2013-07

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その他

午後は半年に一度に車の無料点検のためディーラーに行ってきました。 そろそろ5万キロも走ったので、バッテリーの交換時期とかで、17,000円で交換してもらいました。 来年の2月は車検だし、消費税増税の話もあるということで、新車購入をしつこく勧められました。 同じディーラーで三台続けて買い換えているため、他のディーラーでは購入しないものと決めてかかっているようです。 甘い。 世は生き馬の目を抜く資本主義社会。 私がどこで車を買おうと勝手というものです。 それにしても欲しい車が無く、今の車の調子も良いのに、車検だとか増税だとかで車を買い替えるのは悔しいですねぇ。 車検までもうしばらくありますから、じっくり考えましょう。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
映画

悪魔は笑っている

今日は休暇を取って、懲りもせずホラーDVDを鑑賞しました。 「スマイリー」です。 ユーチューブの予告編の再生回数が驚異的な数に上ったそうです。 下がその予告編です。 一見すると、13金シリーズや「ハロウィン」シリーズのような、残酷無比な連続殺人鬼が大活躍するスプラッターかと勘違いしてしまいますが、中身はサイコ・サスペンスの様相を呈しています。 大学入学と同時に親元を離れたアシュリー。 彼女は都市伝説、「スマイリー」の話に引き込まれます。 見ず知らずの人とチャットを楽しむサイト、かくれんぼサイトで、笑いのために、と三回打ち込むと、チャット相手の背後に笑っているような奇妙な仮面をかぶったスマイリーが現われ、相手をナイフで殺害してしまうのです。 何度かそれをパソコン上で目撃しますが、死体が発見されたというニュースが報じられたことはなく、悪戯なのだろうと思い込もうとします。 しかし実験のため、アシュリーがそれを行ったところ、パソコンの画面にチャット相手が殺害される場面がばっちり映っています。 もともと精神を病んでいたアシュリーは、急速におかしくなっていきます。 そして事の真相は? スマイリーが...
思想・学問

40代半ばに達し、時の流れの残酷さに気付くようになりました。 人は必ず老い、死んでいきます。 こればっかりは、どんなに権力を握ろうと、金をもうけようと、誰にも訪れる問題です。 そのことを歌って、沢田研二の「時の過ぎ行くままに」は、あまりにも切ない名曲でしょう。 亡父は、雪のちらつく浅草寺の五重塔が良く見える病室で、その命を終えました。 亡父は常におのれのダンディズムを大切にし、そのことは幼い私にも分かるほどでした。 そしてそのダンディズムに殉ずるかのように、ほとんど苦しむこともないまま、モルヒネで痛みを取って、静かに、逝きました。 私は死ぬ時まで格好つけやがって、と思いながら、家族の前では平静を装いました。 しかし、自宅マンションに帰って、同居人を前に問わず語りに亡父との思い出を語るうち、涙枯れるほど、泣き続けることになったのでした。 私の邪悪と亡父の悪を、私たち親子は気付いていたのだと思います。 邪悪と悪が分かちがたく結びついた時、その関係性は限りなく深いものにならざるを得ません。 そういうわけで、私と亡父は、母にも兄弟にも親戚にも理解不能な、奇妙な関係性を築いていたものと思っていま...
仕事

涼しい

今日、首都圏は馬鹿に涼しく、夏が終わったかのごとくです。 このくらいだと、ずいぶん体が楽ですねぇ。 明日はなんということもなく、休暇を取りました。 有給休暇は100%取得しなければなりませんから。 とりあえず、ディーラーに半年ごとに無料点検をしてもらっているので、車屋に行こうかと思っています。 それ以外は、またホラーDVD鑑賞でしょうかねぇ。 夏は私の職場は一番暇な季節。 とくに8月は暇です。 暇な時期には暇を楽しみたいと思っています。にほんブログ村 人気ブログランキングへ
文学

読了

村上春樹の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読了しました。 このところ、あまりにも長大な大ドラマを紡いできた作者が、久しぶりに、それほど長くない、物語というより詩のような作品を残したという意味で、作者は静かに、衰えの道を歩んでいるのかもしれません。 おそらく、多くの評論家は、これを失敗作と貶すでしょう。 物語としては破綻が目立つし、ラストも中途半端なものです。 しかし私は、失敗作が好きです。 なんとなれば、失敗作にこそ、物語作者の本質が炙り出されると思うからです。 多崎つくるは、高校時代、完璧な男女5人のグループの一員で、それは36歳になった今も、彼を郷愁と苦痛にいざないます。 その5人は、多崎つくる以外、全員、色が入った名前を持っていました。 例えば赤松だったり、青海だったり、そういうことです。 四人はすべて簡便に、アカとかアオとかいうあだ名で呼ばれます。 しかし多崎つくるだけは、つくる、と呼ばれるのです。 5人は名古屋で高校時代を過ごし、それはこの上もなく幸福な短い時期でした。 大学進学にあたって、多崎つくるだけが東京に出、ほかの4人は名古屋に留まります。 そして大...
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