思想・学問

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偶然性と運命

昨夜、「偶然性と運命」という新書を読了しました。 哲学書のようなタイトルですが、中身は哲学風エッセイというべきでしょう。 偶然とか運命とかいう実証不可能な話題を、古今東西の哲学者がどう考えてきたのか、という先行研究の紹介に多くのページがさかれ、中だるみしました。 当然、誰も偶然とか運命とかいうものの本質をつかんだりは出来ていないのです。 著者の結論は唐突にドフトエフスキーの「悪霊」と「カラマーゾフの兄弟」の小さなエピソードからインスピレーションを得た、邂逅=出会いこそ偶然性とか運命とかいうものに深く関わっている、と述べられます。 確かに出会いには、良い出会いにしろ悪い出会いにしろ、人生を大きく左右する力があります。 まずはどんな両親のもとに生まれるか、どんな友人や恋人にめぐり合うか、偶然とか運命としか言いようがないものです。 人間は幼児の頃、自己と他者という認識が曖昧です。 家族の一員としての自分とか、幼稚園の一員としての自分など、自己と他者という関係性の中に生きており、極めて社会的です。 赤ん坊にいたっては、他者が保護しなければ生きられないわけで、自己と他者という関係の中でしか生きら...
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米国独立記念日

1776年7月4日、米国は独立を宣言しました。 それから236年。 ここ60年ばかり、世界は米国が掲げる自由と民主主義という正義の名の下に支配されています。 独立当時、誰がこのような超大国になると思ったでしょう。 米国は長いこと、モンロー主義という外交政策を採り、他国の争いには干渉しませんでした。 しかし米西戦争やハワイ併合などの経験から、しだいにモンロー主義を破棄、前世紀の二つの世界大戦では主要プレーヤーとして多いに敵を苦しめ、残虐に殺しました。 第二次世界大戦後はヨーロッパの帝国主義国家が次々と植民地を失って昔日の栄光を失うなか、ほとんど全世界を経済力で事実上植民地化していき、現在の繁栄があるわけです。 当然、強い者は妬まれますし、価値観の押しつけが甚だしいので、9.11テロをはじめとする反米勢力も根強く残っています。 わが国は防衛の大半を在日米軍に依存しているため、基本的に米国に追従せざるを得ず、独立国なのに自国の防衛を自国の力でまかなえない、という誠に情けない状況が昭和20年8月15日以降、延々と続いています。 昔、「7月4日に生まれて」という映画がありました。 トム・クルーズ...
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特別な瞬間

人生とは不思議なもので、偶然とも縁ともつかない、不思議な瞬間があるものです。 その最たる例は恋愛沙汰、とくに一目ぼれでしょうね。 ある異性(時には同性)を見た瞬間、これは特別な瞬間だと感じ、それまでの生きてきた歩みが一瞬にして再構成され、その異性との未来を明瞭に思い浮かべてしまうわけです。 もちろん、これが片恋であればストーカーに化してしまう可能性がありますが、奇跡的に両思いになれば、その偶然は決して偶然などではなく、縁という必然であると確信するに至るでしょう。 私は残念なことに一目ぼれという経験はありません。 しかしまずは友人になって、飲み仲間になって、少しずつその異性に惹かれていく過程のある一瞬に、一目ぼれと同じような、過去の再構成と未来への展望が同時に開ける特別な瞬間を持ったことは数少ないですが、経験しています。 過去は良いことも悪いことも含めてこの人と出会うためにあったのだという強い確信と、現在のよしなしごとを吹き飛ばしてしまう強い力で、二人が歩むであろう明るい未来への展望を信じてしまいます。 恋は病とかいう、傍から見たらじつに小っ恥ずかしい瞬間でもあります。  それはひとつ恋...
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亡霊

3月5日に父が亡くなってからもうすぐ4ヶ月。 食事制限も運動もしていないのに11キロも落ちてしまいました。 それは良いでしょう。 内科医に褒められていますから。 しかし亡父の蔵書に接するほど、私の心は千々に乱れます。 マルクス全集があったかと思えば茶の本があり、ウェーバーの著作が揃っていたかと思うと漢詩全集や「日本の詩歌」があったりします。 私は父を、思想的には朝日新聞みたいな人で、しかし坊主だから仏教を始めとする東洋思想に強い人と、決めて掛かっていました。 父の膨大な蔵書の山を前にして、私は父が何者であったのか分からなくなりました。 浅草の高給寿司店からバーへと、差しで6時間も語り合ったとき、亡父は私の話を聞こうとして、多くを語りませんでした。 うつ病で長期休暇を取っているとき、奈良や京都に連れ出してくれましたが、やはり亡父は、多くを語りませんでした。 語りつくせぬまま、逝ってしまいました。 私は今、亡父を叱っています。 なぜもっとおのれをさらけだしてくれなかったのか、なぜもっと自分の思いを語らなかったのか、と。 亡父は私の著作やブログを読んで、私の才を愛でてくれていたようです。 ま...
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魔の系譜

