思想・学問

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ハロウィン

先日某デパートに行って、驚いたことがあります。 ある売り場に、山のようにハロウィン関連商品が並べてあったのです。 いつの間にハロウィンは日本でこんなにひろまったのじゃ?、と不思議に思いました。 私のおぼろな記憶では、たしか元々はケルト民族のお祭りで、収穫を祝い魔除けをする主旨で、キリスト教受容の際にこれをキリスト教と結び付けて祝うようになったもので、キリスト教国であっても、英米以外ではあまり行われない、というようなものだったと思います。 私が初めてハロウィンという行事を知ったのは小学校5年生のとき、「ハロウィン」というホラー映画が公開されたことがきっかけだったように思います。 この映画は「13日の金曜日」シリーズのジェイソン、「エルム街の悪夢」シリーズのフレディ・クルーガー等に先駆けて、ブギーマンというダーク・ヒーローを生み出したことで知られ、好事家の間ではカルト的な人気を博しています。 もちろん、私もファンです。 シリーズはパート8まで製作され、2007年には新たにリメイク版が公開され、新シリーズは第2作まで作られています。 それはさておき。 私は、多分1980年代に入って日本でも少...
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ドイツ刑法175条とソドミー法

キリスト教国家の多くで、かつて同性愛を神の教えに背くものとして、罰していました。 なかでも苛烈を極めたのは、ナチス政権下のドイツでしょう。 ドイツ刑法175条は、以下のように定めています。男子間又は人獣間に於てなしたる天理に背く猥褻の行為にありては禁錮を以て処刑せらるるものとす。其他公権剥奪を言渡さるることあり。 ワイマール憲法下のドイツではこの法律はほとんど無視され、男性も女性も同性愛者は堂々と暮らしていました。 しかしナチが政権を握ると、社会に害を与えるとして、男性同愛者を収容所に強制連行し、虐殺したり、強制的に去勢したりしました。 女性同性愛者は矯正可能とみなされ、矯正措置=強姦が行われ、妊娠・出産を求められました。 この悪法が廃止されたのは東西ドイツ統一後、1994年だったというから驚きです。 米国に至っては、2003年に連邦最高裁判所で違憲判決が出るまで、ソドミー法という肛門を使った性交を犯罪とする法律が多くの州で施行されていました。 要するに男女間であっても肛門では生殖行為にならず、神の教えに反するということのようです。 それなら自慰行為に耽ったり、オーラルセックスを楽しん...
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両性具有

先日、縁ある人の葬儀に参列しました。 齢94の大往生。 葬儀に湿っぽい雰囲気はなく、むしろおめでたい感じでした。  そこで思ったことは、日本国憲法が高らかに宣言した男女平等の原理は、今だに建前に過ぎないのだな、ということです。 喪主は長男。彼には姉がいますが、姉は喪主になりません。 宴席では、年長の男が上座に座り、年齢順に男が座り、老婆でも一番若い成人男性より下座です。 久しぶりに見た、家父長制の残滓とでもいうべき光景。 私はむしろ、新鮮な驚きを感じました。 人間は不平等なもの。 性差別や部落差別、障害者差別が完全になくなっても、生まれた家が金持ちか貧乏か、両親が円満か不仲か、健康に生まれるか虚弱に生まれるか、頭脳明晰に生まれるか知能低く生まれるか、など、どちらが幸せかは別にして、生来の不平等は如何ともなしがたいものです。 だからこそ、社会制度としての差別はなんとしてでも解消しなければなりません。 その中でも古来、多くの民族で等しく見られるのが、男女差別です。 戦後、少なくとも公の場では、男女差別は無いことになりました。 家父長制から平等主義へ、大きく舵を切ることになりました。 しかし...
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神々の国

昔、森元総理大臣が在任中、「日本は神の国」と発言して大問題になりましたね。 多分先の大戦末期、神風と称して自爆攻撃を行ったり、神国日本は負けるはずがない、と宣伝したため、「神の国」という言い方に拒絶反応を示すようになったのだと思います。   「古事記」や「日本書紀」には、イザナギ・イザナミによって日本列島が形成され、その日本を支配していた大国主命が天照大神に国譲りをして、日本は天つ神の子孫である天皇が支配する国になった、と語られています。 天照大神をはじめとして、八百万の神々がこの国におはしまし、日本人は神々を崇敬しているから「日本は神の国」である、という言い分に、何の不思議もありません。 フィンランドを森と湖の国といったり、タイを微笑みの国といったり、ハワイを地上の楽園といったりするのと同じようなものです。 また、明治維新後、日本は世界の諸先輩方の真似をして帝国主義国家としてのし上がりましたが、その時に日本の支配下に置かれた人々と自国民を差別化する意味も「神国」に込めたため、神の国、という言いようは戦後禁忌となったと思われます。 しかし平安時代には、「神の国」というのは自己卑下する意...
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平城京遷都と畳

