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49日法要

本日は亡父の49日忌法要が営まれました。 通夜、告別式にくらべてひっそりとした、しめやかなものでした。 これで亡父は中有の闇を抜けて無事成仏したということになるのでしょうか。 あるいは転生を果たしたのでしょうか。 いずれにしろ、名実ともに、この世の者ではなくなったというわけで、感慨もひとしおです。 3月5日に父が亡くなってから、一ヵ月半で私は体重が6キロも落ちてしまいました。 何を食っても旨いと感じられず、結果として小食になってしまったためで、いわゆるダイエットめいたことは一切していません。 しかし内科医は喜んでいましたね。 早速血液検査だと言って、昨日、血を抜かれました。 これは亡父が太りすぎた私に警告を発しているものと思います。 亡父の命に従って、毎日体重計に乗って、リバウンドしないように気をつけようと思います。
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ブラック・ホーク・ダウン

昨夜はリドリー・スコット監督の戦争映画「ブラック・ホーク・ダウン」を鑑賞しました。 2時間半の大作です。 1990年代前半、国連平和維持軍の一員としてソマリアに駐留する米軍部隊。 ある時、ソマリアの独裁者、アイディード将軍の側近が密かに会合を開くという情報を得て、米特殊部隊は側近たちを逮捕すべく、巨大な最新鋭戦闘ヘリ、ブラック・ホークで会合場所に乗り込みます。 しかしアイディード将軍が支配する地域であったため、首都の住民たちが民兵となって米特殊部隊を圧倒的な数で襲います。 ブラック・ホークは2機が撃墜されてしまいます。 車両部隊も民兵たちによって基地への帰還を阻まれます。 最新鋭の圧倒的な兵力を持っているはずの米特殊部隊は総崩れ。 米軍の司令官はパキスタンをはじめとする他国の国連平和維持軍に応援を求めますが、米特殊部隊の作戦を知らされていなかった他国の軍は、援軍を整えるのに数時間を要してしまいます。 予定では1時間程度で終了するはずだった側近逮捕の作戦が、街中を巻き込んだ大市街戦となり、一昼夜激しい戦闘が続きます。 米軍最大の失敗した作戦です。 これによってソマリア民兵1,000人余り...
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浮世の義理

今日まで忌引きでお休みでした。 午前中、香典返しの相談に実家に行きました。 庭にきれいな梅が咲いていました。 結果、私の職場関係は略式の即日渡しとすることとし、私の分の購入代金をもらってその足で千葉三越に行き、品物を購入しました。 実家の関係は正式に49日が明けてから香典返しをするとのことでした。 明後日、忌引き明けの朝あいさつ回りをする予定です。 また、弔電、生花を賜った方々にはお礼状を出さなければなりません。 浮世の義理とは面倒なものです。
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生ホタルイカ

例年この時期になると、近所の魚屋で生食用ホタルイカが売り出されます。 この時期の私の楽しみです。 このマンションに引っ越してその魚屋に買い物に行くようになるまで、ホタルイカを生で食えるとは知りませんでした。 昨夜、この春初めて店頭に生食用ホタルイカを発見しました。 即買いです。 生食用といっても本当に生で食すのは怖いので、ちょっとだけゆでて、半生状態にしてわさび醤油でいただきます。 わたが口の中でとろける感じです。 これがこの世のものとは思えぬほど旨いのです。 これに加えて、魚屋自家製の、やっぱりかなり生に近いしめ鯖を購入しました。 こちらは年間通して買えます。 自家製ということで、味にばらつきがあり、それがまたギャンブルのような楽しさです。 昨夜のは大当たりでしたねぇ。 これに魚屋の隣にある八百屋で買った菜の花を辛し和えにし、冷やしトマトとぬか漬けも購入しました。 飲み物は、私が一押しのプレミアム・ビール、シルク・エビスです。 旨いつまみに旨い酒、幸せでしたねぇ。にほんブログ村人気ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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昨夜

やっと亡父の通夜が盛大に営まれました。 これで一区切り。 今日は告別式。 慌しくて感慨に耽る暇もありまえん。 行って来ます。
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通夜

3月5日に亡くなった父の通夜が、やっと今日、営まれます。 さすがに10日も経っての通夜というのは間抜けな感じがしますが、こういった儀式をきちんと経ないと、私の日常が脅かされてしまいます。 まずはしめやかに、次男としての役割などいくらもありはしませんが、黙って座っていましょう。 亡父との思い出は数知れず。 幼児から中学二年生まで、私が嫌だと言うまで、夏休みと冬休みには必ず、三泊四日程度の小旅行に連れて行ってくれました。 海水浴だったり、スキーだったり、あるいは避暑地での散歩やサイクリングだったり。 何よりも父は子どもを楽しませることより、自分が楽しむ天才でした。 父親が楽しそうにしていれば、それは子どもに伝播して、子どもも楽しくなるものです。 うつ病で長く休むことになったとき、父は奈良や京都郊外への旅行に連れ出してくれました。 父は京都の紅葉を見せたかったらしいのですが、主治医から人混みを厳禁されていると知り、奈良や京都郊外に変更になったようです。 京都では、生まれて初めてシティ・ホテルのスウィート・ルームに宿泊しました。 私が住む35年ローンを組んで買ったマンションより広くて、かっくり...
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東京大空襲

