日近所を散歩していたら、殻付きピーナツを撒いている家がありました。 何をしているのじゃ?と疑問に思っていたら、千葉生まれの千葉育ちである同居人が教えてくれました。 ピーナツが特産の千葉県では、ごく一部ではあるが、節分に殻付きピーナツを撒く家があるというのです。 殻付きピーナツなら外に撒いても殻をむいて食すことができ、合理的だから、とのことでした。 それを聞...
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馬鹿陽気

今日は馬鹿陽気ですね。 千葉市の最高気温は18度。 4月の初め頃の陽気だそうです。 しかし残念なことに、朝から雨。 13時を過ぎてようやく薄日がさしてきましたが、今さら出かけようという気持ちにはなりません。 季節は着実に春を迎えようとしていますが、この時期、油断大敵です。 三寒四温と言うとおり、水曜日は雨か雪の予報が出ています。 今年は南関東にもよく雪が降ります。 年によっては、3月の終わりや4月の初めに首都圏を雪が襲うこともありますし。 そういえば、昔「なごり雪」という歌がヒットしましたね。 なんだか湿っぽい歌で、私は毛嫌いしていました。 ただ、なごり雪という言葉を造ったのはなかなかの言語感覚だと思います。 元々日本語には無い言葉ですが、まるで昔からある言葉のような錯覚を覚えます。 春に伴う別れの寂しさと、その心象風景と重ね合わせた雪景色が鮮やかに浮かんできます。 久米正雄が造って日本語としてすっかり定着した感のある微苦笑にも匹敵する造語ではないかと思います。 もっともわが国の文芸の世界では、よほどのことが無い限り造語は反則として固く戒められていますが。 元来の日本語だと、残雪という...
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追悼 安岡章太郎

安岡章太郎が死去したというニュースが飛び込んできました。 92歳。 第三の新人と言われた一群の作家の一人でした。 今思うと、三島由紀夫よりも年上だったのですね。 安岡章太郎というと、第二の太宰なんていう人もいました。 しかし太宰治ほどの物語作者としての才能には恵まれず、その代わり太宰治には無い乾いたユーモアがありました。 中学生から高校生の頃、私はこの人の作品を愛読しました。 「ガラスの靴」や「悪い仲間」は青春を描いて瑞々しく、しかもそこに気負った感じがなくて、何度も読み返したものです。 作者が中年になって、「海辺の光景」という、海辺の病院で狂気に陥った母親を看取る作品を発表してから、重鎮扱いされることになりました。 私は若い頃には彼の初期の作品を頭の隅に置いて、主に女性関係で悪い遊びに耽りました。 そして退屈だと思っていた「海辺の光景」に深く感じ入ったのは、昨年の3月、父を亡くした時でした。 親の死という耐え難い事態を、彼はドライに描きつくし、それは父を亡くすという一件から未だに脱出できずにいる私を驚嘆させる醒めた筆致であるということに、改めて気付かされたのです。 私はひねくれ者なの...
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新春能

千葉市文化センターで行われた新春能を鑑賞してきました。 どこかから補助金が出ているのか、2,500円と格安です。 曲は狂言が「金籐左衛門」。 大蔵流が演じます。 山賊の金籐左衛門は山道で女を脅して身の回りの持ち物を奪いますが、奪った袋の中の小袖や鏡に見とれて油断しているうちに、女に長刀をこっそり盗られてしまいます。 逆に女に身ぐるみはがされるという筋書きで、弱い善人が強い悪人をやっつけるという、狂言によくある逆転劇です。 気楽に観られる喜劇で、悲劇である能と喜劇である狂言とをセットで上演し、双方を総称して能楽と呼ぶわが国の舞台芸術の文化は、極めて洗練されていると言えましょう。 喜劇と悲劇は裏表ですからねぇ。 能は、「田村」です。 金春流の井上貴覚がシテを務めていました。 この人、いわゆる御曹司ではなく、サラリーマンの倅だったところ、高校時代に能の魅力に取り付かれ、法政大学の能楽研究所を卒業してから金春流に弟子入りしたという異色の経歴の持ち主です。 彼の目の付け所が良かったのは、弱小の金春流に弟子入りしたこと。 大所帯の観世流や宝生流では、生涯シテを務めることは出来なかったでしょう。 金...
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演劇? 舞踊?

