美術

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能面と能装束

今日は久しぶりに美術館に出かけました。 日本橋の三井記念美術館です。 お目当ては、三井家所蔵の「能面と能装束」展です。 能の衣装や面は、おそらく世界に例のない、最も美しいファッションであろうと思います。 衣装や面だけでなく、笛や鼓にまで様々な意匠が凝らされ、面をしまう箱にまで、美しい装飾が施されていることを知りました。 まったくわが民族の美意識の独自性と高度さは、驚嘆すべきレベルです。 なかでも、有名な秀吉愛蔵の花の小面(こおもて)は、少女らしいふっくらとした頬と生き生きした生気が漲っており、素晴らしい面でした。 花の小面です。 一方もう少しお姉さんの面で有名な孫次郎は、気品漂うものでした。 孫次郎です。 この2つの面を実物で、間近で観られることは生涯あるまいと思っていたので、たいへん幸せです。 日本に生まれて良かったぁ。 その他般若や蛇、小野小町が老いてしまった後の老女など、有名な室町時代の面をたっぷりと観ることができました。 あんまりじっくり観たせいで、目がつかれてしまいました。 帰りは日本橋三越を冷やかし、ぶらぶらと日本橋人形町へ出て、甘酒横丁などを散策し、都営新宿線の浜町駅から...
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着物

正月2日に実家で新年会を開いた折、母親から冬の着物一式をプレゼントされました。 着物なんて着ていく所もないのですが、時折能見物や歌舞伎見物に出かけますので、その際着ようかと思っています。 まだ一度も手をとおしておらず、どんなものかなとは思いますが、私は外人離れした顔をしていますので、似合うんじゃないかと思います。 それにしても、女性の晴れ着というのは、派手なような渋いような、世界で最も美しいファッションでしょうねぇ。 着物はファッションでありながらそれを芸術にまで高めた、幻想美を身にまとう強力な衣装です。 このようなファッションは世界に例がありません。 でも古い着物を着た少女というのはなんとなく不気味ですね。 顔を隠していると、よけい不気味です。 しかし幻想美とは本来不気味なもの。 時として、着物を身にまとった美しい女性がこの世ならぬ妖しい存在に見えてしまうのは、着物が持つ凶暴なまでの美しさを考えれば、当然かもしれません。にほんブログ村 ↓の評価ボタンを押してランキングをチェック!
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根付

根付が海外の古美術愛好家の間で流行っているそうですね。 なかにはオークションで3千万円以上もの値がつくこともあるとか。 印籠の先に付いている小さなウサギの柄が入ったものが根付です。 今で言えば、携帯ストラップとかキイ・ホルダーみたいなものでしょうか。 小さな物に手の込んだ細工をする日本人らしい一品です。  根付の実例をいくつか。  どれも遊び心に溢れています。 今、世界でも携帯ストラップの種類の豊富さ、細工の丁寧さはわが国が一番だと聞きました。 メールに使う絵文字や、デコレーション・メールなどもわが国独特の風習だそうです。 道具を擬人化して可愛がるのは、わが国においては何も子どもに限ったことではありません。 大の大人が、お気に入りの道具や車に愛称をつけて可愛がり、悦に入っている姿はあまり見栄えの良いものではありませんが、微笑ましくもあります。 根付どころか、米粒に絵を描く人とか、米粒で仏像を造る人までいるというから驚きです。  私は手先が不器用なのでそんなことができる人が羨ましいですねぇ。 米粒に絵を描いてみたいものです。根付 (NHK美の壺)NHK「美の壺」制作班日本放送出版協会根付...
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描かない絵画

先ほどNHKの日曜美術館で、現代抽象絵画に革命を起こしたとされるジャクソン・ポロックを取り上げていました。 ポーリングと言われる、絵の具ではなくペンキを縦横にたらして描く技法を生み出した画家です。 まずは彼の最高傑作と言われる「one」をご覧ください。 観てお分かりのとおり、一見、適当に描いた偶然の産物のように見えます。 しかしポロックは、「私は偶然を否定している。ペンキの線の一本一本をコントロールしている」と語ったそうです。 一方で、「絵の中にいるとき、私は何をしているのかわからない」とも語っているそうです。 筆を握るとトランス状態に陥ってしまうのでしょうか。 タイトルの「one」は、1という意味ではなく、ポロックと絵が一つのものになっている、という意味だそうです。 抽象画ではピカソが最も偉大な画家ですが、少なくともピカソの絵には形あるものが描かれており、無意識や幻想を形にしようとしたシュールレアリスムの延長上にいます。 ポロックは若い頃ピカソを超えようとして果たせず、「ちきしょう、あいつが全部やっちまった」と言ってピカソの画集を床にたたきつけたそうです。 それから20年後、アルコー...
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老少女 やなぎみわ