3月11日に大震災が発生したためか、例年盛大に慰霊が行われている3月10日の東京大空襲は忘れ去られてしまったかのごとくです。 私の親戚のおばさんは、幼児の頃本所で空襲にあい、公園に逃げ込んで、トイレは人がいっぱいで、ジャングルジムに隠れて一晩中頭から水道水を被り続けたそうです。 おばさんは助かり、トイレに逃げ込んだ者は全員死亡。 おばさんに水をかけ続けた母親も力尽きて死亡。 何が生死を分けるかわからぬ極限状況に身を置いた人の言葉は、意外なほど明るかったりします。 諦念でしょうか。 それとも、悲しい時、微笑もうとするわが民族特有の照れでしょうか。 私の母は4歳の時長崎で被爆。 石ころのように大きなドス黒い雨を浴びたそうですが、生来放射能に強い体質なのか、70を過ぎた今もピンピンしています。 そんな母から見ると、少々の放射能を含んだがれき処理に拒絶反応を示す被災していない人々が滑稽に見えるようです。 その時母が浴びた放射能は、間違いなく現在の基準値を超えているでしょう。 時の流れとともに不幸な過去を忘れていくことは、今を生きる人間にとって是非とも必要なことです。 記録に残し、データを蓄積す...
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もうしば漬けは食えない 追悼 山口美江さん

山口美江さんが亡くなったそうですね。 まだ51歳だったとか。 やれませんねぇ。 死因は心不全。 要するに謎の急死ですねぇ。 私が高校生の頃、CNNヘッドラインのキャスターとして得意の英語力を生かし、鮮烈にデヴュー。 バブルの予感高まる頃、男女雇用機会均等法が成立。 バリバリ働く女性が格好良いとされていました。 CNNキャスターでバリバリ働く姿を見せつけた後、疲れたキャリア・ウーマンが帰宅するなり「あぁ、しば漬け食べたい」とつぶやくフジッコの漬け物のCMで大ブレイク。 女たちも疲れているのよ、という強烈なメッセージを発しましたね。  タレントとして大活躍しましたが、お父様の介護で大変な経験をされたようです。 認知症を患ったお父様からプロポーズされた、という逸話は衝撃でした。 お父様を深く敬愛して、生涯独身だったと聞きおよびます。 バブルをうまく利用した1人でもありました。 バブルは遠くなりにけり、ですかねぇ。 ご冥福をお祈りします。ソフト漬物 赤しば漬フジッコフジッコ女ひとりで親を看取る山口 美江ブックマン社にほんブログ村エンターテインメント ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してラ...
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もう一週間以上、微熱と咳が続いています。 3月2日に内科を受診してから、良くなった気がしないので、今日再受診しました。 インフルエンザの検査をして、ただの風邪だと分かり、前回出た薬にプラスして、解熱鎮痛剤がでました。 先生いわく、もう大方治っているそうですが、自分ではとてもしんどいのです。 昨日、咳き込みながら仕事をしていたら、上司から、体調が悪いときは休むのも仕事のうちだと言われ、お言葉に甘えて今日は休むことにしました。 いっぷう変わったところのある上司ですが、根は優しいものと見えます。 咳といえば、尾崎放哉の、 咳をしても一人 という自由律俳句が思い浮かびますね。 しかしわが職場は風邪が猛威を奮い、あっちでもこっちでも咳やくしゃみをしており、まるで競争のようです。  今日は家で、一人の咳に浸れます。 少しは尾崎放哉の句境に迫れるでしょうか。尾崎放哉全句集 (ちくま文庫)村上 護筑摩書房にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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死に顔

亡父の通夜が3月15日、告別式が16日と決まって、あまりに遠いため、午後実家に死に顔を見に行きました。 静かな顔でした。 線香をあげて顔を見ても、不思議なほど何の感慨もわきませんでした。 冷たい倅ですね。 亡父は西行法師の和歌をこよなく愛していました。 病の床にあって、「山家集」をひもといていたくらいです。山家集 新訂 (岩波文庫 黄 23-1)佐佐木 信綱岩波書店 その辞世、 願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月の頃 には、少し早かったようです。 しかしせっかちな亡父のこと。 花なんぞ待っていられなかったのでしょう。 それにしてもわが実家には、佃煮にするほど坊主が集まり、檀家の世話人も交えて誰が葬儀委員長をやるだの導師をやるだの、どうでもよいことを話し合っていました。 なるほど葬式というものは、生き残った者のためにやるのだなぁと、感じ入ったしだいです。にほんブログ村 本・書籍 ブログランキングへ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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涙雨