数日かけて、亡父の蔵書の中の一冊、谷川健一の「魔の系譜」を読みました。 著者は民俗学者ということですが、内容はエッセイ風の読み物でした。  ここ数日の間にアップした「犬神憑き」・「東北」・「隠れキリシタン」は「魔の系譜」を読み進めるうちに触発されて書いたものです。  亡父はこの世ならぬものへの理解がなく、憑きものだとか魔だとかいうものを毛嫌いしている風でしたので、こういう書物が出てきたことに驚いています。 むしろ私がそういう物への傾斜を深める姿を危惧しているように感じていましたから。 「魔の系譜」は、わが国の怨霊や物の怪、古代の信仰や呪術などを多角的な視点から描きだした興味深い書物です。 でも多分、学者の間では評判が悪いんじゃないかなと思いました。 論文ではないし、当然論理構成は破綻しており、著者の思い入ればかりが鼻につきました。 どこかセンチメンタルな感じが、若書き、を思い起こさせました。 でも書かれた当時の年齢をみてみると、40代後半で、けっこうおっさんなのですね。 後に谷川健一は、この系統の論文を多く物すことになります。 私のような民俗学の素人には、気楽に読める興味深い書物でした...
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犬神憑き

犬神憑き、という言葉を時折耳にします。 他にも狐だとか蛇だとかが憑いている家系があると、主に四国を中心に広く信じられ、現在でもなお差別の対象になっているとか。 犬の魔力で怨む人や家に祟りをなさんとしたした人物が、犬を捕えて首だけを出して土中に埋め、犬が腹を減らしたと見るや生肉などを目の前におき、すると犬の眼は吊りあがって最も魔力を得た瞬間に犬の首を切り落とし、その犬の魔力を自在に操った者に犬神が憑き、代々犬神憑きの血筋となると言います。 現在もなお、犬神憑きと称せられる家ではそうではない家との婚姻が叶わず、葬式にも入れてもらえない、とか。 村八分よりひどい、村十分ですね。 そのため、犬神憑きと称せられる家同士が徒党を組んで行動するため、かえって不気味がられてより差別はひどくなる、というわけです。 でも不思議ですね。 差別するということは犬神の魔力を多少は信じているのでしょうから、差別なんかして、それを怖れたりはしないのでしょうか。 昔、「狗神」という映画がありました。 そこで狗神憑きの者たちが集団自殺するシーンがあって、たいへん怖ろしく感じましたね。狗神 特別版 天海祐希,渡部篤郎,山...
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東北

北朝鮮では多くの民が飢え、場合によっては飢え死にする者も少なくないと聞き及びます。 飽食のわが国からは考えれらないことです。 しかし、過去、わが国にも飢饉が襲い、多くの人々が飢え死にしました。 とくに東北地方において、昔は米の育ちが悪かったせいか、飢饉は頻発しました。 宝暦8年には、八戸藩2万石のうち、18,573石の損害があったと言いますから、ほぼ全滅ですね。 「耳目凶歳録」には、三歳の幼児だも髑髏をもって蹴鞠を学び、とありますから、その惨状は目に余るものであったでしょう。 幼児が髑髏で蹴鞠をするなど、まるでホラー映画です。 「飢歳凌鑑」には、 さる人いわく、大工の曲尺立てみれば上はまがり下直なり。 工に用いるときには高くひくくせまく丸く四角、なにになるにしても自由自在いかさま御上は曲尺を立てたるがごとし。 曲たる中に直あり。 このたびの御吟味直過ならば大分下の迷惑もあるべきに、けんもんのかすみにて眼力も曇り、吟味の先が見分らざるこそ直なり。 これ何事も非理法権転の御政事地獄の沙汰もかね次第、南無阿弥陀仏、助け給え。 という記述が見られます。 これは役人に賄賂をにぎらせてどぶろく造り...
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男同士