朝一番の記事で、下手な理屈をこねくり回したので少々気分が悪いです。 そこで昼休みの記事では趣向を代えて、私が今最も注目している美術家、やなぎみわの寓話シリーズを見て目の保養をしてみます。 無垢な少女と無慈悲な老女が特殊メイクで繰り広げる、怖ろしくも耽美的な作品群で、私はただうっとりと見つめる他ないのです。 糸で老女を責める少女。 モノクロームの映像が美的です。 裸で眠る少女の脇に、不自然なほど長い杖を持った老女。 裸の少女より、グロテスクな老女に目が行ってしまうのが不思議です。 マッチ売りの少女でしょうか。 少女の不自然な笑顔が、雪とマッチの光と相まって、独特の異空間をつくりあげています。 異形の老女が鳥となった少女を運ぶ姿。 老女はこれを食うんでしょうか? 怖ろしいですねぇ。 老女の顔をした少女の顔に装飾を施す少女。 世界はぐるぐる回っています。 鮮やかなカラー映像、老女たちが着飾っています。 ここは日本昔話の異界への入り口でしょうか? いずれも癖の強い作品で、猛毒を仕込んであるようです。 私はむせかえるような香気を放つこれら作品群を偏愛しています。 でもあんまり一般向きではないかも...
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酒井抱一と江戸琳派の全貌

今日は芸術の秋としゃれ込み、千葉市美術館に「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展を観にいきました。 超有名画家の名前を銘打っているだけあって、客の入りは上々。 琳派というとなんと言っても大胆な構図が得意の尾形光琳ですが、私は酒井抱一の絵のほうが、大胆さには欠けるものの、どこか上品で、力が入っていない感じがして好きです。 江戸後期、譜代大名酒井家の次男として生まれ、様々な大名家への養子の話があったようですが、すべて断り、己が信じる美の世界を貫き通したのは、なかなか見上げた根性です。 その画業は花鳥風月や俳画に留まらず、仏画や「伊勢物語」などの古典の一場面の絵などにも及んでおり、武家らしからぬ奔放さをも併せ持っています。 私が気に入ったのは、初期の頃の紅梅図です。 図録から写真を撮りましたが、うまくいきません。 下のようになってしまいました。 梅が枝を伸ばす様が、まるで何かを掴み取ろうとしている指先のように、躍動感があふれていました。 腐っても琳派といったところでしょうか。 帰りは千葉三越に寄って、スッコチハウスのシャツを二枚購入し、ドトールで珈琲を飲んで帰宅しました。 近いので楽でしたが、絵を観...
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草間弥生展

今日は残暑厳しいなか、青山のワタリウム美術館に出かけました。 この美術館は、小規模ながら現代アーティストの実験的な作品を展示することで知られ、好事家の間では有名です。 今日観たのは、もはや巨匠と言うべき草間弥生展です。 草間弥生といえば、水玉模様を執拗に描き続ける画家であり、数々の小説やエッセイを発表した著作家であり、1960年代には米国で数々のスキャンダラスなパフォーマンスを繰り広げた異能の人です。 今回の展示は、主に1960年代、彼女が最も過激であった頃を写真や動画で回顧するもので、残念なことに作品そのものはわずかしか展示されておらず、草間弥生の作品展ではなく、まさしく草間弥生展でした。 当時はベトナム戦争が行われ、若者の間ではベトナム反戦運動や、霊的な進化を模索するニュー・エイジ運動が流行、それにヒッピーなどが活躍していました。 草間弥生もその流れに乗り、自ら全裸になって水玉模様を体に描き、ニューヨークの町をゲリラ的に襲ったり、馬や猫にまで水玉のペインティングをしたりしたそうです。 今では真っ赤なおかっぱのかつらをかぶった不気味な婆さんですが、当時はあふれ出る創作意欲をもてあまし...
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空海と密教美術