近頃平城京遷都1300年とやらで、奈良のあたりがかまびすしいですね。 気持ちが悪い、と悪評さんざんだったせんと君も、インパクトがあって良い、と高評価。 たしかに一度見たら忘れられない面構えではあります。 先日、大仏造営の頃を舞台にしたドラマを観ました。 吉岡秀隆が吉備真備役をやっていて、およそ古代の大政治家には見えない大根ぶりを発揮していました。明らかなミスキャストですね。 そのドラマを見ていて思ったのですが、床が石なのですね。 そして家の中でも木靴を履いています。 衣装もまるっきり中国風です。 わが国が大陸から受けた影響の大きさを感じさせられます。 また一方、遣唐使の廃止が契機になったと言われる国風文化の発展が、どれほど大きな意味があったかを思い知らされます。 赤くない文化大革命だったのではないでしょうか。 「源氏物語絵巻」には、板張りに畳が数枚敷いてある絵が散見されます。 古くは畳は敷布団だったとか。 冬は寒くてしかたありますまい。 「源氏物語」でも、むやみにそこいらにごろんと横になって寝ています。 立って半畳寝て一畳と言いますから、畳が寝具だったことがうかがえます。 鎌倉時代以降...
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ちょんまげ

昨夜「水戸黄門」の新シリーズを見ていて、ずいぶん太くて立派なちょんまげだなあと不思議に思いました。幕末の侍の写真を見ると、頼りないほどまげが細く、さかやきの部分が広いんですよねぇ。黒澤明の「影武者」なんかは、不自然なほど細いまげでしたが、きっと実際は現代人が思うより細かったんじゃないでしょうか。時代劇のまげが立派に過ぎるんだろうと思います。歌舞伎の鬘の影響ですかねぇ。いずれにしろ、文明開化とともに、日本人はちょんまげを捨て、お相撲さん以外はざんばら髪へと移行しました。お隣、李氏朝鮮においても、日清戦争後、日本が朝鮮最初の憲法と言われる洪範十四条を押しつけて、断髪令が施行されました。日本とは違った、伸びるに任せた長い髪を束ねて髷を結っていたのを、西洋風の髪型にしろ、というわけです。日本において、侍は廃刀令には激しく反発しましたが、ざんばら髪はわが国ではそんなに反対されませんでした。しかし李氏朝鮮においては、断髪令は強烈な抵抗にあいます。私の髪を切るならまず首を切れ、と叫んだ学者がいたとか。さらには髪を切ったことを恥じて自殺する者が後を絶たなかったとか。身体髪膚これを父母に受く。あえて毀傷...
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教える

私は大学や研究所で事務職をしてきたので、多くの学者と接しました。 その中で、最も人懐こく、事務職員に親和的だったのは、教育学者です。 多くの教育学者と酒を飲んだり、出張に同行したりしました。 少なくとも私が接した教育学者は例外なく、人懐こかったですね。  面白いことにセクシャル・ハラスメントを起こす学者は大抵教育学者なんですよね。 多分過剰なコミュニケーションを求めて、女子学生を不快にさせるんじゃないでしょうか。 ある著名な教育学者は、陰徳ということをよく言っていました。 古い中国の書物「淮南子」に、陰徳有る者は必ず陽報有り、という文言があるそうです。 陰で人知れず善行をなし、褒美や名誉を求めないでいれば、本人が求めなくても必ず良いことがある、というほどの意です。 ルソーの「エミール」にも同じようなことが書かれていると聞きました。 じつは教育学の大先生(当時私が勤めていた大学の副学長でした)の京都大学への出張に同行したとき、旅費規程上は大先生はグリーン車に乗れるのですが、とびお君と一緒がいい、と言って普通指定席に並んで座り、東京から京都まで、延々話を聞いたのです。(おやじギャグを笑いな...
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華夷闘諍

菅総理が廊下でばったり行き会って、偶然、温家宝首相と25分会談したことがニュースになっていますね。 出来すぎた偶然ですが、互いの面子を保つために接触するには、偶然を装うしかなかったということでしょうか。 近頃の中国の振る舞いは我がまま勝手で、中華思想というのは随分気ままなようです。  わが国において、かつては京を中心とする関西が、言わば日本の中華でした。 「太平記」において鎌倉の武家と京都の後醍醐天皇との争いを、華夷闘諍(華=朝廷・夷=鎌倉幕府)と表現しているのは、当時の感覚から言えば当然だったのでしょう。 鎌倉は夷、つまり野蛮な田舎だったわけです。 鎌倉幕府は京都にも匹敵する一大勢力を関東に築こうとするもので、朝廷は大いに危機感を抱いたことでしょう。 鎌倉幕府成立からわずか約30年後に、後鳥羽上皇は関西の武士を集めて幕府を倒そうと承久の乱を起こしましたが、わずか二カ月で敗れ、隠岐に流されてしまいます。 このことは、例え天皇だろうと上皇だろうと、強い者に刃向かえばただではすまないこと、もはや京都は日本の中華ではなくなったこと、を意味していると思います。 後鳥羽上皇の歌を時系列で並べてみ...
思想・学問