男ばかりの社会では、男同士の強い絆が見られることが多いですね。 軍隊とか、運動部とか、ある種の会社とか。 ここで男同士は絆を強めるために相手のために自己を犠牲にしてもよい、とまで考えます。 例えば、軍歌「同期の桜」。 貴様と俺とは同期の桜  同じ兵学校の庭に咲く  咲いた花なら散るのは覚悟 見事散りましょ国のため 貴様と俺とは同期の桜 同じ兵学校の庭に咲く 血肉分けたる仲ではないが  なぜか気が合うて別れられぬ 貴様と俺とは同期の桜 同じ航空隊の庭に咲く 仰いだ夕焼け南の空に 今だ還らぬ一番機 貴様と俺とは同期の桜 同じ航空隊の庭に咲く  あれほど誓ったその日も待たず なぜに散ったか死んだのか 貴様と俺とは同期の桜  離れ離れに散ろうとも 花の都の靖国神社 春の梢に咲いて会おう 旧制高校の寮歌、「嗚呼、玉杯に花うけて」。 嗚呼(ああ)玉杯に花うけて 緑酒(りょくしゅ)に月の影宿(やど)し  治安の夢に耽(ふけ)りたる 栄華(えいが)の巷(ちまた)低く見て 向ケ岡(むこうがおか)にそそり立つ 五寮の健児(けんじ)意気高し どちらも男同士の世界を詠ったもので、そこには同性愛的な香りさえ漂い...
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台風

台風が日本列島に接近中とか。 千葉市も激しい雨が降り、風が吹いています。 台風が近づくとなんとなくわくわくするのはなぜでしょうね。 台風なんかでびくともしない、現代のマンションに住んでいるからでしょうか。 「サザエさん」なんかは台風が近づくとマスオさんや波平さんがドアや窓に木の板を打ち付けたりしていますが、もうあんなことをしている家はごくわずかでしょうねぇ。 窓はサッシになっちゃいましたからねぇ。 「古事記」によれば、風の神、志那都比古神(しなつひこのかみ)はイザナギ・イザナミの子どもで、風の神とされています。 風の神です。 風は神の息と考えられ、古くは神聖なものととらえられていたようですが、風害の頻発などから、邪悪なものと転じていったようです。 風は邪気を運ぶものであり、邪気は風に乗ってどんな小さな隙間にでも入り込み、疫病や風邪を流行らせました。 風は古来から怖れられていたのですね。 台風なんてその親分のようなものですから、怖ろしいに違いありません。 風神と聞いて誰もが思い浮かべるのが、俵屋宗達の「風神雷神図」でしょうねぇ。 下がそれです。 荒ぶる神々を、こんなに鮮やかに、美的に描き...
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我思う

体調がすぐれないせいか、仕事をしていても雑念が浮かびます。 昼休みにいたって、それはますますひどくなるようです。 雑念が次から次へと浮かび、手がお留守になるようでは、サラリーマン失格ですねぇ。 そういえば昔、デカルトという哲学者が、ありとあらゆる物の存在を疑い、疑いたおした末に疑いを思念しているおのれの存在だけは疑いえない、として、有名な、我思うゆえに我在りという言葉を残しました。 そうすると雑念に悩まされる私は、まさに在る、ということなのでしょうか。 しかしビアスの「悪魔の辞典」によれば、デカルトは言葉足らずで、正確には、我思うと我思う、故に我ありと我思う、とすべきだと記しています。これはなかなか示唆に富んだ指摘ではないかと思います。何もかもを疑いながらおのれの存在だけは確からしいと感じるのは不思議です。浄土真宗などでは、南無阿弥陀仏と唱えれば極楽往生できると説きますが、南無阿弥陀仏と唱えている自分の口は、自分が唱えているのではなく、衆生を救いたいと願う阿弥陀仏が、衆生の口に唱えさせているのだと言います。 ここに至って、南無阿弥陀仏と唱える行為さえ自力ではなしえず、阿弥陀仏の力=他力...
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王殺し

亡父の蔵書の中から、英国の人類学者、ジェームズ・フレイザーの大著、「金枝篇」を翻訳した「図説 金枝篇」が出てきました。 亡父の蔵書の森を彷徨うことは、まことに心慰む業です。 本来の「金枝篇」、フレイザーが40年もかけて書き上げた全13巻の大著らしいですが、あまりに大部なために一般に読まれず、それを気に病んだ著者が上下2巻にまとめ、読まれるようになったそうです。 亡父が持っていた講談社学術文庫版は、その要約版を翻訳したもののようです。 ぱらぱらとめくっていると、欧州のみならず広く世界中に王を殺す風習があったとの章が目に留まりました。 もともとギリシア神話に、森の王という者がいて、これは逃亡奴隷なのですが、森の王となりたい逃亡奴隷は今君臨する王を殺害してその座を奪わねばならず、森の王となった者は、折ってはならない金枝を折らなければならない、というお話があり、その神話の謎を解こうと、世界中の神話を調べ、想像力をたくましくして描いた著作だそうです。 世界に普遍的に見られる物語は、王の力は神聖にして強大だが、老いによる衰えは免れず、王の強大な力によって栄えている国家や部族も、王の老衰とともに衰え...
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呪の思想 神と人間との間