今日は東京国立博物館に「空海と密教美術」展を観に行きました。 東京国立博物館の特別展示はいつも混むので、9時半の開館に間に合うようにしたところ、混んではいましたが想像ほどではありませんでした。 密教美術というと、法具ですねぇ。 こんな感じです。   ↓ 本来は仏の教えを広めるための有難い道具ですが、伝奇小説の読みすぎか、妖しい戦いを連想して、私は国宝の輝く金色を前に、しばしうっとりと空想の世界に遊んだのです。 私は美術館にはよく行きますが、博物館にはあまり行きません。 美術鑑賞は純粋に娯楽なのですが、博物館は勉強を強いられているようで、面白くないのです。 今日観た展覧会も、正直言って9割方は面白くありませんでした。 そんな中、密教法具のほかに、醍醐寺の如意輪観音菩薩坐像に圧倒されました。 なまめかしく、美しく、柔らかな体の線と、瞑想しているのであろう観音のもの思わしげな表情、そしてグロテスクに生える六本の腕。 混んでいたので長時間観ていられませんでしたが、半日くらいぼけっーと観ていたいような、素晴らしい美術品でした。「枕草子」に、如意輪の人を渡しわづらひてつらづえをつきてなげき給へる、...
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今年は現在の日本橋が完成して百周年だそうで。 日本橋の三井記念美術館で日本橋架橋100年を記念して、橋ものがたりという展覧会をやっていたので、観にいきました。 内容は、茶器や工芸品などで橋の模様があるものや、橋が描かれた日本画を総合的に展示するもので、日本橋とは直接関係がなくても、橋が描いてあればよい、ということのようでした。 正直言って、これは、という名品はありませんでした。 つながりは橋だけなので、雑多なイメージがぬぐえません。  そうはいってもさすがに広重の有名な「大川橋 あたけの夕立」には見惚れました。 ゴッホがこの絵にほれ込んで模写したことで有名な作品です。 もう一つ、北斎の「飛越の堺 つりはし」も迫力がありました。 あまりに暑かったので散歩はせず、三越の美術品ギャラリーを冷やかしました。 美術品はほとんど美術館で観るので、デパートで観るとまったく違った視点になります。 つまり、値札がついているのです。 小さな茶器に2千万円の値がついていたり、絵画作品も軒並み100万円を超えていました。 絵描きも当たると大きいのですね。 ふだん値段のことなど考えず、その作品が私の精神に感応す...
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橋口五葉

猛暑の中、千葉市美術館に行って来ました。 ここは市町村立の美術館としては破格に規模が大きく、予算も豊富なようで、興味深い展覧会を良く開くので、たびたび足を運んでいます。 我が家から5キロ、車で10分ほど、駐車場も無料なので、楽です。 今日は橋口五葉展です。 今朝、NHKの日曜美術館の後のアートシーンで紹介されており、初めて聞く名でしたが、興味を持ったというわけです。 橋口五葉は明治から大正にかけて活躍した画家で、非常に多才な人でした。 少年期には日本画を学び、墨絵などを描いていましたが、青年期に東京美術学校(現東京藝術大学)で洋画を学び、風景画、美人画などで頭角を現し、夏目漱石の本の装丁や、三越の宣伝用ポスターなどで大金を稼ぎ、晩年は浮世絵に没頭したとのことです。 日本画と洋画の垣根を軽々と飛び越え、独自の境地を開きましたが、器用貧乏の感は否めません。 世間では美人画の評判が良いようですが、私は夕焼けや木漏れ日を描いた印象派風の風景画に、彼の真髄があると見ました。 美人画はきれいなのですが、どこか女性を物体として捉えているような感じがして、生命感が感じられないのです。 それに比べて風景...
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アンフォルメル

今日は日本橋のブリジストン美術館に足を運びました。 お目当ては「アンフォルメルとは何か?」展です。 アンフォルメルとは、戦後パリで起こった前衛芸術運動で、ダダイズムやシュールレアリスムの系譜を継ぐものです。  しかし私には、その抽象を超えた芸術が、もう一つぴんときませんでした。  なんというか、アンフォルメル以前の、ピカソやダリの絵画は、それを描かずには入られない、という強い欲求があって、自分が一番の自分の絵のファン、という感じが前面に出ているのですが、アンフォルメルの作家の絵は、何か奇抜なことをやってやろう、という強迫観念のようなものに動かされている感じがするのです。 現に、今日観た絵ではアンフォルメルが起こるずっと以前、印象派全盛の頃に神話や聖書から題材をとった幻想的で浪漫的な絵を描いたギュスターブ・モローの「化粧」に最も魅かれました。 モローの「化粧」です。 私は「化粧」の前に一時間も立ち尽くしました。 その間、何度も絵画の女のスカートの裾が風にあおられたように私に迫ってきて、私はそれをとらえようと両手を出し、その手は空を切ったのです。  私は幻覚を見たのでしょうか。  それにし...
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五百羅漢