亡父の死を悼むかのごとく、涙雨が時に弱く、時に激しく降っています。 私は通夜と告別式の日取りが決まるのをただマンションで待っているだけ。 実家ではさぞかし大忙しでしょう。 手伝いに行きたい気持ちはやまやまですが、かえって足手まといになるだけでしょうから、実家からのお呼びを待つ他ありません。 実家は日蓮宗の寺院ですが、父が13歳のときに祖父が急死。 それから26歳で住職におさまるまで、ずいぶんと苦労したように聞きました。 しかしその後は、宗門で出世街道をひた走り、全国青年委員長、宗議会議員、総合企画部長、そして日蓮宗宗務総長と、事務方のトップへと駆け上がりました。 引退してずいぶん経ちますが、おそらくは通夜、葬儀も盛大にならざるを得ず、それだけに日取りの決定に時間がかかっているものと思われます。 強運の持ち主だった亡父のこと、日取りさえ決まれば涙雨はきれいに上がり、極楽往生を寿ぐかのような晴天に恵まれるものと信じています。
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父の死

今朝早く、母から電話がありました。 父が肝臓がんのため、他界した、とのことでした。  昨日、私は浅草寺病院に父の個室を見舞いました。 浅草寺の五重塔がよく見える部屋でした。 父はモルヒネと睡眠薬の点滴をうけ、もはや痛みを止める以外に手はない、とのことでした。 それでも手をにぎり、「とびおです。お見舞いに来ました」というと、うっすら目を開け、「ありがとう、悪いな」と蚊の泣くような声で返事をしました。 もはやその魂は、あの世とこの世を行きつ戻りつしているかのごとくでした。 浅草には父が行きつけだった鮨屋があり、バーがあり、父が最も愛した場所でした。 最初は慶応病院に入院していたのですが、退院してしばらくし、先月末、再度入院しようという時、慶応病院にはベッドに空きがないとのことで、浅草寺病院を紹介されたのです。 結果的に、父がこよなく愛した浅草で死を迎えることになりました。  不幸中の幸いは、長患いしなかったこと。 誇り高い父には、寝たきりで何年も生きるなど、考えられないことです。 正月にはまだ元気で、少しですがワインなども嗜んでいました。 先月26日に容態が急変。 入院してしばらくは、退院...
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週末

冴えない週末でしたねぇ。 体調が悪いということは、こんなにつまらないものなんですねぇ。 咳が出て微熱があるくらいでこんなにしんどいのですから、重病の方のご苦労、お察しします。 加えて父が体調を崩して入院したとかで、自分の体調不良を押してお見舞いに出かけました。 齢71。 色々とがたが来る頃でしょう。 回復を祈ります。
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良かった

昨夜は食欲がなく、晩飯を食わずに薬を飲んで18時には床に着きました。 寒気に震えながら寝たのですが、今朝4時には激しい空腹とともに眼が覚めました。 普通に朝飯を食い、また横になりました。 咳も微熱も寒気もすっかり治まりました。 なにはともあれ、良かったです。 多分薬で抑えているだけだとおもうので、この土日は大人しくしていようと思います。 あ、でも床屋には行かなくちゃ。 大分伸びましたから。  それと、夕方16時30分に精神科を予約しているのでした。 結構忙しいですねぇ。
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慣れない肉体労働が祟ったのか、昼にいつものように400円の日替わり仕出し弁当を食ったら、激しく咳き込み、トイレに駆け込んであらかた戻してしまいました。 その後も激しい咳と微熱が続き、13:30からの打ち合わせが約1時間で終ると、早退しました。 今週は皆勤だっただけに、残念です。 でもあのまま職場にいても、咳をするばかりで仕事にならなかったでしょう。 人に移したかもしれないし。 帰宅すると、早速かかり付けの内科に行きました。 咳を抑える薬、気管を広げる薬、抗生物質、吸入器などなど、あまたの薬が処方され、三十分ほど前に飲んだら、気持ち悪いくらい咳や喉の痛みが治まりました。 西洋医学、恐るべし。 とりあえず、良くなっても全部飲むように、とのことで、7日分が処方されました。 金曜日に体調を崩すのは悔しいですねぇ。 この週末は安静にしている他ありますまい。 残念。にほんブログ村人気ブログランキングへ ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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