雨の休日。 先般実家から大量に貰い受けた亡父の蔵書など眺めています。 とりあえず、哲学者・梅原猛と漢文学者にして古代漢字の泰斗・白川静の対談集を読みました。 「呪の思想 神と人間との間」です。 白川静にかかると、漢字というのは大抵呪いから来ていることになるようです。 例えば道。 これは首と進むが一緒になってできた文字で、道というのは敵や生贄の生首を運ぶためのものであったろうと言います。 例えば邊。 これは鼻を上にした髑髏を載せる台このとだそうで。 現在もアマゾンやアフリカの原始的な暮らしをしている部族の小屋には、よく髑髏を並べるための台だ設置してあるんだとか。 魔除けですかねぇ。 梅原猛はそれに応え、わが国の縄文の文様もまた魔除けであったろうと言います。 とくに袖や襟からは魔が入ってきやすいから、袖や襟にとくに念入りに縄文の文様を入れたんだとか。 さらに白川静は、文字はともともと人と人との交流手段ではなく、神と人との交通手段であったはずだと言います。 人間は物が言えますが、神様は物を言わないので、文字を使った、と。 だからわが国の行政文書である木簡や竹簡などは、文字本来の使用方法が廃れ...
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精神的故郷

先日、亡父の蔵書の中から、久しぶりに小難しい哲学書を読む機会に恵まれました。 ドイツの哲学者、ヤスパースの「歴史の起源と目標」です。 中学生の頃、同じ作者の手になる「哲学入門」というのを読んで、非常に混乱した覚えがあり、それ以来、この作者の著作は敬して遠ざけてきました。 しかしこの「歴史の起源と目標」、なかなかぶっ飛んでいて素敵です。 ヤスパースは、人類はひとつの起源とひとつの目標をもつという信念をもっていました。 起源と目標の間を、わけもわからず漂っているのが人間の歴史だというのです。 これはキリスト教やイスラム教にみられる、天地創造と最後の審判という考え方によく似ていますね。 ヤスパースの素敵な点は、これを一つの宗教の問題ではなく、全人類の問題に敷衍しようとしたことにあります。 そのため、枢軸時代という概念を持ち出します。 紀元前500年頃、世界のあちこちで、互いを知らぬまま、巨大な思想的運動が同時並行的に起きたというのです。 中国においては老子や孔子、インドにおいては釈迦やウパニシャッド哲学、中東においてはゾロアスター教やユダヤ教、ギリシャにおいてはソクラテス、プラトン、アリスト...
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毒杯

ソクラテスというと、どういうイメージを持っているでしょうか。ソクラテスです。 古代ローマの偉大な哲学者、有名な無知の知、青年を惑わした罪で死刑に処せられたことなどなどでしょうか。 ソクラテスより賢い者は存在しない、という神託を知ったソクラテスは、驚き怯えました。 そしてその神託が間違いであることを証明するため、多くの賢者と呼ばれる人々を訪ねては対話を行ったそうです。 その結果、賢者と呼ばれる人たちは狭い知識に拘泥し、自分が知らないことがたくさんあることを認めませんでした。 そこでソクラテスは、「自分自身が無知であることを知っている人間は、自分自身が無知であることを知らない人間より賢い」「真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始まる」という、無知の知を発見し、神託が正しかったことを知るのです。 しかし考えてみれば迷惑な男です。 突然訪ねて来ては論争をふっかけ、自分のほうが賢いことを確認して去っていくというのですから。 しかもソクラテスの行動はアテナイ市民の間で有名になり、対話を見物に行く若者が後を絶たず、公開試合の様相を呈していったようです。 行動が行き過ぎたのでしょう...
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青木伊平氏の自殺

4月26日というと、私には忘れられない日です。 1989年のこの日、竹下登元総理が退陣表明し、秘書の青木伊平氏が自殺したのです。 享年59歳。 竹下登の金庫番と言われ、若い議員などは青木氏に睨みつけられただけで震え上がると言われたほどの大物秘書でした。 リクルート事件で政界に激震が走るなかでの、突然の自殺でした。 リクルート事件の件もすべてを知っていたとみられ、今でも暗殺説が絶えません。 暗殺とまではいかなくても、親分を守るため、因果を含められての自殺だったのではないかと推測します。 このニュースにふれて、田中角栄の元秘書で、やはり大物秘書と言われた早坂茂三氏が、「かわいそうだなぁ」と繰り返しながら、号泣する姿がテレビで何度も放送されました。 その時、早坂氏は政治評論家という肩書でしたが、秘書がトカゲのしっぽのように切り捨てられる姿をたくさん見てきたんでしょうねぇ。 よく籠に乗る人担ぐ人、などと言って、政治家と秘書の関係を表したりします。 この現代社会において、親分を守るために自殺するという心性を持った人なんて、そうそういないと思います。 封建社会じゃないんですから。 親分の社会的地位...
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