雨の中、両国の江戸東京博物館に行ってきました。 展覧会は、「五百羅漢」展です。 五百羅漢とは、釈迦の後を継いで仏法を広めた阿羅漢たちのことです。 ちなみに阿羅漢は、修行を積んで悟りを開いた僧ということになっています。 しかし狩野一信描く増上寺秘蔵の仏画100幅は、たやすく仏画と呼べるような代物ではありません。 その絵は悪趣味と言えるほど毒々しく、観る者の心をえぐります。 地獄を描いた絵など、天上から阿羅漢が苦しむ人々を救おうと杓や糸を垂らすのですが、阿羅漢はまるで子どもが小さな虫をいたぶって悦に入っているような、喜悦の表情を浮かべています。 その絵の強烈さを思い知らされるのは、97幅目に至ったときです。 タッチはそっくりながら、97~100幅は、まるで魂が抜けたように、あるいは上品とも、抜け殻ともいうべき絵なのです。 解説を読んで得心しました。 狩野一信は96幅目を書き終えたところで亡くなっており、残りを妻と弟子が描いたというのです。 今でいえば、梅図かずおの絵のような、不気味な迫力に満ちています。 幕末の高僧たちが、これらの羅漢図を良しとしたことに、驚きを感じます。 絵の持つ力の強さ...
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青という色、爽やかな青春のイメージが強いでしょうか。 白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも染まず漂ふ  若山牧水 この有名な和歌は、青という色の持つ印象を端的に表しているように思います。 言わば、正の青。 しかし青には、邪のそれが存在することを、認めないわけにはいきません。 例えば、青髭男爵、ジル・ド・レー。 彼は領地の村に住む少年を次から次にさらっては虐殺し、悪魔に捧げて後はその死骸で淫らな欲望を満たしました。 一説には、その数、600名とも。 酒鬼薔薇聖斗や宮崎勤が権力を握った場合を想像してみれば分かりやすいでしょう。 そしてまた、「雨月物語」に見られる青頭巾。 美濃の国の高僧が、越の国から来た稚児を寵愛し、稚児が病に没すると稚児の遺骸を何日も抱き、ついには稚児の死肉を喰らい、骨をしゃぶり、気がふれて鬼に変じてしまいます。 以来、墓を暴いては死肉を喰らうすさまじい生活を送るようになり、村人たちから恐れられます。 それを旅の禅師が説得し、悪行を止めさせます。 青頭巾は、鬼から高僧へと戻るためのまじないのような役割を果たします。 映画「ブルークリスマス」では、UFOを目撃した者...
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人形愛

世の中には、生身の女性を愛することができず、もっぱら人形や下着に興味を持つ人がいます。 私はかつて四谷シモンの人形に魅せられて、写真集を購入したことがあります。 私が人形に対して抱くイメージは、純粋に芸術作品に対するものとは違っているように思います。 もっと隠微な、暗い欲望が潜んだ、それでいて無機質で清潔な、不思議な感動を与えられる、そんなイメージです。 最近ではいわゆる芸術の分野に区分される人形作家の作品だけでなく、リアルラブドールと言われるダッチワイフにも、精緻で職人芸的な芸術性があるように思います。 四谷シモンの作品2点です。 この不気味な妖しさをたたえた造形美は、何と呼んだらよいのでしょうか。 井桁裕子の作品2点です。 このリアルさと大胆なデフォルメ。 赤ん坊の体に大人の顔、勃起した陰茎。 私はただ、圧倒されるばかりです。 ホリヒロシの作品2点です。 美女にも鬼女にも見えるその美しさは戦慄を覚えます。  ちなみに一体60万円くらいするそうです。 人形作家には、愛くるしくてユーモアあふれる作品を作る人もたくさんいますが、どういうわけか私は妖しいほうへ妖しいほうへと興味が向いてしま...
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シュール・レアリスム展

六本木の国立新美術館に「シュールレアリスム展」を観にいきました。 関東の国立博物館・美術館が震災の影響で軒並み休館しているなか、根性の営業です。 客の入りもまずまず、といったところでしょうか。 シュールレアリスムというと、アンドレ・ブルトンの「シュールレアリスム宣言」が有名ですが、彼の小説は面白くありません。 自動筆記や、多数の作家が一単語か二単語ずつ書き綴っていくとか、実験的な手法を試みましたが、どれも成功したとは言いがたいように思います。 甘美な死は、新しい、ワインを、飲む。 というのがその一例です。 それに比べて、後にシュールレアリスムから離れていくことになるダリやピカソの絵は、永遠の命を得たと言っても過言ではないと思います。 シュールレアリスム運動から離れていった多くの芸術家が、アンドレ・ブルトンとの不仲によるものだった、と言われていますが、偉大な理論家は平凡な実作者に過ぎず、さらには無能な鑑賞者であったのだろうと推測します。 観るものを挑発するような不可思議な抽象絵画ばかりを集めた展覧会。 インパクトは十分でしたが、こちらの精神的エネルギーを害されたようで、少々疲れました。 ...
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