二夜、伊勢で宿泊して、夜がとてつもなく深い闇に包まれていることを実感しました。 それは田舎に旅行するといつも感じることで、礼文島に宿をとったときや、霊峰、大峰山や天河弁財天の入り口の天川村に宿泊したときなど、強く感じたことでした。  古来、人が最も怖れ、鬼が支配すると考えたものが、夜の闇でした。  「日本霊異記」に、伊豆に流罪になった修験道の開祖、役小角(えんのおづの)が、 昼は皇に随ひて嶋に居て行ふ。夜は駿河の富士の嶽に往きて修す。(昼は天皇の命令に従って伊豆で修行した。夜は富士山に行って修行した。) と、あります。 もちろん、そんなことは不可能で、これはフィクションと考えるべきですが、当時の人々の感覚では、昼と夜は時間の流れによって繋がっているものではなく、朝焼けと夕焼けによって全く別の世界が現出していたと思われます。 そのような例は枚挙にいとまがなく、例えば今では当たり前の、戦における夜討ちが、堅い禁忌であったことからも知れます。  民俗学者、宮本常一は、名著「忘れられた日本人」に、ある村で、文盲の人たちは底抜けに明るく、誠実で、例外なく時間の観念がなかった、と記しています。つま...
思想・学問

以前、夢日記をつけていたことがあります。 筒井康隆が夢日記をつけている、と知り、その真似をしたのです。 しかし、一カ月ほどでやめました。 夢日記をつけ始めて5日ほどで、毎夜見る夢が、極めて鮮明になりました。 その後、日を追うごとに夢は現実を侵食し、起きているのか、眠っているのか、夢と現実の境界が曖昧になってきて、怖ろしくなってやめたのです。 やめると、すぐに現実は力強く蘇り、夢は勢力を失いました。 その後、私は宮城音弥の「夢」や、ルドルフ・シュタイナーの「神秘学概論」などを読み、夢日記は危険であることを知りました。 ショウペンハウアーは、夢は短い狂気、狂気は長い夢、と評しています。 夢に関しては、予知夢、白昼夢、夢遊病、夢想、性的抑圧と、様々に分析されていますが、その実態は謎のままです。 面白いのは、断夢実験、というレム睡眠が起きた途端に起こす実験です。これを行うと、レム睡眠が後に過剰に増えるそうです。 つまりレム睡眠による夢が不足すると、脳はそれを補おうとするわけで、これは夢が人間が生きていくうえでぜひとも必要だということを表しています。 私は毎朝、夢日記をつけてみようか、という欲望...
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悪女正機

早いもので、来週はお彼岸ですね。 現在、仏教行事が主ではありますが、戦前は秋季皇霊祭と言って、神道のお祭りとしての休日でした。 いずれにしても、自然現象にかこつけた行事ですので、仏教だ、神道だと、目くじら立てることもありますまい。  起源も明確ではありませんし、比較的近いご先祖様が行ってきたことを、私たちもやろう、というだけの話です。 仏教と神道といえば、わが国が仏教を受容するに際しては、比較的静かに進んだように見えます。多少の争いはあったにせよ、国を二分するようなことはありませんでした。 聖徳太子の父帝の用明天皇は、「自分は仏法を信じ、神道を敬う」と言って、あっさり両者併存を決めてしまいました。  平安の御代になると、この矛盾が出てきます。 「源氏物語」で、六条御息所の娘が伊勢斎宮となるため伊勢に下向しますが、六条御息所は伊勢神宮を罪深き所と呼んで、娘の身を案じています。 伊勢斎宮と言えば、最高神、天照大神を祀る、最高の格式を持った巫女で、皇族から少女が選ばれるならわしがあります。 仏教から見れば、格が高い神様ほど、罪も深いのです。  ちなみに伊勢神宮の正式名称をご存知でしょうか。 ...
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家屋