あまり体調がすぐれず、一日ごろごろしていました。 たまにはこんな休日も良いでしょう。 明日は能見物に出かける予定です。 千葉市内の劇場で能公演がありますので。 かつてはよく国立能楽堂や観世能楽堂、宝生能楽堂まで足を運び、能を観ました。 フランス人の前衛舞台芸術の演出家が初めて能を観たとき、自分たちが前衛だと思っていた舞台芸術を、日本人は500年以上前に完成させていたのかと驚愕した、という話を聞いたことがあります。 極端に簡素化された舞台、道具に比して、衣装だけは豪華絢爛で、ストーリーは仏教説話や心霊譚をもとにした幻想的な雰囲気が魅力ですね。 オペラで言えばオーケストラにあたる地謡や鼓、笛に指揮者がいないことも、そのフランス人演出家が目指していたことのようです。 つまり演奏する者、謡う者、演じる者(舞う者)が互いに間を合わせ、誰にも指揮されないことを理想のハーモニーと考えたようです。 日本人が聞くと当たり前すぎて白けちゃうような話ではあります。 能は演劇なのか、舞踊なのか、という論争を時折見かけます。 一応ストーリーがあって、何人かの能楽師が出てきて物語を演じるという意味では演劇なのでし...
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ナチズムとオカルト

どうも体調がすぐれず、15時に早退しました。 その足で内科へ。 軽い風邪ということで、薬をもらって飲んだら急に元気になりました。 現代医学の威力は怖ろしいばかりです。 で、元気になると、性懲りもなくホラーが観たくなるのが私の悲しい性。 「デビルズ・ロック」というのを借りてきました。 ノルマンディー上陸作戦前日。 連合軍はナチス・ドイツの目をノルマンディーからそらすため、イギリス海峡の島々で破壊工作を行います。 その中の小島に、連合軍の一員であるニュージーランドの工作部隊が密かに潜入。 砲台を破壊します。 任務はそれだけだったのですが、要塞の中から間断なく女の悲鳴が聞こえてきます。 拷問が行われていると確信したニュージーランド兵は無謀にも要塞に潜入します。 そこで見たのは、あまたのドイツ兵の遺体。 唯一要塞にいたのは、ナチス・ドイツのSS大佐でした。 彼が言うには、ヒトラーの命を受け、地獄から悪魔を呼び出し、これを兵器としてロンドンに送り込む予定だったが、想像以上に悪魔の力が強く、人肉を喰らう悪魔にドイツ兵の大半が食われてしまったのだとか。 悲鳴を上げていたのは、悪魔封じにかけられた悪魔...
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ドリーム・ホーム

昨夜は香港の殺人劇をDVDで鑑賞しました。 香港は英国領であった当時、映画産業が盛んでした。 ブルース・リーやジャッキー・チェンやトニー・レオンなどのスターを生み、ジョン・ウ―やウォン・カーウァイなどの名監督を輩出しました。 しかし、1997年に英国は香港を中国に返還。 中国は香港を特別行政区とし、それまでどおり表現の自由を認めると表明しましたが、香港映画界は急速に衰退してしまいました。 政治が文化にどれだけ強い影響を与えるかを思い知らされましたね。 昨夜観た「ドリーム・ホーム」、1991年、1997年、2004年の時制を倒錯させながら、時代の波に翻弄される香港の若い女性が狂気の大量殺人に走る姿が描き出されます。 1991年、香港返還を数年後に控えた香港政府は海岸沿いの老朽化した団地を取り壊し、住民に引っ越しを迫ります。 そんな中、海が見える団地で育った少女は、漁師の祖父や、海沿いに住みたいと言う祖母や両親の願いを叶えるため、いつかベイ・エリアに家を買うのだと決意します。 不動産バブルが高騰する中、ベイ・エリアのマンションの値段は急騰。 大人になった彼女は昼は銀行で働き、夜はデパートで...
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