民主党代表選の決着とともに、猛暑は終わりを告げました。 ここ数日、朝夕は肌寒いほどです。 日本の家屋は夏をしのぎやすいように造られている、とはよく聞くことです。 裏を返せば、寒さには弱いということでしょうねぇ。 障子やら襖やら、紙で外と内を区切ろうというのですから、ずいぶん心細い話です。 現在私はコンクリートで分厚く固められた集合住宅に住んでいるので、冬は暖房がほとんど要らないほど暖かいのですが、夏は冷房なしにはいられません。駅近くに立地しているので、騒音やらプライバシーやらで、窓を開けて涼をとるということは考えられません。  プライバシーといえば、これは訳語がないのですね。 訳語がないということは、わが国ではもともとそういう概念がなく、また、文明開化以降もそのような概念を持つ必要がなかったということでしょうか。 日本家屋の特徴は、部屋と部屋を襖で仕切ること。 つまり大部屋を小さく仕切っただけのことで、開けようと思えば簡単に開けられますし、鍵をかけても素手で破壊できます。 幼児の頃から個室を持つのが当たり前の欧米とは大きな違いです。 「水戸黄門」などでは、旅籠で休むご隠居一行のすぐ隣、...
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男の愚挙

主に男が犯す愚の一つに、思想や大義のために過激な行動をとることがありますね。 現代で言えばイスラム過激派などの宗教組織によるテロ。 二十五年前には、左翼過激派によって当時の国鉄浅草橋駅が焼かれ、私が通っていた高校は臨時休校になり、高校生だった私は不謹慎にも喜びました。  ナチや共産主義、日本の軍国主義なども、思想や大義のために愚挙にでました。 さかのぼって、西南戦争などの不平士族の反乱は、武士の命ともいえる刀を取り上げられることへの精神的苦痛の表明でもあったことでしょう。 明治九年、西南戦争の前年ですが、神風連の乱が熊本で起きました。 政府軍を急襲し、損害を与えましたが、戦いは呆気なく終わり、神風連の士族たちは多くは戦死または自刃しました。 神風連は、宇気比(うけい)と呼ばれる儀式によって神託を聞き、忠実にそれに従った、と言います。 どんなに有利な条件でも、神託が不可であれば決行を思いとどまり、またどんなに危険な状況であっても神託が可であれば、断然これを決行した、とのことです。 神風連の士族が狂信的に神道を信じ、その神託が絶対であったかどうか、今となってはわかりません。 しかし、いくら...
思想・学問

ここ30年ばかりの愚かな流行歌の盛況ぶりに嫌気がさしているのは私ばかりではありますまい。 特に聞き苦しいのは男女間の恋を表わすのに、愛という言葉を多用することです。 もともと愛は贈り物をする、という意味で、転じて、相手を慈しむとか、ある物事に執着する、とかいう意味になったものです。 日本では長く、親子や兄弟間、もしくは広く生命全般に対して使われる言葉でした。 西郷隆盛の敬天愛人などは、特定の人を愛するのではなく、人類全体を愛するという意味ですね。 仏教では、愛欲などといって、愛は執着を表わす言葉で、否定的に使われていました。 男女間の場合は、恋もしくは色と言ったものです。 明治初期、北村透谷あたりが、欧米で流行り始めた男女間の純愛という思想にとびついて、恋愛至上主義的な言説を弄して当時の少年少女を惑わせたのが、愛という言葉の倒錯的な用い方の始まりでしょう。 あまたいる異性の一人だけに対して愛という言葉を用いるのは、あまりに排他的で、本来の用法から逸脱しています。 そうは言っても、言葉は時代とともに変化していくもの。現在のような用法はあまりにも広く行われ、国語辞典にも変化後の旨が記載され...
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H.G.ウェルズと退廃

子どもの頃、H.G.ウェルズのSF小説をよく読みました。 「タイム・マシン」、「透明人間」、「モロー博士の島」等々。 いずれも優れたエンターテイメントであり、19世紀末の社会を風刺する文明批評でもありました。 これらの小説と退廃を結び付けて論じた論文を読みました。 太田省一という社会学者による論文で、タイトルは「退廃・獣人・嫌悪」といいます。 ダーウィンの進化論を援用して、生物は一方向に向かって進化していくのではなく、むやみに多くの変種を生み、たまたま自然に適応した種だけが生き残るので、人類は進化でも退化でもない状態=退廃の状態に置かれる、と人間の状況を定義付けます。 「タイム・マシン」では80万年後の、労働から解放されたユートピアのような世界に住む、優雅で温和なエロイと出会い、彼らの生活に主人公は安堵します。しかし、それは地下で労働をもっぱらにする獣人モ―ロックによって支えられていることを知ります。さらに恐怖すべき発見をします。モーロックの食糧はエロイなのです。 主人公はさらに未来へと進み、もはや人類の末裔は見つかりません。 それでも、主人公は未来へと進みます。 19世紀末に戻り、主...
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